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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章 エピローグ ~三角の頂点(2)~

『バシャン!』
『ボチャン!』

 湖に、巨大な石の塊を落としたような音が、ランダムに響く。
 ほんの数分前まで、そこは静寂に包まれていた。
 サラは、その湖の水を確かに飲んだ。
 その中からジュートが現れて……ジュートと二人きり、なんだかとっても良い雰囲気だった。

「噂をすれば影ってことね……」

 そんなイイカンジのときに、サンちゃんの噂話をしようとした自分が、この状況を引き寄せてしまったのだろうか?
 それともジュートの危機を察して、光の精霊が自分をこの場所へ導いたのだろうか?
 静かで美しかったはずの地底湖は……今や『ドキッ! サンちゃんだらけの水泳大会』会場と化していた。

「ポロリもあるよ、か……」
「なんだよ、ポロリって?」
「ううん、何でもないっ」

 ジュートの広い背中に隠れたまま、サラはアハハとごまかし笑いした。

  * * *

 それにしても、とサラは思う。
 砂漠で大量のサンちゃんと遭遇したときは、彼らを鶴の一声で制御したというのに、なんたるテイタラク。
 切羽詰まった状況ではなく、こんな風に甘えられる相手が居ることが、自分を弱くする。
 守られたいなんて貧弱なキャラじゃないはずなのに、ごく普通の女の子になってしまう。

「そーだよ、私だって普通の女の子なんだからっ」

 あの手の生物は、基本的に苦手だ。
 ちびっこいのが一匹くらいならともかく、巨大なサンちゃんが湖を埋め尽くす映像なんて、ホラー映画と一緒だ。
 ゾワゾワして逃げたくなるのも、仕方ない。

「ねえジュート、まだ魔力回復しないの?」
「もうちょいかな」
「早くー」
「ワガママなやつだな」
「だって、怖いんだもんっ」

 本気で怯えるサラと違って、ジュートはプールの監視員のように腕組み&仁王立ち姿で、サンちゃん達の挙動を見守っている。
 ジュートの背にしがみついて縮こまっているサラとすれば、その神経の太さが信じられない。
 きっとジュートなら、夏場に空を飛ぶ黒い虫が現れても、無言で叩きつぶしてくれるに違いない。

「ジュートは、本当に平気なの? あんなにいっぱいサンちゃんが居て」

 まだ湿ったままの、ごわつくシャツの背中にサラは問いかける。
 返ってくるのは、「お前可愛いな」という、サラの期待を大幅に超える台詞。
 ぷうっと頬を膨らませて、サラは切り返す。

「もー、今聞いてるのはそんなことじゃなくて」
「俺に“怖いもの”があると思うか?」
「うっ……」

 暗に『愚問』と付き返されたサラは、悔しさを指先に込めて、ジュートの背中に『バカ』と書いた。
 カタカナで書いたから、たぶんジュートには通じないはず。
 ……と思いきや、ジュートの不機嫌そうな低い声が飛ぶ。

「サラ、今お前何て書いた?」
「地球の言葉で“好き”って」
「お前の声には精霊が宿る。この意味分かるよな? つまんねー嘘つくと、奴らに笑われるぞ」
「ううっ……」

 サラは、慌ててジュートの背中を手のひらで擦った。
 黒板消しで『バカ』の文字を消すイメージと共に、あらためて『スキ』と書いてみる。
 ……ほら、嘘じゃないんだから。
 そんな幼稚な行動を取ってしまう自分がサラ姫みたいで、サラは少し笑った。
 すると、噂をすれば影。

『ちょっと、幼稚って誰がよっ!』
「アンタが一番サンちゃん怖がってるんでしょ? 大人しく引っ込んでなさい」
『……別に、怖くなんかっ』
「じゃあ、プール見ちゃおっかなー」
『キャアッ!』

 逃げるサラ姫の後姿に手を振りながら、サラは考える。
 今こうしてサンちゃんに怯えてしまうのは、サラが弱くなったんじゃなくて、サラ姫のオンナノコな性格が移ったのかもしれない。
 キッパリ二重人格も楽しいけど、そのうち二人はちゃんと溶け合って、最後は一つの存在になれるのかも……?
 そんなことを考えて緩みかけた気持ちが、ボチャンという大きな水音でまた縮こまる。
 水泳大会の参加者が、さらに一匹増えたようだ。

