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冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた 作者:門司柿家

惑う娘

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六十.乾いた冷たい風が風花を伴って吹いて


 乾いた冷たい風が風花を伴って吹いて来て、乗合馬車の人々を撫でつけた。
 いくら服を重ね着していても、その隙間から這い込むようにして冷気が肌に届く。人々はもそもそと体を動かし、連れのいる者は身を寄せ合うようにした。

 冬には珍しい晴れ空だった。しかし、その分風が冷たいようだった。
 上の方に申し訳なさげに付いた幌だけでは風までは防げないらしい。却って光を遮って寒々しい。

 車輪が雪に埋もれた石を踏んでごとごと音を立てる。その度に馬車が小刻みに上下した。日の光が雪景色に照り返してきらきらしている。

 二十半ばというくらいの女が顔をしかめて中腰になり、腰や尻を手の平で撫でた。
 平らな顔立ちと前を重ねる特徴的な装束から東方の人間らしい事が伺えた。貫頭衣ではないから、ティルディスではなくキータイかブリョウ辺りの人間だろう。肩くらいの黒髪を無造作に束ね、布をかぶせた槍らしい長物を携えている。
 訛りの強い言葉で呟いた。

「まーだ着かんのかいな、尻は痛いし、寒いし、困ったもんじゃのう」
「もうちょい」

 女の隣に座っている少女が言った。背は低く、年の頃は十代半ばから後半といったところだ。鳶色の長いコートにマフラーを巻き、ふかふかした耳垂付きのファー帽子をかぶっている。覗く髪の毛は黄土色である。傍らには楽器らしいケースを置いていた。
 女は不満そうにまた腰を下ろして嘆息した。
 懐から煙管を取り出し、乾燥させた煙草を詰める。口に咥えて火を点け、胸いっぱいに煙を吸い込んで吐き出した。薄荷の匂いがした。

「仕事とはいえ堪えるわい……何が悲しゅうて冬の北部に来にゃならんのじゃ……」
「寒い時はしぇけなべいべー、だぜ」

 少女はそう言って体を揺らした。女はやれやれと頭を振った。

「おんし、それよう言うとるが、何じゃ、シャケ鍋ちゅうのは。魚を煮るんかい?」
「昔の人は言いました。寒けりゃ、だんしん、ついすてん、しゃう」

 少女は歌うようにぷつぷつ呟いている。
 女は諦めたように煙を吐き、煙管を馬車の縁に打って灰を外に落とした。

「南部語ばっか話されても儂にはさっぱり分からんぞ」
「相変わらず君にはロックが足りない」

 少女はふんと鼻を鳴らして、手に持った瓢箪をあおった。少し頬が赤い。女が目を見開く。

「おんし、そりゃ儂の酒!」
「昔の人は言いました。お前のものは俺のもの。俺のものも俺のもの」
「やかましい! この犬っころ! おんしを鍋にしてくれようか!」

 女は少女の帽子の耳垂をつまみ上げた。少女はきゃんと鳴いた。どうやら、これは帽子からではなくて少女の頭から垂れているらしかった。獣人である。

「痛い痛い」
「くそ、平気な顔しとったのはそのせいか! 儂にもよこせ!」
「あーれー、ご無体なー」

 女は瓢箪を奪い取ってひと息にあおった。そうして顔をしかめた。

「全部飲みおったなあ! こンのド阿呆があ!」
「きゃー、ご勘弁をー。あ、ちょっとほら、見えた。到着到着」
「やかましい! 誤魔化そうったって駄目じゃ!」
「きゃいん」

 女は少女の頭を引っ掴んでぐりぐりとこねくり回した。少女は悲鳴を上げた。他のお客が体を縮込めて二人を見ている。

 馬車の先に日に照らされたオルフェンの都が姿を現した。しかしその向こうに分厚い灰色の雲が流れて来ているらしかった。


  ○


 新しい家は広くはあるが、手の届く範囲の広さに納まっていた。掃除が大変になるでもなく、かといって五人が起居しても手狭な感じもしない。
 ティルディスからの移民が作った家らしく、石造りの壁に木の床で、大部屋がひとつというシンプルな造りだ。まるでトルネラの実家を思わせる。
 しかし暖炉はなく、代わりに部屋の真ん中に火処があり、その周囲を囲むように地べたに絨毯を敷いて、その上に直接座るような造りになっていた。その為天井は真ん中に行くにつれてドームのように緩やかに高くなっていた。

