挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
砂漠に降る花 作者:AQ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

52/198

第二章(終)金色の龍

試合再開の合図とともに、三度静まり返るコロセウム。
サラも魔術師も距離を置き、睨み合ったまま動こうとしなかった。

魔術師の表情は、フードの影で隠れて良く見えないが、薄い唇の口角が上がっていることは分かる。
しかし、サラは魔術師の笑みに動じなかった。
魔術師が、サラを動揺させて面白がっているとようやく悟ったからだ。
サラの心に湧き上がった恐怖は怒りへと変わり、くすぶり続けていた怯えを完全に押さえ込んだ。

王族までもが固唾を呑んで見守るこの大舞台で、人を愚弄するにもほどがある。
もしも悪ふざけでなく、本気で自分を殺しこの黒剣を奪うというなら……打ち砕くだけだ。

「ふーん。いいオーラ出てきたじゃん。俺もそろそろ本気出しちゃおっかなー」

魔術師は、サラの思いをようやく受け止めることにしたようだ。
相変わらずお喋りだが、その口調は僅かに変わった。

「俺を本気にさせてくれた礼に、とっておきの魔術を見せてやるよ」

その台詞にこめられた言霊が、会場全体を駆け回った。
次の攻防が最後になるだろうと、サラも観衆たちも、予感していた。


魔術師は、細い指で自らの指輪に触れた。
その指輪には、光を乱反射し虹色に輝く宝石が埋め込まれている。

サラを挑発するように薄く笑んだまま、詠唱は行われた。
この世界に来てから初めて耳にする、韻を踏んだ歌のような心地よい響きだった。

アレク、そして前回大会を見ていた一部の観客たちの脳裏に、5年前の記憶が蘇ってくる。

あの日も、女神の愛し子である太陽は高く昇り、空は青く澄み切っていた。
魔術師の前に立っていたのは、一人の屈強な剣闘士だった。
目の前の敵に自分の力が到底及ばないことに目を背け、重い体を引きずるように、魔術師へとにじり寄っていった男に、襲い掛かったものは……


「サラ!逃げろ!」


思わず叫んだアレクの声は、観客のどよめきにかき消された。

魔術師の指輪から現れたのは、一匹の龍。

人の背丈ほどもある頭、見るものの魂を奪うという鋭い瞳、長い髭、裂けた口から覗く牙。
水色の鱗がびっしりと敷き詰められ捩れた胴体には、鋭利な爪を持つ腕が2本生えている。
妖精と並んで、伝説の中にしか存在しない生き物だ。

水龍は咆哮をあげながら、長い体をくねらせ、サラへと襲い掛かった。

 * * *

一部の観客に、記憶がフラッシュバックする。
あの日、龍に襲われた男は、二度と意識を取り戻すことはなかった。
魔術師は、やっちまったなと呟くと、審判の合図も聞かずに壇上を降りた。

結末を知っている者たちは皆、絶望に瞼を閉じた。
アレクでさえ、恐怖に張り裂けそうな心を抑さえつけ、薄目を開けているのがやっとだ。
過去を知らない者たちは、ただ目を見開き、呆然とその光景を眺めるだけだった。


龍の召喚は、魔術の中でも最高上位ランクだ。
魔術師の召喚に応えた、力のある幾多の精霊たちが集い、形を変え、龍の姿となる。
一部の魔術師からは”禁呪”と呼ばれ、恐れられる魔術だった。

魔力のある者には鮮明に、魔力の少ない者には水晶のように透き通って見える水龍。
恐ろしくも美しいその存在から、誰1人目を反らすことはできない。
風をまとい、土ぼこりを巻き上げながら、目の前の獲物へと襲い掛かる水龍は、サラの目の前に迫ると、巨大な口を開いた。

そこから放たれたのは、灼熱の炎。
本来なら、火と水は相容れないものだが、稀代の魔術師にとってはわけのないこと。

「この複合魔術ってやつが、俺の特殊能力なんだよね」

呟きをかき消すように、水龍が哮る。
強さを求める全ての魔術師を絶望へと追いやるような、圧倒的な力がそこにあった。


魔術師は、指輪の宝石の艶やかな表面を撫でた。
宝石からは、解放された森の精霊たちの歓喜が伝わってくる。

実は、この龍には秘密があった。
鮮烈な光景を外から見ているだけの者には、決して伝わらない真実。
あの日死んだ男でさえ、気づいていたかどうか。

この龍は、全て幻なのだ。

見るものの恐怖や悪意など、負の感情を餌に暴れ狂う、決して触れることのできない魔物。
恐怖にかられ剣を突き出したならば、その剣の痛みがすべて当人へ返される。
前回、この魔術は1人の男の命を奪った。
だいぶ手加減したつもりだったが、よほどあの男は腹に悪意を抱え込んでいたらしい。

今回の獲物は、果たしてどうだろうか……?

