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砂漠に降る花 作者:AQ
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第二章(23)アレクの望み

朝からスタートした決勝トーナメントも、残すところあと1試合。
観客たちにとっても、決勝に残った2人の勇者にとっても、一息つける昼休憩となった。
試合を見守ってきた者たちが語り合うのは、先ほどの準決勝第一試合のことだ。
素晴らしい剣技と、想定外のエンディングに、人々は酔いしれていた。

準決勝は、当然もう一試合行われたのだが、人の口にのぼる言葉は少ない。

「やっぱり、ファース様はすげえ方だな」
「ああ、あの方は別格だ」

トトカルチョでも、不動の人気ナンバーワン。
代わりに、魔術師が優勝したところで、戻ってくる金額は一割り増し程度。

どうせならば、お祭り騒ぎに浸れるような番狂わせを期待したい。
観客たちの情熱は、サラへと向かって流れていた。

 * * *

トリウム国民の心をとりこにした、キノコ少年サラは、昼休憩だというのにまだ控え室にいた。

決勝戦の相手である魔術師も、管理側のバリトン騎士も、すでに食事へ行ってしまった。
緑の瞳の騎士だけが「おい、昼飯はちゃんと食べろよ?」と最後まで心配そうに声をかけていたが、微動だにしないサラにさじを投げ、部屋を後にした。

「サラ、いるのか?弁当食べようぜ?」

控え室を訪ねてきたのは、アレクだった。

本来、部外者とは会えないのがルールだったが、そこは前回優勝者の肩書きを持つアレク。
「王城が用意した食事では、サラがアレルギーを起こすかもしれないから」と適当なことを言って、弁当を届けることを管理側の騎士に認めさせたのだった。
もっとも、管理側の騎士にも、すんなり許可したのには理由があったのだが。

ドアを開けたアレクが見たものは……

黒剣を前に、土下座するサラの姿だった。


アレクは、プクッと頬を膨らますサラを、目に涙を浮かべたまま見つめていた。
控え室のドアには鍵をかけたので、覆面を取っていいぞと言われたサラは、またアレクに爆笑された。
第二戦で殴られた痣が、ちょうど左のほっぺの真ん中に、まん丸いお月様のように浮き出ていたのだ。

「乙女の大事な顔が傷ついたのに、笑うなんてひどい!」

ひとしきり笑ったあと、アレクはサラにゴメンと謝って、代わりにある術を施してくれた。

適当なサイズに紙をちぎり、アレクは手のひらに乗せる。
もう片方の手は、サラの右頬をそっと触る。
それだけで、紙はサラの頬と同じ色に変化した。

「これが、転写の魔術だ」

サラが興奮してうわーと声を上げると、とたんに左頬がズクリと痛む。

「おいおい、乙女の顔なんだから、大事にしろよ?」

揚げ足を取りつつも手は動かし、アレクは着色した紙をサラの青なじみの上へそっと乗せた。
紙が肌に溶け込むようにぴったり付着し、サラの傷は完璧に隠れた。

上出来と自画自賛するアレクに、サラは遠慮なく不満をぶつける。

サラは鏡を見て、自分でも確認したかった。
しかし、この世界にはあまり鏡というものが普及していない。
なぜなら、水と器さえあれば、比較的簡単な水の魔術で、鏡にそっくりなものが作れてしまうから。

「本当に本当に、ちゃんとくっついてる?」

サラが気にしていたのは、またマスクをかぶって汗をかいたら、はがれてしまわないかということ。
唇がカサカサする冬に、皮がぺろりとめくれるのも大嫌いなサラは、途中ではがれるくらいなら最初から要らないと思っていた。

「あの、半分剥がれかけた皮とか、ガサガサしてめくりたくて気になっちゃうんだもん!」

サラのこだわりは、アレクにはまったく理解できなかった。
ただ、妙なわがままを言うサラが、年相応に見えて可愛いなと思った。

「本当にくっついてるって、証明してやるよ」

俺の術は完璧だぞと言って、アレクは近くにあった水差しをサラに渡し、簡易鏡に変化させた。
そっと俯いて水鏡をのぞきこむサラ。
確かに、違和感は無い。

大丈夫ならいいけど、と思った瞬間。

水鏡が、サラの動揺を映して大きく揺れた。

サラの頬には、アレクの唇がそっと押し当てられていた。

 * * *

突然頬にキスされて、色付いた紅葉のように真っ赤になったサラに、アレクは言った。

「ほら、ちゃんと見てみろよ。同じ色になってるだろ?」

怒り心頭のサラは、なんのことよと怒鳴りかけたが、アレクは強引に水さしを向けてくる。
サラが再び水鏡を覗き込むと、紙が貼ってある左頬も、右頬と同じように赤く染まっていた。

「すごーい!」

でも、突然ちゅーするなんて、セクハラ!

