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手紙  作者: ケヤキ
2/9

過去 2

 夜が明け、爽やかな朝日を全身に浴びながら、イサメはこの上なく不機嫌そうな顔で体を起こした。気だるげに横を見ると、ベッドにはまだ熟睡中のマコトがいる。直立のまま横になったような姿勢で眠っているマコトを見て、イサメはため息をついた。

普段から礼儀正しく姿勢もいいマコトだが、寝ている時くらい気を緩めてもいいのではないだろうか。こうしてみているとまるで人形が寝ているのではないかと錯覚してしまいそうになる。そういえば小さい頃からこんな寝方をしていただろうか、とイサメは記憶を辿る。中学の頃まではお互いの家に泊めたり泊まりに行ったりしていたが、特に寝方を気にした記憶はない。あまり寝相がよくないイサメにとっては羨ましいような羨ましくないような、微妙な気持ちだ。極端すぎるのもよくないな、とイサメはため息をつく。

そこで、起こす時間を聞いていなかったことに気づいた。時計を見ると六時半を指していたが、さすがにこの時間に起こすのは早い。イサメは起こさないよう忍び足で静かに部屋を出た。

 部屋を出たイサメは顔を洗い、台所に立って朝食の用意を始めた。今日もミノリは部活に出かける為、イサメが弁当を作らなければならない。それもほぼ毎日の習慣となっているので苦にしていないが、料理のレパートリーの少なさがイサメの悩みとなっている。成長期でもあるミノリにはちゃんとした弁当を出してやりたいと思っているのだが、実際にやろうとしてもなかなかうまくできない。時々、同じメニューが続いてしまったり、バランスが悪くなってしまったり、とイサメの悩みは尽きない。母親は一体どうやって毎日の弁当を考えていたのだろう、とイサメは仏壇に目をやり、すぐに気を取り直して手を動かし始めた。

 イサメが弁当を詰め終えて朝食の準備を始めた頃、ミノリが台所へやってきた。

「おはよー……お兄ちゃん」

「おはよ。顔洗って来い」

「うんー……」

 ミノリは間延びした調子で返事をして出て行った。すぐに何かがぶつかったような鈍い音が聞こえたが、イサメは聞かなかったことにした。大方、ミノリが寝ぼけて壁にぶつかったのだろう。

 しばらくして朝食の準備も済み、ミノリも準備を済ませて台所へ入って来た。先ほどと比べるとずいぶん眠気も飛んだようだ。イサメは脇にある小さなテーブルに朝食を置く。今日の朝食はトーストとスクランブルエッグである。上機嫌でミノリは手を合わせた。

「いっただきまーす」

 元気よく声を上げ、マーガリンが塗られこんがりと焼けたトーストに齧り付く。マーガリンの風味が口いっぱいに広がって思わずミノリは顔を綻ばせ、それを見ていたイサメが口を開いた。

「マーガリン付け過ぎじゃないか?」

「これぐらいがいいの!」

 少しムキになってミノリは反論する。トーストには過剰なまでの量のマーガリンが塗りたくられていた。

「太るぞ」

「うぐっ」

 痛いところを突かれてミノリはパンを頬張ったまま妙な声を上げる。

「い、いいの! その分走って消費するんだから!」

「はいはい」

 イサメは適当に相槌を打って、包んだ弁当をテーブルに置いた。

「ほら、弁当。飲み物は行く途中に何か買っていけ」

「うん、わはった。ありふぁとう」

 パンを頬張りながらやや不明瞭にお礼を言う。

「口に物を入れて喋らない」

「ふぁーい」

 パンの欠片を口に放り込み、スクランブルエッグを口に入れる。そうして、あっという間に朝食を平らげたミノリは手を合わせた。

「おいしかった、ごちそうさま!」

 ミノリは早々と食器を片づけて台所を出て行った。イサメは片づけられた食器を洗い始める。やがて、ジャージ姿でスポーツバッグを背負ったミノリが顔を出した。バッグに弁当を入れて肩に掛けると、

