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冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた 作者:門司柿家

惑う娘

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六十一.二階建ての料理屋である。東方式の


 二階建ての料理屋である。東方式の装飾がいたる所になされており、異国情緒がある。軒からは紙を張った赤い提燈が幾つもぶら下がって光っていた。
 仮に、パーシヴァルたちを探しに東まで足を延ばしたとしたら、町一つがこんな風景になっているのだろうか、と思う。すると、年甲斐もなく何だか心が高揚するような気がした。

 戸を開けようとすると、内側から開いた。湯気がベルグリフたちを包み込んだ。その向こうから数人連れの酔漢ががやがやと何か分からない事を言いながら出て来た。
 道をあけながら、カシムが感心したように呟いた。

「繁盛してるなあ」
「ああ、賑やかだな……さ、エドさんたちを待たせてるだろうから、行こう」

 店内は暖房魔法(ヒーター)が効いていて暖かい。ベルグリフは雪を払って、マントを脱いで丸めながら辺りを見回した。
 円卓が幾つも並び、大勢の酔漢たちが機嫌よく酒を飲んだり料理をつまんだりしている。前を合わせる東方風の衣装を着た給仕の女の子たちが、お盆を手に行ったり来たりしていた。
 見たところ、エドガーたちの姿はない。
 カシムが山高帽の雪を払い落しながら言った。

「おー、東方風の店って久しぶりだなー。帝都で何回か行ったよ、オイラ」
「俺は初めてだよ……何だか不思議な感じだな」

 二十五年以上前、オルフェンにいた時は東の国などは何の馴染みもなかった。町にもこういう雰囲気の店は見当たらなかったような気がする。何だか新鮮でもあり、取り残されたような気分でもある。

 エキゾチックな雰囲気に軽く戸惑いながらも、店員に予約の旨を伝えると二階に通された。
 二階は透かし彫りの施された仕切りで幾つかに区切られており、個室のような雰囲気だった。それでもお客が大勢詰まっていて、ざわざわと賑やかである。

 席にはもうエドガーとライオネルが座っていて、手持無沙汰気味に話をしていたが、ベルグリフたちに気付くとエドガーは咥えていた紙巻煙草を揉み消してにこやかに手を上げた。ライオネルは恐縮したように会釈する。

「よお、寒い中ありがとさん!」
「すみません、なんか雪が結構……」
「いやいや、こちらこそ待たせて申し訳ない。お招きありがとう。お邪魔するよ」

 マントを椅子の背もたれにかけ、ベルグリフは腰を下ろした。
 カシムが帽子を脱いでくるくる回し、それから脇の荷物入れの箱に放り込んだ。

「さー、腹減った。何食う?」
「まあ、とりあえず乾杯と行こうや。お姉さーん、注文」

 エドガーが手を上げて店員を呼ぶ。

「黄酒おくれ。熱くして。ビャク、お前は酒行けんのか?」
「……好きじゃねえ」
「あいよ、じゃあ盃は四つに花茶。あと肴を五、六品適当に。肉の炙りと魚の蒸し物を外さなけりゃあとは何でもいいや」
「手慣れてるね、エドさん」
「まあね。いやあ、帝都で良い店に当たってから東方、つうかキータイ料理にすっかりはまっちゃってさ、オルフェンにも良い店があって助かったよ」

 エドガーはそう言って笑った。カシムが頬杖を突いて呟いた。

「東の国かあ……パーシーはそっちに行っちゃったのかなあ……」

 今のところ、パーシヴァルに関する一番有力な情報は、帝都にしばらく滞在した後、東の連邦に向かったというものである。
 尤も、確固たる資料があったわけではない。“覇王剣”の英雄譚の足取りや噂が、次第に東へと動いて行っているだけの話だ。しかし、それだって口づての話だから、ジプシーや吟遊詩人、旅人たちが話を盛っている可能性だって十分にある。

 不確かな情報だけで向かうには東の連邦はあまりに遠い国だ。ティルディス、キータイ、ブリョウなどこちらでも名の知れた国の他にも幾つもの小さな国が寄り集まっているという。
 ベルグリフは嘆息して、ぽんぽんとカシムの肩を叩いた。

