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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章(15)魔女の狙った獲物

 ルリのすすり泣きと、リグルの慟哭。
 そして、この苦しみを1人で耐えてきたエールが、ようやく心を解放して静かに流す安堵の涙。
 サラも3人の涙を見て、悲しみにシンクロしていく。

 ただ1人、クロルだけは今までどおり。
 みんながなんとか現実を受け止め、心を落ち着けるのを見計らった頃に、ポツリと言った。

「母さん、か……悪いけど、僕はあまり思い出とか無いんだよね。だから泣けない」
「ああ、確かお前が2才になる頃だったな。母さんが死んだのは」

 クロルの傍らに座り込んでいたエールが、ローブの袖で涙をぬぐいながら立ち上がる。
 椅子に座ったままのクロルの視線が、エールを追って上目遣いに変わった。

 今はっきりと見える、クロルの薄茶色の瞳に浮かぶのは……かすかな悪意。

「エール兄さんが正直に言ってくれたから、僕も言うね。母さん……ていうかあの女、父さんが死んだときから狂ってたはずだよ。僕が、あの女の腹にいた頃からね。僕、胎児の頃の記憶があるんだ」

 もう聞きたくないというように、ルリは耳を両手で押さえて頭を横に振った。
 エールとリグルは、皮肉げに笑うクロルを凝視した。

「あの女が、自分の腹に何を話しかけてたか、全部じゃないけど断片的には覚えてるよ。”お父さんみたいな黒髪、黒い瞳、強い力を持って生まれて来い”って、ずっと言ってた。僕は、お父さんの生まれ変わりだからって。それが……いざ生んでみたら、自分にそっくりだったから、かなり怒ってたけど」

 サラは、イメージを膨らませていく。
 最愛の夫を無くし、幼い子ども達と戦地に取り残された元王女。
 サラは彼女の顔を知らないが、国王やクロルに似ているとすれば、かなりの美女だろう。
 精霊の森で国王の支えになったという、その穏やかな表情が失われ、狂気に歪む姿が……今こうして冷笑しているクロルと重なる。

「それからあの女が死ぬまで、僕は腕に抱かれた覚えは1度も無いんだ。侍女たちが代わりに育ててくれたから、別に不満は無いよ? 兄さんたちは、王城での暮らしに慣れるので精一杯だったろうしね」

 クロルは無邪気に笑ったけれど、その場に居た誰も、笑えなかった。

  * * *

 母親の愛情が一番必要な時期に、そうやって放り出されてしまったことが原因なのだろうか。
 クロルに張り付いた冷笑は消えない。

「ていうか、もうその頃には母さん、エール兄さんにしか興味無かったんだろうね。エール兄さんだけだろ? 父さんの血を受け継いでるのって。僕は父さんの実物って見たことないから分かんないけどさ」

 立ち尽くしていたエールが、無言でうなずいた。
 リグルもルリも、あらためてエールの姿形を見つめる。
 半ば呆けた表情のまま、リグルが呟いた。

「そうだな……俺は、髪と目の色は父さんと同じだけれど、魔力は無いし、何より性格が母さんに良く似てたらしいから」

 お転婆で、いつも当時の国王や王妃、侍女たちを困らせていたという王女。
 「森の向こうに行ってみたい」が口癖だったという。
 その願いを叶えようと、国王が15才の成人に合わせて大陸の国々に花嫁候補としてお触れをだしたところ、あまりの美しさに求婚者が殺到した。

 しかし既に王女は、身分違いの恋に落ちていたのだ。
 どんな立派な国の求愛も全て断り続け、両親や周囲を粘り強く説得し、最後は”妊娠”という既成事実をもって、彼女が一般貴族と結ばれたのは、適齢期をだいぶ過ぎた20才のとき。

