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届かぬ想い
作:真田遼



第42話 届かぬ想い


「どうだいマサト君……好きな女性が目の前で犯されているのを見るのは……堪らないだろう? 私はゾクゾクしてくるよ。以前から目をつけていた女性と、こうやって一つになれたのだからね」
 店長は腰を前後に振りながら、エリコの旦那に羽交い絞めされ、身動きが取れないでいるマサトに向かって言った。

「何で……なんでそんな事をするんですか? 店長はいつも優しかったじゃないですか……それなのに……」
「マサト君……君はまだまだ考え方が子供なんだよ。これが大人の世界さ。みんな表面ではイケナイ事だと口にしていても、セックスが出来るチャンスが目の前に転がっていれば、誰でもそれに飛びつくものさ。それをしないという奴など、ただの偽善者さ。目の前にチャンスがあるなら、それを手に入れる。それが普通だろう……ねえ、エリコさん」
 店長はそう言うと、さらに激しく腰を振った。
「い、いや……ヤメテ……お願い……もう、こんな事……止めてください……」
 涙を流しながら、訴えるエリコ。その姿をエリコの旦那は、ニヤニヤとしながら見つめていた。

「エリコ。ほらもっと感じた顔しろよ。お前が感じた顔をしないと、コイツを精神的に追い込む事が出来ないじゃないか。こいつは俺の女房を横取りしようとしている泥棒猫なんだ。こいつにはもっと苦しんでもらわないと、こいつの為にもならないだろう。悪いことをしたらその報いを受ける。それは当然の事だろう?」

「そ、それはあなたの方でしょ……あなたが浮気をしている事を、私が知らないとでも思ってるの?」
「それはお前が悪いんだろう? お前が俺の相手をしなくなったから、俺は外で発散してるだけじゃないか。お前が悪いんだよ、お前が!」

 エリコの言葉を受け、カッとなったのか、エリコの旦那は羽交い絞めにしていたマサトから手を離し、エリコの元へと近づくと、エリコの頬を平手で叩いた。
 マサトは突然訪れたそのチャンスを逃さなかった。
 エリコの頬を叩いている旦那めがけて右足を振りかぶり、そして旦那の背中を思い切り蹴飛ばした。いきなり後ろから攻撃された旦那は床に這いつくばるようにして倒れた。

「てめえっ! いい根性してんじゃねえかっ!」
 旦那は床から立ち上がると、マサトに向けて右の拳を振り下ろした。マサトの左の頬にヒットした。マサトは仰け反るようにして床へと倒れこんだ。視線の先にはエリコがいた。エリコは苦悶の表情を浮かべながらマサトに向かって叫んでいた。
 マサトはエリコの顔を見るなり、床から立ち上がり、今度は店長めがけて体当たりをした。店長はその勢いで飛ばされ、後ろにあるソファーへと身を沈めた。

「エリコさんっ! 早く逃げてっ!」

 マサトはエリコの手を強く引っ張り、急いで立ち上がらせると、いつの間にか服を着ていたナオミにエリコの事を預けた。

「ナオミさん! エリコさんを連れて早く逃げてくださいっ!」
「で、でもマサト君は?」
「僕の事はいいから、早く! エリコさんにこれ以上辛い思いはさせたくないんです!」
「分かった!」

 ナオミはエリコをつれて、その場から離れようとしたが、その前に店長が立ちはだかる。
「おっと、逃がしませんよエリコさん。楽しみはこれからじゃないですか」
 店長は両手を広げて、その場からエリコが逃げる事を阻止した。
 マサトが店長に向かって再び体当たりをする。店長とマサトはその勢いで床へと倒れこんだ。

「早くっ逃げてっ!」

 マサト店長を押さえつけているうちに、ナオミとエリコはその場を離れた。
「マサト君。君はつくづく私の邪魔をする奴だな。エリコさんは私が先に目をつけていたんだ。それを君は……」
 そう言うと、店長は押さえつけているマサトの顔面に頭突きをした。思わず仰け反るマサト。その隙を見て、店長は押さえつけていたマサトを突き飛ばした。
 店長は倒れたマサトの胸倉を掴み、立たせると、マサトの顔面を右手で殴った。

「マサト君……君の顔を見ていると、ホントにムカムカしてくるよ。君は私達の邪魔ばかりするんだ。君のせいで、エリコさんの家庭もめちゃくちゃになってしまったじゃないか。エリコさんの旦那さんが可哀想だとは思わないのかね?」
 そういうと、店長は再びマサトを殴った。
「そうだ。お前がいなければエリコもああならずに済んだんだ。全部お前のせいだぞ!」
 すぐとなりにいたエリコの旦那も、マサトの顔面を思い切り殴った。鈍い音が店内に響いた。マサトの鼻が折れたのだ。マサトの鼻からは大量に血が流れ出した。

「悪いのはあんた達だ……エリコさんも、僕も悪くない……」
「はっ? 何言ってんの? お前が悪いんじゃねえか。人の女房に手を出しやがってよ」
 旦那は何度も何度もマサトの顔面を殴りつけた。先程から店長に羽交い絞めにされていたマサトは、何も抵抗する事ができず、ただ殴られていた。

「エリコさんは何も悪くない……悪いのはあんた達だ」
「うるさい! 黙れっ!」
 旦那は何度も何度もマサトの顔面を殴った。マサトの顔が腫れあがり、顔の形が変わり始めていた。それでもマサトはキッと旦那を睨みつけ『エリコさんは悪くない』と何度もその言葉を口にした。その度にまた何度も殴られた。
 マサトの目が徐々に虚ろになり始めた。目の焦点は定まらず、意識もはっきりとしていない様子である。それでもうわ言のように口からは『悪くない……エリコさんは……』という言葉が漏れていた。そして、それから何度も殴り続けられたマサトは突然、全身の力が抜けたのか、その場に崩れるようにして倒れこんでいった。

その瞬間……。


「警察だっ! その場から動くな!」

 数人の警察官が店の中へとなだれ込んだ。そしてマサトの傍で呆然と立ち尽くし、マサトの返り血を浴びていた店長と旦那は暴行の現行犯で逮捕された。
 警察を呼んだのはナオミだった。マサトと店長達が顔を合わせたとき、これはとんでもない事態に発展するのではないかと思ったナオミは、慌てて服を着ると、急いで外へと飛び出し、歓楽街の外れにある交番へと駆け込んでいた。しかし、常駐する警察官がおらず、交番から連絡だけをいれ、店に戻っていたのだ。戻った時には、マサトと店長らが遣り合っている丁度その真っ最中だった。マサトにエリコを頼まれたナオミは、店の陰でエリコに服を着させ、外へと逃げ出していた。暫くして警察官が駆けつけた時、店の中で暴れている二人組みがいると説明をし、警官が中へと押し入ったというワケである。

 店長と旦那が逮捕されてから程なくして、救急車が駆けつけた。
 エリコとナオミはその様子を外で見ていた。担架を持った救急隊員が店の中へと入ってゆく。エリコは祈るような気持ちでその様子を見守っていた。
 暫くして、救急隊員が店から出て来た。担架には血だらけのマサトが載せられている。エリコは思わずマサトの元へと駆け出していた。

「マサトさんっ! しっかりして! マサトさんっ!」

 エリコがマサトに向かって叫んだが、マサトはその声に反応しない。それどころか、マサトはエリコが呼びかけている間、ピクリとも動かないでいた。
 血の気の引いたマサトの顔を見つめた後、エリコはその場に膝から崩れ落ちていったのだった。







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