「大丈夫、焦らずに行こう」
「……そうだね」

 ライオネルが申し訳なさそうに手をこすり合わせた。

「すみません……あまりお役に立てず……」
「いやいや、十分助かってるよリオさん。あんまり気に病まないでくれ」
「そう言ってもらえると……はあ、でもなあ……罪悪感抱えて気負っているだろうパーシヴァルさんたちが不憫で……」
「ごめんごめん、オイラが暗くしちゃった! ほらリオ、今日は君の慰労会なんだから、そんなに落ち込むなって! 君まで気負う事ないんだよ!」
「は、はは、ありがとう、カシムさん」

 酒と料理とが運ばれて来て、乾杯して、途端に円卓の上が賑やかになった。トルネラは勿論、オルフェンの酒場でも馴染みのない料理は見た目にも絢爛だ。

 湯気の出るくらい温められた黄酒は、一口含むと鼻から酒気が抜けて行くようで、ベルグリフは思わず目をしばたかせた。

「中々独特の香りの酒だね……」
「だろ? 慣れると病みつきになるんだ、これが」
「これは魚か……蒸してあるのかな? 知らない匂いが……」
「おお、香草蒸しだよ。魚を豚の脂で包んで、上に東の香草を乗せて蒸してあんのさ。うまいぜ」
「面白いなあ……これ、トルネラでもできるかも知れないな……」

 トルネラでも川魚は捕れるし、種類は違うが香草も採れる。
 大きな川魚はどうしても泥臭くなりがちだが、このやり方なら臭みがちっとも気にならない。料理のレパートリーが増えるかも知れないとベルグリフは思った。

「この蒸し道具、売ってるのかな?」
「蒸籠? ああ、ガラクタ市のどこかに東方の道具専門の店があったと思うぜ。今度案内するよ」
「ありがとう……うん、うまい」
「ベルグリフさんは真面目ですねえ……」

 とライオネルが言った。ベルグリフは面食らった。

「はっ? なんで?」
「だって、こういう時も料理の方法とか道具とかに目が行くじゃないですか。普通は飯がうまいってだけで終わっちゃいますよ」
「そ、そうかな? だって気にならないかい? なあ、カシム?」
「オイラ料理しないから分かんない」
「エ、エドさんは?」
「俺? まあ、昔はギルとかユーリと交代で飯係やってたけど、やっぱ面倒でさ、あんまし手の込んだものは作らなかったなあ……今は全然。作り方は聞くけど、なんでうまいか知りたいだけで、作りたいわけじゃないしなあ」
「ええ……」

 困惑するベルグリフを見て、カシムは料理を取り分けながらけらけら笑った。

「相変わらずだなあ、ベルは。でも、仕事中に食べる君の料理はうまかったな。きっつい仕事でも、あったかい飯が食えるだけで随分ホッとしたよ」
「それそれ! そっかー、ベルさん、あんなに強いのに料理も担当してたんだ。やっぱ“覇王剣”とか“天蓋砕き”がいちゃ一歩引くんかね?」
「いやいや、そんな異名がつく前だし、俺はEランクだったって言ってるだろう……適材適所だよ」
「でもいいなあ……カシムさん、ベルグリフさんがいたら、安心感凄かったんじゃないですか?」

 ライオネルの言葉に、カシムが嬉しそうに身を乗り出す。

「お、分かる?」
「そりゃ分かりますよ。だって、今でもギルドにベルグリフさんがいるってだけで、俺随分肩の荷が下りてますもん……」
「な、なんで? 別に俺は何もしてないんじゃ……」
「んなこたありません。たまに俺が軽い相談した時とか親身になってきっちり答えてくれるし、古い資料も整理してくれてるようなもんだし……何かあったとしても頼って相談できそうな人がいるってだけで違うんですよ」

 ライオネルはこつこつと指先でテーブルを叩いた。ベルグリフは目を白黒させる。

「いや、別に俺は特別な事は……それにドルトス殿やチェボルグ殿だっているんじゃ……」
「ドルトスさんは厳しいし、チェボルグさんは脳筋だし……」
「それならエドさんもユーリさんもいるし、ギルさんだっているじゃないか。相談するにも気心が知れてるんだろう? なあ?」