 王城の生活よりは貧しいものの、愛する人と4人の子どもに恵まれ、彼女は幸せだったのだとリグルは語った。

「父さんは、穏やかな人だったよ。本当に、見た目も性格も、エール兄に似てる。だからって……エール兄のこと……器にしてっ……!」

 エールは、再び涙を流し始めたリグルの肩をそっと抱いた。
 先に悲しみを乗り越えた者として、弟と妹を導くために、エールは微笑んだ。

「そうだ。母さんは幸せだった。ただ……父さんのことを、愛しすぎてしまっただけなんだろうな。クロルの言うとおり、この城に移って来てからというもの、母さんは俺の傍から片時も離れなかった。俺が赤ん坊のクロルを放置していることを強く責めても、なんというか……異常な目つきで……」

『あなたが私を叱るその表情も、あの人にそっくりね』

 エールの脳裏に、まるで少女のように微笑んだ美しい母の面影がよぎる。
 その声も、瞳も……自分へ向けられる愛情の全てが、息子に対するものではなかった。

 ずっとうつむいていたルリが、ようやく顔を上げた。

「私……お母さんに、聞いたの。クロルが生まれてから全然会ってくれないから、無理やり部屋に押しかけて……なんだか変だった。邪魔するなって追い出されて」

 ルリの瞳から、新たな涙が零れ落ちる。

「その時、お母さんは言ったの。もうすぐお父さまに会わせてあげられるからって。私、意味が良く分からなくて……ね、リグル兄?」

 ルリの泣き顔を見て、力付けるように強くうなずくリグル。

「そうだな。良く覚えてる。俺は正直、母さんがルリを連れて父さんのところへ……自ら命を絶つつもりじゃないかって、思ったんだ。だから訓練をしばらく休んで、ずっとルリと2人、クロルの部屋で暮らしていた。エール兄さんは、力で母さんに負けないだろうし、大丈夫だと思ったんだ。その後すぐに母さんが亡くなって……悲しかったけど、少しだけホッとしてたんだ。まさかエール兄さんにそんなことを……」

 リグルは、握り締めた両手の拳を自分の膝に強く打ち付けて「ちくしょう!」と、王子らしからぬ言葉で……自分を責めた。

  * * *

 唯一人、部外者のサラ。
 冷静にならなければと自分に言い聞かせながら、今まで聞いた断片的な話を、頭の中でまとめてみる。

 クロル王子がお腹にいた頃に、王子達のお父さんが戦争で無くなった。
 王城へ移ってからの2年間、王女はたぶん正常ではない精神状態だったのだろう。
 亡くなったのは、自室の窓からの転落。
 事故死とはいえ、自殺に近かったのかもしれない。

 それが、11年前の話だ。

 当時、エール王子は11才。
 11才の少年が、母親の狂気を受けて魔術の贄となり、なんとか術を逃れて生きながらえた。
 それから10年以上……エールは、体を蝕む呪いと戦いながら、魔女となった母を捜し続けていたのだ。

 そこまで考えたサラの瞳に、再び涙が浮かびかけたとき、エールが呟いた。

「母さんが消えてから、俺はすぐにこの城を飛び出そうとした。いつまで生きられるか分からない体で、しかも、次はクロルが狙われると分かって、じっとしていられるわけが無いだろ? でも、失敗したんだ。王城から逃げようとした俺を、あっさり捕まえたのが……筆頭魔術師ファースだった」

『へえ……これは珍しい。お前の魂には、闇が混じっているな』

 新しいおもちゃを見つけたように、楽しそうに笑った筆頭魔術師。
 俺の頬をつねり、耳を引っ張り、伸ばした黒髪を持ち上げて……。
 「痛いな!」と叫んだ俺に、あいつは言った。