どうか簡単に壊れてくれるなよと、魔術師は残忍な笑みを浮かべた。

 * * *

何か恐ろしいものが近づいてきている。

水龍が迫る気配を察したサラは、身の毛がよだつような恐怖を覚えた。
ここから逃げろと、第六感が訴えてくる。
しかし、迫り来るそれが一体何なのか、サラのブルーの瞳に映ることはない。

炎も、水も、光も、何も見えない。
何の魔術なのか、どの程度の威力なのか、考えても意味が無かった。

サラは、黙って瞳を閉じた。

魔術を、受け止めるために。


まず失ったのは、前方に突き出していた腕の感覚。
魔術師に向かって真っ直ぐ構えていた黒剣を、サラはいつの間にか取り落としていた。

次に、体全体が繭に包まれていくような、温もりを感じた。
眠いような、だるいような、奇妙な感覚だった。
温かい空気の中に、サラの持つ生気が溶け出していくようだ。

サラの体だけでなく、思考をも麻痺させるように、温かくやわらかな繭が広がり、ついにはサラの視界を閉ざしてしまった。
サラの心は、上も下も無い、純白の空間に閉じこめられた。

なんという不思議な魔術だろう。
この魔術を受け止めているのか、跳ね返しているのか、サラにはもう分からない。
自分が立っているのか、倒れているのかすらも。

頭の中に、サラを眠りへと誘う何者かの声が聴こえる。

このまま眠ってしまえば、この戦いは終わる。
楽になれる。


(嫌だ……負けたくない!)


抗う心に応えるように、胸の傷がドクンと熱を放った。

サラの胸の傷の熱さが、唯一残った感覚。
いや、違う。

熱いのは……左胸の奥。


胸に感じる不思議な熱に意識を揺さぶられ、サラはそっと瞳を開いた。

サラの瞳に映る世界は、目映い黄金に染まっていた。

 * * *

水龍の吐き出した炎が少年騎士を包むのを、まるでおもちゃ遊びに飽きた子どものように眺めていた魔術師は、思わず叫び声を上げた。


「何っ……!」


炎に包まれ、ふらりと崩れかけた体を包んだのは、少年の胸から広がった淡い光。
昇る朝日のように輝きを増していく光は、炎の赤をあっという間に飲み込むと、やがて大きなうねりとなり、魔術師の前にその姿を現した。

魔術師の思惑を完全に裏切る、その光の正体は。

まさに魔術師が生み出した、幻の龍そのものだった。


サラの体から現れた龍は、眩しい太陽光を受けながら、水龍の何倍もの大きさへと膨れ上がり、咆哮を上げながら天へと駆け上る。
太陽に届く手前でぐにゃりと体を曲げ、地上へと舞い降りた光龍は、巨大な口を開けて水龍を飲み込むと、そのまま地を這うように一気に魔術師へ向かった。

あまりの眩しさに、目を閉じる時間すら与えられなかった。
魔術師の全身を覆い尽くした光は、彼の意識を一瞬で奪っていった。

光の龍は、立ち尽くす魔術師の心を腹の中におさめると、再び天高く昇り、太陽に溶けて消えた。


黄金の光が消え、静寂に包まれたコロセウム。
その場に居る数千人のうち、正気でいたのはサラだけだった。

眩しい光の中で立ち尽くしていたサラは、発熱する左胸ポケットのお守りに手を当ててみた。

大丈夫、私はちゃんとここに立っている。
変な術を受け止めたせいで頭がもやっとしたときは、もうダメかと思ったけれど。
このお守りのおかげで、意識を失わずにすんだ。

やっぱり、アレクの忠告は聞くもんだなあ。

まさかあのタイミングで、お守りが”ホッカイロ”に変身するなんてねえ……


光が引いて、徐々に視界がクリアになっていく。
さあここから反撃だと、足元に転がっていた黒剣を拾い上げたサラが見たものは……

床に倒れ伏して、ぴくりとも動かない魔術師だった。

 * * *

倒れた魔術師をじっと見つめ、こくりと首を傾げるサラ。
いったい何が起こったのか、さっぱり分からない。

まさか死んでないだろうなと、魔術師へとにじり寄ってみる。
悪夢にうなされるように、うーんと唸り続ける魔術師。
フードが頭から外れてしまったせいで、魔術師の寝顔がばっちり見える。
整った顔が、少し苦しげに歪められているものの、たぶん大きな怪我はないだろう。

浮かんできた数々の疑問はさておき、心の中で10秒数えたサラは、魔術師から離れた。
今度は床にへたりこむバリトン騎士に近づき、ちょいちょいと肩をつつく。
うつろな目でサラを見上げた騎士が、ヒッと叫んでお尻で後退しようとするところに、サラは声をかけた。

