挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
砂漠に降る花 作者:AQ
81/198

第三章(21)消える王妃候補

 サラの頭に、謎として残ったままだった、いくつかのキーワードが並べられた。

 固く閉ざされた、魔女の住む部屋。
 クロルがこっそり入手した、古い鍵。
 決して嘘をついてはいけない、審判の間。

 それらはすべて、魔女の呪いなんかじゃない。

「月巫女は、真実を映す鏡だ。俺は、目の前にいる人物が、自分を裏切るかもしれないと思えば、躊躇無くその鏡を掲げた。自分が正義だと言い聞かせながら……」

 拷問は、必要なかった。
 ただあの部屋に連れて行き、質問を1つ投げかけるだけでよかった。
 罪や偽りを自覚する者は、勝手に狂い死ぬ。

 人を裁いたとか、殺めたという罪の意識も無く、何人もの人間を”審判の間”へ送り込んだ。

「たび重なる裏切りの中で、俺は孤独だった。月巫女の能力は、確かに俺を救ったんだ。まるで”奇跡の水”のように……」

 サラは、先ほどの例えをようやく理解した。
 砂漠の旅人が水へと手を伸ばすように、圧倒的な孤独の中で、国王は月巫女に助けを求めたのだ。
 自分が生き延びるための貪欲さは、決して責められない。

 月巫女のおかげで、国王の下には信頼できる人材のみが残り、その結果戦時下というのに市民たちは穏やかに暮らしていられるのだから。

「月巫女に頼りすぎると、何か問題が……?」

 喉が渇ききり、掠れた声で先を促すサラに、よりしわがれた声が答えた。

「そこから先は、私がお話しましょう」

 ずっと震え続けていたデリスが、落ち窪んだ瞼の奥の瞳に決意を宿して、サラへと向き合った。

  * * *

 デリスに引き継がれた月巫女の話は、静かに始まった。

「国王様は、気づかなかったのです。国王様のためだけに動いていた月巫女が、自分の意思を持ち始めたことに……だから、私が審判の間へ行ったことも、国王様は一切ご存知でなかった」

 デリスは魔術師に拘束され、審判の間へと連れ去られた。
 当然そこには月巫女が居て、デリスは問われたのだ。


『王弟一派の生き残り、元筆頭魔術師の女がどこに居るか……あなたは知っていますね?』


「王弟事件……あの惨劇を発見したのは、当時侍女頭になったばかりの私でした。国王様とともに、王弟を探していて……」

 そこで一度、デリスは口篭った。
 何か嫌な記憶を振り払うように一度瞳をゆっくりと閉じ、深く息をつくと、再び話し出した。

「王弟の遺体の側には、まだ息の残っていた女魔術師が倒れていました。私は心の壊れたあの女を、憐れに思ったのです。国王様にもその話をし、匿っていただきました」

 しかし、月巫女は探し当ててしまった。
 精霊の森を出て、故郷の国を捨て、手を汚してきたのは、全て国王のため。
 その国王が、自分に嘘をついていることを。

「女魔術師の居場所を聞かれ、私は黙りました。すると、あの日亡くなった王弟や魔術師たちが、恐ろしい形相で襲い掛かって来ました。気がふれそうになった私を救ってくれたのは、国王様の存在でした。そして、私の大事な娘たち……」

 デリスは、独身を貫いている。
 娘というのはきっと、リコや他の侍女たちを指すのだろう。
 侍女たち本人には決して使わないだろうその愛称に、サラはデリスの想いを感じて、胸が熱くなった。

「私は、月巫女の呪いに打ち勝ちました。私を解放した月巫女は、その後も何事も無かったように国王様の側近として裁きを続けました。私はその出来事を、悪い夢と思いしばらく自分の胸に閉まっていたのです。月巫女は、国王様に必要な方なのだと」

 デリスは、礼儀作法の説明をするように、淡々と説明していく。
 うつむいている国王の表情は見えないけれど、何かを堪えるように強く拳を握り締めている。

「王弟派が一掃され、長く患っていた国王のご両親が亡くなった頃から、国は落ち着きを取り戻していきました。それなのに……私の周囲では、次々と恐ろしい事件が起こりはじめました」

 始まりは、1人の侍女の失踪。
 その侍女は、デリスの良く知る人物だったという。

 侍女達の多くは、地方に住む貴族や力のある商人の娘たちだ。
 礼儀作法や花嫁修業の一環として、この王城に短期間勤める。
 侍女の仕事を辞めるのは、決められた期間が過ぎて家へ戻るか、結婚をするとき。

