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届かぬ想い
作:真田遼



第8話 目撃


 お尻にできたアザがまだ薄っすらと残っていた。
 正月早々、木から落ちてしまうなんて、今年もツイテイナイなと、いつもなら思うのだが、今年のマサトは少し違っていた。ドジをして落ちてしまったというマイナスな面を見るよりも、風船を取ってあげたというプラスの面を見るように心掛けたのだ。すると何だか自分の事が誇らしく思い、お尻の痛みが逆に嬉しかった。
 正月休みも終わり、いつもと変わらない日常が始まった。
 口うるさい父親も会社へと行き、母もパートに出掛けた。大学生であるマサトは、まだ授業が始まっていないため、いつもよりも遅い起床だ。九時を過ぎた頃布団から這い出た。
 寝惚け眼を擦りながら、歯を磨き、顔を洗った。そして、髪を整えるためにドライヤーをかけた瞬間、『ぐぅ」とおなかの虫がなった。昨日の夕食以来、何も口にしてなかった。
 髪を整え終わると、台所へ行き、朝食になりそうなものを物色する。あいにく炊飯器の中にはご飯はなく、冷凍庫を探しても、残り物のご飯も見当たらなかった。食パンもなく、コーンフレークもない。あるのは冷凍のうどんと焼きそばぐらいだった。
 朝からうどんも焼きそばも食べたくないと思ったマサトは、昼食の時まで我慢しようと思っていたが、『ぐぅぐぅ』と、しつこいぐらいおなかがなったので、近くのスーパーまで食パンを買いに行くことにした。スーパーへと出掛けなければならない用事がたまたまあったのだ。
 食べ物を物色している間に、テーブルの上にメモが置かれているのを見つけ、そのメモに、『お昼を用意してないから、冷凍餃子でも買って食べなさい』と書かれていたのだ。
 部屋に戻りジャンバーを着込む。壁に吊っている白いダウンジャケットを見て、ニヤリと笑ったあと、部屋を出た。
 玄関を開けると、真冬の冷たい空気が吹き込んだ。身をすくめながら手袋をはめ、自転車へとまたがった。
 マサトの家から一番近いスーパーは、自転車で五分ほどの距離にある。それ程遠い距離ではないが、この寒さが、ちょっとそこまで出掛ける気持ちをも萎えさせる。それでも背に腹は変えられない。マサトはいつもよりも早くペダルを漕いだ。
 スーパーに着くと、いつもより自転車を止めている数が多い。今日は何か安いのかなと思いながら、自転車を止める場所を探していた時、前方で自転車が将棋倒しになっているのが目に入った。将棋倒しの原因となったであろう自転車のカゴは、買った商品が無造作に入れられていた。
 マサトは辺りを見回したが、この自転車の持ち主らしき人が見当たらない。近くに居た警備員のおじさんも、自転車が倒れているにも関わらず、何もしないまま、ただボーっと突っ立っているだけだった。
 マサトは心の中で警備員に対して文句を言いながら(直接はいえないのである)、倒れている数台の自転車をキチンと立てた。
 そして、この将棋倒しの原因になった自転車を立てた後、無造作に入れられた商品をキチンと揃え、カゴに収めた。

「よし! これで大丈夫! かなり乱暴な運転をしても転げ落ちたりしないだろう。いやあ、我ながら良い出来だ」

 マサトは自分の整理の仕方を自画自賛しながら、その自転車の横に自分の自転車を止め、スーパーの中へと入った。
 中に入ると、いつも特売品が並べてあるワゴンには、グレープフルーツが山積みになっていた。今にも転がってきそうな積み方である。実際何個かは床に落ちていた。
 大好物のグレープフルーツが安いとあり、マサトはご機嫌でそれを三つ、買い物カゴの中へと入れた。それから朝食になりそうなものを物色するために、店の奥へと進んだ。
 パンコーナーでは賞味期限間近のサンドウィッチが三十円引きになっていた。それを手に取り、カゴの中へと入れた。
 それから冷凍食品の棚を物色した。冷凍餃子を手にした。しかしそれを手に取った瞬間、何故だか分からないが嫌な予感がした。マサトは冷凍餃子を棚に戻し、隣にあった冷凍シュウマイをカゴの中へと放り込んだ。
 代金を払い店を出た。暖房が効いていた店内から外に出ると、寒さで身が縮まる感じがした。急いで自転車置き場へと戻ると、先程の荷物で溢れていた自転車はすでになくなっていた。自転車にまたがり店を離れようとした時、警備員のおじさんと目が合った。おじさんはマサトの方を見てニコリと笑った。仕事はしないが愛想だけはいいようだ。

 家に戻るとすぐにサンドウィッチを食べ、録画しておいたドラマを昼過ぎまで見た。
 朝食が遅かったにも関わらず、十三時を過ぎると、またもや空腹感が訪れた。正月に食べ過ぎたせいで、胃が大きくなったのだろうかとマサトは思いながら、冷凍シュウマイを電子レンジで温めた。
 バイトの時間までは、本を読んで過ごした。最近、小説をよく読む。以前はあまり読む事はなかったのだが、面白い小説を見て以来、小説を読むことが好きになった。面白い小説というのは時間を忘れさせてくれる。気がつくと「もうこんなにも読んだのか!」と思えるほどページ数が進んでいる時がある。この日も気がつくと、すでにアルバイトへと出掛ける時間になっていた。
 バイト先へは、歩いて出掛ける。今年から少しでも体を鍛えようと、三十分ほど時間をかけて歩いて行くのだった。

 バイト先ではいつもとなんら変わらない作業を淡々と行った。
 マサトは平日は短時間のシフトに入る。学業を優先するのが学生としての本分だ、という親父の考えから、平日は短い時間しかアルバイトができなかった。夕方の五時から、夜の八時までという、ホントに短時間のアルバイトだった。この日も難なく仕事を終え、八時過ぎにバイト先を出た。
 近道をするために、大通りを逸れ、公園へと入る。この公園は野球のグランドとテニスコートまである、大きな公園だ。休日は家族連れで賑わうが、夜はジョギングをする人や、犬の散歩をする人、そしてカップルがいるぐらいで、それ程、多くの人を見かけることはなかった。
 マサトはいつもと同じ道を歩き、家路を急いだ。
 すると、どこからか、女性の声が聞こえた。会話をしているような声ではない、なにやら妖しげな声である。

「まさかな……こんな所で、女の人のあの時の声が聞こえるワケがないよな……」
 
 マサトは「そんなばかな」と思いながらその場を後にした。

 しかし、やはりその事が気になり、再びもとの場所へと戻った。

「そんなはずはないよな……でも……もしかして……」

 マサトは声のする方へと、息を殺しながらそっと忍び足で近づいていった。近づいていく程、その声はハッキリと聞こえてきた。
 固唾を呑み、さらに奥へとすすむ。茂みの奥から声のする方をそっと覗いた。そしてマサトはその光景を見て絶句した。

 
 
「ほら、もうこんなに濡れてるじゃないか……入れてほしいんだろう?」
「……入れて欲しい……」
「ははは、淫乱な女だな。よし、じゃあ入れてやるよ」

 マサトからは男の後ろ姿しか見えない。どうやら男はバックの体制で前にいる女性に挿入しているようだ。

「ほら、これが欲しかったんだろ? もっと腰を振れよ」
「はい……」

 男にお尻を叩かれながら、女は悦びの声を上げている。

 ビデオ以外でセックスの現場を見たのは初めてだった。心臓が張り裂けそうなほどドキドキしていた。マサトは、いけないこととは分かっていながらも、茂みの奥から、それをじっと見ていたのだった。







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