 あれから数日かけて歩き回り、ようやく丁度いい部屋を見つけ出した。住宅地の裏の方にある小さな一軒家である。東部移民たちが寄り集まっていた場所らしく、周辺には似たような家が重なるようにして立っている。
 ほんのふた月ばかりの契約だけれども、特に問題もなく借りる事ができた。アンジェリンが元々ものを持たない性格であるし、ベルグリフたちはオルフェンに腰を据えるつもりはないから荷物は少ない。身軽である。引っ越しというほどの大げさな事もなく、彼らは居を変えた。

 パーシヴァルたちの足取りは依然として掴めぬままである。
 毎日書類の小さな文字とにらめっこしているうちにベルグリフは目がしょぼつき出して、少し休もうかという気分になった。
 日々なんの収穫もないままであると、自分のしている事がひどく無意味なように感ぜられた。

 その日は朝から雪が降っていたが、気温が高くなって来たせいか、昼頃からみぞれになり、地面がぐしゃぐしゃして、外に出るのも億劫なようだった。
 ベルグリフはトルネラから持って来た羊毛の篠を紡いでいた。
 オルフェンに来てからというもの、退屈な時はいつもこうした。スピンドルがくるくる回り、ふわふわしていた羊毛がよじれて糸になった。

 糸紡ぎをしていると心が落ち着いた。何かを考えているようでもあり、何も考えずに済むようでもあった。
 アンジェリンがしばらく傍らで手伝っていたが、あまりにのんびりとしているので次第に眠くなってしまったらしい、今は体を丸めてクッションの上ですうすうと寝息を立てている。

 紡ぎ終えた毛糸を改めて巻き直し、ベルグリフは息をついた。
 いつもよりは気温が高いとはいえ、もちろんしんしんと底から冷えて来る寒さは健在だ。
 アンジェリンがもそもそと身じろぎしてむにゃむにゃと何か言った。
 ベルグリフはしばらく目の前のたき火を眺めていたが、不意に思い出したようにアンジェリンの肩を叩いた。

「アンジェ。アンジェ、起きなさい」

 アンジェリンは口をもぐもぐさせていたが、やがて目を開けた。

「んにゅ……おはよう、お父さん」
「うん。お前、今夜はアーネたちの家で宴会をするから支度があるんじゃなかったかい?」

 アンジェリンは上体を起こして目をこすった。

「……そうだった。寝ちゃった……」
「はは、あんまり気持ちよさそうだから起こさなかったけど、そろそろ行った方がいいね」
「うん、そうする……」

 アンジェリンは立ち上がって大きく伸びをした。それから大きな三つ編みにした髪の毛を持って顔をしかめた。

「……くしゃくしゃ。お父さん、編んで」
「ああ、じゃあ座って……」
「ん!」

 アンジェリンは嬉しそうに背中を向けて座り込んだ。
 乱れた髪の毛を一度ほどいて、改めてアンジェリンの髪の毛を編み直す。

 前にシャルロッテに三つ編みにしてもらってから、アンジェリンはそれを気に入って毎日編むようになっていた。ベルグリフが来てからは、毎朝彼に三つ編みをしてもらうのが日課である。
 ごつごつと皮の分厚い自分の手が、滑らかなアンジェリンの髪の毛を編んで行くのがベルグリフには何だか可笑しかった。

「……よし、できた」
「ありがと!」

 ふわりと編まれた三つ編みを撫でて、アンジェリンは満足げに笑った。そうしてそのままベルグリフに背中を預けて体重をかける。

「今日は誰が来るの……?」
「ん、エドさんにリオさん……あとはお父さんとカシムとビャクだよ」
「男子会……それはそれで楽しそう」
「ビャク以外はおじさんばっかりだけどね」