 と、ベルグリフはエドガーの方を見た。エドガーは黙ったままにやにやして盃をあおった。ライオネルは口を尖らせる。

「こいつらは俺に対して容赦がないんですよお。ベルグリフさんは気遣いしてくれるし、穏やかだから話してて安心するんです」

 ライオネルは盃を一息で干し、音を立ててテーブルに置いた。

「それに! それに何といっても常識がある! 長く冒険者やってる連中は常識がない! くそぉ、俺だって別に好きで無能やってるんじゃないんだい……」

 ライオネルはテーブルに伏せてぶつぶつと呟いた。エドガーが呆れたように笑って、その肩を叩く。

「回るの早過ぎだろ……相変わらず駄目な野郎だな」
「はは……何だか鬱憤が溜まってるみたいだね……」
「そりゃ、ギルドマスターって自由な冒険者稼業とは正反対の仕事なんでしょ? ギルドのトップなのに皮肉だねえ」

 とカシムは笑って盃を傾けた。
 エドガーは苦笑しながら煙草を咥え、火を点けて煙を吐き出した。

「けど、てっきり今日はアンジェも来るもんだと思ってたよ」
「ああ、俺もそう思ったんだが、誘ったら遠慮してね……成長したって事なのかな?」
「ははは、まあ、こんなおっさんばっかの所に来ても仕方なさそうだしなあ」
「いや、アンジェさんはベルグリフさんがいればよさそうな気も……そういえば、結局ベルグリフさんのお嫁さん探しはなくなったんですかね?」

 ライオネルの言葉に、ベルグリフは苦笑して酒を含んだ。

「……まあ、あれはあの子が勝手に言ってただけだから……でも、アンジェも母親が欲しいんだろうかね?」
「そんな事は言ってたけどな。でもなベルさん。いくらアンジェが求めてるからって、あんたの人生はあんたの人生なんだから、納得できない事しちゃ駄目だぜ?」
「ん……そうだな。ありがとうエドさん。肝に銘じるよ」
「それにサティさんだっけ? 好きな人がいるんだろ?」

 ベルグリフは困ったように頬を掻いた。

「そういうのじゃないってば……」
「ふぅん? どうなのカシムさん。一緒にいた時ってそういう感じなかったん?」

 カシムは口いっぱいに頬張っていた食い物を飲み下した。

「いやー、どうだろうな。オイラあの頃はガキだったから、そういう事にはとんと疎かったな。でも、今思うとサティはいっつも飄々としてて、オイラたち三人はよく手の平で転がされてたね。人をからかうのが上手な奴だったよ。なあ、ベル?」
「そうだなあ……俺もからかわれていたんだか何なんだか……」
「あいつ美人だから見つめられると、なーんかドキドキしたもんだよなあ。あの頃は何でドキドキするのかよく分かんなかったけど。あー、悔しい」
「……そりゃ、あんたたちが勝手に意識してただけじゃないの?」
「……まあ、そうかも知れないな」
「へっへっへ、痛いトコ突くなあ、エドは」
「まあ、美人に弱いのは男の性だよなあ」
「ああ……こういう話すると独り身が寂しくなるなあ……」

 ライオネルはそう言ってひと息に盃を干した。エドガーが呆れたように煙草を揉み消し、新しい紙巻を咥えた。酒器を差し出してライオネルの盃に注いでやる。

「なら結婚しろよ」
「はあ? 誰と? 相手がいないよ、おじさんには……」
「鈍感野郎が……馬鹿に付ける薬はねえな」

 エドガーは煙草に火を点けた。カシムはけらけら笑った。

「そういや独身ばっかだね。娘持ちは一人、でも嫁持ちはゼロ」
「言うなよ、悲しくなるじゃんよ」エドガーは煙を吐き出した。「けど、結婚すりゃ心構えもできそうなもんだが、突然娘ができた時って、どんな気分だったんだい、ベルさん」
「そりゃあ大変だったよ。近所の赤ん坊の世話をした事はあったけど、やっぱり自分の所となるとね。普段の仕事もしなくちゃならないし」
「しかも女の子だもんなあ。男じゃ分からない事も多そうだね」
「ああ。友達の嫁さんなんかに色々アドバイスもらったり手助けしてもらったりしたよ。おかげで元気に育ってくれた」
「それであんなに懐いた、と」

