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届かぬ想い
作:真田遼



第20話 遭遇


 突然店長から「今週の土日は臨時休業をする」という事を告げられた。レジのシステムを新しくするという事は前々から聞かされていたことだが、入れ替えは閉店後に行われると聞いていた。何故休業するる必要があるのですかと尋ねると、レジのシステムを新しくするのと同時に、壊れている空調設備を新しくするとの事だった。土日に仕事がないのは久しぶりである。マサトは金曜日の仕事を終えると、土日に何をしようかと、心を弾ませながら計画を立てていた。
 給料も入ったばかりで懐も暖かいし、すでに春物の服がバーゲンされていることも、先日の新聞の折り込みチラシで知っていたので、土曜日はショッピングモールへと足を運ぶ事にした。新しい服を変えば、新しい出会いがあるかもしれない。マサトはそんな淡い期待に胸を膨らませながら雑事を済ませ、床に就いた。

 翌日はいつもより早く目が覚めた。空は青く澄み渡り、何か良い事が起こりそうな、そんな予感がマサトの中にはあった。
 散歩がてらに、近所のパン屋へ朝食の為のパンを買いに行った。ラッキーな事に、その日は朝から安売りをしており、店内のパンが全て105円だった。マサトは、早速良い事があったと、満面の笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら朝の道を歩いていた。
 朝食を摂ったあと、部屋で着替えを済ませる。ハンガーに吊ったままの白いダウンジャケットを見ると思わず笑みがこぼれた。ダウンジャケットに付いた口紅の跡に軽く口付けする。現実であの人と口づけする事ができたらどれだけ幸せだろうかと思いながら、マサトは上機嫌で部屋を出た。
 いつもならショッピングモールまでは電車で出掛けるのだが、その日の気分は何故だか自転車だった。マサトはガレージから自転車を出し、それにまたがると軽快にペダルを漕ぎ始めた。
 途中、公園の中をすり抜けた。ここを通るたびに、茂みの中で見た光景が思い出される。あの時の事を考えると、自然と股間が膨らみ始めた。
 前から歩いてくる女性の視線を気にしながら、なるべく股間が目立たないように自転車を漕ぐ。中々収まらない股間の盛り上がりを何とか押さえようと、頭の中で般若心経を繰り返した。ショッピングモールへ辿り着くまで、般若心経は繰り返された。

 土曜日のショッピングモールは、朝から混雑していた。春物のバーゲンを目当てに人が集まっているようだ。
 まだ春にもなっていないのに春物の服がすでにバーゲンとして売られている事に、マサトは違和感を感じていた。春物の時期が過ぎた頃、残ったモノを売るのがバーゲンだと思っていたからだ。ファッション業界の事は良く分からないと思いつつ、マサトは半額の札の付いた春物の淡いブルーのシャツを購入した。
 マサトがショッピングモールを訪れた時、必ず立ち寄る店がある。この場所でしか買えない、物凄く美味しいお菓子があるのだ。フワフワのカステラの中に、ちょうど良い甘さのカスタードクリームが入り、そのカステラの周りをホワイトチョコでコーティングしたお菓子が、マサトの大のお気に入りだった。一口サイズのそのお菓子は、十個入って一箱840円と少し値段が高めなのだが、お金を出すだけの価値はあると、マサトはいつも思っていた。自分の家用と、バイト先でスタッフに配る用の二箱を買い、支払いを済ませその店を後にした。
 しばらくプラプラとショッピングモールの中を歩いていると、急に用を足したくなり、近くにあったお手洗いへと向かった。お手洗いの入り口の手前には、ベンチが二つ備え付けられ、その前には自販機が二つ並んでいる。ちょっとした休憩スペースだ。マサトがそそくさと、そのベンチの横を通り過ぎ、お手洗いへと入ろうとした時だった。

「あっ! マサトお兄ちゃん!!」

 後ろからマサトの名前を呼ぶ女の子の声が聞こえた。マサトが後ろを振り返ると、幼稚園ぐらいの女の子がニコニコと笑顔を浮かべながらベンチに座っていた。マサトはこの女の子をどこかで見たことがあるのだが、どこで見たのかを思い出せないでいた。だが、女の子の言葉でそれを思い出した。

「お兄ちゃん、この間は風船を取ってくれてありがとう」
「あっ、あの時の子か! 今日はおじいちゃんと一緒じゃないのかい?」
「うん。今日はおじいちゃんはいないよ」
「じゃあ、パパとママと一緒に来たの?」
「ううん。ママと二人だけ。パパは今日は来てないの。綾香とママを置いておでかけしちゃったから」
「そうなんだ。でも、こんな所で一人で何をしてるの? ママはどこ?」
「えっとね、ママはお手洗い。綾香はここでママが来るのを待ってるの」
「そっか、偉いねえ。でも子供が一人で待ってると危ないから、お兄ちゃんがママが来るまで一緒にいてあげるよ」
「えっ! ホント! わーい!」
「そんなに喜ぶことじゃないよ」
「綾香ね、マサトお兄ちゃんの事、ママに紹介してあげる。風船を取ってくれて優しいお兄ちゃんだもん」
「いやいや、そんなに大した事したわけじゃないから……」
 マサトが頭を掻きながら困った表情を浮かべていると、マサトの後ろで女の子を呼ぶ声がした。

「綾香ちゃん。お待たせ。あら……どちら様かしら」

 マサトは声のする方へと振り向いた。

 そして振り向いた瞬間、「あっ!」という言葉が自然に口を突いて出た。マサトの目の前には、再び会って言葉を交わしたいと思い続けていた、あの女性がマサトと同じく、驚いた表情をしながら立っていたのだった。
 







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