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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章(8)2度目の奇跡

 剣を打ち合わせる音が絶え間なく響く、この訓練場。
 日が高くなり、徐々に気温も上がってきたようだ。
 気温以上に暑く感じるのは、隣に座るこの人の発するオーラのせいかもしれない。

 気持ちを切り替えるように、ふっと空を見上げたリグルは、サラに質問した。

「黒騎士……サラ姫は、これだけの戦力差があっても、どうしてトリウムが勝てないか分かるか?」

 その台詞に、あらためてここが敵国なのだと思い知らされたサラ。
 静かに首を横に振り、うつむいた。
 鈍いように見えて案外細やかな性格のリグルが、慌ててぺこりと頭を下げた。

「ゴメン、キミにとっては嫌な話になるかもしれないが……聞いて欲しい。トリウムがいつまでも勝てない理由は、ネルギが強いからじゃない。この国に問題があるからだと俺は思っている」

 魔術師は、この戦争に一切出陣しない。
 騎士たちには、どうしてもそれが理解できなかった。
 業を煮やしたバルトは、騎士団長として「ネルギの魔術師軍団に対抗するなら、こっちも魔術師を出すしかない」と、国王に訴えたという。

「バルトが襲われたのは、その直後だ。魔術師を糾弾したことの他に理由が無い。どんなに強い癒しの魔術をかけても傷は治らず、バルトは剣を持てない体になった。犯人は、今も見つかっていない」

 再び感情が高ぶったリグルの額から流れた汗が、彼の騎士服の肩にポタリと落ちた。
 それが一瞬涙のように見えて、サラは胸が痛んだ。

 穏やかに見えるこの国に、一体何が起こっているというのだろう。
 カリムが襲われた事件や、魔術師ファースの事件で、警備の騎士たちが妙に熱心だったのは、こうした前例があったからかもしれない。

 リグルは、不安げに見つめるサラに軽く笑いかけると、再び視線を落とした。

「父様は、軍の揉め事は自分たちで解決しろって放置だ。俺だって、エール兄には何度も直談判した。でもこの戦いに魔術師は必要ないの一点張り。俺たちは、不利な状況と分かっていても、国境の民を守るべく戦うしかなかった。魔術師はこの王城でぬくぬく暮らしながら、騎士たちが次々と戦死することを喜んでる。これで騎士の勢力が削られるってな」

 ずっと、心の中に抱え込んできたのだろう。
 淡々と続く独白に、サラはただ耳を傾けることしかできなかった。
 縦割り行政なんてレベルではなく、対立は深刻なようだ。
 怯えるように逃げたコーティの態度の意味が、ようやく分かった気がした。

「逆に、俺たちが負けていないのは、クロルが……文官たちが知恵を尽くして戦略を考えてくれているからだ。新しい砦の設計や、効率的な武器の開発やなんかをさ」

 サラは、今まさに砂漠との国境エリアで続いている戦いを想像した。
 その戦いは、魔術と科学の戦いに似ているのかもしれない。
 もしもトリウム側に魔術師が加わり、防御魔術を駆使しつつの戦術が取れるなら、すでに結果は出ているだろう。


 一気に語ったリグルは、流れる汗を袖でぬぐうと、苛立ちを吹き飛ばすように足元の石ころを蹴った。
 サラは、話の核心をつくような質問をする。

「一体なぜ魔術師は、戦争への参加を避けるんでしょうか?」

 リグルは、悲痛な表情でサラを見つめた。

「俺は単純だからな。分からないんだ。魔術師の思惑も……最近のエール兄も」

 救いを求めて、すがりつくようなリグルの瞳。
 サラは、ただその瞳を見つめ返すことしかできなかった。

 * * *

 騎士たちは休憩も取らず、真剣に訓練を続けていた。
 リグルの話を聞いたサラは、彼らの鬼気迫る表情から「いつか近い未来、戦場へ行く」という、覚悟を感じ取った。
 サラはその光景を見つめながら、考えていた。

 騎士たちにとっては、敵国の姫が1人現れたところで、大差が無いのかもしれない。
 実際サラには、サラ姫の刺客を追い返すこともできず、戦地での攻撃を止めさせる権限も無い。

 和平への道のりは、まだ遠い。
 国王に書状を渡したときは、確かに掴んだと思ったものが、まるで砂のように指の隙間から零れ落ちていく。
 今の自分にできることは、いったい何だろう?

