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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章(9)魔女の住む部屋へ

 リグル王子がサラに求婚したという噂は、その日のうちに王城全体に広まった。
 怒り心頭でサラの部屋に飛び込んできたルリ姫は、脳みそが耳から漏れたようなサラの態度に、なぜか「大丈夫よ」と励ます側に回ってしまった。

 夕方になっても、戦闘服姿のまま部屋の壁に頭をのめり込ませるように寄りかかりながら、「あー」「うー」と意味不明な声を出しているリビングデッドなサラに、肝っ玉ばあさん侍女デリスから、新たな指令が下った。

「サラ姫様。クロル王子から夜食のお誘いでございます。とっととお風呂に入って、ドレスにお着替えくださいませ」

 デリスに付き添っていたリコは、すっかり手下として洗脳されたようで、「さ、サラ姫様行きましょっ!」と、サラの体を遠慮なく引きずっていった。

 * * *

 サラが呼びだされたのは、図書館の隠れ家ではなく、クロルのプライベートルームだ。
 クロルの部屋に自由に出入りできるのは、リグル王子とルリ姫だけ。
 教育係のデリスはもちろん、クロル王子お気に入りの賢くつつましい侍女ですら、無断で入ることは許されないという。
 クロルの部屋は、侍女たちから密かに”秘密基地”と呼ばれていることを、サラはデリスに引きずられながら聞いていた。

 しかし、秘密基地とは一体どんな部屋なんだろう……。

 デリスは、お風呂に入ってもまだぼんやりしたままのサラを、なんとか部屋の前まで連れて行き、倒れないように片腕で抱え込んだままドアをノックする。

「クロル王子、サラ姫をお連れしました」

 しばらく待つが、返事が無い。

 失礼いたしますと口に出しつつも、デリスがドアの下部を蹴飛ばした。


『ピコンピコンピコン』
『ウィーン……』
『キュルキュルキュルッ……カチリ』


 お役ごめんと、デリスはドアの奥に居るであろうクロルに会釈し、さっさと引き返していった。
 サラは、デリスの後姿を見送りつつ、その奇妙な音を聞いていた。

「やあ、いらっしゃい」

 自動的に開かれたドアの奥には、脚のクロスされたコンパクトな折りたたみ式ダイニングテーブルセットと、その奥に腰掛けたまま手招きするクロル王子。
 テーブルの上には、美味しそうな料理がのった大皿が7〜8枚。
 暖色のランプに照らされた、白いレースのテーブルクロスが眩しい。

 美しいのは、そこまでだった。

 相変わらず美形オーラが眩しいクロルの背後には……部屋の天井まで達するほどの鉄くずの山。
 窓には一級遮光レベルのカーテンが引かれ、すぐそばには図書館から持ち込まれたらしい大量の本が詰まれている。
 カーテンを開けようものなら、盛大な雪崩が起こるだろう。
 ベッドルームへと繋がるドアも、積み上げられた本の奥にあり、その手前にはやはり折りたたみ式の簡易ベッドが置いてあった。

 サラは、クロルの性格がなんとなく理解できた気がした。

  * * *

 今日の夕食も、昨日と負けず劣らず豪華だった。
 昼食を食べ損ねたサラは、肉米肉米肉野菜の割合で、ジューシーな肉と炊きたてご飯をガツガツとかきこむ。
 大皿に盛られた肉の8割は、サラの胃袋へ。

 その姿を見て、クロルは辛らつに言った。

「サラ姫って、姫らしくないよね。むしろ完全に庶民だよね」

 はい、その通りです。
 イエスウィキャン。

 正直に答えかけたサラは、慌てて「姫です! どう見ても姫!」と否定した。

 演技がかったその台詞に、クロルは眉をしかめる。
 そして唐突に、今日呼び出した目的を告げた。


「あのさあ……リグル兄、どうやって落としたの?」


 お茶の次は、お米粒だった。

 サラの口から飛び出たモノを頭から浴びたクロルは、怒りを通り越した無表情で「あのへんの引き出しにタオルあるから、これ拭いて」と告げた。

  * * *

「これ片付けて」
「あっ、はい、クロル様」
「次はお茶」
「あっ、はい、クロル様」

 元々食の細いクロルだったが、サラのスプラッシュ攻撃により、食欲は完全に無くなった。
 サラをアゴでこき使いつつ、食事の片付けやお茶の用意、ついでに散らかった床のゴミ拾いをさせ、その後肩をもませて、ようやく臨時メイド扱いから解放した。

