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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章(22)クロルの洞察

 心労のせいか、疲労のせいか、それとも怪我のせいなのか。
 はたまた、国王の爆弾発言にやられたのか。

 寝不足続きのサラは、ふらりとベッドに倒れこみ……目が覚めたとき、部屋には眩しい朝焼けの光が差し込んでいた。

「あれ……国王が訪ねてきたのって……夢?」

 体を起こすと、ベッドの端からずり落ちかけていた毛布がどさりと床に落ちた。
 誰かが気を使って毛布をかけてくれたらしい。

 自分の姿は、窮屈な黒いドレスのまま。
 節々が痛いのは、きっと無茶な体勢で寝ていたせいだろう。

 きょろりと視線を動かすと、白いラウンドテーブルの上には、スコーンと小瓶に入ったフルーツジャムが並んでいる。
 1枚のメモが、ジャム瓶の下に挟まっていた。

『サラ姫様へ。気に入られたようですのでお作りいたしました。デリス』

 夜中に目覚めたときのためにと、置いてくれたのだろう。
 サラを起こさないように毛布をかけてくれたのも、きっとデリスに違いない。

 急におなかが鳴ったサラは、少し固くなったけれど充分美味しいスコーンにかぶりついた。

  * * *

 口の中の水分がなくなるこのモサモサ感がたまらんと、好みストライクど真ん中なスコーンをかじりつつ、サラは考える。

 うっかり寝込んでしまったせいで、与えられた猶予は残り2日。
 和平の成立に向けて、全力を尽くさなければならない。

 もし和平が成立しなければ、サラは戦場に送られるだろう。
 予言の力が、サラを戦地へ導くというなら、それでも構わない。
 けれど、あの結末だけは……ひっくり返してみせる!

「よし、まずは優先順位の確認からねっ」

 サラは、昨日クラッシュした脳内のデータベースを復旧させはじめた。
 ぐっすり眠れたおかげか、早朝の割りに頭の働きは悪くない。

「やっぱり一番気になるのは……エール王子のこと、かな」

 エールの体調については、当面はなんとかなるだろう。
 いざとなれば、サラが坊主になれば良いことだ。
 実際は、坊主にならなくても大丈夫そうな方法もありそうだし……。

 次に狙われているクロルのことも含め、根本的な問題解決は、やはり逃げた魔女を見つけることしかない。
 その点については、残念ながら魔術師ファース頼みだ。
 国王も、無事王位をリグルに譲った暁には、魔女探しに参戦するつもりだろう。

 私も、和平が成立した後なら、森の向こうへ行ってもいい。
 地球への帰還が多少遅れてもかまわない。

 というか……私は、本当に帰りたいのだろうか?

 地球には、お母さんも、パパたちも、友達もいる。
 けれど私はこの世界にも、たくさんの大事な人を見つけてしまった。
 どちらかを選べと言われたら……。

「うん……ひとまずこの問題は、棚の上に置いておこう」

 スコーンの隣に置かれた”女神の水差し”から、サラはぬるくなった水をグラスに移す。
 水差しが気に入ったサラの気持ちを汲み取り、国王がサラ用にと譲ってくれた。

 この水は、奇跡の水……。
 そう信じる気持ちが、きっと奇跡を呼び寄せるんだ。

 まるでビールをあおるように、奇跡の水を飲み干して、サラは独り言を続ける。

「さて、次の問題は……この国の王妃選び?」

 サラは、その問題も棚の上に置こうとして……なんとか踏みとどまる。

 国王が本気だということは、昨日の話で良く分かった。
 国王にとってみれば、月巫女は捨てるに捨てられない恩のある人物……つまり、姑のようなものだ。
 普通の嫁候補は、脅していびって近寄らせない。
 そんな鬼姑に抵抗できる図太い女が、この私。

 例え話で良く言われる「無人島で○○君と2人きりになったらどーする?」の通り。
 国王にとって、愛のある無しは二の次なのだ。
 その相手が多少年下だろうが、少年体型だろうが、珍獣だろうが、関係ない。

「……やっぱり無理だ」

 いくら国王が本気でも、王子たちが望んでくれたとしても、私は結婚なんてできない。
 それこそ、嘘をつくことになる。
 月巫女にも、国王を本当に好きだった女性にも、失礼なことだ。