 と言ってベルグリフは苦笑した。

「けど、本当にお前は来なくていいのかい?」
「うん。たまにはお父さんも羽根を伸ばして……」
「はは、そうか」

 ベルグリフは髭を撫でた。
 今日の夜はエドガーに誘われた飲み会に行ってみるつもりである。前に声をかけてもらってから、忙しかったのか少し時間が経ったが、ようやく段取りができたようで、エドガーが肝煎りして東方料理の店に行く事になっている。日が落ちてから現地で落ち合う予定だ。

 ベルグリフはアンジェリンも誘ったが、珍しい事にアンジェリンはそれを断った。面子からして男だけの方が気安いだろうという気遣いらしい。
 娘の成長が嬉しいやら寂しいやら、片付かない気持ちではあったが、素直にアンジェリンの好意に甘える事にした。

 代わりにというわけなのか、今日は女の子たちもアネッサとミリアムの家で女子会としゃれ込む予定らしい。食材や酒を買い込んで、酔いつぶれてもそのまま眠ろうと企んでいるようだ。
 若者らしくていい、とベルグリフは微笑んだ。

 アンジェリンはひょいと立ち上がった。そうして外套を着、マフラーを巻いて出掛ける支度をする。

「あんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ、お父さん……」
「ああ、気を付けるよ。お前もあまり深酒しないように」
「分かってまーす」

 アンジェリンはにへらと笑って、軽い足取りで機嫌よく部屋を出て行った。
 ベルグリフは窓の外を眺めた。午前中には降っていなかった雪がちらつき始めている。しかしまだ明るく、日暮れまでは時間がありそうだ。

 スピンドルを手に取り、篠を捻じって、再び糸紡ぎを始めた。
 スピンドルが回ってぶぅんと小さな音を立て、時折芯棒が床に当たってからからいった。


  ○


 教練場には幾つか区画があって、模擬戦の為の広場の他に木でできた小さな小部屋が幾つもある。それらは座学に使用される事もあるし、魔法使いたちが瞑想や術式の構築などをする為に使われる事もある。

 そのひとつに魔法使いたちが集まっていた。カシム、ミリアム、ビャクにシャルロッテである。
 ビャクとシャルロッテは並んで立ち、その前でカシムが腕組みしている。ミリアムは壁際で杖にもたれてしゃがんでいた。

「足の裏だ。ちゃんと形を意識するんだぜ」

 カシムに言われ、ビャクは目を閉じたまま眉をひそめた。
 裸足で立つ木の床はひんやりしている。確かに立っている感触はあるけれど、指先や踵、足のどの位置が床について、どんなふうに体を支えているのかという事は変に曖昧に感じた。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてシャルロッテが大きく息をついた。彼女はビャクの横に同じように裸足で立っていた。

「はあ……立ってるだけなのに疲れるわ……」

 カシムはからから笑った。

「まあ、焦らずやんなよ。段々いい感じになってるし、こういうのは継続が大事だから」

 ミリアムが面白そうな顔をして言った。

「こんな練習の仕方、初めて見たー。面白いね」
「だろ? 魔法ってのは自分の魔力で外側に干渉する技術だ。術式や魔法陣ってのはそれを公式にして簡略化したものに過ぎない。今やってんのは基礎の基礎。まずは自分の形を正しく認識するって事が大事なのさ。そうすりゃ、良い具合に体に魔力を留めておける。詠唱とか術式理論なんかはその後でいい」
「感覚的だねー。若作りのババアはまず詠唱と術式理論の暗記、それから実戦稽古って感じだったよ。瞑想は合間に少しって感じだったなー」
「そいつも間違っちゃいないよ。でもこいつの場合は自分の魔力を上手く扱えるようになるのが目的だからね」

 そう言ってカシムはビャクの頭をぽんぽんと叩いた。ビャクは少し眉をひそめた。

「“灰色”のばーちゃん式にビシバシ実戦もいいけど、内面と向き合うのも大事な事だよ。中に魔王なんか巣食ってるんじゃ尚更だね。自分の形がきちんと掴めれば、形のないものに必要以上に干渉されなくなる」
「なるほどねー、わたしもやってみよーっと」

