挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
砂漠に降る花 作者:AQ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

50/198

第二章(25)武力縛り

決勝戦の直前、観客たちが密かに待ち望んだ瞬間が訪れた。
両脇にローブ姿の妙齢魔術師を2名従え、コロセウムの中央ステージへと現れた、1人の男。

ゆったりとした黒いサテン地の服に、真紅の甲冑をまとった、大柄な男だった。
胸に描かれた十文字のエンブレムの中心には、人のこぶし大の宝石が埋め込まれ、降り注ぐ太陽の光を乱反射している。
くるぶしに届くかという長いマントが、がっしりと逞しい背中を覆い、歩みに合わせてヒラリとはためく。
宝石が散りばめられた白銀の王冠が、褐色の肌に良く映え、男の神々しさを増す。

1歩進むごとに、空気が震えるほどの威圧感だった。
男は、ビロードの布が敷かれた階段を昇り、戦いを見下ろす位置にある革張りの椅子に、ゆったりと腰掛けた。
昼休憩の間に、戦闘スペース脇にしつらえられたその場所は、男のためだけに作られた特別な観覧席だ。

観客たちは、待ちきれずに叫び始めた。

「国王様ー!」
「トリウム万歳!」

英雄王とも呼ばれるトリウム国王ゼイルは、その声に片手を軽くあげて答える。
選手の控え室とは間逆にある出入り口から、次々と王族たちが現れた。

まずは、第一王子エール。
背中までの美しい黒髪をなびかせ、髪柔和な表情で観客に手を振るが、もう一方の手には国宝の杖が固く握り締められている。
トリウム国の筆頭魔術師でもあるため、自らも含めた王族たちを守る強力な結界を維持していることは、少し魔力のある観客たちには良くわかった。

次に、第2王子リグル。
騎士団長として日々訓練に勤しむことを証明するような、見事な体躯の青年。
大剣を背に、短剣を腰に差した、騎士たちと同じスタイルは、王子といえど気取らない印象を与える。
こちらも、何かあろうものならすぐに相手への攻撃をできるよう、警戒しつつの入場だ。

続けて、第3王子クロル。
賢者と誉れ高く、栗色の髪と理知的な瞳の少年は、観客のどよめきにも無表情で定位置へと向かう。
その美貌は、精霊の森の向こうに果てしなく続く大陸へも伝わっているという。
戦いには向かない分、知力をもって事前に暗殺者の新入するであろうルートを塞ぎ、幾人もの暗殺者を返り討ちにしたともっぱらの噂だった。

少し遅れて現れた、ただ一人の王女ルリ。
結い上げた栗色の長い髪の後れ毛と、ドレスの裾を揺らしながら、羽が生えたように軽い足取りで兄たちの後を追う。
少女からこぼれる笑みには見る者の胸を突く神秘性があり、妖精に例えられるのもうなずける。
穢れを知らない無垢な少女のようだが、大陸の各国からの求婚を全て断り続けているというエピソードからも、意思の強さを秘めているのだろう。

最後に、腰の下まである長い銀髪の女性。
うつむいているため、その表情は観客たちから見えなかったが、王の横に立つその姿はまるで、王を守るために天界から舞い降りた天使のように可憐だった。
王の側近として珍重されている巫女であることは、一般国民にはあまり知られていない。


5年ぶりに姿を見せた王族たちの姿に、観客たちは熱狂し、倒れる者も出るくらいの興奮状態に陥った。
警備の騎士たちが、慌てて観客を諌めてまわった。

それからほどなくして、バリトン騎士から声をかけられたサラと魔術師ファースは、ついに彼らの前に立った。

 * * *

今までの3戦では耳に入らなかった観客たちの声が、今ははっきりと聴こえる。
コロセウム全体が地響きを起こすほど、歓喜の叫びに埋め尽くされていた。
サラと、魔術師と、なによりすぐそこにいる王族へに向けられた声だ。
大変なところへ来てしまったようだと、サラは苦笑した。

舞台へ上がる際、サラは王族の居るであろう方向を見ず、魔術師の後姿を見続けた。
王族を見てしまうと、勝敗を意識しすぎてしまうと考えたからだ。
魔術師はといえば、さすがに手馴れたもので、観客や王族に手を振り投げキッスまでサービスしつつ進んでいく。
本当に、変な男だ。

サラは、先ほどまでの奇妙な舌戦は、自分の貴重なシミュレーション時間を邪魔するためだったのではないかと、今更ながらに悟った。
たぶらかされてしまったものは仕方が無い。
なにより、緻密な計画も試合が始まればすべて無意味になるだろう。