「ねえ、何匹まで増えるのかな」
「さあな。奴らが何匹居るのか、俺も知らん」
「本当に、うちらのこと襲いに来たんじゃないの?」
「お前けっこう怖がりなんだな」

 大丈夫と言いながら、ジュートは後ろ手にサラの腰のあたりをポンと叩いた。
 ジュート曰く、さっきジュートを襲った岩の塊は、サンちゃん達がこの湖に到達するために掘り進んできた、最後の扉だった。
 それが、たまたまこっちへ飛んで来ただけで、彼らに悪意は無かったらしい。
 伸ばされたジュートの手をにぎにぎしながら、サラは拗ねまくりの口調で問いかける。

「……じゃあ、何でこの場所にサンちゃんたちが集まってくるわけ?」

 ついこの間「大人しくしてろ」と恫喝したのは、サラ自身。
 恐ろしい女神サマの命令を破って、盗賊の皆を襲いに来たとも思えない。
 単に水浴びしに来たとしても、こんなに大勢でぞろぞろ来るなんて、学校の七不思議並にオカシイ。

「ああ、それは……説明めんどくせぇ」
「あ、そーやって逃げるのナシだよっ。私今日は、ジュートにいろいろ聞きたいことがあるんだから」
「なんだよ」
「例えば、ジュートがどこから来て、どうやって暮らして来たかとか……」

 聞きたくないけど、元カノが居たかとか……。
 気のいい女豹姉さんたちの顔が次々と浮かび、ほんのり不安がよぎったサラは、ジュート手を離して背中にコツンと額を当てる。
 サラの気持ちを察したのか、はたまたおせっかいな精霊が小さな呟きを拾って届けたのか。
 湖を見張っていたジュートは、くるりと身体を反転させた。

「お前、ここはいいからさっさと風呂入って来い」
「え、魔力もう戻ったの?」
「ああ。話なら今夜、ゆっくりしてやるよ」

 サラの耳元で「風呂から出たら、俺の部屋に来い」と甘く囁くと、ジュートは何食わぬ顔でサラの唇を奪い、再び湖の方を向いてしまった。
 不意打ちのキスに目を閉じることもできなかったサラは、ジュートの背中に『バカ』と書き残すと、ふわふわした足取りでそこを立ち去った。

  * * *

 再び光の精霊に導かれたサラは、今度こそすんなりとお風呂場へ。
 脱衣所で今か今かと待ち構えていたエシレに抱きつかれ、服を脱がされ、香油ギトギトの贅沢な全身アロママッサージを受けた。
 身も心もとろけたサラは、冷たいお茶で頭をスッキリさせようと食堂へ。
 ついさっきまで賑やかだったはずが、既に人気は無く、明りも消されガランとしている。

 キッチンで洗い物の仕上げをしていたおばちゃんに聞くと、どうやらこの砦には『消灯』という厳格なルールがあるらしい。
 日が昇る頃に目覚め、沈めば眠る……まさに省エネ生活。
 というのは建前で、本音は……。
 真っ赤になって動揺しまくる初心なサラのために冷茶をこしらえながら、おばちゃんは豪快に笑った。

「ああ、そうだ。姐さんに伝言預かったんだよ。王子様二人は、今夜一緒の部屋で寝るってさ。『“夜這い”が来られないように結界張ってもらうから、サラ姫は絶対ドアに手を触れないように』って」
「アハハ、了解っ」
「あと国王様からもね。『ハナは俺の嫁』だってさ」
「えっと、それって一体……」
「アタシが思うに、国王様の部屋にも行かない方がいいと思うねぇ。姐さんが出歯亀したいなら別だけどねっ」
「あ……ハイ、分かりました」

 鳴り響く煩悩の鐘の音を爽やかなお茶で濁すと、サラはおばちゃんにお礼を言って、岩山の頂点を目指した。
 今度の道のりは上り階段がメイン。
 サラは背筋を伸ばし、なるべく腿を高く上げながら階段を進んで行く。

「うー、けっこうキツイかも……」

 近頃女神パワーに頼り切りだったせいか、鍛錬不足は否めず、ジュートの部屋に到着する頃には軽く息が上がっていた。
 お風呂とマッサージで温まり過ぎた影響もあり、身体の芯が備長炭になったかのように、ふつふつと熱を発する。
 瞼も少し重く、気を抜いたらうとうとしてしまいそうだ。
 一度大きく深呼吸して、酸素と共に香油の良い香りをたっぷり肺に取り込むと、サラは見慣れたその扉をノックした。