 そう言ってエドガーは笑った。ベルグリフは苦笑して髭を撫でた。

「まあ、親一人子一人だったからね。でも男親が女の子を育てるのは大変だよ。小さな時は髪の毛も短くて、男の子みたいに駆け回ってたし、綺麗な服の一着も買ってやったかどうだか……駄目な父親だったけど、いい子に育ってくれてホッとしてるよ」
「いや、ベルさんが駄目なら、余の中の父親の大半が駄目だと思うが……」
「たくましいし、しっかりしてますよね、アンジェさん……どれだけ助けられた事か……」
「はは……それはあの子の頑張りだよ。けどなあ、もう少し親離れしてくれないと不安だよ……未だに同じ布団で寝たがるんだから」
「はー、そりゃ随分甘えん坊だな。あいつもベルさんがらみになると途端にポンコツだからなあ……でもまあ、大丈夫だろ。ベルさんはベルさんがいる時のアンジェしか知らないだろうけど、他の所じゃちゃんとしてるよ」
「そうですよ。そうでなくちゃ十二歳からオルフェンで一人暮らしなんかできませんよ」
「オイラもそう思うよ。一緒にダンジョンに潜った時なんか、強いししっかりしてるし、すっかり感心しちゃったよ」
「そうか……そうかもね。俺の知らない姿があって当然だものな」

 確かに、自分の見ていないアンジェリンはきちんと年相応に振る舞っているのだろう。だからこそ皆が彼女を慕い、頼りにしているのだ。
 そう考えると、せめて会っている時くらいは甘えさせてやってもいいのかなどと思ってしまう。我ながら甘いな、とベルグリフは苦笑した。

「でも、冒険者として頑張るのもいいけど、もうちょっと女の子らしくなってもいいと思うけどね。お洒落して、恋をして……こんな考えは父親の身勝手かな?」
「いやー、んなこたねえよ。アンジェもお洒落すれば中々可愛いと思うんだがなあ……」
「そういえば、三つ編みにするようになってたんだ。前に帰って来た時はしてなかったんだが、聞いたらシャルにやってもらってからするようになったらしい」
「ははあ、そういやそうだな。ちょっとは洒落っ気が出て来たんかね……」と、酒器を取り上げてエドガーは顔をしかめた。「ありゃ、ねえや。お姉さん、黄酒……いや、濁り酒おくれ。あと……火鍋は竜肝入ってるよな? ……うん、じゃあ火鍋。具は五人前ね」
「火鍋?」
「ああ、辛めのスープに肉とか野菜を入れてな、それを食うんだ。竜肝入れると抜群にうまい。面白いのが鍋の形でさ。真ん中で仕切られてて、スープが二種類あるんだ。どっちもうまいぜ」
「へえ……その鍋もどこかで売ってるのかな?」
「ははは、ベルさんは何でも自分で試さねえと気が済まねえんだな。いいよ、今度休みの時に買い物に付き合うよ。多分あると思うんだがなあ」

 エドガーは笑って煙草を揉み消した。
 ライオネルはすっかり回って管を巻き、カシムが笑ってそれに答えている。ビャクは小鉢の木の芽を食っていた。

 楽しい、とベルグリフは思った。
 トルネラで農夫たちと仕事の話をしながら呑むのも好きだが、こういう賑やかなのも悪くない。冒険者時代を思い出すようだ。同世代の男たちと肩を並べるのも何だかホッとする。
 若い女の子たちに慕われるのも決して悪い気はしないのだが、やはり中年の引け目はあるし、少し落ち着かない。男同士での気安さというものがとてもありがたく感ぜられた。

 無言で黙々と料理を食っているビャクを見て、カシムがにやにやした。

「お前はシャイボーイだねえ。それとも女の子がいないから詰まらないかい?」
「何馬鹿な事言ってやがる……」
「へっへっへ、お前もお年頃だもんな。で、ビャッくん的には誰が好みなの? アンジェ? ミリィ? アーネ? それともマリーか? 大穴でシャルかな?」
「考えてみりゃ、お前美少女に囲まれてんなあ。羨ましいぜ、このこの」

