第13話 アルバイト
「マサト君、表の貼紙外しておいてよ」
着替えを済ませ、店内へと出てきたマサトは店長にそう言われた。
「スタッフ募集の貼紙ですか? もしかして誰か応募してきたんですか?」
「ああ、昨日のお昼に面接したよ。主婦の人だ。それも飛び切り美人のね。時間の都合もちょうどいいみたいだし、おまけに美人ときている。彼女を目当てに男性客が増えるかもしれないな。うちとしては万万歳だよ。いやあ、いい人が来てくれた」
「へえ、良かったですね。で、いつから来られるんですか?」
「うん、明日から早速働いてもらうよ。あ、でもマサト君とは直接会うことはないだろうな。働く時間帯が丁度マサト君が入るシフトの前の時間だし、休日は働けないみたいだしね。残念だったね。仲良くなれるんじゃないかって、期待してた?」
「あ、いや、別にそんな……」
「怪しいなあ。なんか期待してたっぽいぞ」
店長は余程機嫌がよいのか、いつもより多弁で、ずっとニコニコしっぱなしだった。マサトはこれ以上この話を続けると本音が出てしまいそうだったので、店長に言われた通り、表の貼紙を剥がしに、急いで外へと出て行った。
店長の言う通り、マサトは少し期待していた。入ってくるスタッフが女性で、しかも主婦だと聞いた時、マサトの頭に浮かんだのは、お正月に神社で出会ったあの女性の顔だった。彼女ではないにしても、年上の女性と話が出来るチャンスがあるのではないかという期待が、マサトの心に湧き上がっていたのだ。
何故年上の女性が気になるのか。マサトはその答えを自分自身で分かっていた。同い年や年下の女の子とは、恐らく話が合わないと、マサトは思っていた。あまり女性と接した事がないマサトは、同年代の女の子達と話をしているうちに、あまり女性に面識がないという事がバレテしまうのではないかという思いがあったのだ。その点、年上の女性は色々と気配りをしてくれそうだ、とマサトは勝手に思っている節がある。そして何よりも、お正月に神社で出会った女性に対する思いが強い事も、年上に憧れる理由だった。
そんな事を考え、ニヤニヤとしながら、窓ガラスに貼ってある貼紙を外した。一ヶ月間貼ったままの貼紙の場所は、セロテープの跡がクッキリと付いていたので、マサトはガラスクリーナーでそれを綺麗にし、ついでに窓ガラスの掃除も始めた。
新しく入ってくる女性のスタッフはいったいどんな感じの人なんだろう。そう思うだけで、マサトは少し嬉しい気分になり、ニヤニヤしながら窓ガラスを拭いた。その後、その日の仕事は全て順調に進み、良い気分で仕事を終えることが出来た。
仕事の最後に、次の時間に入るスタッフへ伝言を残した。業務の引継ぎや、その日の注意事項等や労いの言葉をかける為に、店長が作ったノートがあり、それを必ず書くことがこの店でのルールだった。マサトは次のスタッフへ、本日の注意事項を書き記し、店長に挨拶をした後、店を出た。
マサトは公園の中を歩いていた。衝撃的な場面を目撃した公園である。マサトはそこを歩きながら考えていた。いつか自分も、セックスというものを体験した時に、キチンと上手くできるのだろうか。初めての時、失敗したら、相手に悪いのではないか。相手を満足させてあげられなかったらどうしよう。そんな事を考えているうちに、また不安な気持ちが沸き起こってきた。『また』というのは初めてではないという事である。マサトは先日のプッチンプリン事件を思い出すと、自己嫌悪に陥った。家ではどうしてもああいう練習はできない。見つかって嫌な気分になるのも避けたいと思ったマサトは、公園とは逆の繁華街の方へと向かって歩き始めた。家では出来ないイメージトレーニングをする為に、ある場所へと向かっていたのである。繁華街を抜け、裏通りに入り、歓楽街を抜け、ホテル街を抜けたところに、その目的の店はあった。マサトはゆっくりと扉を開け、中へと入った。
店内はマサトがアルバイトをしているビデオショップとほぼ同じような作りで、ビデオやDVDを納めている棚がずらりと並んでいた。マサトの働いているビデオショップと違うのは、そのビデオやDVDが全てアダルトビデオだという事だ。ここは、試写室と呼ばれる店である。
試写室では、アダルトビデオを個室で見ることができる。家でアダルトビデオを見れない人が、ここへ来て、個室で下半身を露出し、アダルトビデオを見ながら、堂々とシコシコとする事が出来る場所である。
マサトは店内を物色した。ジャンル別に並べられてある、アダルトビデオを手に取る。もちろん、マサトが手にしたのは、『人妻』モノである。
神社で出会った彼女に感じのよく似た女優を探し出し、それを手に取る。個室への持込は五本までと決められているので、あとは適当に物色し、五本を手に持ち、カウンターへと向かった。カウンターと言っても、店員の顔は見えない。小さな窓があり、そこへ物色したDVDを差し出すと、利用時間を聞かれ、それを払うと、色々と準備をしてくれる。
「ご利用時間はどうなさいますか?」
「あ、一時間で」
「1000円になります」
事務的な対応をする店員に1000円を支払う。そして、マサトが選んだDVDをカゴに入れ、マサトに手渡した。
「お部屋、二階の13番になります。ごゆっくりどうぞ」
愛想のない声で店員が言った。
カゴの中には、部屋で利用する一式が入っている。
DVDプレーヤーのリモコン・ヘッドフォン・ウェットティッシュ・エアコンのリモコン等である。
マサトはそのカゴを持ち、13番の部屋へと入り、鍵を掛ける。
部屋の中には、リクライニングのソファーがひとつあり、正面の壁には、薄型テレビが掛けられていた。ソファーの横に台があり、そこにDVDプレーヤーが置かれている。
DVDをプレーヤーに入れ、ヘッドホンのを頭に掛け、ソファーに座った。
すぐさま映像が流れ始める。リモコンを操作し、余計な場面は早送りをし、自分が見たい場面で透かさず再生ボタンを押す。素早く動いていた画像が、普段の画像へと戻り、マサトはそれを見ながら、右手を激しく動かした。
アダルトビデオの女優を憧れの彼女へと置き換え、男優を自分に置き変えた。頭の中で彼女とのセックスを楽しんだ後、マサトは果てた……。
虚しい……
終わった後はいつも虚しさを感じるマサトだった。
翌日、バイトが始まると、マサトは店長に新しいスタッフの事を尋ねてみた。
「店長、新しい女性の方はどうですか?」
「うん、とても真面目に働いてくれるよ。ただ……」
「ただ? 問題でもあるんですか?」
「いや、まだ入って間もないから、色々と戸惑ってるんだろう。頑張っているのが空回りして、結構失敗も多くてね。まあ、大したことではないし、私は気にしてはいないんだが、どうも本人が気にしているようでね。慣れれば大丈夫なんだから、あんまり深く悩んで欲しくはないんだけどなあ。まあ、マサト君が入った頃に比べたら、彼女の方が数段使い物になるよ」
「あ、それはあまり言わないでください。落ち込みますから」
「ははは、冗談冗談。でもマサト君でもこの仕事が出来るんだから、彼女もあまり悩む必要はないんだけどな」
「店長……何気に凹むのでそういう言い方は止めてください」
「おお、悪い悪い。まあ、今度顔を合わすことがあったら声をかけてあげてよ。まあ、時間帯が時間帯だし、顔を合わすことはないとは思うけどね」
店長は「ははは」と笑いながら、スタッフルームへと消えて行った。
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