 しゅんと背中を丸めるサラが、自分の淹れたお茶の香りにささやかな癒しを求める姿を、クロルは隅々観察する。

 今日の午後、前騎士団長バルト経由で文官長から聞かされたのは、信じられない話だった。

 あのリグル兄が、サラ姫にプロポーズした。
 しかも、騎士たちの前で「王になる」と宣言したという。
 クロルがどんなにけしかけても「俺には無理だよ。国王にはエール兄がなるべきだ」と譲らなかったのに。

 クロルは、サラがごくりとお茶を飲み込んだタイミングを見計らい、先ほどの話の続きをする。

「ねえ、さっきの質問。リグル兄に何したの?」

 ゴホゴホと咳き込むサラは、少し日に焼けたて赤くなった頬を両手でおさえる。

「別に、私は何も……」
「何もしないで、あの頑固なリグル兄が考えを変えるとは思えない」

 訝しげなクロルの視線を受けて、サラはテーブルの影に少しでも隠れようと、ますます猫背になる。
 無駄な抵抗だと言わんばかりに、クロルは身を乗り出してサラを睨んだ。

「色仕掛け……なわけないよね。キミ、色気なんて全然無いし」

 はい、その通りです。
 イエスウィキャン。

 縮こまって貝になるサラに、クロルは諦めのため息をついた。

「でもいい仕事したよ。僕はずっと前から、リグル兄が次期国王に相応しいと思ってたからさ」

 リグルは、自分のことを知らな過ぎる。
 あの明るさも、行動力も、優しさも、強さも……何もかもが、国民の望む国王像に当てはまるということを。
 そして、父王であるゼイルも、密かにそれを望んでいることを。

「あの、クロル王子……聞いてくれる?」

 一人納得しようとしていたクロルに、サラはおずおずと話しかけた。
 その表情が、やけに憂いを帯びているように見えて、クロルは首を傾げる。

「私、本当は……結婚なんてしたくない」

 このまま2人が結婚し、リグルが国王となれば、不穏な動きを見せている魔術師勢力を抑えることができる。
 そのシミュレーションに、サラの気持ちが含まれていないことに、クロルは初めて気づいた。

 ごめんなさいと頭を下げたサラは、明快な理由を求めるクロルに「誰にも言わないで欲しい」と前置きして、そっと告げた。


「私が欲しいのは、和平だけなの……この国の王妃には、なれない」


 本当なら、リグルに対して告げるべき言葉だった。
 または、国王に対して。
 今こうして内緒話のように暴露したのは、懺悔の代わりかもしれない。

 リグルの想いが、自分の心を動かしたから。

 あのとき、リグルは国王になるべき人物かもしれないと思ってしまった。
 自分が彼を選べば、それが簡単になされるのだとわかっていた。

 でもきっと、リグルが求めるのはそういうことじゃない。
 偽装ではない、本物の結婚なのだ。

「ふーん。それで?」

 クロルが返してきたのは、冷静な一言。
 くっきりとした二重の瞳を猫のように細め、腕組みしながらサラを見詰めている。
 長めに伸ばした前髪の隙間からのぞく薄茶色の瞳が、すべてを見透かすように光った。

「驚かないの?」
「うすうす気づいてたからね」

 ニヤッと笑ったクロルは、次の言葉でサラを絶望に突き落とした。


「キミ、本当は男だろ。もしかして、サラ姫の双子の弟?」


 いいえ、違います。
 ノーウィキャント。

 サラは力を失い、くたりとテーブルに突っ伏した。

  * * *

 部屋を出たサラとクロルは、ある場所へと向っていた。
 人気の無い廊下を歩きながら、サラはまた転ばないようにスカートの裾を持ち上げながら、ちょこちょこと小走りでクロルの後をついていく。