 エドガーも笑いながら手を伸ばしてビャクを小突く。ビャクは眉をひそめた。

「チッ、下世話な親父どもが……」
「照れるな照れるな、秘密にしとくからさ。で、誰なの?」
「うるせーな……なんでもいいだろ、別に……」

 ビャクは口を尖らしてそっぽを向いた。
 おや、とベルグリフは首を傾げる。何だかいつもと反応が違う気がする。

「ビャク、熱でもあるのかい?」
「ねえよ」

 しかし何だか顔が赤いようだ。目も据わっているように見えた。

「……酔ってる?」
「いや、こいつ酒は飲んでないだろ……あ」

 エドガーが空になった小鉢を取り上げて、苦笑した。

「木の芽の酒粕和えが……」
「酒粕って酒の絞り粕? ……ビャク、お前、本当に酒に弱いんだね。大丈夫かい?」
「うるせー、くそおやじ……」

 いよいよ回って来たらしい、ビャクはやや呂律の回らない様子で左右に揺れた。カシムがからから笑っている。

「お前、クソ生意気なだけかと思ってたけど、可愛いとこもあるじゃない、へっへっへ」
「ぐむ……むう……」

 ビャクは悔しそうにテーブルに肘を突き、うなだれた。くらくらと舟を漕いでいる。ベルグリフは苦笑し、ビャクの背中をさすってやった。こうなるとただの十五歳の少年でしかない。
 その時、店員が鍋を乗せた卓上焜炉を持って来た。

「お待たせしました」
「おお、ありがと。今場所空けるから……」

 と言いかけて、エドガーはギョッと目を剥いた。ベルグリフたちも驚いて口をぱくぱくさせる。

「どうしたのかな? 早く場所を空けておくれよ、ふふふ」
「おま……何やってんだ、ギル」

 東方装束に身を包んだギルメーニャはくすくす笑った。

「お仕事お仕事。似合う?」
「ホントに神出鬼没だなお前は……」
「ほら、さっさと場所を空けたまえよ。やあ、こんばんはベルグリフさん、カシムさん」
「あ、ああ、こんばんは、ギルさん……」
「元気かい、ギルやん?」

 ギルメーニャは両手で焜炉を持ち、頭の上のお盆に酒器を乗せたまま器用に肩をすくめた。

「見た通りだよ……お二人とも、こんなくだらない連中と呑んで楽しいかね? 今度は是非わたしに付き合って欲しいね、ふふふ……具材を持って来るよ」

 焜炉を置き、なみなみと入った酒器を置いたギルメーニャは、何でもない顔をしてすたすたと去って行った。カシムが面白そうな顔をしている。

「ギルやんはホントに面白いな。オイラあいつ好きだなー」
「長い事付き合いはあるが、あいつだけはホントに分かんねえ……つーか二人も寝ちまったな。五人前頼んだのによ……おら、起きろ!」

 エドガーは、ぐうぐう寝息を立てるビャクとライオネルを小突いた。二人はむにゃむにゃと何か言ったが起きる気配はない。少し身じろぎしただけだ。
 エドガーは諦めたように嘆息して酒器を取り上げて差し出した。

「駄目だこりゃ……ま、ゆっくり呑もうや。ほい、ベルさん」
「はは、ありがとう……さっきの酒と違うね」

 ベルグリフは苦笑しながら盃で受ける。そして、ふとカシムの方を見た。

「そういえばカシム。君、人見知りしなくなった感じだな」
「この歳になっていつまでも人見知りでいられないよ。そこだけは大人になったのさ!」

 カシムはからから笑った。エドガーが面白そうな顔をして酒器を差し出す。

「カシムさん、人見知りだったんかい」
「ああ、こいつは昔は初対面の人には愛想が悪くて……」
「ちょっとベル! 自分で言うから勝手に暴露しないでくれよ!」

 鍋で二色のスープがくつくつと煮えて、湯気が生き物のようにゆらゆらと動き回った。


  ○


 起きた時にはもう太陽が昇っているらしかったが、分厚い雲が空にかかっているらしい、陽が射して明るいという風ではなかった。ただ何となく辺りが薄明るく、夜ではないという事が分かるくらいだった。
 上体を起こしたアンジェリンはぼりぼりと頭を掻いた。
 三つ編みはほどけて、髪の毛が寝癖でくしゃくしゃと散らかっている。昨晩はどれくらい呑んだのだか分からないが、ともかく深酒した事は確かだ、起きたつもりでも何だか頭の中に霞がかかったようにぼんやりした。

「んん……」

 見回すと、アネッサにミリアム、シャルロッテがそこいらに転がって寝息を立てていた。床にクッションや毛布を敷き詰めて雑魚寝状態である。空の酒瓶や食器がテーブルの上に雑多に重なっている。
 立ち上がる気にもならず、座ったままぼんやりと窓の向こうを眺めていると、台所からマルグリットが出て来た。本当に酒を飲んだのか分からないくらいぴんぴんしている。