「ジュート、居る? サラですよー」
「ああ、入れ」
「お邪魔しまーす」

 部屋の中は、相変わらず雑然としてむさくるしい。
 ジェンガのように、絶妙なバランスで積み上げられた書類の山も相変わらず。
 この小汚い部屋と、トリウム王城のエールの執務室を比べたことを思い出し、サラは『こっちの方が好きかも』と妙なフェチを自覚する。
 その書類の山の向こうから、ジュートが顔を覗かせた。

「ずいぶん遅かったな」
「うふふっ。エシレ姉さんに、全身マッサージしてもらっちゃった! すごく気持ち良かったぁ。イイ香りの香油をすりこんでもらってね……あれも盗賊印の商品なの? 私も欲しいな」

 サラにしてみれば、なんてことのない普通の話。
 しかしジュートは、唇をわなわなと震わせた後、堪え切れずに笑い出した。
 この遠慮ない爆笑を見るのも、そう言えば久々かもしれない。
 馬鹿にされているみたいで、サラの身体はますます熱を帯びる。

「なんで笑うのっ? 別に変なこと言ってないのに!」
「お前、本当に、可愛過ぎる……」

 目尻に浮かぶ笑い涙を拭いながら、ジュートは立ちあがる。
 仕事はオシマイの合図。
 これから先、ジュートの全ては、サラのものになる……。
 さっきみたいに薄暗い場所じゃなく、もっと明るいところで、ジュートの全てを見せてもらうのだ。
 そしたら、そこに触りまくりーの、キスしまくりーの……ん?

「あれ? なんで私、こんなセクハラ妄想……」
「サラ、お前謀られたな」

 真っ赤になるサラを見て、ジュートはむふふ……ではなく、クールな笑みを浮かべた。

  * * *

「私、何か変……?」

 サラの中のモラルをぶち壊し、一気に膨れ上がるサーモンピンクな煩悩に違和感を覚えたサラは、火照る頬を両手で押さえて立ちつくす。
 ジュートは赤くなったサラを見てひとしきり笑うと、椅子の背もたれのすぐ真後ろ、岩壁にしか見えない部分に手を伸ばした。
 すると、壁がゴトゴトと音を立てながらスライドし、その先に隠し部屋が出現した。

 それは先程、サラが地下迷宮を進んだときにも幾度か現れた、特別な自動ドア。
 精霊が認めた存在しか入ることができない、結界のようなものだと薄々感じていた。
 つまりこの先は、ジュートの認める相手しか入れない、プライベートスペース。
 その奥にベッドの縁が見えただけで、サラのハートはずきゅんと不穏な音を立てた。

 ああ、本当に今の自分は変だ……。
 洗いざらしの癖毛をかきあげるジュートの後姿が、なぜか艶めかしくて、自分を誘っているように感じる。

「サラ、おいで」

 ジュートは、小部屋の奥に置かれたベッドの手前で振り返り、サラに向かって微笑みながら両手を伸ばした。
 その瞬間、強力磁石に吸い寄せられるクリップのように、サラはぴょんと飛んでジュートの腕の中へ。
 顔を上げ、至近距離からその笑顔を堪能したサラは、軽く舌舐めずりをした。
 蠢いたピンク色の舌や濡れた自分の唇が、相手にどんな気持ちを起こさせるかも分からずに。

「ジュート……ずっと、こうしたかった」

 光の精霊が炎をまとい、間接照明のように淡いオレンジの光を灯して揺れる。
 その光を受けて、ジュートの瞳が幻惑的に煌めく。
 絡みつくような視線を受け、サラの胸の鼓動は一気に二倍速、体温も軽く一度は上昇。
 胸ははちきれそうなくらい苦しくて、それでも瞳を逸らすことができない。

「もう、覚悟はいいか?」

 ジュートの手はサラの髪をくぐり、後頭部へ。
 もう片方の腕は細い腰へまわされ、持ち上げるように自分へと引き寄せる。
 サラは「今の自分、オカシくね?」と思いながらも、指がジュートの頬へ向かうのを止められない。
 そっと触れたその場所は、地底湖に居たときとは真逆で……サラの指先よりも熱い。

「サラ……」

 急くような掠れ声が、甘く切なくサラの胸に広がる。
 身体が一度ふわりと宙へ浮き、ベッドの上に身体を横たえたサラは、そこから立ち上るジュートの香りに溺れそうになった。
 火照る身体から放たれる香油の香りと混ざり、むせかえるような甘い毒になる。
 身も心も侵され、サラは荒く息をつく。