 ミリアムはさっさと靴を脱ぐと両足を揃えて立った。

「うひー、ちべたい。足の裏の形だっけ?」
「そう。どういう風に立ってるかちゃんと分かるかー?」
「んー……」

 ミリアムはしばらく目を閉じて立っていた。

「意外に難しいね。思ったよりも輪郭が曖昧かもー」
「だろ? ミリィ、お前はもう熟練なんだから、足の裏の輪郭を魔力がなぞるように意識してみな。すぐできるぜ」

 ミリアムは言われた通りに目を閉じ、体の中を巡って行く魔力が足先や踵を描くように流れるのを意識した。すると、さっきまで曖昧だった足の形がくっきりとして来て、足の裏のどの部分が床についているかも感じられるようになった。思わず嘆声が漏れた。

「おおー」
「分かったみたいだな。それを意識せずにくっきり分かるようになる頃には、体の中で魔力を動かすのがかなりできるようになるよ」
「だからカシムおじさまはいつも裸足なのね?」

 シャルロッテが目を輝かせた。この寒さの中でもカシムはいつも裸足である。流石に最近はサンダル履きになっているが、靴はおろか靴下を履いているのも見た事がない。
 カシムはバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや……オイラは無精なだけ。魔力で体をコーティングしてるから暑さ寒さに鈍感なんだよね」
「それができるのってかなり凄いと思うんだけど……」

 ミリアムは呆れたような感心したような、曖昧な声で言った。
 自身の体の輪郭を正確に掴む修行によって、カシムは薄い膜のように魔力で体を常にコーティングするすべを手に入れたようだ。
 なるほど、確かにそういった細かな魔力のコントロールは、対象の形をきちんと把握していなくてはできないだろう。ミリアムは目の前の大魔導の実力に改めて感じ入った。

 シャルロッテはぺしぺしと自分の頬を叩いて、むんと力を入れた。

「頑張ってお父さまに褒めてもらうんだから!」
「わたしも頑張ろー。一歩先に行けるかも」

 シャルロッテとミリアムは並んで立って目をつむった。

 カシムは小さく笑ってから、ちらとビャクの方を見た。ビャクは黙ったまま目を閉じてずっと立っていた。身動きせず、静かに呼吸だけ繰り返している。
 カシムは感心したように顎鬚を撫でた。彼の目にはビャクを取り巻く魔力の流れが見えているらしかった。

 ぴくり、とビャクの眉が動いた。
 魔力の流れが変わり、髪の毛が先の方から黒く染まり出した。
 カシムは手を伸ばしてビャクの肩に手を置いた。

「起きろー」

 びりっ、とカシムの手から小さな衝撃が走った。ビャクは驚いて目を開く。染まりかけた髪の毛はまた白に戻った。
 ビャクは怪訝そうな顔をして手の平を見つめ、握ったり開いたりした。

「……俺は」
「引っ張られたな? 『自分の』輪郭を意識しなよ。『魔王の』じゃ駄目だよ」
「くそ……」

 ビャクは悔しそうに頭を振り、カシムの方を見た。

「……俺は存在しているのか?」
「いるじゃないの、そこに」
「違う。あんたは分かってる筈だ……奴らと似たような連中とつるんでたんだろ?」

 カシムは肩をすくめた。

「その話は今度にしようぜ。立ち話で済む話題じゃないもんね」
「……分かった」

 ビャクは眉をひそめてまた目を閉じた。大きく息を吸い、規則正しく呼吸する。
 カシムはあくびをしながら、瞑想する三人を眺めていた。
 それからどのくらい経ったのか分からないが、小部屋の戸が開いた。ごつごつと何かが木の床を叩く音がする。
 シャルロッテが真っ先に目を開けて駆け出した。入って来た男に飛び付く。