「お、アンジェ起きたのか。おはよう」
「おはよ……マリー、早起きだね……」
「なんだよ、二日酔いか? だらしねえなあ」
「マッスル将軍みたいな事言わないで……マリー、お酒強いね」
「そうかあ? 別に普通だぞ? あ、スープ作ったけど、飲むか?」
「ん……ありがと。もらう」

 冬キャベツと干し肉の温かなスープを飲むと、幾分か心持が落ち着いた。
 ベルグリフが飲みに誘われたというので、女子会を企画して女の子だけの宴会を催したのが昨晩の事である。ベルグリフに誘われたのは勿論嬉しかったが、きっとベルグリフも男同士で気兼ねなく飲みたい時もあるだろうと気を回したのだ。
 自分の親孝行さに我ながら感心する、とアンジェリンはにまにま笑った。わたしは自制のできる娘になったのだ。

「お父さんは優しいから、わたしが頼むと無理しちゃう……」
「なんだよ、突然」
「昨日は楽しかったねって話……」
「んん? まあ、そうだな」
「お父さんたちも楽しかったかな?」
「楽しかったんじゃねえの? おっさんばっかで何話したのか知らないけどさ」

 マルグリットは笑いながら伸びをした。

 オルフェンに来た初日にこの家に泊まってから、マルグリットはそのまま居候していた。三人で暮らすにも狭い家というわけではないし、広いオルフェンで年の近い知己と暮らせるというのは彼女としても安心だったのだろう。料理上手なのも相まって、今ではすっかり馴染んでいる。

 アンジェリンはじっとマルグリットを見つめた。
 絹のような銀髪に、すらりとした肢体、作りものじゃないかと思うような顔立ち。西の森のエルフの姫君は美人だ。
 エルフという種族はみんな美しいらしい。ベルグリフのかつての戦友だったというサティもこんなに綺麗なのかしら、とアンジェリンは思った。

 ずっと見られているのに落ち着かなくなったのか、マルグリットはちょっともじもじと肩を動かした。

「……なんだよ。あんまり見られると落ち着かないぜ」
「ん、ごめん……ねえ、エルフって何歳くらいまで若い見た目なの?」
「あー、人によりけりだな。五十過ぎて皺が出始める奴もいるし、七十になっても若々しい奴もいる。体内の魔力量によるらしいけど、おれもよく分かんねえ」

 ベルグリフの同世代だから、サティはもう四十代の筈だ。
 どんな人なんだろう、とアンジェリンは考えた。
 マルグリットみたいな綺麗な人なのだろうか。そんな人がお母さんになったら、緊張するかも知れない。心構えが必要だ、と思った矢先に大きなあくびが出た。
 アンジェリンは椅子の背もたれに体を預け、目をしばたかせた。

「シャルが起きたら帰ろうかな……」
「そうするか? おれはギルドに行こうかな」

 マルグリットは元気が有り余っているという様子で肩を回したり首を鳴らしたりした。
 随分な酒豪だ。ボルドーのサーシャとどっちが強いかしら、とアンジェリンは思った。

「マリー、元気……飲み疲れてない?」
「あの程度じゃなんともないぜ。それに、依頼に出るのが楽しいしな」
「ふうん……歯応えがないって言ってなかった?」
「そりゃ、魔獣は弱いし、仕事は地味だけどさ、ベルの言うように惰性でやるんじゃなくて、何か発見しようとしてると、意外に面白くなるんだぜ。冒険者ってのはやっぱ楽しいな! おれ、オルフェンまで来てよかったよ」

 マルグリットはそう言って笑った。アンジェリンもつられて笑う。

「だよね。薬草の種類とか、生えてる場所の特徴とか、魔獣の癖とか、観察してると結構楽しい……」
「そうそう! ああいうのをおろそかにしちゃいけないってのがようやく分かって来たぜ」

 マルグリットは両手を組んで指をぽきぽき鳴らした。

 マルグリットは実力的にはアンジェリンと互角のものがある。アンジェリンが口利きすれば一足飛びに高位ランクへ昇格する事もできなくはない。
 しかし、それをせずに下位ランクから始めているのはベルグリフの意向だ。冒険者は剣の実力だけではないというのが彼の持論だし、実際のその通りである部分は多い。
 一見して地味で誰でもできるような事を丁寧にする事で見える事もある。傲慢さを抑え、堅実に仕事をこなす事は結果として冒険者としての寿命を延ばす事に繋がる。マルグリットは既にそれを掴みかけているらしかった。