『痛いときは、泣いたっていいんだぞ? ボーズ』

 俺は、まんまとのせられて、悔し泣きした。
 あいつは、泣きじゃくる俺の頭を、ずっと撫でながら言った。

『なあ、世界は広いんだよ。今のボーズじゃ飯にありつくのすら難しいだろうな。ただ……それでも望むなら、俺が力を貸してやってもいいよ? その代わりに……』

 魔術師ファースは、貪欲な男だった。
 なぜ俺の逃亡を手助けしようなんて提案をしたのか、はっきり告げたのだ。

 ギブアンドテイクの関係だったが、俺はそれでも良かった。
 俺の負ったこの闇を、知ってくれている人間が近くにいるだけで、救われていたんだ。

 なのに……。

「ファースは、俺に何も言わずに出て行った。最悪なことに、俺を後継者に指名する書状を残してな。あいつがこの国を捨ててから、俺に出来ることは大幅に限られた。暗殺者から国王を守り、この城の結界を維持するだけで精一杯だった。せいぜい、魔術師たちに頭を下げて利用されて、見返りに光の精霊の宝石をかき集めてもらって……自分の延命のために、騎士たちをたくさん死なせた。最低だな……」

 1人考え込んでいたサラの頭に蘇る、ファースの笑顔。

「違う……そうじゃない!」

 突然サラが叫んだので、4人は驚いてサラを見つめた。

  * * *

 サラは、確信していた。
 エールの次に……もしかしたら、それ以上に、自分はあの魔術師を理解しているのだと。

「ファースさんは、意味の無いことなんて絶対にしない。あの人は見つけたのかも。森の向こうに、エール王子を救う何かを……」

 逃げた魔女なのか、呪いを解くマジックアイテムなのかは分からない。
 ただ、ファースは一度助けると言ったなら、何があっても絶対にやり遂げる人なんだ。

「それは違うよ、サラ姫。君はあいつの目的を知らないからね」

 サラの考えを、ファースはあの部屋で見せた冷笑とともに一蹴した。
 ファースへの憎しみを隠そうともせず、エールは皮肉げに笑う。
 教師が子どもに諭すような、優しいけれど一方的な口調で。

「あの男は、俺より大事なもの……国王を選んだんだ。いや、そうじゃないな。ずっと国王が匿ってた、ファースの前の筆頭魔術師……王弟事件の犯人をね。俺に魔術のスキルと、王城を出ても生き抜ける知恵を教える、その見返りが……あの女魔術師だった」

『……ある女が、国王に囚われている。そこは、王族しか入れない特別な結界が張ってある。その女と、俺を会わせてくれないか?』

 自信満々な態度で「ボーズはバカだなあ」とエールをからかっては大笑いしていた最強の魔術師。
 だからこそ、ファースの突然の変化にエールは驚いたのだ。
 苦しげに眉を寄せ、1つ1つ言葉を選ぶようにそっと告げるファースの瞳に、滲みかけた涙を見つけてしまった。

「それから、俺はファースに言われたとおり、女魔術師の囚われた部屋を探し出して、何度か逢引を手伝ったよ。やつれてはいたけれど、美しい女だった。魔術封じの腕輪を嵌められていた。それが無ければ、あの女はもっと早く逃げられたのかもしれないな」


 サラは、新たに発覚した事実に驚くとともに、冷静に事実を読み解いて、一度立てた仮説をリセットする。

 ――王弟事件。
 背筋が凍るような、あの部屋の澱んだ空気を思い出し、サラはぶるっと震えた。
 クロルに教わった話は、単なる噂話の域を出ない。
 全てを信頼することはできないけれど……。

「母さんが死んだとき、国王は珍しく動揺していた。その隙をついて逃げた元筆頭魔術師の女を、国王は見つけ出して連れ戻すよう命じた。確証は無いが、その女は国の暗部を知りすぎていたんだろう。ファースは……見つけても連れ戻すかは分からないな。その女にかなり入れ込んでいたみたいだから」

 サラは、その説明に納得した。
 いや、しようとした。

 理性を跳ね除けるように、サラは叫んでいた。

「違う、違うの、そうじゃないのっ……!」

 サラは、自分が心から魔術師ファースを信頼していることを自覚した。
 その信頼をすでに裏切られているエールと、話がかみ合うわけがない。
 エールの瞳には、あの日サラに向けた敵意が浮かぶ。