 なんとか、結婚せずに和平を成立させる方法は無いものか……。

 スコーンが無くなって、ジャムが空になっても、サラの結論は出なかった。

  * * *

 その後、朝っぱらからお風呂に入り、リコの手伝いで身支度を整えたサラを呼びに来たのは、ブロンドヘアの美しい知的な美女コーティだった。

「今日は、図書館でファースさ……クロル王子がお呼びですよっ」

 久しぶりの再会だったはずが、まともに挨拶もせず、サラを図書館へと引きずっていくコーティ。
 図書館塔の入り口につくと、重いドアを片手で楽々と開いた。

「あ、私はここでファース様と”お話”していますので、サラ姫様もごゆっくり」

 恥ずかしそうに笑ったコーティに「ほどほどにね」と声をかけると、サラは重い足取りで階段へと向かった。


 4階に到着すると、クロルは隠れ家の前で腕組みして待っていた。

「ああ、サラ姫。遅かったね」

 仁王立ちするクロルは、サラと身長が変わらないというのに、やたら大きく見える。
 今日呼び出された理由をなんとなく察していたサラは、なるべく猫背になり、伸びかけの前髪の隙間からクロルを見上げた。

 普段は、柄の無いシンプルな白いシャツに、やはり動きやすさ最優先のハーフパンツ。
 それでも王子に見える気品たっぷりなクロルだが……。

「あれ? クロル王子、今日はなんだか……王子っぽいね?」

 ヘアワックスできっちり整えられた髪。
 襟の詰まったシャツには、ふんわり揺れる純白のリボンタイ。
 ダークグリーンのジャケットと、少し色の薄い膝上丈のズボンの裾には、レースの縁取り。
 少し踵のある黒い革靴で、足元はすっきりとまとまっている。

「これは……侍女にやられた」

 照れ隠しのためか、頬を膨らませてサラから視線を外すクロルは、珍しく年相応に見えて可愛らしい。

「すごく似合ってるよ! ステキ……童話に出てくる王子様みたいっ」

 白い頬を赤く染めたクロルが、はしゃぐサラの腕を掴み、ぶっきらぼうに隠れ家へと押し込んだ。
 すでに用意されていた折りたたみ椅子にサラを座らせると、クロルはサラを上から睨みつける。

「ところで……昨日は父様と、いろいろ楽しい話をしたみたいだねえ」

 正統派王子なクロルに、ロマンチック浮かれモード中のサラは、睨まれてもまったく気にせず。

「やっぱりクロル王子、そういう格好すると王様に似てるかも。まだヒゲ生えないの? それとも剃ってるの?」
「サラ姫、あのさあ」
「ていうか、クロル王子ってお肌めちゃめちゃキレイ……毛穴全然見えないし、ファンデーション使ってるみたいね」
「えっと、僕の話……」
「ちょっと触ってみていい? ダメ?」
「待って……うわっ!」

