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黄鬚、最後の戦い!

作者:柳原史弥
「もう、三年も立つのか」
 まだ明けきっていない空を眺めながら、曹彰(そうしょう)は死んだ父――曹操孟徳のことを偲んでいた。
 常識に囚われず、自由な発想と行動で乱世を駆け抜けた父を怖がる兄弟もいた。だが曹彰は、自分のことを「黄鬚(こうしゅ)、黄鬚」と可愛がってくれ、期待も寄せてくれていた父のことが好きだった。
 愛情と期待に応えようとただがむしゃらに戦場を駆け抜けた日々――あの胸の高鳴りをもう感じることは二度とない。それならいっそ父の後を追って……そう思ったこともあったが、曹操孟徳が自分にとってそうであったように、自分の子供たちにとっては自分が“父”なのだということを思うとできなかった。
「父上、もう起きておられましたか」
(かい)か。お前こそ早いな」
「何だか目が覚めてしまいましてね」
 そう言いながら楷は曹彰の隣に腰を下ろした。
「そういえば今日は、陛下から碁に誘われているとか?」
「ん? ああ、めずらしいこともあるもんだ。あいつと碁を囲むなんざぞっとするがな」
「父上いけませんよ。いくら実の兄とはいえ、陛下のことをあいつ呼ばわりしては」
 楷の言う陛下とは曹丕のことである。曹彰の兄であり、献帝より禅譲を受けて魏王朝を作り上げた男だ。からっとした性格の曹彰はどこか陰湿な曹丕のことが嫌いであった。
「良いんだよ。今は俺とお前しかいないんだから」
「全く父上は。ま、私も正直陛下のことは嫌いですが」
「楷も言うようになったな!」
「いえいえ、父上ほどでは」
 結局二人は数時間に渡って曹丕の悪口を言って大いに笑った。

任城王(にんじょうおう)様がお出でになられました」
 従者がそう告げると曹丕は短く「通せ」とだけ言った。
 太后――曹彰の母親――は「どういうつもりです? 私まで同席させて」と疑惑の目を曹丕に向けた。
「深い理由はありませんよ。ただたまには弟と碁でも囲みながら語らいたい、そう思っただけですよ」
 涼しい顔で言う曹丕が太后は怖かった。この男がそんな理由だけで嫌っているはずの弟をわざわざ呼び寄せるとは到底思えなかった。何かが起こる――嫌な胸騒ぎを覚えながら太后はそれ以上何も言えなかった。

 無言で碁を打ちながら、曹彰はちらと太后を見やった。
(何故母上を同席させている? こいつは一体何を考えている?)
 太后から伺うように曹丕へと視線を移す。感情の読めない涼しげな表情。
「なあ、子文(しぶん)
「なんでしょう」
 子文とは曹彰の(あざな)である。
「少し休憩しないか? 良い(なつめ)があるんだ。食べよう。美味いぞ」
「あ、ああ」
 曹丕が指を鳴らすと従者が棗を持ってきた。豪華な器に盛られた棗は確かに美味そうではあった。だが、ますます曹丕が何を考えているのか分からなくなってしまい、曹彰はついに考えるのを止めた。
「うむ、やはり美味い。さあ、子文、お前も食え。確か好物だったろ?」
 促されて曹彰は一つ、二つと棗を口に運んでいった。
 何個めかの棗を口に運ぶ途中に違和感が曹彰を襲った。
「ぐっ! こ、これは……!」
 違和感は次第に大きくなり、曹彰はようやく自分が毒を盛られたということに気がついた。曹丕を見やれば笑っていた。掴みかかろうとしても体が上手く動かない。もうかなり毒が回っているようだ。
 ついには座った姿勢すらも維持できず、曹彰は地に倒れ伏した。

「な、何事です!?」
 急な異変に太后は激しく狼狽した。曹丕は楽しそうに「毒を盛ったんですよ。こいつを殺すためにね」と言い放った。
「何て事を!」
 我が子を助けねば――太后は水を求めて井戸へ走った。だが、「無駄ですよ。井戸の釣瓶(つるべ)は全て破壊してあります」と無常な曹丕の言葉が浴びせかけられる。
「そ、そんな……」
「どうしてあなたを同席させたかお分かりか? 死ぬ前にせめて母親に一目会わせてやろという私の優しさですよ」
「あなたという人は!」
 太后はそう言って曹丕を睨みつけたが、その表情を見て愕然とした。いつもの感情の読めない涼しげな表情ではなく、口元が激しく歪んで心底嬉しいという感情が伝わってきたからだ。
「良い! 良い表情ですよォォ! ふは、ふはははははははは!」

(ああそうか。俺は戦に負けたんだ)
 曹丕の高笑いを聞きながら、曹彰の心は妙な静けさに包まれていた。
多くの戦場を駆けてきた曹彰は知っていた。剣で斬りあうだけが戦ではない。だから“毒殺”という策を見破れなかった自分は戦で兄に負けたのだ。
 心底嫌っていたはずの兄を尊敬していた。何せ自分を倒した男なのだから。この気持ちを伝えるまでは死ねない。曹彰は最後の力を振り絞り、静かに立ち上がった。

「曹丕子桓(しかん)よ! この俺を倒した兄よ! 天晴れなりィィィィィィ!」

叫び終わった刹那、曹彰は絶命した。 


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