 それでもサラは、自分の直感を信じたかった。
 魔術師ファースは、エール王子をきっと大切に思っているはず。
 でも、ファースが取引してでも会いたがったその女魔術師も、大事なのかもしれない……。

 ――ううん、やっぱり違う。

 ファースは、何事も先を読んで、優先順位を決めて動く人だ。
 彼が何よりも優先するのが、大事な人の命。
 好きな女を追いかけるとか、たかが国王の命令なんてもので、あの天邪鬼が動くわけない!

 お互い一歩も引かず、睨みあうサラとエール。
 その対立を、ハラハラしながら見守るリグルとルリ。

 そして……ピリピリと緊張したその場の空気を、まるっきり無視する人物が1人。


「そっか、うん、わかった。あー、スッキリした!」


 クロルは、僕ってやっぱ天才っと呟きながら、1人くすくすと笑い出した。

  * * *

 全員が、理知的に輝くクロルの瞳に吸い寄せられる。
 過去や未来が入り混じるこの混沌とした現実から、クロルは何を見つけだしたのか。

「エール兄さん、僕はね……母さんが死んだところを確かに見たって人を知ってるんだ」

 事故死を装って、王城を逃げ出したという王子たちの母親。
 それが確かに死んでいるとしたら、また話が変わる。

「もしも母さんが死んだなら、その命をもってエール兄さんにかけられた呪いは解かれるはず……それが解けていないから、エール兄さんは”魔女はまだ生きている”と思っていたんだろう? でも、残念。母さんは本当に死んだんだよ」

 どういうことか分からない。
 分からないけれど……何か、嫌な予感に、サラの胸の鼓動は早まった。

 クロルは、自分を見つめる4人の顔をゆっくりと見回した後、結論を告げた。


「魔女は、成功したんだよ。禁呪ってやつをさ。死んだ人間の魂を冥界から降ろすより、生きた人間の魂を降ろした方が楽だって」


 クロルの笑みが深まるとともに、この部屋全体が冷気に包まれていくようで、サラは両腕で自分の体を抱きしめた。
 ズキズキと鈍い痛みを放つ左手の傷ですら、この空気の中で沈黙した。


「きっと魔女は、自分の肉体を捨てて、他の人間の体を乗っ取ったんだ。例えば……”元筆頭魔術師の女”あたりに、ね……」


 クロルの告げた言葉に……4人は、戦慄を覚えた。

 クロルは「今頃魔女は大陸で、婿探しならぬ贄探しでもしてるのかなー」なんて、他人事のように笑った。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 ギャー! 魔女怖いよぅ……ていうか、全然話すすまないこの話が、どんだけ長くなるのかがもっと怖い……。予告してたエール君のリベンジまで辿り着けずスミマセン。しかしクロル君、どんだけ賢いんだって話ですよ。実際に赤ちゃんの記憶がある方もいるそうですが……クロル君がいてくれて良かった! 彼が居なかったら、単純ワンちゃんなリグル、甘えんぼ子猫なルリ、思い込んだら一筋な頑固エール、同じく頑固でフィーリング重視のサラ……謎は絶対解決しませんでした。ホッ。あと魔術師ファース君の想い人も登場。とても悲しい恋です。うっかりサラちゃんに浮気しかけたのは、作者的に許せる範囲かと。念のため補足すると、2人が森を抜けられたのは”死をも乗り越えられる強さ”があったからですね。(第二章閑話4妹ちゃん振られるの巻より)
 次回こそ、エール君とサラちゃん2度目のツーショット。そろそろ甘さを提供しましょう。苦いブラック無糖に飽きたら、極甘MAXコーヒーを無理やり提供いたします。(byAQカフェ店主)
※設定ミスを発見し、こっそり修正させていただきました。たぶん他にも出てきそうな悪寒……。
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