サラは、得意顔なアレクの頭を軽く叩いて、ぷいっと後ろを向いた。
しかしアレクが「そっち向いてると、弁当やらないぞ」と言ったので、サラはあっという間にアレクに向き直り、げんきんなヤツとまた笑われたのだった。


サラは、ぶつぶつと呟きながら、ナチル特製の美味しくて消化の良いお弁当をつついている。
呟いている内容は、ヘンタイ、セクハラ、エロオヤジなど、すべてアレクを罵倒するものばかり。

チラリとアレクをのぞき見ると、サラの愚痴などまったく気にしていないという風で、クールに弁当を食べている。
サラは、だんだん怒っている自分が馬鹿らしくなり、お弁当に集中することにした。
アレクは「女のヒステリーは、食べ物を与えた上で無視するが吉」という、頭領の指導に従う真面目な弟子だった。

腹八分目で満足したサラは、アレクからあるものを渡された。

「お前、そっちの手出せ」

遠慮なくサラの手を取り、右手の中指にはまっていた指輪を抜き去る。
代わりに手に乗っていたのは、予選で一緒に戦った、サラの髪の毛お守りだった。

「なんでこれ?私こんなの持ってても、使えないよ?」

自分の髪といえど、単純に人毛そのものが苦手なサラ。
理由は、小学生の頃クラスに回ったホラー漫画を読んだせいだと思い出した。
確かタイトルは「わたしの黒髪は良い黒髪」だったっけ。

親友の恋人に横恋慕した女が主人公。
憎い親友の髪をわら人形に入れ、杭で打ちつけるシーンは、今思い出してもぞっとする。
呪うほど憎んだ相手が死んだ後、好きな男を手に入れて幸せになったはずの主人公の首に、いつのまにか死んだ女の長い黒髪が巻きついて……

うわっ、鳥肌!

サラはお守りを机に放り出した。
しかし、さすがに髪の毛が怖いから嫌だとは言えない。

「どうせ役に立たないなら、指輪の方がカッコイイのに!」

子どものような文句をたれたサラを、アレクは漆黒の瞳で容赦なく睨みつけた。
何度見ても、カキンと背筋が固まるような、恐ろしい目力だ。

「サラ、お前さっきの試合に勝てたのは、誰のおかげだと思う?」

サラは、ヒッと呟くと萎縮して背を丸めながら、黒剣様とアレク様のおかげですと言った。

「ああ、俺の助言をちゃーんと思い出して素直に従った、サラのおかげだったな?」

彼は、私を褒めていますか?
いいえ、違います。

サラは英作文のようなことを考えつつ、しぶしぶお守りを手にした。
中身の感触を意識しないように、汗で汚れてべとつく服の胸ポケットにそっとしまった。
しかし、試合の途中で装備アイテム交換なんて、ドラクエだったら贅沢な1アクションだなと考えていたサラに、アレクの言葉が届けられる。

「サラ、決勝戦の対戦相手だけどな……」

そこでアレクは、一度言葉を切ると、そのまま口ごもった。
いつも発言が明瞭簡潔なアレクにしては、珍しく歯切れが悪い。
今日はノーメガネなので、アレクの黒い瞳の色が不安定にゆらめくのが、サラには良く分かった。

アレクは一度部屋の時計を気にしてから、いつも腰にぶら下げている袋をまさぐると、サラにいつものメガネを見せた。

「あの魔術師は、5年前、こいつを俺にくれたヤツなんだ」

あのときのことは、今でもはっきりと覚えている。
アレクは、少し声のトーンを落としながら、今まで心に秘めてきた過去を語った。

 * * *

5年前の大会で、真の優勝者はヤツだったと、俺は信じている。

初めて予選会場でヤツを見たとき、こいつは絶対最後まで残ると感じていたんだ。
しかし、俺も参加者の中では、それなりにずば抜けて強かった。
お互い目線を交わしただけで、そう感じ取ったような気がするな。

決勝をヤツと戦うと思い込んでいた俺は、正直勝てる気がしなくて、体の震えが止まらなかった。
武力ではなんとか互角、しかし圧倒的な魔力の差を感じていたから。
ただ、俺は若かったし、誰にも負けないと自分に言い聞かせていたんだ。

だから、2回戦でヤツが、恐ろしい魔術を使って対戦者を殺したときは、怒り狂った。
この控え室で、ヤツの胸倉を掴んで、くってかかったんだ。

俺と戦うのが怖いからわざと失格になったのか。
お前は俺から逃げたんじゃないかと。

遺族が聞いていたら、どう思うかって考えつかないくらい、あの時の発言は自己中そのものだったな。

するとヤツは、このメガネを俺に渡して言ったんだ。


『こいつは、人間の魔力が見えるメガネだ。さあ、俺のことを覗いてみろよ』


言われるがままにメガネをかけた俺は、ヤツの体から吹き上がる七色の光の洪水に、圧倒されたんだ。
次に、自分の手のひらを見て、その輝きの違いに愕然となった。

ヤツは「お前は指導者に向いてるかもな。こいつは置き土産にやるよ。せいぜい弟子でも育てて、5年後にまた挑戦しにこい」と言って、あっさりと去っていった。


俺は、次の試合でわざと負けようと思った。
そうすれば、優勝なんて肩書きはつかなくなる。
5年後は、俺自身がヤツにリベンジする、いやしなければならないと。

しかし、結局俺は優勝してしまった。
自治区のためってのは、あくまで建前、完全に俺のいいわけだった。
俺は心底、ヤツが怖かったんだ。
5年修行したところで、とうていヤツに勝てる気がしなかったから。

