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冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた 作者:門司柿家

また帰れない娘

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四十五.赤髪の少年は、やや緊張した面持ちで


 赤髪の少年は、やや緊張した面持ちで腰の剣の柄に手をやった。
 青い空の下、草の茂った平原の向こうに、沢山の魔獣が群れになって唸りを上げている。
 少年の側には年齢様々の冒険者たちがそれぞれに得物を携えて魔獣に向かい合っていた。しかし若者が多いようだ。
 それもその筈で、ここに来ている冒険者たちは、概ねCランク程度の者ばかりだった。人数はかなり多い。

 合同の討伐依頼だった。
 人型の魔獣が大量発生し、ダンジョンから溢れたのだ。
 高位ランクの魔獣ではない。だからギルド側が下位ランク冒険者の経験の為と、Cランクまでの冒険者やパーティを集めて討伐隊を組んだのである。

「おい、今度は日和るんじゃねえぞ!」
「は……」

 隣に立つ強面の冒険者に言われ、赤髪の少年は俯いた。

 彼は月の頭から、ある冒険者のパーティに加入していた。彼らも駆け出しのパーティで、ギルドで募集をかけていたのだ。

 赤髪の少年はパーティを幾つか渡り歩いていた。
 彼自身は剣の腕はよくて中堅というくらいだったが、生来の慎重さから来る戦況を見極める観察眼や、事前の準備や警戒などは人並み以上にできた。

 しかし、射手や魔法使いなどの後衛ならばともかく、彼は剣士だ。前に出て役に立つことが一番の役割である。
 そのちぐはぐさから、少年はどのパーティでもイマイチの評価をされ、長くとどまる事がなかった。
 現在のパーティでもそうだ。血気盛んな駆け出し冒険者たちは一歩踏みとどまって戦況を見極めるという事をせず、かといってその事を何とも思っていない。実際、下位ランクの依頼などは勢いで乗り切れてしまう事も多い。
 どちらかというと、まずは相手の出方を伺うタイプの赤髪の少年は、臆病者のレッテルを張られ、既にパーティ内でも邪険にされはじめていた。

 全体を指揮しているギルド付きの高位ランク冒険者が、討伐隊を前進させた。魔獣たちも雄たけびを上げて前へ押して来る。
 冒険者たちは興奮したように武器を振り上げ、より多く手柄を立てようと駆け出した。

「行くぞオラァ!」

 赤髪の少年の属するパーティも、我先にと前へ押して行く。赤髪の少年も走ってはいるが、やや遅めだ。
 一番槍同士がぶつかり合い、瞬く間に混戦の様相を呈した。方々で武器がぶつかり合い、矢が飛び交って魔法がきらめいた。怒号と悲鳴が響く。
 赤髪の少年はあまり前に出ず、他の冒険者の死角から現れる魔獣を中心に倒しながら、周囲の状況を把握しようと努めていた。

 冒険者たちは目の前の敵を屠る事に夢中だ。下位ランクの魔獣ばかりで、倒すのにそれほど手がかからないというのが、猪突猛進に拍車をかけているようである。
 倒しただけランクの昇格に繋がるし、評価も上がる。どうせ統率される兵隊とは違うのだ、好き勝手にやっても結果がすべてである。
 だからだろう、少年以外の誰もがそれには気付かなかった。

「……! まずい!」

 赤髪の少年は右翼の側に駆け出した。
 大きく迂回していた魔獣の一団が、討伐隊の側面から真っ直ぐこちらに向かっていたのである。

 走りながら、赤髪の少年は指揮官を探した。
 しかし個々に暴れまわる冒険者たちのかじ取りで、それどころではないらしい事が分かった。しかも遠くにいて伝えようにも声が届かない。

「――ッ! こっちだ! 側面から来るぞ!」

 それでも、赤髪の少年は剣を構えて叫んだ。近くにいた幾人かの冒険者たちがこちらを見、驚いたように武器を構え、向かって来る魔獣を迎え撃った。
 先手は取られたが、何とか奇襲という形にはならずに済んだようだ。

 それからどれだけ経ったのだろう、戦いは討伐隊の勝利に終わった。
 危なげなく、というわけではないが、死者も重傷者も少ない。傷の痛みに呻く者もいるが、多くは勝利に酔って機嫌よく騒いでいた。

 赤髪の少年は剣を杖代わりにもたれて大きく息をついた。
 結局、自身が側面の敵に対応できたのは最初だけで、それからは気付いた別の冒険者たちが活躍した。
 そうなってしまえば、倒した魔獣の数が問題になる。指揮官は前線のかじ取りに苦慮していたし、赤髪の少年の功績なぞ、人に知られもすまい。

