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砂漠に降る花 作者:AQ
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第二章(11)自治区の変化

道場の中は、活気に満ちていた。
いつもどおりペアになり、対戦形式で訓練をするリコとカリム。
2人のすぐ隣では、アレクが厳しい表情で腕組みをしている。
リーズは、改装物件の床板張り替えに精を出しているという。
今ではボランティアの住民たちから「棟梁」と呼ばれ、頼りにされているそうだ。

サラは1人、ホフク前進という、いたって地味な基礎訓練をこなしていた。
道場の畳の端から端を、ズルリズルリと行ったり来たり。

そして……


『キャー!』
『黒騎士さまーっ!』
『ステキっ!』


大きな窓ガラスには、顔と顔をギュウギュウにくっつけながら、道場の中をのぞき込む少女たち。
毎日夕方になると、大量の女の子たちが、この道場に押しかけていた。

サラは、這いつくばった姿勢のまま、彼女たちに爽やかな笑顔を向けた。

 * * *

リコの協力によって、サラがなんとか魔術をコントロールするコツを掴むことができたのは、オアシスの国に辿り着いてから10日後のこと。
あのときは、普段仏頂面のカリムまで、目に涙を浮かべながら喜んでくれた。
アレクも、サラとリコの頭を撫でて「よくやった」と何度も繰り返した。

頑張った2人へのお祝いと、日頃から家事を一手に引き受けているナチルへのねぎらいを兼ねて、食事会をしようとアレクから提案があり、サラたち6人は喜び勇んで町へ繰り出したのだ。


夕暮れの賑やかな市場通りは、到着した日と変わらず活気に満ちている。
仲間とのおしゃべりを楽しみつつ、のんびり歩いていたサラだったが、途中から奇妙なことが起こりはじめた。

……なんだか、自分たちの周りに人が集まってくるような?

最初は、前回の武道大会優勝者であるアレクを見て、周りが騒いでいるのかと思った。
自治区の領主だし人気者なんだなと思いつつも、違和感は消えない。
なぜなら、騒いでいるのは、成人になるかならないかの少女ばかりだったから。

頭にカゴを乗せた大人の女たちは、すいっと通り過ぎていくのに、まだ幼い少女たちの反応は違う。
目をまんまるくして立ち止まったと思ったら、連れ立って歩く友人とひそひそ話をした後、サラたちの後をそっとついてくる。
まるでハーメルンの笛吹き男のように、小さな女の子ばかりを惑わせながら進む、サラたち一行。

アレクは、ずいぶん小さい女の子に人気があるのねぇ。
まあ、前回の武道大会優勝者だし、すでに町は盛り上がりつつあるのかもしれないな。

そんなことを考えつつ、斜め前を歩くアレクの背中を見つめたサラは、通りの向こうに見覚えのある店を見つけた。

「あっ、なあリコ、あのお店!」

サラが指差したのは、トリウム到着初日、頭に乗せるカゴを借りた果物店。
地球でも食べたことのないような、とてもジューシーで甘い桃をくれた、優しいオジサンのお店だった。
口の中に果汁の記憶が蘇るようで、サラはネクターのようにねっとりとした視線を店頭に立つオジサンに送った。

サラに促されて店を見たリコは、軒先に意外なものを発見する。
それは、1枚の垂れ幕。


『美味しくて強くなる、黒騎士の食べた桃』


難しい文字の読めないサラは、「な、帰りにまたあの桃買って行こうよ」と無邪気に話しかけてくるが、リコはピシリと固まってしまいノーリアクションだ。
すると、店頭で接客していた店主がこちらに気付き、大きな袋を持って駆け寄ってきた。

「おい!黒騎士さまじゃねぇか!」

あんたどこにいたんだよと、満面の笑みで話しかけてくる店主。
まるで旧友にバッタリ再会したかのようだ。
店主は、日に焼けた愛嬌たっぷりの顔をくしゃくしゃにしながら、サラに「ほら、また桃やるよ」と、たくさん桃が入った布袋を差し出した。

サラが目をぱちくりと瞬かせつつも、まあくれるものはいただこう、据え膳食わぬは男の恥と、手を伸ばしたとき。
突然、周囲から黄色い歓声が沸きあがった。

「やっぱり!」
「あれが黒騎士さま!」
「絶対そうだと思ったんだから!」
「噂より全然ステキ!」

サラたちの後をついてきた女の子集団は、果物屋のオジサンを押しのけて、一気にサラを取り囲んだ。

 * * *

今日の夕食も、美味しくて栄養バランスの良いナチル特製の料理と、デザートには定番になったフレッシュな果物。
もうすっかり顔なじみになった果物屋のオジサンが、毎晩必ず届けに来てくれる品物だった。