『ガタンッ!』

 椅子の倒れる音とともに、我に返ったサラ。

 自分の下に押し倒されているのは、まごうことなき美少年のクロル。
 そっと頬に触れた手のひらから、剥きたまごのようなつるつるの肌触り。

 慌てて飛びのいたサラは、この城に来て初めて、伝家の宝刀”土下座”を抜いた。

  * * *

「……僕、女に襲われたの初めてなんだけど」

 椅子に大人しく座り小さく縮こまるサラ。
 小さなテーブルを挟んで、仏頂面のクロルが見える。
 その鋭い視線を避けるようにうつむいて、サラは熱々のお茶をすすった。

「まあいいや。僕の嫁になる相手だしね……」

 その台詞に、口からお茶がピュッと出そうになり、サラは慌てて飲み込んだ。
 喉がヤケドしそうに熱く、ちょっぴり涙目になる。

「父様には悪いけど、僕って意外としつこいんだよね。だから……覚悟してよね?」

 にっこり笑う王子なクロルは、見た目どころか行動まで国王にそっくりだ。
 ヒリヒリする喉を手のひらで押さえながら、サラは思った。

 なんだろう、だんだんこの国から逃げられなくなってきたような……。

「ところで、本題に入っていいかな? 昨日のことなんだけどさ」

 亀が甲羅から首を伸ばすように、丸めていた背筋をピンと伸ばしたサラ。
 サラがチクってしまった、あのことを責められるかと思いきや。

「僕はね、ずっとあの月巫女が魔女だと思ってたんだ。別にそれは隠してなかったし、父様も知ってる……知ってて見ない振りしてる。馬鹿だよね」

 あ、僕が馬鹿って言ったことだけはチクらないでねと、クロルは笑った。

「クロル王子は、どこまで知ってるの? 昨日私が国王と話したこと……」
「うん、全部知ってるよ。サラ姫がただの水を飲むのに、やたらビビってたってことも」

 クロル王子の余計な一言が、サラに着実なダメージを与えていく。
 凹みかけたサラに、クロルはからくりを説明した。

「昨日のことも、他のことも、教えてくれたのは全部デリスなんだ。逆に僕のことも、デリスは父様に逐一報告してるみたいだけどね」

 どうやら、デリスは親子二代に渡って、幼少期から教育係として関わってきたらしい。
 単に教育というだけでなく、侍女という立場から細かい情報を拾って国王に届けることも、彼女の隠された使命。
 国王だけでなく、有益な情報は王子へも……。

「デリスは、僕に次期国王になってもらいたかったみたい。僕にはその気なかったんだけどね。あ、もちろん今はリグル兄を立てるってことで合意してるよ。別に彼女は仲間割れさせたいわけじゃないから」

 デリスはただ、この国を守りたいだけ。
 国王を、早く呪いから解放してあげたいだけ。

「僕は……デリスの希望も叶えたいんだ。デリスが父様の幸せを願うのは、彼女自身の夢だろうなって思うから」

 デリスは、王弟事件の生き証人だ。
 元筆頭魔術師の女を匿い、月巫女から呪いを受けながらも屈しない、強い女性。
 彼女の夢を叶えるために、協力できることがあるなら、やってあげたい。
 サラは、今朝食べた甘いジャムの香りを思い出しながら、切実に思った。

 ただ……。

「私も、デリスの話を聞いて思ったの。このままじゃ、国王も、月巫女も……幸せになれないって」
「サラ姫……」

 つぶらな目を丸くして、サラを凝視するクロル。
 てっきり、サラに同意の握手でも求めてくるかと思ったのに。

 クロルは、明らかにサラを馬鹿にしたような表情で、フッと笑った。

「君って、本当にお人よしだね。あの魔女相手にそんなんじゃ、足元すくわれるよ? 僕の忠告忘れたわけじゃないだろ?」

 クロルの冷笑攻撃をまともにくらって、サラは悔しさに歯軋りした。

 だって、月巫女は国王のこと好きなんでしょ?
 だからってライバルを呪ったりするのはオカシイけれど……。

 サラが反論しようと勢い良く顔をあげたとき、耳にかけていた横髪のおくれ毛が、ハラリと落ちた。
 頬をかさかさとくすぐる自分の黒髪に苛立ち、払いのけようとしたサラに、ある台詞が思い浮かぶ。


『ねえ、私の黒髪、キレイでしょう……あなたも、褒めてくれたわよね……』


 それは、サラのトラウマなホラー漫画『わたしの黒髪は良い黒髪』のワンシーン。
 好きな男に横恋慕し、相手を呪い殺した女の、悲惨な末路……。

「そうだね……同情の余地無し、ていうか、いつか報いが来るのかもね」

 ポツリと呟いたサラに、クロルはまったくと言ってうなずいた。

  * * *

 相手のことを深く知ると、つい心が寄り添ってしまうのは、サラの悪い癖だ。
 小学生のとき自分のことを苛めた男子も、後から片親同士ということが分かったとたんに、サラの怒りは消えた。
 同じ片親なのに堂々としているサラが羨ましかったのだと正直に告白されて、サラはあっさりと許した。

 物事には、必ず理由がある。
 それが納得できる理由なら、どんなことが起こっても仕方が無いと受け入れてしまう。

 サラをこの世界に召喚したサラ姫についても、あれだけ至れり尽くせりのお姫さま育ちだから仕方が無いと思った。
 月巫女のことだって……。
 理由があるから何でも許されるのかといえば、そんなことはないのに。