「じゃあ行ってきます」

「気をつけろよ」

「はーい」

 元気よく返事をしてミノリは家を出て行った。それを見送ったイサメは、食器を洗い終えて自分たちの朝食を作り始めた。

まだマコトとタツキは起きてこない。時計を見ると、八時を過ぎたところだった。朝食ができあがり、居間のテーブルに朝食を並べ、二人を起こしに行こうと廊下に出るとマコトが部屋から出てきていた。

「なんだ、起きたか。あ、もしかして起こしたか?」

「ううん、大丈夫。ごめん、長々と寝ちゃった」

「気にするな、疲れてたんだろ。それにまだ遅い時間じゃないし。朝飯できたから呼びに行こうと思ってたんだ」

「タツキはまだ寝てる?」

「あぁ、あいつ寝起き最悪だからなぁ……座って待っててくれ」

「うん」

 タツキが寝ている部屋に行くと、未だ熟睡中のようだった。なぜか夏だというのにタオルを頭から被って体を丸めている。一瞬蹴り起こすという考えがイサメの頭を過ったが、すぐに打ち消した。しゃがみ込んでタオルを掴み、一気に引き寄せる。

「ほら、朝だぞ」

 タオルを取り上げられたタツキは、さらに体を丸めて唸るように声を上げた。まるでダンゴムシだ。

「んー……あと三十分……」

「長ぇよ。あんまり寝てると海に行くの遅れるぞ」

「んー……あと十分」

「……ったく」

 イサメはため息をついてタオルをかけ直した。

「先に飯食ってるからな」

「うーん……」

 タツキは返事をしてすぐに二度寝したようで、タオルの下から寝息が聞こえてきた。呆れながらもイサメは居間に戻って胡坐を組んで座った。タツキが来ない様子を見て、マコトが苦笑した。

「やっぱり起きなかったんだ」

「あぁ。もう少し寝れば起きてくるだろうし、先に食ってようぜ」

「うん、じゃあいただきます」

 手を合わせてマコトはトーストを齧る。イサメもトーストを齧った。テレビでは、陽気なアナウンサーが鳥のようなマスコットキャラクターと一緒に今日一日の天気予報を伝えている。日本列島の地図に並ぶ晴れのマークを見て、マコトは安心したように呟いた。

「天気はよさそうだね」

「雨降らないみたいでよかったな」

 画面が週間天気予報の画面に変わる。

「来週末は雨かぁ……」

「あー、同窓会だったな」

「みんな変わってるかな」

「俺たちまだ二十歳なんだからそんなに変わらないだろ、いくらなんでも」

「いや、わからないよ。タツキの例があるし」

「……そうだったな」

 他愛のない会話をしながらトーストを齧る二人。そうしていると、タツキが寝ぼけ眼で居間へとやって来た。

「おはよー……」

「おはようって、まだ寝てるだろお前」

「おはよう、タツキ。顔洗ってきたら?」

「うん……そうするー」

 ミノリのように間延びした調子で返事をし、タツキは顔を洗いに行った。途中何かがぶつかる音がしたが、二人は聞かなかったことにして朝食を再開した。しばらくしてまだ眠そうなタツキが顔を出し、マコトの隣に座る。よくみると額が赤かった。

「……いただきまーす」

 半分寝ているような様子ではあるが、淀みなくトーストを手に取り、口に運ぶタツキ。数分後、食べている内に目が冴えてきたのか、テレビに目を向ける余裕が表れ始めた。

「そういえば、何時にここ出るの?」

 ぼーっとしながらトーストを齧っていたタツキが、急に尋ねた。

「お前の準備が済んだら。でも準備が遅くなったら置いて行くからな」

 すでに朝食を済ませたイサメが新聞に目を向けたまま答える。

「イサメが車に乗せてくれるってさ」

「あんた免許持ってたんだ」

「じゃなきゃ、通勤できないだろ」

「あー……そっか」

 間延びした声をあげて納得してから、タツキはトーストの最後の欠片を口に入れた。

「安全運転だよ、イサメ」

「わかってるよ、俺はいつだって安全運転だ」

「運転荒そうな感じだよねーイサメは」

「……お前らな」



 車を走らせて海に着いた三人が車から降りると、潮風が強く吹きつけてイサメは目を細めた。体が押されるほどに風が強いので、手にした花束を飛ばされないようにしっかりと持ち、タツキは浜辺へ踏み出した。イサメとマコトもそれに続く。