もちろん、お金は一銭も払っていない。
オジサンは、ガッハッハと豪快に笑いながら「勝手に宣伝に使わせてもらってるんだ、こいつら売れ残りだから気にすんな」と、カゴに山盛りのフルーツを押しつけて帰る。
ナチルも当初は戸惑っていたがすぐに打ち解けて、フルーツを使ったデザートのレシピについてなど、仲よさげに世間話をしている。

オジサンの来訪を迷惑に思っているのは、リコだけだ。

「黒騎士さまー!」
「サフランさまー!」

実はサフランというのが、サラの男子名。
天使母と同じく、サラは適当にインスピレーションでつけてしまった。
こんな風に、可愛い少女たちに呼ばれるなら、もっとカッコイイ名前をつければよかったと思う。

例えば「サラマンダ」とか。
もう1つ思いついた「サラダマキ」よりは良かったけど。
サフランと呼ばれるたびに、カレーライスが食べたくなるな。
今度、ナチルに頼んで作ってもらおうかな。

サラが黄レンジャーなことを考えている間、リコは「あんたたち邪魔!」と女子に怒鳴っては、「なによブスッ」とブーイングを受けていた。

かしましい女子軍団と対等にやりあうリコを見て、本当にたくましくなったもんだと、サラは感心していた。


毎日夕方頃、フルーツの配達に訪れるオジサンの傍らには、何十人もの少女たちが、ピーチクパーチクと騒ぎながらついてくる。
日が暮れる前の30分程度、オジサンがナチルと立ち話をしている間に、少女たちは道場に張り付いて、窓の外からサラを応援するのだ。

リコは、あんなの応援じゃなくて邪魔なだけとぼやいたが、女子モテに慣れているサラは全然平気だ。
むしろ少年騎士として慕ってくれる少女たちに、「いつもありがとう」と紳士を装って声をかけたり、プレゼントを受け取ったり、交流を楽しんでいる。
プレゼントのお礼に、騎士めいたしぐさで少女の手の甲に口付けたりと、なかなかのなりきりっぷり。

アレクとカリムは、そんなサラたちを見て「緊張感足りねぇ」「俺には無理」と渋い顔で目配せをするのだった。
少女たちが黒騎士に夢中のように見えて、実は「いつも奥にいるあの2人もカッコイイよね!」とささやきあっていることには、気付いていなかった。

 * * *

黒騎士の影響は、思わぬ波紋を広げる。

少女たちが道場に来るようになってから数日後、次の変化が訪れた。
夕方になると、必ず連れ立ってどこかへ出かける子どもたちを心配した親たちが、こっそり後をつけてきたのだ。

「危険な自治区へ行くなんて!」と怒り心頭な親たちだったが、噂の黒騎士サラを目の当たりにし、優美な挨拶1つで心を奪われてしまった。
よくよく見れば、アレクは領主として堂々たる態度だし、砂漠の国の王宮で王子の側近として育ったカリムは品がよく、リコも王女の侍女だけに聡明で愛らしい。
犯罪者の巣窟と恐れ、敬遠してきた自治区というイメージは、少しずつ崩れはじめていた。

領主であるアレクは、そんな状況に戸惑いを隠せずにいた。
領主になってから5年、自治区の治安を改善し、城下町との関係修復に努めてきたが、ほとんど成果は上がらずにいたからだ。
突然降ってわいた黒騎士ブームをきっかけに、自治区が変わったことがようやく城下町の住民に知られようとしていた。


さらに数日後、決定的な出来事が起きる。

「ワタクシの娘を、誑かしたのはどなた?」

お供をずらりと引き連れてやってきたのは、上位貴族の女性。
自分の娘がお忍びで出かけるのを問い詰めて、ここまで辿り着いたという。
ふんわりと広がったスカートのすその後ろで、髪をくるりと巻いて結い上げた可愛らしい少女が「黒騎士さま、ゴメンナサイ」とうなだれていた。

自治区に対する強烈な悪印象をもった貴族の女性は、サラたちの弁解を聞いてもそのレッテルを変えない。
責任者として仕方なくアレクが自己紹介したとき、それは起こった。


「まさか、あなたは勇者様では……」


貴族の女性が、動揺に美しい睫毛を震わせて、口元を覆っていた扇をバサリと落とす。
女性の表情は、サラを見つめる少女たちと同じものだった。

実は、前回の武道大会でアレクは”正体不明の騎士”として出場していた。
優勝後、王に望んだことの1つが「自分は故郷に帰った」という噂をばらまくこと。
自治区の住民にも徹底して戒厳令を敷いたアレクは、二度と見ることのできない幻の勇者として、観覧していた者に強烈な印象を残していた。

