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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章(38)砂漠の邂逅(前編)

 少しずつ冷気を帯び始めた、砂漠の風。
 サラは、全く寒さを感じない自分の身体を不思議に感じつつ、夕暮れに染まる世界を突っ切るように飛んで行く。
 寒さどころか、女神モードが強くなると、壁をぶち破っても痛くないしお腹も減らず喉も乾かない。
 便利な反面、人としての感覚が鈍くなる気がする。

 この翼に頼らず、大地を踏みしめて歩いたときの感覚を、サラは思い出した。
 特に苦しかった、最初の旅のことを。
 踏みしめるたびに足が砂に埋まり歩みを妨げる砂丘を、ラクタと共にいくつも通り過ぎた。
 特に、水と一頭のラクタを失ってからは、苦しかった。

 砂漠とは、生き物の住めない死の世界……。
 あの時はそう思っていたけれど、本物の死の世界を二度も体験してしまったサラの認識は変わった。
 砂漠があるからこそ、オアシスの緑は美しく、人々は水のありがたみを知るのだ。

「つまりは、死があるからこそ生きてるって素晴らしいと思える……そういうことよね」

 冥界は冥界で、大事だし必要なのだと思う。
 みんなが死ぬこともなく、喜怒哀楽の『怒』と『哀』が抜け落ちて、ただ楽しく暮らしているだけの世界なんて薄っぺらい。
 だからこそ宇宙の神さまは、女神と邪神の力が拮抗するように、二人を配置したのだろう。

「それでも、最後はみんなが笑って幸せになれる世界を作るのが、私の使命だからね」

 はからずも盗賊の砦で宣言した言葉が、今女神となったサラの気持ちと重なる。
 サラが思い描く理想の世界……それを実現するために必要なことは、邪神を倒すのではなく、しかるべき場所に封じることだ。
 不安や恐怖はいつも地面の下に隠れていて、ときどきハメを外したときに、戒めの意味で滲み出るくらいがちょうどいい。
 そして闇も、人々が寝静まった頃にひっそりと世界を支配するだけで、満足するべきなのだ。

「ともかく、急がなきゃ。日が暮れる前に」

 視界の先では、女神の力を増幅させる太陽が、地平線へと接近していく。
 太陽の恩恵を受けながら、西へとマッハで飛び続けたサラは、ようやく砂漠と荒野との境目まで辿り着いた。

  * * *

 行き道では、ヒゲが率いる盗賊一味に攫われた、思い出の場所だ。
 少し先には草木がちょろちょろと生え始める荒野が、そののはるか向こう……ちょうど精霊の森とトリウム王宮の中間方向には、盗賊の岩山も見える。

「さて、太陽の巫女さんはどっちに向かったのかな?」

 赤い瞳ともども自分の身体を封じるつもりなら、精霊の森へ。
 ただ、一度森を出た太陽の巫女は、正攻法で当たったところで門前払いされるのが関の山だ。
 やはり月巫女が、何か問題解決の鍵を握っていて、まずはそちらへ向かった可能性もある。

 今のサラには、森とオアシス……角度の違う二つの道のどちらも選べなかった。
 こんなときこそ女神の予言が欲しいところだが、女神さまが現れる気配はない。
 どうやら女神さまは、人間サラの意識が強いときには、心の奥に引っ込んでしまうらしい。

「女神さま、お願いだから出てきてよー」

 サラが呟いたところで、音沙汰はない。
 女神を追いのけるようなことを、人間サラは陰で実行していた。
 頭の中はといえば、『旅のアルバム』のビデオが、まだまだ自動再生中……苦しかった砂漠の旅を思い出した後も、回想は淡々と続いていた。

 盗賊に攫われ、岩山に連れて行かれて、お風呂に入ってリコの裸体に衝撃を受けて。
 部屋片付けの際、うっかりめくり始めた昔の雑誌のように、サラの脳内アルバムをめくる手は止まらない。
 映像は、その先の『嬉しはずかしファースト○○』シーンへと爆走していく。

 見るのを止めようと止めようともがくほど、サラは赤面し、妄想の沼にずぶずぶとハマってしまう。
 それも人間の悲しいサガなのだろう、とサラは開き直った。
 映像が佳境に入る頃には、予言をもらうどころか翼の力までもが弱まってきた。

「これが煩悩ってやつね……恐るべし……っていうか、また落ちるぅぅぅっ!」

 人の煩悩というものを司るのは、冥界の邪神さんなのだろうか、それとも女神の方なのだろうか?
 そんな余計なことを考えながら、みるみる高度を落としていったサラは、砂漠に不時着した。
 正確に言えば、砂漠の砂が吹きだまってできた小山の縁に、顔から突っ込んだのだが。

 サラの大地に対するツッコミの勢いは強く激しかった。
 サラが激突したエリアは、あたかも隕石が落ちたかのように、丸く大きなクレーターとなる。
 吹き飛ばされた砂があたり一面に舞い、黄土色の濃霧を発生させる。

「イタタタ……って、痛くないし」

 煩悩ごときで、女神パワーの全てがシャットダウンされるわけではないらしく、サラの身体はピンピンしていた。
 もしこれがサラ姫の身体だったら、全身複雑骨折は間違いないだろう。
 それ以前に、サラ姫の身体を選んでいたら、空を飛ぶという肉体派な行動もできないのだが。
 きっと闇の魔術を駆使してすみやかに移動し、目的を遂げてしまうのだろう。