夏休みだというのに人の姿はまばらだったが、それもそのはずでこの辺りの浜辺は岩場が多く、釣り人ぐらいしか来ないような場所だ。ほとんどの観光客は砂浜の方へ行く。

「あそこだよね」

「うん、あそこ」

 タツキが指差した先には、浜から突き出たような岩場が存在した。タツキは駆け寄っていき、岩場の陰にしゃがみ込んでそっと花束を置いた。飛ばされないよう、手ごろな石を重りの代わりに置く。

「お葬式の代わりってことじゃないけど、ごめんね。ルウとの約束、果たしに来たよ」

 そう呟くと、手を合わせてタツキは立ち上がった。

「何か言ったか?」

 後ろに立っていたイサメには、波と風の音でタツキがなんと言ったのかはわからなかった。

「内緒」

 歯を見せて笑うタツキに、イサメは訝しそうにしながらも、

「まぁ、いいけど」

 と、すぐに視線をそらしてそれ以上は詮索しなかった。

「それにしたって、なんでここに花を置くんだ? あいつの墓に置いてやればいいだろ」

「もちろんお墓にも行くけど、なんていうか、気持ちの問題!」

 タツキがそこで話を切るように言ったので、イサメはそれ以上言わずにおいた。海風にほぼ目を閉じた状態のマコトが、眉根を寄せながら風の音に負けまいと叫ぶように声をかける。

「手紙の缶、ちゃんと残ってる?」

 それを聞いて、タツキが岩場の麓の比較的小さな石を退け始めたので、イサメも手伝った。マコトも手伝おうとしたが、ほとんど目を開けていられない様子だったので、イサメが制した。そうして岩を退け終えて、タツキが岩の下に埋まっていたものを取り出した。

「よかった、残ってたよ」

「よく今まで誰にも見つからなかったな」

 タツキが取り出したそれは、小さな缶の箱だった。元はクッキーの缶だったようだが、少し錆びついていてパッケージははっきりと読み取れない。部分的に凹んでいたものの、原形は留めていた。タツキが蓋を開けようとしたが、錆びついているためか外せず、

「イサメ、パス」

「お前な……」

 箱を手渡されたイサメはしぶしぶ蓋に手を掛ける。タツキが苦戦した蓋は、イサメによってガコンという音と共に簡単に外された。タツキはイサメから蓋の外された箱を受け取り、中身を取り出す。箱の中には四枚の封筒が入っており、それぞれ隅に名前が書いてある。

「はい、これイサメの。あとこっちはマコトの」

 タツキが二人に封筒を渡す。潮風で封筒がバサバサと音を立てた。

「なんか恥ずかしいな、自分で自分に書いたもの読むって」

「そうだね。風も強いし、別の場所で読もうか」

 それぞれが手にした封筒の中には、高校卒業した当時、こうして二十歳になった自分へ宛てた手紙が入っていた。卒業式の後、みんなで書いたものだ。

「これは、どうする?」

「……あいつのか」

 タツキが手にした封筒の隅には『ルウ』と書かれている。

 その残った封筒は、三人の幼馴染の少女のものだった。彼女も今日ここに来るはずだったが、一年半前にこの世を去ったのだった。

「……とりあえず、持ち帰ろう」

「……うん」

 四枚の封筒を手にして、三人は海を後にした。岩場の花束が海風に揺られて、風に散った花弁が空へと舞いあがり、水平線へと消えて行った。


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