それは、相手の実力が分からないから。

サラは、自分が挑戦者側だと分かっていた。
黒剣と自分を信じて、全力を尽くして立ち向かうだけだ。


バリトン騎士が、すぐ脇に控える王族を気にしたのか、いつにもまして大きな声で告げる。

「両者、試合前に何か言うことはあるか?」

サラは無言で首を横に振る。
魔術師は、はーいと緊張感の無い声で手を挙げた。

「俺の方から、武力縛りを提案します」

控え室では、なんとなくうやむやになってしまったその話題。
サラは、ついカチンと来て言った。

「必要ない!」
「キミがそういうなら、絶対やるよ」
「天邪鬼もいい加減にしろよ!」
「うん、分かってるなら素直に受け入れようね?」

王族の前で繰り広げられる、くだらない水掛け論。
バリトン騎士が割って入り、両者が納得する提案を行った。

試合開始後は、お互い武力のみで戦うこと。
魔術師が「魔術を使わなければ勝てない」と思った時点で、その旨をサラに告げ、魔術を解禁する。

「わかった。せいぜいキミが俺を追い詰めてくれるのを期待しよう」

サラは納得し、天邪鬼な魔術師もあっさりうなずく。
このルールは、事前に考えていたシミュレーションに沿うものであり、むしろ線引きしてもらったことでより戦いやすくなる。

「では、遠慮なく」

王族と大観衆が見守る中、魔術師は不思議な呪文を唱えた。
目を閉じ、手にした杖の先を額に当て、杖を掴む手に力を入れうつむく。
そのしぐさは祈りに似て、今までのふざけた姿とはまったく違う凛然たる態度だった。

呪文の意図は、すぐに分かった。
魔術師が額に当てた部分から、うねりのある木の杖が淡い光に包まれながら、先端にかけてみるみる細く鋭く尖っていく。
木の杖はいつしか微光を放つ鉛色の塊へと変わり、最後は美しい抜き身の刀となっていた。

「これ、俺の武器。いいよね?」

呆気とられるバリトン騎士にウインクして、魔術師はサラへと向き合った。
薄墨を溶かしたような瞳には、静かな闘志が見える。
なにより、手にした異形の刀から感じるのは、サラには見えないはずの膨大な魔力。

サラは、厳しい戦いを予感しながら、黒剣を構えた。

 * * *

あれだけ騒がしかったコロセウムも、魔術師の杖が変化した頃から徐々に静まり、試合が始まった今では物音一つ聴こえなくなっていた。
王族の姿見たさにチケットを入手した、ややミーハーな住民たちも、近づいては離れる2つの影から一時も目を逸らせずにいた。

観客席には、すでに敗退した選手たちの姿もあった。
緑の瞳の騎士は、2人の姿をかろうじて捉えてながら、体の震えを抑えることができずにいた。

驚いたのは、魔術師の武力だった。
剣のスピードが、速すぎる。
遠めには針のようにも見える先端の細い鉛色の剣は、きっと空気抵抗をほとんど受けないのだろう。
自分と戦ったときのように、少年騎士の動きも切れているが、それでも防戦一方だ。
魔術師の顔には、余裕綽々なのだろうか、笑みが張り付いている。

あの剣を、もし自分が受けたら、どうなっていただろうか?
少年騎士ほどねばれたか分からない。
いや、開始すぐの一撃で敗北していた可能性も高いだろう。

あまりにも、圧倒的な実力の差を見せ付けられ、騎士の心には興奮と同じくらい空しさが広がった。
騎士や剣闘士に負けるならわかる。
しかし、魔術師に武力で負けるのだ。
今まで積み上げてきたもの全てが、あっけなく崩されるような絶望感だった。

1回戦で魔術師ファースと戦った男も、騎士の隣で観戦していた。
彼も、地元では名の通った魔術師だった。
上には上がいるし、胸を借りるつもりでと臨んだ武道大会だったが、初戦であの魔術師ファースとぶつかってしまったことが、男にとって運の尽きだった。

『へえ、キミはずいぶんと炎の魔術に自信があるようだねぇ』

最初は、単に炎の精霊の指輪をつけていたが故の言葉かと思ったが、そうではなかった。
試合開始直後、自分がもっとも得意とする炎の魔術を詠唱したタイミングで、魔術師は同じ魔術を発現させてきた。
いや、同じではなく、より精度の高いものを。

偶然かと思った男が、次に放ったより上位の魔術でも、同じ目にあった。
発露した魔術がまったく同等の魔術とぶつかったとき、2つの魔術は互いを食い合い消える。
何度か同じことが起こり、気力を失った彼は自らギブアップを宣言したのだった。
ささやかなプライドは、粉々に砕けた。
自分がこの大会に出ることは、もう2度とないだろうと、男は思った。