 自分が耐えられることなら、耐えてしまえばいいと思う。
 もしもサラが、砂漠でのたれ死んでも、月巫女に呪い殺されても、それはそれで仕方の無いこと。
 サラ姫や月巫女を恨むことはない。

 ……そう思うのは、理不尽な死を体験していないからだ。

 カリムが襲われた日のことを思い出して、サラは身震いした。
 もしもあのままカリムが死んでしまったら、こんな考え方はしていないだろう。
 どんな理由があろうとも、犯人のことを一生許さなかったはず。

 同じ気持ちを、デリスも抱いているのに。
 月巫女には、安易に同情しちゃいけない。
 罪は罪で、裁かれなければならないんだ。

「クロル王子は、月巫女のこと、どう思っているの?」

 おずおずと切り出したサラに、クロルは軽く答えた。

「諸悪の根源。あの女がいなくても、父様はこの国を変えられたと思うから。そもそも自分が絶対正しいと思い込んで、女神様気取りなとこが痛いね」

 そうかもしれないと、サラは心の中でうなずく。
 かすかに灯る月巫女への同情心を振り払って、サラは言った。

「じゃあ……彼女が、自分の罪を認めて、償うためには、どうすればいいと思う?」
「国王が君と結婚して、この国の世継ぎでも作ればいい」

 目の前で、自分の好きな男が、別の女と幸せな家庭を築く。
 確かに、それ以上辛いことは無いだろう。

「そんなこと……ダメ。できない」
「うん、僕もさせないよ」

 いつの間にか近づいていたクロルの手が、サラの右手をそっと握っていた。

「父様は、リグル兄に王位を譲った後、大陸へ向かうだろうね。月巫女はそれを追うはず。もしかしたらエール兄も行くかもね。サラ姫はこの国に残って、僕と結婚する。王妃って縛りが無ければ、この城に住まなくてもいい。砂漠に近い場所に別宅を建てて、たまには里帰りさせてあげる。どう?」

 自信に満ち溢れて、輝きを放つクロルの瞳。
 薄く笑んだ口元を打ち消すような、真剣そのものの眼差し。

 いつの間に、クロルはこんな表情を覚えたのだろう。
 可愛くてちょっと生意気な年下の男の子で、弟のようだと思っていたのに。
 触れられた手がやけに熱い。

「駄目……私は、帰らなきゃいけない……」

 クロルの手を振り払おうとして、強く掴みなおされる。
 痛みに眉を寄せるサラに、クロルはその整った顔を近づけながらささやく。

「正直に言おうね……君は、何を隠してる?」

 サラは咄嗟に身を引こうとするが、クロルに腕を掴まれて逃げられない。

「別に、何も……」
「言わないとキスするよ?」
「分かった! 言う! 言いますっ!」

 サラが叫ぶと、クロルは舌打ちしつつその手を離した。
 まだ鈍い痛みの残る左手で、サラは掴まれていた右手をさすった。

 もう、仕方が無い。
 クロル王子には、この際完全な共犯者になってもらおう。

「クロル王子……あの……驚かないでくださいね?」
「うん、ようやく白状する気になった?」


『君が本物のサラ姫じゃないってこと』


 にこにこと微笑むクロルに、サラは「参りました」と頭を下げた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 ようやくラブラブデートモード復活……でも大変でしたー。あちこち削ったんだけど、長くなってもーた。スタートダッシュで出遅れたクロル王子ですが、だんだん追い込みかけてきました。精霊王君が居なかったら、けっこうイイ線いってたかもしれないのに残念。そもそも単純直球なサラちゃんが、クロル君みたいな人に隠し事をできるわけが無いのです。国王様は……どーかな? ちなみにエール君、リグル君は、自分の気持ちでいっぱいいっぱいなので気づいてません。『私の黒髪〜』が、まさかここでも出てくるとは! まったく伏線のつもりも無かったけど、いい塩梅に。この連載終わったらちゃんと書かなきゃ呪われそうだな……。
 次回は、ついに会議の前日。サラちゃんの身に何かが起こる……。第三章クライマックスの足音ヒタヒタ来てます。
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