 デリスを”お母さん”と呼んでいたその侍女は、身寄りのない下級貴族の娘だった。
 良く気のきく明るい侍女は、王城に勤める男性たちからの人気も高かったという。

 20才を超えても結婚を拒んでいた可愛い娘が、密かに国王へ好意を寄せていると知ったのは、失踪事件の少し前だった。
 もうそろそろ一人前だからと、国王へのお茶出しを任せたことが、彼女の運命を変えた。

「彼女は、国王様に声をかけられたとはしゃいでいました。お茶が美味しかったから、また来てくれと。私は、国王様が明るい彼女に興味を持ってくれたことを、喜びました。身分の差など関係なく、国王様には人を愛して、幸せになって欲しかったのです。なのに……彼女は消えました。どこへ行ったかは、未だにわかりません」

 普段は鈍いサラも、さすがに察することができた。
 きっと、お茶の支度をする侍女は、月巫女と会ったのだ。

 そして……国王への特別な感情を、悟られてしまった。


「それからというもの、侍女、女魔術師、貴族の娘……国王様の相手となるはずだった女性達が、次々と消えたのです。国王様の知らぬところで……」


 激情を抑えきれなくなったデリスが、再び肩を震わせる。
 国王は「もう良い、ありがとう」とデリスの背中を撫でた。

  * * *

 クロルが話してくれた噂話は、大部分が正しかったようだ。
 亡くなった侍女たちの行方は、恐ろしい噂として広まり、いつしかあの部屋は”開かずの間”と呼ばれるようになった。
 国王に対して少しでも邪な考えを持てば、冷酷な魔女に裁かれる部屋。

 不意に、1枚のタロットカードが思い浮かび、サラの体はぶるりと震えた。

 『ジャッジメント(審判)』

 カード意味は、復活、再生。
 翼の生えた大天使が、嘘をつかなかった7名の死者を蘇らせるというシーンが描かれたカード。
 しかし、逆位置になると意味は変わり……嘘をついた者の魂は、地獄へ落とされる。

 月巫女は、死と再生を司る、美しくも残酷な神。
 その審判からは、誰もが逃れられない。

 ――そうだ、人事ではないのだ。
 サラ自身も、すでに魔女の呪いを受けてしまったのだから。

「私も……試されたんですね。あの夜、国王の部屋へ呼ばれたときに……」

 あの日の月巫女は、本当に美しかった。
 サラは、月の光を映しこんだような、彼女の銀色の髪ばかり見つめていた。
 人形のような感情を見せない態度の裏で、彼女は冷酷に審判を下していたのだろうか。

 考えてみれば、パーティの時もそうだ。
 国王の傍らで、存在感を消すようにして、じっとサラを見つめていた月巫女。
 サラはあのときも、ただ純粋に和平だけを願っていた。

「私は、月巫女に認められたのでしょうか。邪な気持ちはないと……」

 暗殺者でも、王妃の座を狙う者でもない。
 そんなジャッジが下ったから、サラは今ここに居られるのかもしれない。

 しかし、その推測は国王の言葉によって覆される。

「サラ姫は、特別だ。魔力が無いと知って納得した。月巫女が黒騎士を見たときに”読めない”と言ったんだ。彼女が読めない相手がいるなんてと驚いたけれど……そういうことだったのかと」

 サラの脳裏に、決勝戦直後の国王の台詞が蘇る。

『勇者よ、お前は、何者だ?』

 その質問に何の疑問も抱かず、黒騎士と答えたサラ。
 国王の質問には、月巫女の過去見を手助けする意図があったのだろう。
 しかし、月巫女には読めなかった。

「君が女性だと気づいたのは、このデリスだよ。さすがに何人ものチビっ子をレディに仕立て上げてきただけある」

 国王様、とたしなめるデリスは、国王にとっても母のような存在なのだろう。
 ビジネスライクな月巫女との関係とは違い、温かみの感じられるやりとりに、サラはほっとした。

 得体の知れない黒騎士を、この城内に入れるかどうか。
 相談した国王に、デリスは一喝したという。
 「あの試合を見て、国王様の心には何も残らなかったのですか!」と。

「それでも……申し訳ないが、最初は君の事を警戒していた。デリスや他の侍女達を通じて、君の行動はほぼすべて見させてもらった。王子たちとどんなことがあったのかも。小賢しいまねをしたことを、許して欲しい」