「邪神側に付く、かぁ。そっちも悪くなかったかも?」

 目や口に入り込んだ砂を水の魔術で洗い流しながら、サラがちょっぴり不謹慎なことを考えたとき。
 吹き飛ばした小山の陰に、サラは目的の人物を発見した。

  * * *

 サラが落下したのは、決して煩悩のせいだけでは無かったようだ。
 むしろ女神がサラを落下させるために、あえて煩悩満載の映像を見せたのかもしれない。
 砂漠に降り立ったサラの足元に居るのは、黒いローブを身にまとった一人の老女だ。

 力尽きたのか、砂に足を取られけつまづいたのか、砂に埋めるように倒れている。
 このまま誰にも見つけらず夜を迎えていたら、眠るように息を引き取っていたかもしれない。
 そんな寂し過ぎる結末を、女神は望まなかったようだ。

「ちょっと、大丈夫?」

 サラは、さきほどサラ姫にしたように、太陽の巫女の傍らにしゃがみこみ、指先でツンツンとつっついてみた。
 もちろんまだ生きているし、怪我をしている様子も無い。
 積み重なった心労と、慣れない闇の魔術を駆使した移動により体力を消耗しつくした、というところだろうか。

「パワー分けてあげたいけど、加減が分かんないなぁ。もうすぐ夜になっちゃうし、その赤い瞳さんが元気になったら困るのよねー」

 軽すぎるその身体を抱き起こそうと、サラが手を触れると、意識を失っていた太陽の巫女は、微かに身じろぎした。
 サラが近くにいること、特に相手の身体に触れることが、おのずと相手に癒しの効果を与えるのだと、サラの中の無口な黒騎士が解説してくる。
 苦しげなうめき声をあげ、砂を吸いこんだのか軽く咳き込みながら、太陽の巫女は自問自答のように呟いた。

「ここは……?」
「まだ砂漠よ。もう少しで荒野に着くところ」

 赤い瞳を体内に封じた太陽の巫女は、ハリの無い手のひらや骨ばった手の甲を、心の目でじっと見つめた。
 その両手を腰の脇につくと、まずは上半身を起こす。
 きょろきょろと首を左右に振り、手元に転がった愛用の杖を見つけると手を伸ばし、しっかり握りしめる。
 唸り声を漏らし、体を震えさせながら、杖を頼りに懸命に立ち上がる。

「ねえ、今から何をしようとしてるの?」
「……」

 応える気力が無いのか、それとも単に無視しているのか。
 太陽の巫女は、無言のまま枯れ枝のような足を動かし始めた。
 しかし、弱った身体はほんの少し進むだけで体力を消耗してしまうようで、何メートルも進まないうちに、はぁはぁと荒い息をつき始める。

 しばらく見守っていたサラだが、小さな虫が蟻地獄を脱出するためにもがくようなその足取り……何度も砂に膝をついては立ち上がる老人が見ていられなくなった。
 いや、見ていられなくなったのは、サラの中に住むもう一人のサラ。
 サラの意図しない台詞が、サラの唇から零れ落ちた。

「もう闇の魔術どころか、簡単な癒しの魔術すら使えないんでしょ。バカねえ、無茶するからよ。その赤い瞳一つでも消耗が激しいのに、もう一個引き受けるなんて。しかもその弱り切った体で」

 サラの口調から何かを察したのだろうか。
 今まで、サラの問いかけをことごとくスルーし、砂漠の向こうを目指して苔の一念……といった健気な姿を見せていた太陽の巫女が、手にした杖を放り出しサラに迫った。

「――サラ姫さまはっ?」

 フン、と高慢チキなシャム猫のように、サラは鼻を鳴らした。
 そして、身体に取りすがる太陽の巫女の身体を払いのけようとして……我に返った。
 放り投げかけたその身体をしっかりと支え、自力で立たせてあげながら、サラは伝えた。

「あー、えっとね。説明が難しいんだけど、とりあえずサラ姫はここに居るから心配しないで? 体の方は、危ないから処分しちゃったけど」

 とんとん、とサラが平らな胸を指で突くと、太陽の巫女は明らかに安堵の表情を浮かべた。
 しかし次の瞬間には、腰をかがめ顔を歪めて苦悶に呻いた。

「ちょっ、大丈夫っ?」

 サラが手を差し伸べると、症状はすぐに収まったようで、太陽の巫女は「大丈夫です、申し訳ありません」と囁いた。
 ちっとも大丈夫そうに見えないけれど、とサラの中のサラ姫が、呆れたような吐息をつく。
 サラは「しばらく黙ってなさい」と念を押し、太陽の巫女の行動を見守った。

 どうやら、太陽の巫女が体内に住まわせた邪神は、夢や希望など、ポジティブな感情がお気に召さないようだ。
 ネルギ国王は眠り込み、戦場の魔術師やカナタ王子たち王族は死を選んだ。
 日食の影響を受けただけのリコですら、死の病に倒れたのだ。
 それだけの相手を前に、太陽の巫女は一歩も引かない。
 太陽の巫女を支えるものは、一体何なんだろう?

『さっさと自分の意識を明け渡してしまえば、楽になれるのに……』

 サラ姫を取りこんだ影響だろうか?
 思いついた言葉があまりにも残酷で、サラは自嘲した。

 昔、太陽の巫女は本当にそれをしてしまった。
 結果、何人もの人を殺し、より大量の死をもたらす戦争を起こすキッカケを作った。
 今こうして痛みに耐えていることが、彼女なりの成長であり、過去の自分の弱さを償う手段なのだろう。

 決してクレバーではないけれど、そんなところもまた人間らしい……と、女神のサラは静かに微笑んだ。
 背中の翼は再び力を取り戻し、くっついた砂を払うようにパタパタと軽くはためいた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










申し訳ありません……もう何度目かの、ラストシーン大改稿中でございます。後書きも近々変更しますのでご容赦くださいっ。
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