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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章(31)閉ざされた未来

 現在、サラの目の前には、2つの物体がある。

 1つは、国王様の顔。
 不愉快そうに眉が寄せられ、その下のパッチリした二重瞼の奥……鳶色の瞳には怒りが浮いている。
 口ひげが良く似合う厚い唇も、先ほどまでと違って富士山の裾野のように口角が下がっている。
 よほど気持ちが高ぶったのか、顔色はうっすら赤く、立派な鼻の頭には汗が浮きあがり、こめかみには青筋が立って……。

 あまりにも怖いので、サラは少し首を縮めて、国王の視線を遮ってくれる物体を見つめた。

 その遮蔽物は、白い厚手の布地に包まれた、まっすぐなもの。
 正確に言うと、クロル王子の腕である。
 緑も良いけれど白も似合う……どちらも捨てがたい美少年の衣装選びは、侍女達もそれはウキウキだろう。
 まさかこんな風に目隠しとして使われるとは、思ってもみなかっただろうけれど。

 そして、腕の先にはクロルの柔らかい猫ッ毛。
 髪を伸ばしかけなのか、少し襟足が長い。
 もちろん顔は見えないが、サラにはなんとなく想像がついた。

 ああ、クロルが国王の方を向いていてくれてよかった。
 もしこちらを見られたらきっと、液体窒素を浴びせかけられたように、自分の体は固まるだろう。

「とりあえず、サラ姫は座って?」

 肩越しにくるりと後ろを向いたクロルは、笑っていた。
 ふわっとして少し癖のある薄茶色の髪が、額に浮いた汗に張り付いている。
 整いすぎた顔と、詰襟金ボタンの王子衣装が、これほどまでにマッチして……。

 まさに王子。
 パーフェクトだ。
 それなのに……笑った顔が、怒った顔より怖いなんて。

 2人の体格は違えど、こうして見ると本当にそっくりだった。
 以前2人を犬猫に似ていると思ったけれど、今は2頭の猛獣親子にしか見えない。

「ああ、とりあえずサラ姫には、下がっていてもらおうか」

 獲物であるか弱い自分には、逆らうすべもなく、サラはよろりと椅子へ座り込んだ。
 クロルの行動に毒気を抜かれたリグルと、リグルを押さえ込んでいたエールも、気まずそうに元の位置へ戻る。

 そして、あまりにも驚いたのか、大きな目をまん丸にしピンクの唇をぽっかり開いたルリ。
 睨みあう2人を見上げたまま、サラの横で「まさかクロルが父様に逆らうなんて……反抗期? 私の育て方がいけなかったの?」と、積み木を崩された母親のようなことを呟いた。

  * * *

 国王とクロルが壇上で睨み合う間、どよめいていた臣下達はようやく落ち着いてきた。
 落ち着くというよりは、緊迫した雰囲気に呑まれていったという方が正しいだろうか。
 その場にいた全員が、2人の行動に神経を集中する。

 最初に動いたのは、クロルだった。

「父様……いや、国王様に問いたい。この国には、もうあなたの力は必要無いとでも?」

 大げさに両手を上にあげて観客の方を向き、同意を促すクロル。
 もちろん、大多数の臣下たちは大きくうなずいた。
 リグル、エール、ルリも。

 しかし、国王は譲らない。

「別に俺は、この国を捨てるわけじゃない。リグルだけでは至らないこともあるだろうが、エールとクロル、お前達のサポートがあれば大丈夫だと信じているんだよ?」

 やわらかく、子どもを諭すような声色。
 しかし、心がまだ怒りに燃えていることは、その表情を見れば分かる。

「国王様が、一刻も早くこの国を離れたいことは分かる。何かを探していることもね……でも、サラ姫を利用するのは卑怯だよ?」

 突然自分の名前が出て、椅子からずり落ちそうになるサラ。
 今日のドレスはやけにツルツルした生地なので、同じくツルツルのペチコートとの摩擦係数が低く、気を抜くと公衆の面前でズッコケてしまう。
 サラが体勢を戻したとき、クロルの視線は大いなる敵に戻されていた。

「和平の条件が、サラ姫と王族の結婚……それは悪くないと思う。ただ、国王様がなぜ砂漠の国へわざわざ出向くのかが分からない」
「簡単なことだろう。和平を成立させるなら、調印が必要だ。向こうの国王が生きている間に済ませるなら、こちらから人員が出向かざるをえない。行くならばサラ姫を得たものが行くのは当然だ」

 サラの頭は、突然クリアになる。
 自分を巡って、どんな話がされているのかを察したから。
 先ほど国王は、サラにこんなことを問いかけたのだ。


『自分と結婚してくれるならば、すぐにでも砂漠の国へ和平の調印に出向くが、どうだ?』


 こんなにも大事な質問を、ぼんやりして適当にうなずいてしまったなんて……!