 粗野だが実直なこのエルフの姫に、アンジェリンはもちろん好感を抱いているが、不思議と軽い嫉妬心もあるように感ぜられた。
 マルグリットが今いるのは自分がかつて通り抜けた道である。それに対する羨望はもうない。むしろ先輩として軽い優越感を覚えるくらいである。
 しかし、何だかベルグリフを取られたような気になるのも確かだ。ベルグリフの教えてくれた事やトルネラでの出来事を話すマルグリットは、まるでベルグリフの娘のように見えた。

 アンジェリンはちょっと頬を膨らまして、テーブル越しにマルグリットの頬を軽くつねった。
 マルグリットは目をぱちくりさせて抗議の声を上げた。

「にゃにしゅんだ」
「……すべすべ」

 キメの細やかなマルグリットの肌は、何だかいつまでも触っていたいようだった。
 小さな嫉妬からの意地悪のつもりでつねったが、思った以上に手触りが良いから、アンジェリンはつまんだ手を放して、手の平全体でマルグリットの頬をむにむにと揉んだ。

「……調子に乗るな、うりゃうりゃ」
「やめろお」

 マルグリットは頬を染めてアンジェリンの手を掴んだ。

「お前はホントに変な奴だな」
「変とは何だ……」
「だってベルの娘とは思えねえぜ、顔も性格も似てねえし……お返しだ、こんにゃろ」

 マルグリットは手を伸ばしてアンジェリンの頬をむにむにと揉んだ。

「ぐむ……わたしは拾われっ子だから似てないのは当たり前……」
「そういやそうだったな……本当の父上と母上に会いたいとか思わねえ?」
「……考えた事もなかった」

 そう、ベルグリフの本当の娘でないならば、自分を産んだ血のつながった両親がいる筈だ。今まではそんな事を考える事もなかったが、言われてみれば気にならいないでもない。
 しかし、その本当の親というのは自分を捨てたのだ。疎んだのか止むを得ない事情があったのかは知らないが、自分を育てる事を放棄した事に変わりはない。

 不意にセピア色の風景がちらついたが、すぐに消えた。
 アンジェリンはムスッと口を尖らした。

「……けど、わたしを捨てたんだよ? いらなかったって事でしょ? そんな人たちに会いたいとは思わないし、向こうも会いたくないと思う」
「そうかもな……けど不思議だよな」
「なにが?」

 マルグリットは髪の毛をつまんで捻じりながら言った。

「だってさ、トルネラって周りに他の村はないだろ? なのに、村の奴らの誰も知らない赤ん坊が捨てられてるんだぜ? 捨てた奴はどうやって来たんだ? なんでわざわざトルネラみたいな所まで来て捨てたんだ?」

 アンジェリンは腕を組んだ。
 確かにそうだ。一番近いロディナの村までも一日はかかるし、別の所から捨てに来たのならば、まったく目撃されていないのはおかしい。
 かといって、村人が捨てたなどと言う事も考えられない。身重であれば狭く顔見知りばかりのトルネラで隠し通せる筈もないのだ。

 お父さんは何かわたしに隠している事があるのだろうか。何か知られると都合の悪い事が……。

 怖い顔をしていたらしい、マルグリットが焦ったような声を出した。

「わ、悪ぃ、別に深い意味があって言ったわけじゃ……」
「ん、いい……大丈夫」

 アンジェリンは嘆息した。

 変にうがった考え方をするのはやめよう。
 隊商に混じって来た誰かが素知らぬ顔で森に捨てたという事も考えられるし、仮にこっそり来ていたとして、偶然誰にも見られずに済んだという事だってあり得る。
 何より、ベルグリフの愛情に嘘があろう筈もない。自分にとって大事なのはそれだ。本当の親などどうでもいい。アンジェリンはそう結論付けた。

「わたしのお父さんは“赤鬼”のベルグリフ……他にはいない。それでいい」

 と口に出してはみたものの、何か妙な取っ掛かりが残った。
 マルグリットは黙ったまま頷いた。
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