「ジュート……好き」

 自分で自分がコントロールできないままに、サラはジュートを求めた。
 サラの望みを叶えるべく、ジュートもベッドの上へ。
 片腕をサラの顔の脇に置き、身体を覆いかぶせてくるジュートの胸に、サラは手を伸ばす。
 一つ、一つとシャツのボタンを外していく。
 早くその素肌に触れなければ……早く唇をそこに押しあてなければ、自分はこの熱情を抱えて燃え尽きてしまいそうで。

「積極的なお前も、悪くねぇけどな」

 そういうことは俺にやらせろと囁いて、ジュートはサラの手を掴み、枕の脇に縫いとめるように抑えつけた。
 触れられた手が熱すぎて、サラの身体がぴくんと跳ねる。
 緑の瞳がたぎる欲情を覆い隠すように、少しずつ細められながら近づき……サラの唇の手前で止まった。

「サラ、目瞑ってろ」

 サラは軽くうなずくと、ブルーの瞳を閉じジュートの唇を待った。
 それが最初に降ってきたのは、サラの唇ではなく、白いうなじ……。

「ひゃあっ!」
「……サラ?」
「ダメッ、そこ……くすぐったい……」

 だったらと、次は耳たぶに優しい口付けが落とされる。
 必死で我慢しようと思うのに、唇からは「むひょっ!」という奇妙な叫び声が漏れてしまう。
 怪訝そうに眉をしかめながらも、ジュートはサラの唇にキスを……。
 そこで、サラの我慢は限界を超えた。

『――ガッ!』

 ジュートの無防備な腹へと沈んだ、サラの小さな膝小僧。
 不意打ちの攻撃に、ジュートはよろよろと身体を起こす。

「なっ……にを……ゴホッ!」
「やだー! くすぐった過ぎる! なんかもう布団が擦れるだけで、全身がむずむずっ!」

 ふかふかなベッドの上を、キャハハと転げながら笑うサラ。
 呆気にとられたジュートは、腹の痛みを魔術で癒しながら深い溜息を吐いた。
 なかなか笑いが止まらないサラを横目で見やると、ベッドの縁に腰かけたまま、がっくりと肩を落とす。

「そうか……謀られたのは、俺の方だったか……」
「何よぉ、さっきから謀ったとか謀られたとか」
「エシレだよっ。お前の身体に塗られた香油、いわゆる“媚薬”ってヤツだ」

 媚薬。
 サラが馬場先生から教わった『ハナには内緒の大人用語辞典』から引っ張り出したその意味を確認し、サラは一瞬ハッと目が覚める。
 さっきからやけに身体が火照っていたのも、なんとなく気持ちがぽやんとしていたのも……。

「お前には、効き過ぎたんだな……ったく、敏感になるのにも程があるっつーの」
「あのぉ……私のお母さんも、さっき同じ香油でたっぷりエステされてたんだけど……」

 二人は、一瞬真顔で顔を見合わせた。
 今頃ハナと国王様は……。

「サラ、エシレの“エステ”は二度と受けるんじゃねーぞ?」

 眉を吊り上げて睨みをきかせるジュートに、サラは引きつり笑いを返した。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 どうもスミマセン。このエピローグのテーマは『微エロラブコメ』であります。前半はさておき、後半は……微エロの王道アイテム、媚薬を出してしまいました。サラちゃんが大人なら、お酒に酔っ払ってってシチュもアリかと思いますが……ああ、媚薬って素晴らしい。エシレ姉さんはまっことエロテロリストじゃー。あまり補足するのも恥ずかしいのですが、エシレ姉さんがどこまで意図的にエステしたのかは、ファジーな感じで受け取ってください。これで盛り上がると思ったのか、はたまた付け過ぎの副作用を知っての所業か……この媚薬な香油、盗賊印で絶賛販売中です。いずれ別の番外編でも使ってみたいなー。もちろんPG12の壁を超えない程度で。なんか媚薬の話しかしてませんね。媚薬で検索して引っかかっちゃった方ゴメンナサイ。今回の小ネタ『水泳大会』、分からない方は親御さん世代へご確認を。しかしサラ姫ちゃんのおかげで、サラちゃんのヘンタイ度が抑えられているという不思議。
 次回……にもまたがる恐ろしい媚薬パワー……ええ、本当に好きなんです。その後は、真面目な謎解明話に入ります。ややこしい謎解明はサクサク進めちゃうっ。(←逆にしろというツッコミ歓迎)
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