もしかしたら、あの少年騎士も自分と同じ気持ちを味わっているのだろうか?
少し同情の混じった視線で、捕らえきれない2つの影を追い続けた。

彼らと少し離れた場所にいたアレクも、固く手を握り締めながら、この試合を見守っていた。
リコも、カリムも、リーズも、目の前の攻防に釘付けだ。

サラが、全力で戦っていることは良く分かる。
しかも訓練時以上の力を発揮している。

それなのに、魔術師の笑みは深くなるばかりだった。

 * * *

魔術師の杖ならぬ聖剣を、ただ無心で受け止め続けていたサラ。
変化を遂げたその剣を見たときから、この展開は予想できていた。

アレクを上回るスピードで、その剣はサラへの攻撃を連鎖させていく。
受け止めたと思った瞬間には、剣先は滑らかに角度を変え、もう次の攻撃に入っているのだ。
流れが魔術師に傾いてしまったのだとサラは思った。
あの神秘的な変化に、自分の心が奪われたから。

開始直後は戦闘エリア中央に居たはずが、防戦一方のサラは、いつしか隅まで追いやられていた。
握力も、腕の力も、そろそろ限界だ。
黒剣を握る手のひらは、豆が剥けて血がにじんでいる。

何か策を考えなければと思ったとき、黒剣の動きが一瞬鈍った。
魔術師の剣先が軽く、喉の下をかすった。
戦闘服の胸元の生地が破れ、猫に引っかかれたような、チリッとした痛みが走る。

サラが傷ついたとき、魔術師の剣が止まった。
咄嗟に魔術師から距離を取ったサラは、一瞬うつむいて傷の状態を確認する。
切れ味の鋭さから痛みは少ないが、けっこうな量の血が流れ出している。

『本当は、私が縫ったのはポケットだけなんです。ヘタクソだから……』

あの日リコがこっそり打ち明けてくれたときの表情を、サラはなぜか今鮮明に思い出していた。

ゴメン、リコ。ナチル。
この試合が終わったら、ちゃんと洗って縫い直して、また着るからね。

傷よりも服を気にしてたサラに、魔術師の冷酷な声が届く。
人をからかうような、貶めるような、不愉快な音色で。

「ああ、ゴメンね?キミの体には触れないように注意してたんだけど」

サラが距離を置くのを追うそぶりも見せず、魔術師はにやけながら手にした剣をくるくると回転させた。

手加減をされていると、サラはようやく気づいた。

全力で防いできた今までの攻撃が、魔術師にとってはほんのウォーミングアップでしかなかったのだ。
あくまでサラに傷を負わせないという手加減の上で、この舞台を盛り上げるために、遊んでいただけ。
圧倒的な実力差だった。

普通の人間なら、勝機は無いと察しギブアップするだろう。
しかし、そのときサラが感じたのは、絶望ではなかった。

平静を装った心の奥に、不安と焦り、なにより恐れを隠し持っていたサラ。
その心が、膨らみきった水風船のように突然弾けた。


「笑うな」


サラは、顔を上げた。
強い風が吹き、サラの前髪をかきあげて通り過ぎる。
今まで前髪に隠れて見えなかったサラの青い瞳を、魔術師は初めて正面からまじまじと見た。

ブルーの瞳が、激情に煌めいたとき。
漆黒の剣の柄に埋め込まれた透明な宝石から、かすかな光が放たれた。


「なっ……」


横一線、振りぬかれたサラの聖剣。

床に転がったのは、確かに握っていたはずの、彼の杖だった。
魔術師は、自分の手元を確認し、再びサラの足元に転がる杖を見やる。

半分に切り裂かれた、魔術師の杖。

それは、剣の姿を留めることはできず、ましてや杖としても使えない、単なる木の枝に成り果てていた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










ようやく決勝戦前半終わりましたー。ファース君過激な強さですが、ブチキレサラ坊の方が強かったというオチです。しかし、なんだかどんどん敵が強くなるー。そのうち別の星から敵が来襲し「おとうさん、早く来てー!」……みたいな展開まではさすがに行かないです。何度も言うけど、これバトル小説じゃないし。戦闘戦記モノ書ける人って本当にすごいなと思います。この話はあくまでギャグ……ではなく、シリアスラブファンタジーですからっ。しかし、スピード速いことを表現する語彙で「ダッタン人の矢のごとく」が真っ先に思い浮かぶ自分。恐ろしい子……。
次回は、ついに魔術解禁……の前に、ちょっとした舌戦?引っ張ってスマンです。サラちゃんの秘密がバレちゃいます。なんにせよ、ラストまであと2回!
※個人的に、祝50話!祝1ヶ月!祝アクセス1万人と嬉しいつながりでございます。本当に読んでくださっている皆様、どうもありがとうございます!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