だから、ヤツに勝てる素質を持った弟子を探したよ。
5年探して、結局見つからないと諦めかけたときに、サラ、お前がやってきたんだ。

いくじなしで、ちっぽけなトラウマ抱えたままの俺の心を、お前はあっさり蹴飛ばした。
普通の女の子が到底思いつかないようなでかい目標を掲げて、貪欲に強さを求めて、厳しい訓練にも食らいついてきた。

なによりお前には、俺が今まで見たことがないような、天性の才能があった。


「お前は……俺の、希望だ」


アレクはそういって、サラをそっと抱き寄せた。

 * * *

負けず嫌いで、いつでも自信満々で、人をからかってばかりのアレクが。
今は、幼い少年のように、肩を震わせてサラの体にしがみついている。

まるで道場に遊びに来る、孤児院の子どものような熱い体温だった。
サラは、アレクの体温を感じながら、緑の瞳の騎士と戦ったときに感じた不安がすうっと消えていくのを感じた。
まるで手のひらに落ちた雪のように溶けていく不安と、代わりに湧き上がってくる愛しさ。

私、アレクの心に刺さったままの、小さな棘を抜いてあげる余裕くらいはあるみたい。

「ね、アレク?」

サラが鈴の鳴るような女の子の声で呼びかけると、アレクはゆっくりとサラの体を放した。
その心地よい声を、ずっとそばで聞いていたいと願いながら。

「私、さっきの試合で、分かったことがあるの」

私がこの試合を戦う理由は、誰かのためじゃなく、自分のためだったんだって。
出場できなかったリコやカリムの分もとか、指導してくれたアレクのためにとか、戦争で傷つく多くの民を救いたいとか。
そんなの全部、私にとっても建前だった。

今、アレクの過去を聞いて、良く分かったの。

「私はただ、強くなりたい」

誰のためでもなく、自分のために、この勝負を勝ち抜きたい。
自分に課した目標を、達成できずに放り出すことが、気に入らなくて許せないだけ。

緑の瞳の騎士は、自ら戦いを望んでいた。
しかも、きっと楽しんでいた。
だからあれだけ、迷いのない剣を私に向けてきたんだ。

良く日本のスポーツ選手も言ってたよね。
どんなに大きな舞台でも、自分が楽しめたら最高だって。
結果は、後からついてくるって。

何度も理解したつもりになって、決意したフリして、でも強い敵が現れるとすぐぐらついて。
同じ気持ちを行ったりきたり振れながら、ゆっくりだけど、ようやくここまで来たんだ。
次の試合で、全てが決まる。

「あの魔術師が、どんなに強いかなんて、関係ない」

もしも普通の人が死んじゃうような強い魔術をくらっても、私は平気だもんね。

私は、優勝するんだ。
いつも一緒だった、この履き慣れた靴底に眠っている書状を、王に渡す。

「アレク、私の旅の結末を、どうか見守ってて」

サラが、青い瞳をアレクに向けてくる。
花が開くようなその笑顔と、深いブルーの瞳に魅了されたアレクは、どうしようもなく胸が騒いだ。
情熱の赴くままに、再び彼女を抱き寄せようとして、やめた。

サラの瞳の色はクリアで、まっすぐ前を向いている。
その瞳に、アレクの姿は映っていなかった。

もう彼女は、ただの女の子じゃない。
これから、戦場に立つ戦士なんだ。


「ああ、見守ってるよ。ずっとな……」


うん、と無邪気に微笑んだサラの黒髪を、いつも通りくしゃりと撫でながら、アレクは「ついに頭領と女を争うときが来ちまったか」と心の中で呟いた。

負け戦の予感にも、高鳴る胸をおさえきれなかった。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










あー、甘クサ……遠慮なくファブッてください。実はアレク様、優勝者とか言われて褒められるのが単に悔しくて逃げまわってました。逃げ逃げ逃げても現れるばぁさんのように、結局は立ち向かわなきゃイカン時が来るのですが。しかし大人の男が年下女子に弱さ見せるときって、胸キュンじゃないですか?はい、そこで同意した女子は、立派なダメンズ候補です。大学のサークル合宿で酒入って、顔はまあまあだけど女はコロコロ変わるような先輩男子の些細な悩み相談には乗らないように注意。「わたしの黒髪〜」は、恐怖マンガのオマージュです。ベタな短編ギャグホラーとしていずれ世に出すかも?
次回、ついについに決勝戦です!長かったー。相手は、ある意味新キャラというか、一筋縄ではいかない深イイキャラの魔術師君です。エキセントリック度高いです。
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