 そこに、少年のパーティのリーダーが怒った様子でやって来た。

「テメェ、また一人で逃げてやがったな?」
「いや、俺は……」
「うるせえ! うちには役立たずはいらねえんだ! 今日限りで出てけ!」

 反論なぞ聞く耳持たぬとばかりに、リーダーは肩を怒らせて去って行った。
 少年は肩をすくめた。
 どちらにしても、あのパーティにも長くはいられなかっただろう。
 自分の世渡り下手が嫌になるな、と少年は苦笑した。

「なあ」

 帰ろうとした少年に、声をかける者があった。
 見ると、枯草色の髪の毛をした、自分と同じくらいの年の少年が、まっすぐ彼を見据えていた。
 赤髪の少年は少し焦って視線を泳がした。他に誰かいる様子はない。

「……俺?」
「ああ。お前、凄いな」
「はっ……? なにが?」
「なにがって……あの側面の奇襲だよ。よく気付いたな」
「や……まあ」

 まともに褒められた、と思うと何だか照れ臭くて言葉が出て来なくなった。
 枯草色の髪の少年は二カッと快活な笑みを浮かべて、少年の肩を叩いた。

「気に入ったぜ! お前、うちのパーティに入らないか?」


  ○


 夜だ。街並みには明かりが灯り、家路を急ぐ人々が往来を行き交っている。日が落ちてからの風は涼風というには些か冷たくなり、服をもう一枚重ねたくなるように思われた。
 昼間、あちこちを歩き回って色々の品物を仕入れたアンジェリンは、帰郷の準備をしていた。あと数日で出発だ。ぬかりのないように計画を立て、荷物をまとめる。お土産だって忘れるわけにはいかない。

 着替えを用意し、買って来たお土産を並べるほどに、アンジェリンは嬉しくて、高揚して、笑い顔が張り付いたまま戻らなくなっていた。

「ふ、ふふ……帰るぞ……待ってろよ岩コケモモ……」

 並べた土産物を前に笑っているアンジェリンを見て、ビャクが眉をひそめた。

「変質者になってんぞ、テメエ」
「うるさいぞビャッくん……帰れる故郷がある……こんなに嬉しい事はない……」
「何言ってんだ……」

 この女は父親の事になると更に馬鹿になる、とビャクは嘆息した。
 愛想を尽かしたような表情のビャクとは対照的に、シャルロッテはアンジェリンと同じように嬉し気に笑っている。トルネラに行くのが楽しみで仕様がないという感じである。

 シャルロッテは色の付いた毛糸のマフラーを取り上げた。毛糸玉を買って来て、自分で編んだのだ。
 ルクレシアに住んでいた時に、教養の一環として習った事が、こんな風に役に立つのがシャルロッテは嬉しいらしい、にこにこ笑いながら言った。

「お姉さま! このマフラー、お父さまは喜んでくれるかしら?」
「うん……トルネラは寒いから、きっと喜ぶ……今度わたしにも編み物教えて」
「うん! えへへ……」

 ビャクは嘆息した。

「テメエの親父ってのはあの赤髪の親父だろう? どこがいいんだよ」

 アンジェリンとシャルロッテは揃ってビャクを見た。刺すような真剣な視線に、ビャクは思わず身をすくめた。

「ビャッくん……お前もお父さんに会えば、きっと分かるぞ」
「そうよ! 手がとってもあったかいの!」
「お前はちょっとしか会ってねえだろうが……」

 それなのに、この心酔具合は何だろう、とビャクは怪訝な気持ちになり、ベルグリフはどんな人物なのか、多少なりとも興味は湧いた。しかし、同時になんだか会うのが怖いようでもあった。

 数度の激烈な鍛錬の末、ビャクは魔王の力を多少なりとも抑える事ができるようになっていた。よほどの強敵と戦う事がない限りは、平気だろうというのがマリアの言である。
 その為、不可視状態でも立体魔法陣を使う事は控えるようにと言われていた。ビャク自身の魔力の含有量はさほど多いとはいえず、魔王の強大な魔力に依存した形に組まれている術式では、使い続ける事によって、無意識的に体内の魔王の魔力に接続する可能性がある。意識しているうちは抑えられても、四六時中その事ばかり考えているわけにもいかないだろう。
 本当は、時間があれば、魔法陣の効率的な組み方も享受したかったらしいが、時間が足りなかった。ビャクは眉をひそめたが、別に戦う理由がなければ戦いたいわけでもないらしい、大人しく従っている。