「あの勇者さまとお会いできるなんて、ワタクシ……」

5年前、貴重なプラチナチケットを得て勇者の活躍を目の当たりにしたこの貴族女性は、そんな話をマシンガントークで語った後、感極まったのかワンワンと泣き始めた。
娘も、お供の男たちも、唖然として貴族女性を見つめている。
サラは彼女の落とした扇を拾いあげ、そっとハンカチを差し出しながら、やはりアイドルは人気絶頂期に引退すべきだなと思った。

当事者のアレクはといえば、見たこともないくらい苦い顔をしながら「俺がここにいることは内密に」と伝えると、女性は涙で化粧が崩れた顔をきっぱりと上げ「女神に誓って誰にも言いません」と宣言した。
しかしそんな約束を、娘である小さな少女が守れるわけがない。
「誰にも内緒よ?あのね……」と、貴族の子女を通じて広まった噂は、当然親世代の耳にも届く。

それからというもの、貴族の中にも「幻の勇者に逢いたい!」という熱が高まった結果、大勢の供を連れて貴族様一行が来館するようになったのだ。

一気に道場の見学者が増えたため、自警団が整理に借り出された。
ぶっきらぼうながら親切な自警団の若者に、貴族は惜しみなくチップを払い、その金を手にした自警団の若者は城下町に降りて買い物をする。
わざわざ城下町へ降りるのも面倒だろうからと、果物屋の店主が仲間を誘って、定期的に行商にくるようになる。

失業者が溢れ、少しの農業で成り立っていた自治区に、初めて商業が生まれた瞬間だった。

 * * *

こうして一部に支持され始めた自治区だが、まだまだ一般には悪者の巣窟として怖がられていた。
自治区の変化が一般に広く知れ渡ったのは、黒騎士ブームから約1ヶ月後。
1つの幸福な事件がきっかけだった。

見学中にうっかり転んだところを、自警団のマジメな若者リュウに助けられた下級貴族の娘ユッケは、ささやかな恋に落ちる。
当然、身分差があると反対するユッケの両親。
そこで、リュウの仲間である自警団メンバーと、黒騎士ファン仲間の少女たちが一致団結して、見事ユッケの両親を説得し、第一号のカップルが誕生したのだ。

この身分差ロマンスは、瞬く間に貴族や城下町の若者たちに広まり、吟遊詩人によって歌となり、トリウム国全体へと広まっていった。


「私たちの結婚式には、ぜひ仲人としていらしてくださいね!」


幸せいっぱいのリュウとユッケに「黒騎士様のおかげ」と喜ばれて、サラは少し照れたのだった。


また、改築作業が一段落したため、解放された子どもたちが、ようやく道場に戻ってきた。
窓越しに見える身奇麗な少女たちを気にして、少しでもいいところを見せようと、剣や武道の訓練にも力が入る。
見学していた城下町や貴族の子どもたちは、その様子を見て「自分たちもやりたい」と言い出した。

将来は我が子を騎士や魔術師にと願う親たちは、「幻の勇者さまに指導してもらえるなら」と、アレクに交渉を持ちかけてきた。
既に開き直っていたアレクは、活気付いてきたこの街のさらなる発展のためにそれを了承。
改築したばかりの建物は、アレクが図書館にと考えていたが、あっさり第二道場になることが決まった。

子どもたちが通うならばと、自治区へ繋がる道の舗装や街灯設置などのインフラ整備が、貴族たちの出資によって急ピッチで進められた。
自治区の失業者たちは、ボランティアではない仕事を喜び、気合いを入れて作業に勤しんだ。

サラは、メガネの奥の瞳を嬉しそうに細めながら作業を見守るアレクに、そっと耳打ちした。

「この道沿いに、サクラの木をたくさん植えましょうよ」

日本で見逃してしまった、あのサクラが見たい。
それはサラのわがままだったが、アレクは「お前は天才だな」と言って、サラの髪をクシャリと撫でた。

サラの提案で、ベンチも複数置かれたその道は「サクラの散歩道」と呼ばれ、自治区初の観光名所となった。


こうしてさまざまな交流が生まれ、どんな立場の人間でも平等に楽しめる場となった自治区の道場は、子どもたちの笑い声が溢れる、城下町の憩いの場となっていった。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










サラちゃんモテもですが、アレク様の統治っぷりについても触れておきたかったのでこんな話に。サラちゃん王子扱いですが、皆本気で恋してるわけじゃないので、もし女子とバレてもきっと人気は変わらないのでしょう。しかし人と人が関わって、幸せが伝播するのはヨイコトです。うむ。ってこの話、ヒューマン系だったんかい。ユッケちゃんとリュウくんは、小説を読もう感想ページに即コメントしてくれた2人の勇者へ、ささやかなお礼を兼ねて。モチベーション上がりました!ありがとです!(もし問題アリでしたら変更するので遠慮なく言ってくださいね……)
次回、一気に大会直前まで進めます。訓練についてまとめ部分がありーの、カリム君ガンバリーノ。ガンガンスピードアップしてきますよ。
+注意+
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