 先ほど、双子の弟説を必死で否定したサラだったが、クロルから「じゃあ何者?」と聞かれて、思わず口ごもった。
 まさか異世界から呼ばれてきたなんて胡散臭すぎるし……なによりこれだけ敵味方が入り混じる中で、安易にニセモノとばらすことは危険だ。
 伝えるなら、自分の安全が保障され、なおかつ和平が成されるという確約の元でなければ。

 鋭いクロルはサラが何か隠していることに気づいたが、何も言わなかった。
 その代わりに、こうしてサラを連れ出したのだ。

 進んで来たのは、薄暗い石畳の塔。
 図書館のある塔とは、また別の場所らしい。

 薄暗い塔には明かりもなく、頼りになるのはクロルが手のひらから出している炎の魔術だ。
 それが、どう見ても人魂にしか思えず、サラはびくつきながらクロルに問いかけた。

「あの……どこに行くの?」
「教えない」

 スタスタと早足で歩くクロルを慌てて追いかけたサラは、炎を浮かべていない方の手を掴んだ。
 サラが履かされたヒールのおかげで、少しだけ背が低くなっているクロルは、突然握られた手にぎょっとしてサラを見上げる。
 傍から見ると、かなり恐ろしいガンつけ目線だが、サラはもう慣れてしまった。

「ねえ、もっとゆっくり歩いて?」
「分かったから、手離せよ」
「イヤ……」
「はあっ?」

 涙目のサラを見て、クロルは盛大なため息をついた。

 この男女とは、どうもかみ合わない。
 自分がこうして睨みつければ、たいていの人間は引くというのに。

「このままクロル王子が逃げたら、私ここで迷って、二度と自分の部屋に帰れないもん!」

 クロルは再びため息をつくと、一方的に掴まれたサラの手を、ちゃんと握手の形に握りなおした。
 ホッと笑顔になったサラ。

 その隙をついて……ダッシュ!

「クロル王子いっ……!」

 うわーんと泣き叫びながら追いかけてくるサラに、クロルは久しぶりに声を上げて笑っていた。

  * * *

 クロルのシャツの背中を掴んだまま、サラは大人しく着いていく。
 「シワになるから離せよ」というクロルの抗議も無視し、もう絶対絶対この手を離さないと主張して。

 クロルは、そんなサラの態度が面白くて仕方がない。
 クロルが突然歩調を速めるたびに、ビクッと震えるサラは、ベランダに飛んでくる小鳥のようだ。
 餌をまいて小鳥を呼び寄せては、飛び立たない程度に驚かせるという微妙な遊びを良くしていたなと、クロルは懐かしく思い出した。

「さ、着いたよ」

 クロルが立ち止まったのは、塔の階段を上り詰めた、小さな扉の前。
 人魂に照らされるクロル王子の表情は、まるで血が通わないマネキンのようだ。

 サラは、何か嫌な予感がして、クロル王子に尋ねた。

「ここは、一体……?」
「この部屋は”審判の間”という。別名は開かずの間……」

 揺らめく炎の灯り。
 クロルは、その薄茶色の瞳を赤く染めた。


『ここには、魔女が住むと言われている』


 クロルは「僕がこの部屋の鍵を持っていることは、誰にも内緒だよ」とささやくと、ズボンのポケットから古びた鍵を取り出し、その部屋の扉を開けた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 クロル王子と、楽しいディナーデートの巻でした。クロル君みたいに、キレイめだけど実はオタクとかって意外性あるキャラは書きやすいです。サラちゃん、どじっ子メイドごっこの後はお化け屋敷デート! 絶対デート! 普段強すぎなサラちゃんですが、ホラーは苦手です。作者も苦手。こんなときは「どろんどろん♪どろんどろん♪」と口ずさむとなんかごまかせます。(←某芸人さんのネタ)サラちゃんがおかしくなった時の「あー」「うー」という意味不明な呟きは、大平元首相から拝借。
 次回、このお化け屋敷で何かが起こる……ついに魔女っ子が出てくるかと思いきや、ほんのりイイカンジのラブ方面に?

※今日はちょっと午後から出かけてたのですが、結局帰りが終電に……楽しみに待っててくださった方、スミマセンでした!今後こういう場合は、日常ブログ(↓にリンクあり)の方に連絡書き込みますので、チェックしてみてくださいませー。
ついでに、短編3本&アホ日記もどうぞよろしくです……。
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