 状況によっては、ビャクの鍛錬が終わるまではオルフェンを離れられないと思ったのだが、これなら安心だ。トルネラに行けば、オルフェンにいるよりも戦闘の機会は減るだろうし、魔力を行使する必要もない。
 変に斜に構えたビャクの性格も、穏やか生活の中では軟化して行くだろうとアンジェリンは期待した。そうすればそのうちお姉ちゃんと呼んでくれるかも知れない。

 シャルロッテに関しては、あまり急ぐ必要はないと考えている。
 ルクレシア本国は混乱中らしいし、公国極北のトルネラにまで行けばわざわざ追手が来る事もない筈だ。

 自衛としての魔法の訓練ができていないのは少し心配だが、ミリアムだって教えるのが下手とはいえ、基礎の基礎くらいは教えられる。
 シャルロッテは魔王の宝石の力とはいえ、魔法を使った経験はあるし、教養もあるから、マリアから魔導書を幾つか借りて行けば、そこそこの練習は自分でできるだろう。最低限、助けが来るまで自分を守る事さえできればそれでいいのだ。

 という風に、アンジェリンはアンジェリンなりに、今回の帰郷の事を色々と考えているのだが、結局は自分がベルグリフに会えるというのが一番嬉しい事に変わりはない。
 春先に帰ったばかりだというのに、既に望郷の念はむくむくと膨れ上がり、自分でも手に負えなくなっているらしかった。

 今回は馬車を自前で用意しないで、乗合の馬車を使って行く。
 秋祭りの頃になれば、トルネラに向かう隊商や行商人がいる筈だ。それに便乗して、秋祭りのトルネラに帰る。

「完璧な計画……自分の才能が怖い」

 アンジェリンはふんすと鼻を鳴らした。
 そうして土産物を選り分ける。買う時は「これ」と思ったものでも、気づけば随分多い。全部は持って行けないから、中でも良いものを選別しなくてはならない。これはこれで楽しい。

 そこに、昼間は用事で別行動していたアネッサとミリアムがやって来た。今回のトルネラ行きも一緒だ。その計画を話し合うのに、今夜はアンジェリンの部屋に集合する段取りだった。
 部屋に入った二人は、足の踏み場もないくらいの土産物に、呆れたように笑った。

「うわ、また随分と張り切ってるな」
「今回は馬車なしだよー? そんなに持ってけるのー?」
「今選んでる最中……二人も手伝って」
「そういう事か……」
「よーし、気合入れて選ぶぞー」

 そうして女子四人、きゃあきゃあ言いながら土産物を取捨選択している。
 アンジェリンと悪ノリする事も多いミリアムはともかく、普段は一歩引いてツッコミに回るアネッサまでもそうだから、ビャクは少し驚いた。

「おい……おい、アネッサ」
「ん? どうしたビャク?」
「……お前も、こいつの親父に会いたいのか?」
「ベルさん? そ、そうだな……うん、会えるなら会いたい。こう……なんか安心するんだよ、ベルさんがいてくれると」

 アネッサは照れ臭そうに笑って頬を掻いた。
 ビャクはやれやれと頭を振って、黙って壁にもたれかかった。


  ○


 勢いよく振り下ろされた斧が、薪を半分に割った。乾いた音を立てて地面に転がったそれを拾い、向こうに積み上がっている薪の山に放る。

 昼食を終えたベルグリフは、昼からは黙々と薪を割っていた。
 冬ごもりの最中の燃料は欠かすことの出来ない大事な物資だ。昨年の夏のうちに玉切りにして乾かした木を割って行く。
 人手が足りずに薪の用意まで手が回らない家にも、ひと冬が越せる分だけの燃料は配分されるだが、薪はいくらあっても困るものではない。暖を取るならば多くくべなくてはならない。その余分は各戸がそれぞれで用意しなくてはならなかった。

 薪割台の丸太に斧を立て、ベルグリフは腰を伸ばした。
 ミトとグラハムが少しずつ薪を抱えて薪棚に運んで積み上げる。グラハムはいくつもまとめて抱え上げるが、小柄なミトは一本ずつだ。
 運びながら、ミトはグラハムを見上げた。

「じいじ……これ、もやす?」
「……うむ」
「もやすと、あったかい?」
「そうだな……」
「じいじ、もやすの、すき?」
「いや……好きというわけではない」
「じゃあ、きらい?」
「……いや、好きや嫌いという問題ではない」
「もんだい……」
「……次を運ぶぞ、ミト」