 感傷に浸っていたサラの頭を、ポンッと叩く大きな手の感触。

「サラ姫、ごめんな。今の俺、弱すぎだ」

 会ったばかりの女の子に弱音吐くなんてと、リグルは苦笑した。
 ベンチに座っていても、見上げるほど背の高いリグル。
 その手が聖剣を握れば、サラはきっと勝てないだろう。

 リグルは、充分強い。
 そして、優しい人だ。

 皆の前では明るい振りをして、本当は深く傷ついているこの人に、私はどんな言葉をかければいいのだろう。

 リグルの一番の理解者だったバルトさんは、すでに騎士団を離れ、管理側に納まっているという。
 リグルが騎士団長を継いだのは「年齢や立場は関係なく、もっとも腕の立つ者が長となる」という騎士団の掟にのっとった、メンバー総当りの試合に勝利したからだ。
 結果、若干20才のリグル王子が、これだけの数の騎士たちをまとめあげている。

 しかし、剣の腕と人の上に立つことは、違うはずだ。
 騎士団長の仕事の中には、戦死の報を受けることや、死者の代わりに戦場へ送り込む者を決めるなんて作業も含まれるという。
 リグル王子にとっては、苦しい作業だろう。
 自分自身が戦場に行くことは、決して許されないのだから。

 バルトさんがもしここにいたなら、リグル王子をどんな風にサポートするだろうか?

 バルトさんが……。

 ん?

「あの、バルトさんって、少しは魔術が使えます?」
「は?」

 サラの唐突な質問に、深く考え込んでいたリグルは、眉間にシワを入れたまま聞き返す。

「武道大会の時に見た限り、バルトさんってあまり魔術は得意じゃないみたいでしたけれど……」
「ああ、バルトは魔力がほとんどないはずだ。使えるのは簡単な水の魔術くらいかな」

 水の魔術!
 やった!

「今すぐ、バルトさんをここに呼んでもらえますか? あと、私の侍女のリコも!」

 サラは、国王並にいたずら心いっぱいな笑顔を作った。

 * * *

 すぐに準備は整った。
 呼び出されたバルトは、バツが悪そうに「黒剣は……」と言い訳しようとしたが、サラは首を横に振ってそれを制した。

 息を切らせながら駆けつけたリコに、サラは自分の横髪を摘みながら「あれ持ってる?私の……」と質問した。
 リコは、侍女服のスカートのポケットから、小さな黒い袋をそっと差し出した。

 それは、サラの髪のお守り。
 リコが肌身離さず持っていてくれて助かった。

 サラは、首にかけていたネックレスを外す。
 そこには、ペンダントヘッドの代わりに、指輪がつけられていた。
 元々リコが持っていた、水の指輪だ。

 これをサラが持ち込んでいたことも、ラッキーだったと思う。
 この指輪には、特別強い水の精霊の力があるから。

 訓練していた騎士たちは、一体これから何が起こるのかと、サラたちの周りに集まってきている。
 リグルとバルトも、不安げに顔を見合わせた。

 サラは、指輪とお守りをバルトに渡しながら言った。

「この2つのアイテムは、バルトさんの魔力を補強します。その全部の力を使って……私に、癒しの魔術をぶつけてください」

 サラの命じる行為の意味が分からず、首を傾げるバルト。
 リグルは、ふざけているのかと突っかかりかけたが、サラの瞳を見て言葉を失った。

 意思の強さを映し出すように、きらめくブルーの瞳。
 まるで戦神のように、凛然たる表情。
 光の中で真っ直ぐ前を向く彼女は……誰よりも気高く美しかった。

「ああ、分かった」

 サラの瞳の力に気圧されたバルトは、渡された指輪をつけた。
 小さな指輪は第一関節までしか入らなかったが、サラはそれで良いとうなずくと、バルトから少し距離をとった。

 バルトは、指輪をはめた手のひらを、サラへの方へと伸ばした。
 もう片方の手には、サラのお守りを握り締めて。

「水の精霊よ……」

 魔力の少ないバルトは、それを補うための長い詠唱を始めた。
 癒しの魔術が使えるといっても、簡単な擦り傷を治す程度の力しかない。
 バルトは、いつものように、細かい霧のシャワーが出てくるイメージをしていた。

 しかし、バルトの手のひらは、予想に反して淡く発光し始める。
 その光が飽和したとき、手のひらから放たれたのは……。

 淡く透き通る、1匹の水龍だった。


「……っ!」


 動揺するバルトが、これ以上ないほどに目を見開いた。

 これは、夢だ。
 まさかこの自分が、龍なんてモノを呼び出せるわけが無い!

 動揺するバルトを置き去りに、手のひらから生まれた龍は人の背丈ほどのサイズまで膨れ上がると、地を這いながら一気にサラへと向った。

 見守っている誰もが、瞬き一つできなかった。

 水龍は口を閉じたまま、サラの体にじゃれつくようにぐるりと巻きつく。
 そのまま再び発光し、空気に溶けて消えるかと思われたが……。


『――跳ね返れ!』


 サラの感情が、爆発した。
 サラを包む透明な熱の塊が、一気に温度を上げる。

 それを見ていた者は、思わず息を呑んだ。
 水龍が成長している。
 バルトを一飲みにできるほどの大きさへ。

 獰猛な瞳を細め、長い体をくねらせながら、巨大な龍は立ち尽くす騎士へと戻っていった。

 恐怖に目を閉じたバルトを包んだのは、痛みとは真逆の心地よい感触。
 それは、太陽のように輝く癒しの光だった。


 目には見えないけれど、サラは心で感じていた。
 癒しの魔術が、サラの願いを受けて、騎士の体の奥へと染み込んでいくことを。

 * * *

 再現された、あの日の……いや、それ以上の奇跡。
 バルトも、リグルも、他の騎士たちも、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