 顔面蒼白になるサラと対照的に、ヒートアップしてきたクロル王子の白い肌は、徐々に赤く染まっていく。

「そんなバカな計画を立てるなんて、常に冷静沈着な国王様らしくない……いや、昔は違ったんでしょうね。英雄王、と呼ばれるようになる前は」

 クロルの言葉は、氷の刃となって国王の胸を切り裂き、見守る全員の心にも突き刺さった。
 特に、古参の臣下たちは苦い顔だ。
 昔は散々苦労させられたのだというように。

「僕はずっと、国王様に似ていると言われてきましたけれど、今日で良く分かりました。あなたはとても頑固で、一度決めたことを曲げない。何年経っても……夢を諦められないんだ。違いますか?」

 呆然と立ち尽くす国王の脇をするりと抜け、クロルは踵を鳴らしながら、サラへと近づいてきた。
 緊張して背筋を伸ばすサラに、クロルはこれ以上ないくらい優しく微笑みかけた。
 サラの前にひざまずき、その手を差し出され、サラは吸い寄せられるようにそっと手を乗せる。

 無意識に、まだ包帯の取れない左手を差し出したのは……クロルがサラの手に口付けると思ったから。
 国王や、他の王子たちに対抗して、クロルも皆の前で名乗りを上げるのだと思った。

 それが思い上がりだったことに、すぐ気づくのだが。

「サラ姫、ごめんね?」

 クロルはサラの左手を、両手でそっと包み、深々と頭を下げた。
 それは、懺悔を表す行為。

 ゆっくりと顔を上げたクロルは、サラの瞳を見上げると……誰にも分からないくらい素早く、一瞬だけ笑った。

『僕のこと信じて』

 口には出さないけれど、そう言ってくれたようで、サラの緊張は少し緩んだ。

 ――うん、あなたのこと信じるよ。

 サラは、再び国王と対峙するクロルを、リラックスしつつ見送る。
 クロルの、次の台詞を聞くまでは。


「この際だからはっきり言いますね? 僕は、この和平には反対です!」


 サラのドレスのお尻はつるっと滑り、見事にサラは壇上のレッドカーペットに転がり落ちた。

  * * *

 ネルギの姫が、たった1人で和平の書状を届けにきた。
 それだけで、和平に進むことは確定と考えていた大多数の臣下たちは、クロルの意見に思わず顔を見合わせた。
 先ほどより大きくどよめく会議室の中に、国王の静かな声が響く。

「ほう……サラ姫の誠意ある行動と提案を、お前は無下に断るというのか? そもそも”王族を寄こせ”と指定したのはこちらなのに?」

 最もだとうなずく臣下たち。
 ルリ姫に抱き起こされたサラは、その言葉に冷静さを取り戻し、大人しく席へと戻る。

 クロルは、そんな彼らを鼻で笑った。

「……では、確認してみましょうか?」
「何をだ?」

 その直後、まだ声変わりを迎えていない、少年の澄んだ声が会場を通り抜けた。
 魔力も込められていないというのに、すさまじい威力を持って。

「――侍従長! 魔術師長! 騎士団長! 文官長!」

 名指しされた4名は、びくりと体を震わせると、1歩前に進み出た。
 唯一壇上に居る侍従長を除く3名に、クロルは氷の視線を送る。

「正直に答えて欲しい。この国にとって、戦争を終結させる最も良い方法を……ネルギを、このまま許してもいいと思う?」

 クロルの言いたいことを、臣下たちには瞬時に察した。
 不安げに仲間同士ささやきあっていた者たちが、全員自分達の上司に注目する。
 クロルは前へ出た3人をもう一度見つめ、背後に居た侍従長の表情を確認してから、再び声を張り上げた。


「国王の提言である”ネルギ国との和平推進”に反対の者は、挙手を!」


 シンと静まり返る会議室。

 祈るように両手を組んだサラは、信じられないものを見た。
 1人、1人……手が上がっていく。
 一度サラの顔を見た後で、バルトは視線を落とし、ゆっくりと手を挙げた。
 かつて、肩より上にはあがらなかったという、その右手を。

 サラがとっさに背後の侍従長を見やると、表情は苦しげに歪められ……その手のひらが、顔の脇へと移動した。

「へえ……珍しい。いつもはタテワリの癖に、この件は全員一致だったね。これで和平案は、却下だ」

 すべて計画通りとでもいうように、皮肉げに笑うクロル。
 顔を真っ赤にして、クロルを睨みつける国王。

 唖然としてその2人を眺める、エール、リグル、ルリ……そして、会場に集った臣下たち。

 サラは、自分の未来が闇に覆われるのを感じていた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 さて、前回ナイショにしてしまった国王様の台詞、皆さまの推測当たってましたでしょうか? もっと甘い事言われてたと思った方、どーもスミマセン。クロル王子の腹黒なとこ出してみました。国王様より若い分、ナイフみたいに尖ってます。サラちゃん裏切られてショック……。もちろん、反抗期受けた上に臣下にも裏切られた国王様もショック。重鎮3人以上の反対で国王の案却下というなんちゃって法律系のネタフリ、デリスばあちゃんにさせてたんだけど、覚えてますでしょうか? 今回の分かりにくいボケは、ルリ姫の呟きの「積み木崩し」ですかね。我が子が不良になっちゃってさあ大変という親御さんの苦労話(?)です。作者は不良バンバン出てくる大映ドラマ系大好きなので、またそのうちこの手のネタ出てくるかもしれません。
 次回は、サラちゃんどん底……クロル君の手のひらで転がっていく、会議の結末は? 第三章クライマックス、ラスト2!
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