 無意識だか何だか、持っていた薪をかじろうとしたミトの頭を引っ掴んで、グラハムは言った。見ていたベルグリフはくつくつと笑った。
 ここのところはミトも手伝いを覚え、見よう見真似であれこれと手を出していた。それが微笑ましくもあり危なっかしくもあり、大人たちは余計にミトから目が離せなくなっていた。見た目よりも中身が幼く、痩せているからか、人間でないからか、抱き上げるのもひどく軽い。それが過保護さを助長させるようであった。

 尤も、その仕事は概ねグラハムが請け負っている。
 寡黙なグラハムが、同じくあまり喋らないミトと一緒にいて、時折頓珍漢な会話を交わしているのが、ベルグリフには可笑しくて仕様がなかった。

 強い雨は一日で通り過ぎ、残して行った泥濘にやや困りながらも、また秋の仕事が始まっていた。
 数日の太陽で乾いた麦を刈り入れ、豆を収穫する。
 粒になった麦を広げて干し、豆は夜ごと一粒ずつ選別して虫食いや小さなものを選り分けた。

 豆殻は積み上げて、腐らして肥料にする。
 麦殻は芋や野菜の保存に使い、麦藁やくず豆は羊や山羊、ロバの餌になる。
 あらゆるものを無駄にせず使い切ろうとする工夫は、先人から脈々と伝えられているものだ。

 薪割りを一段落させ、割った分を薪棚にしまい、ベルグリフは息をついて空を見上げた。
 先日の雨が嘘のように晴れ渡り、高い秋の空が青く突き抜けている。虫や、それを狙う小さな動物を狙っているのか、鳶や鷹が輪を描いていた。

 庭の向こうの小道を、ミトの手を引いたグラハムが歩いている。散歩に行きたいと言うミトのお守りだ。向かいから来た農夫が親し気に挨拶し、グラハムも控えめにそれに返す。
 微笑ましい気分でそれを眺めていたベルグリフを、不意に北からの冷たい風が撫でた。ベルグリフは身震いして立ち上がった。

「……冬が近いからな」

 斧を片付け、畑の整理をする。枯れた夏野菜の苗を片付けて、昨年から寝かせていた肥料を広げて置いておく。
 ミトはもう自分の足で歩けるくらい大きいからいいが、アンジェリンが赤ん坊だった時は、背負い紐でおぶったままこんな仕事をしたっけ、とベルグリフは思った。
 嫌に懐古的になるな、とベルグリフは苦笑した。歳を取った証かも知れない。

 そういえば、前回ボルドーまで行った別れ際、秋口に帰ると豪語していたアンジェリンは、未だ音沙汰がない。
 手紙の一つもないのは少し心配だ。
 尤も、前に帰って来た時も事前には何の連絡もなかったのだから、今回も同じかも知れない。

 Sランク冒険者ともなれば、自分には想像のできない色々の忙しい事があるのだろう、とベルグリフは一人で頷いた。
 そうやって自分を納得させれば、多少なりとも心配が薄れた。

 畑を一段落させ、誰かの手伝いにでも行こうかと腰を上げると、向こうから村の若者が駆けて来た。

「おーい、ベルさん!」
「おう、どうした?」
「マリーたちと森に入ってさ! そしたらこんなでかい鹿が捕れた! 解体するから手伝って!」
「ふむ、どこまでばらして持って来た?」
「首は落とした。あとは腹を割いて内臓は出して、今は川に浸けて血抜きしてるよ」

 なるほど、若者たちも随分逞しくなったものだ、と思いながらベルグリフは呼びに来た若者の後に付いて行った。

 村の外に川が流れていて、井戸では事足りない水仕事などはそこで行われる。
 行ってみると、頭を落とされて腹を開かれた鹿の体が川の流れに浸けられていた。血がひだになって下流の方に続いていた。解体用のナイフを研いでいる若者がいる。
 川端に立ったマルグリットが自慢げに胸を張った。

「どうだベル! 大物だぞ!」
「ああ、大したもんだ」

 冬に向けて食べ溜めしていたのだろう、脂の乗った大きな女鹿だった。これなら干し肉を作ればかなりの量になる。秋祭りの食卓も華やぐだろう。

 まずは皮を剥がねばなるまい。傷つけないように丁寧にして、きちんとなめせば服や敷物に使える。
 ベルグリフは自分では手を出さず、若者たちの成長を慈しむように見守りながら適時指示を出し、次第に肉へと変わって行く鹿に、心の中で祈りを捧げた。
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