「さ、脱いでみて?」

 ニコニコと満足げに笑うサラは、魂が抜けたように立ち尽くすバルトに「はい、バンザーイして」と、子どもの着替えを手伝うように指示をする。
 背の高いバルトに悪戦苦闘し、最後はリコに手伝わせながら、サラがようやくバルトの上着を脱がせると、バルトの背後にいた騎士の1人が叫んだ。

「バルト様の、あの傷が、消えてる!」

 バルト自身、すぐには理解できなかった。

 闇討ちに会ったのは、自分に隙があったからで、後悔しても仕方が無い。
 ただ、この時期に騎士団を離れるわけにはいかないと思った。
 だからこそ、恥を忍んで第一王子エールに頭を下げて、癒しの魔術をかけてもらったのだ。

 しかし、願いは叶わなかった。
 エールの魔術をもってしても傷は消えず、肩より上にあがらなかった腕。
 背中に醜い痕を残し、服を着るたびに激痛が走ったこの腕が……今、こんなにも軽く動いているのだ。

「良かったね、バルトさん!」

 無邪気に微笑むサラに、バルトはおぼつかない足取りで近づくと、崩れ落ちるように跪いた。
 驚くサラの右手を引き寄せ、かさつく唇で口付ける。
 そのまま、左手を腰に差した剣へ。

 二度と振ることはできないと頭では分かっていても、どうしても手放せなかった自分の聖剣。
 ずっと手入れを怠らなかったため、研ぎ澄まされた刃。
 サラの手を離さぬまま、バルトは愛する剣に2度目のキスを落とした。

「我は誓う。己の魂すべてを捧げ、黒騎士……サラ姫様への、永遠の忠誠を」

 それは、王妃という立場の女性にのみ捧げられる、神聖な誓いだった。

 立ち上がったバルトは、気持ちがうまく言葉にならず、瞳に涙を浮かべながら頭を下げた。
 見守っていた若い騎士たちも、涙を流していた。

 そして、その場にいた騎士全員が、サラに対してバルトと同じ行為を繰り返し……気づけば、日は高く昇っていた。

 * * *

 最後に残ったのは、リグルだった。
 サラの足元に跪き、その黒い瞳を挑戦的に輝かせる。
 今朝、サラを黒騎士と呼び、真摯な姿勢で立ち向かってきたあの瞳だった。

「俺……皆とちょっと違うことして、いいか?」

 最初は照れまくっていたサラも、何百人という騎士に忠誠を誓われて、すっかり抵抗が無くなってしまっていた。

「はい? いいですよ?」

 何か、王族ならではのやり方があるのだろうか。
 不思議に思いつつ、差し出したサラの右手を、リグルはそっとどけた。

 リグルが手に取ったのは……サラの左手。
 ためらいがちに触れられた唇は、やけに熱かった。

 サラは、驚愕に目を見開き、リグルを見詰めた。
 リグルは日に焼けた顔を赤く染め、照れくさそうに微笑んだ後、すっと表情を引き締めた。

「サラ姫。俺は、国王よりも弱い。エール兄のように力も無いし、クロルのように賢くも無い。だが……」

 サラは、自分の体が震えるのを感じた。

 国王に言われたときとは、何かが違う。
 この人から、瞳を反らすことはできない。


「どうか俺を、選んで欲しい。俺は……国王になる!」


 どうしよう。
 胸が苦しい……。


 周囲の騎士たちから湧き上がった大歓声も、耳に入らなかった。

 サラは、ただリグルの手の熱さを、その真剣な眼差しを、心で受け止めるのが精一杯だった。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 敵国に乗りこんだはずのサラちゃんですが、ここに来てキラキラパワーで一気に味方増えました。盗賊&オアシス国民&騎士で、数だけだと魔術師軍団に対抗できるかなー。直情系な秋田犬リグル君は「ご主人様みっけたワン!」と思ったら即プロポーズです。ていうか、実は女装サラちゃん見たとき(ヨダレ垂れたとき)から一目惚れだったのかも。実はバリトン騎士ことバルトさんも、サラちゃんにほんのりラブです。でもラブ通り越して神聖視しちゃって手は出せません。そのことが、後々何かにつながる……かな? あと今回、初めての試みをしてみました。そう……”――”(せん)を使ってみたのです! ちょっとまだ使い方分かってま――。(←センと読む?)
 次回から、トキメモデートもう1周。特に、まだ落とせてない2人にグッと近づいてきます。全員落とすまで終われないこのゲーム……じゃなくて第三章。魔女っ子ネタもアリで。
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