 国王は、サラに対して深く頭を下げた。

 この城に来てから、サラはいろいろな意味で試されていたのだ。
 こうして穏やかに会話できている状況はそれこそ奇跡のようだと、サラは吐息を漏らした。

  * * *

 喉が渇いたサラは、目の前に置かれたままの”奇跡の水”をグラスに注ぐ。
 「本当にたくさん飲んで大丈夫ですね?」と念を押すサラに、国王もデリスも、口元を綻ばせた。

 冷たい水が喉から胃の腑へと落ちていくのを心地よく感じながら、サラは思った。

 昨日から今日にかけて、本当にいろいろな事実が分かった。
 ルリ姫じゃないけれど、頭がパンクしそうだ。

 疲れた表情のサラを気遣うように、国王は一気に語った。

「話の結論を言おう。デリスの忠告で、俺は暴走している月巫女に気づいた。すぐに審判の間を閉ざして、もう勝手に人を裁くなと言い聞かせた。それ以降、侍女や妃候補の失踪は止まった……俺自身、不用意に女を近寄らせないよう注意した」

 今、月巫女の視線は、身内ではなく外へと向けられている。
 主な役割は、ネルギからの刺客を捕らえること。
 商人や侍女、魔術師見習いとして、この城の結界を越えてくる人物は、必ず月巫女のチェックを通すという。
 その話だけ聞くと、まるで嘘発見器のようで便利だ。

「今では、嘘をついている者を捕らえても、すぐさま呪い……闇の魔術を放つことも控えさせている。月巫女は、俺の言うことだけは絶対に守るし、俺を裏切らない。どうしても……手放せないんだ」

 サラは、手のひらのグラスを握り締め、半分ほど残った水をちゃぽんと揺らした。
 水の揺らぎを見つめながら、サラは思い出す。

 さっき自分は、国王の問いになんて答えた?

 この便利な水を……月巫女を、隠すか捨てろと言った。
 その結果、悪いことが起こったとしても、それは運命だと。
 ”人の心を覗き見る”なんて奇跡を使いこなすなら、それは単に国王の欲望を埋めるための道具だと。

 それは事実かもしれない。
 けれど、使われるだけの月巫女にも、ちゃんと心があるのだ。

「だから国王は、誰とも結婚しなかったんですね……?」

 なぜ月巫女が、国王に黙って王妃候補を狙ったのか、サラには分かった。
 国王も、デリスも、分かっているのだろう。

 月巫女は、国王が好きなんだ……。

 サラが言いたいことを汲み取ったのか、国王は苦しげに表情を歪めながら告げた。

「俺は、月巫女に感謝している。でも、それだけだ。彼女を選ぶことは、できない……」

 国王が月巫女を解放しない限り、呪いが終わることはないだろう。
 しかし、義理堅い国王が、散々利用してきた月巫女を”要らなくなったから”と放り出すこともできない。
 そうして、薬だったはずの水が、少しずつ毒になっていくのだ。

 突然、デリスが立ち上がった。

「私は、許しません! あの女を……絶対に許さない!」

 デリスの悲痛な叫び声が、サラの胸を打った。
 気持ちを落ち着かせるような魔術でも発しているのだろうか、国王がデリスの背中を優しくさすりながら言った。

「今日の話はこのくらいにしておこう。本当なら、王位継承の話をしなければならなかったのだが……とりあえず”サラ姫の選んだ相手を国王に”という条件は撤回しておく」

 国王は、今後のスケジュールを事務的に伝えた。

 次期国王の公表は、3日後の定例会議。
 実際の譲位については未定だが、国王はなるべく早くと考えているらしい。
 その際、和平についても話し合いの場がもたれるという。

 サラにとっては、決戦の日となるだろう。
 それまでに、インプットした膨大な情報を整理して、対策を練らなければ。

 武者震いを抑えながら、サラは力強くうなずいた。

 デリスの肩を抱きかかえて立ち上がりながら、国王は置き土産に爆弾を1つ。

「ああ、そうだ。これで分かっただろう? なぜ俺が、君にプロポーズしたのか……月巫女の魔術が効かないなんて稀有な女を、俺が逃すと思うか?」


『覚悟しておけよ?』


 サラの頭はその一言でフリーズし、入力された情報は一瞬でデリートされた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 暗い話……悩み悩み書きましたが、どーでしょう。月巫女さんが一方的に悪いわけではないけれど、人を裁くってことは大変なことで、時に私情が挟まってミスジャッジして、結果誰かの恨みをかうというあたりが、ちょっと社会派……風? とにかく難しかったです。はー。”審判の間”の謎解明にタロットを利用させてもらったんですが、分からない方にはかえって難しい比喩になってしまったかもしれません。一言でいえば『嘘ついたら地獄に落ちるわよ』ってことです。嘘八百な作者はもう行き先決定してます。賽の河原でひたすら小説を書いては消され、書いては消され……ううっ。ラストは、予定通りのチロルチョコ1粒。国王様のオトナなラブゲーム味。やっぱ苦いよりは甘い方がいいですねー。
 次回は、久々にクロル君と隠れ家でツーショット。来るべき決戦に備えて、戦略練ります。隠してきたサラちゃんの秘密もついに……。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