「あのー、10秒、経ったみたいですけど?」

夢幻の世界にトリップしていたバリトン騎士は、自らの頬を両手で叩くと、ふらつく体を起こした。

そして、恐怖を振り払うように、声の限りに叫んだ。


「勝敗は決した……鳴らせ、勝利の鐘をっ!」


その声が、引き金となった。

響き渡る鐘の音。
会場全体が揺れるほど、踏み鳴らされる足。
終わらない拍手と大歓声。

王族たちも、全員立ち上がって惜しみない拍手を送っている。

アレク、カリム、リコ、リーズの4人も、一人の観客として、サラに声援を送った。
全員が流れる涙にも気づかず、手のひらが真っ赤になるほど手を打ち鳴らし続けた。


コロセウムの外に居た観客たちも、天高く駆け上っていった黄金の龍を見ていた。

「あの龍は、少年騎士の魔術だ!大逆転勝利だ!」

会場から転がり出てきた観客の1人が叫んだことで、歓声は一気に膨れ上がる。
猛スピードで伝播していく興奮と熱狂は、いつしか街全体を飲み込んでいった。


倒れていた魔術師は、観客たちの上げる声に、うるさいなと思いつつ意識を取り戻した。
魔術師の敗北を告げる鐘の音に、ハッとして立ち上がる。

体に痛みはない。
金色の龍に食われたが、どうやら自分は無傷ですんだようだ。
そして、心はすっきりと晴れ渡る空のように、すがすがしい。

人生で初めての……完敗だった。

立ち上がった魔術師は、きょろきょろと所在なさげに視線を動かすサラに近づき、苦笑しながら「まいったまいった」と告げた。
サラとしては、どうして勝てたのか分からず、まるっきり消化不良だ。

困惑するサラの腕を取り、魔術師が満面の笑みでその手を掲げると、空が割れんばかりの大喝采が起こった。


そっと腕を下ろした魔術師は、サラの耳元で「そろそろ、その覆面を取ってもいいんじゃないか?」とささやいた。

そういやそうかと、サラはうなずく。
流れる汗と熱気で蒸れた、その金色の髪と黒い覆面を外した時。

会場は、水を打ったように静まり返った。

 * * *

覆面の下に隠されていたのは、この世のものとは思えないほどの、美しい少年だった。

輝く漆黒の髪、長い睫に縁取られたブルーの瞳、意志の強そうな眉。
透けて見えるほど白い肌に、すっと伸びた鼻と赤い唇。
上気した頬はバラ色に染まり、汗ばんだ横髪が張り付いている。

つうっと流れた汗を、さも鬱陶しげに手の甲で乱暴に拭い取る。
そんなありふれたしぐさ一つも、目が逸らせないほどの存在感だった。

今まで戦っていた魔術師も、素顔の少年騎士……いや、少女の姿を間近で見て、魂を抜かれたような表情をしている。

誰もが茫然自失で少年を見つめる中、1人の男が立ち上がり、その青い瞳を見据えながら問いかけた。


「勇者よ、お前は、何者だ?」


英雄王と呼ばれるトリウム国王を、サラは初めて視界に入れた。

サラはゆっくりと片膝を付き、その前に黒剣を水平に置く。
一度深く顔を落とし、再び上げたサラの瞳が、挑戦的にきらめいた。


「オレの名は……黒騎士!」


何にも遮られない、力強い少年の声が、会場に響いた。

国王の瞳が、サラのブルーの瞳とぶつかる。
全てを見透かすようなその鳶色の瞳が細められ、国王の顔に笑みが広がったとき、サラはようやくこの戦いの終わりを感じた。

黒騎士と呼び続ける大観衆の中で、サラは太陽のような笑顔を解き放った。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










第二章、終了です!読んでいただいてありがとうございました!最終話も長かったー。苦しかったー。ヒッヒッフー。反省点多々ありますが……似たような表現多用とか……才能キラキラシーンも上手く伝わったか……こんなんでええんのんか……まっ、とにかくこれでようやく作者の苦手なバトルモード終了です。ファンタジーに必須の龍も出してみました。これで王道1個クリア。ついでにサラちゃん、また得体の知れない男子1名引っ掛けちゃいましたけど、彼の出番は第二章で終了です。サイナラッキョ。
次回、エピローグ。ツワモノどもが夢の後、というかお疲れさんモードで一気にゆるくなります。サラちゃん、ホッカイロの真実教わりつつ、和みキャラ(?)登場です。

※ブログ版のウェブ拍手ページにお礼小話くっつけたので、読みたいってコアな読者さまは、遠慮なくパチパチしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