「お父さま!」
「おっと」

 ベルグリフはシャルロッテを抱き留めた。

「邪魔しちゃったかな?」
「うんにゃ。ベルが来たって事はもう夕方かな?」
「ああ」

 ベルグリフは頷いた。カシムは山高帽をかぶり直して伸びをした。

「どう? ゆっくり休めた?」
「ああ、おかげさまでね」
「よーし、今日はここまでだ。帰るぞー」

 外はもう暗くなり始めている。日が照っていた午前中には屋根から落ちていた水滴が、今は凍ってつららになっていた。
 昼過ぎからかかった灰色の雲が雪を降らしていて、それが風で砕けて細かくなり、歩いているだけでも目を細めなくてはいけなかった。
 腕にすがるシャルロッテを守るようにマントで覆いながら、ベルグリフはミリアムに話しかけた。

「ミリィはこっちに来てたんだね」
「うん。カシムさんの稽古が気になったから、アーネに任せて出て来ちゃいましたー」
「アンジェはもうそっちに行ってるのかな? 昼過ぎには出たんだけど」
「んー、どうかなー。でも多分いると思いますよー。アーネと買い物に行っただろうし、夜の支度をしてるんじゃないかにゃー?」
「うん、そうか」

 ベルグリフは空中に息を吐いた。白く渦を巻いて、風に吹かれて散らばった。
 ミリアムはカシムの教練に興味を持ち、こちらに来たようだが、アンジェリンとアネッサは夜の準備に市場や酒屋を回っていたのだろう。もうみぞれは雪に変わり、気温も下がってしんしんと冷えて来ている。この時間に下手に歩き回っては風邪を引きそうだ。もう家に戻って料理などの仕事に移っていればいいが、とベルグリフは案じた。

「たまには男だけってのもいいですよねー」

 とミリアムがくすくす笑った。

「ベルさんも、アンジェがいちゃ話せない事があるんじゃないですかー?」
「ん、どうだかな……別に隠すような事はないが……」

 ベルグリフは苦笑した。話しづらい事があるわけではない。ただ、ミトの事に関してはすべてを明かしあぐねていた。
 森で拾った弟だという事は話してある。アンジェリンはトルネラに帰る楽しみが一つ増えたと大喜びした。
 ただ、ミトが魔王から派生した不思議な存在であるという事までは話していない。何と説明すれば分からないのもあるし、変な先入観を持たせるのも憚られたからだ。

 しかし、いずれは話さなくてはならない事だろう。
 アンジェリンがミトの正体を知ってどうかする事を危惧しているわけではないが、タイミングと、どう切り出せばいいのかに迷って、結局まだ話せていないのが実情だ。

 ともあれ、焦る話ではない。トルネラに帰って、ミトを目の前にしてからゆっくりと話をすればいいだろう、とベルグリフは決めていた。オルフェンでどたばたしても仕方がない。

「それじゃ、わたしたちはここでー」
「三人とも、風邪引いちゃ駄目よ! あと飲み過ぎないでね!」

 中途でミリアムとシャルロッテと別れ、ベルグリフはカシムとビャクを伴って、往来を下り、坂を上ったり下ったりして、幾つかの横丁を曲がった。
 カシムが山高帽を押さえてへへへと笑う。

「懐かしいなあ、昔こうやってあちこち歩き回って道具を揃えたよね」
「ああ、そうだったな。俺は魔道具の見る目がなかったから君が見て」
「そうそう。けど粉油とか虫よけとか燻し玉とか、そんなのは君が一番目が利いたもんな」
「覚えてるか? パーシーが安売りの燻し玉を買って来て、試しに使ってみたら煙が出ないで……」
「あったあった! それでパーシーが首傾げて燻し玉に近づいたら破裂してさ。あの時のパーシーの顔ったら!」

 カシムはけらけらと愉快そうに笑ってから、ふと寂し気に目を細めた。

「……会えるといいなあ」
「そうだな……でも、きっとパーシーもサティも元気でやってるよ。俺と君が会えたみたいに、きっと二人にもまた会えるさ」
「うん……そうだね」
「おい……ここじゃねえのか」

 後ろからビャクに呼び止められ、ベルグリフはハッとして振り向いた。話に夢中になって通り過ぎかけたようだ。
 慌てて戻って来る二人を見て、ビャクは呆れたように嘆息した。

「しっかりしろよ、髭親父ども……」
「すまんすまん」

 ベルグリフはバツが悪そうに笑い、顎髭を捻じった。
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