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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章(32)冥界の縁

 自分の体が弾丸になったようだ、とサラは思った。
 激しい音を立てながら、王宮の壁や床に次々と穴が開いていく。
 開けているのはもちろん自分だ。

 サラが「どけやゴラッ!」と心の中で念じながら突っ込むだけで、勝手にもろもろと崩れてくれるので、サラの体に痛みは無い。
 おかげで、目的地への最短距離を突き進んでいる。
 穴のサイズは、翼を軽く広げたサラが通り抜けられる程度……この程度の穴ボコでは、この強靭な建物が倒壊することはないだろう。
 後で修理するのは大変かもしれないけれど、今のサラにそれを気遣う余裕はなかった。

 空色の瞳を閉じ、サラは一秒でも早くその場所に辿り着くことを願った。
 同時に、津波のような後悔が押し寄せる。
 本来、赤い瞳を撃退する力を持っていたはずの自分が……恐怖に負け、冥界へ落とされてしまった。

 サラが冥界でもがいている間に、いったい何が起こったのか?
 疑問に応えるべく、過去を視せる女神の力が発動し、サラに容赦なく現実を突き付けてくる。
 映像は早回しで進み、サラの脳みそに直接この目で見たかのようにリアルな記憶を植え付けていく。
 全てを理解しながら、サラは叫んだ。

「皆……待たせてゴメン!」

 謝罪の言葉は、自らの体が壁を打ち砕く音にかき消された。

  * * *

 サラが見せつけられた映像……そのスタート時間は、赤い瞳が目覚めた直後。
 魔術師が立ち去る、荒い杖の音が消えた時から始まった。
 主な登場人物は、サラが目指す先に居る、カリム、アレク、リーズ、そしてリコだ。
 会議室で、サラたちの帰りを待ちながら時間を潰していた彼らに向かって、風の魔術が届けた一つの伝言が、幕開けの合図となった。

『至急、王宮内の人間はここから立ち去るように。逃げ遅れれば、命の保証はない。客人は彼らの保護を』

 何かが起きた。
 短い文言には、そう思わせるだけの緊迫感があった。
 と、リーズの胸のスプーンが騒ぎ出す。

『やだっ、女神さまぁっ!』
『無理だよぉっ、死んじゃうっ!』

 禍々しい邪神の目覚めを察知できたのは、光の妖精のみ。
 震えるサラの心を、そして辿ってしまう運命を察し、妖精たちは涙混じりの悲鳴を上げる。
 その言葉に、三人は反応した。

「――ふざけんなっ!」

 テーブルを壊さんばかりに殴りつけようとしたカリムを、後方からアレクが羽交い絞めにする。
 怒りで赤黒く染まったその耳元に、アレクは低過ぎる声でささやいた。

「俺たちは、サラの意志を守る。今できるのはそれしかない」

 すぐ脇で、獣のような呻き声があがった。
 喉や胸をかきむしり、断末魔の苦しみを訴えるリコ。
 自傷行為を行おうとするその手を引き剥がし、体ごと抱きかかえたリーズが叫んだ。

「兄さんっ、カリム、行こう!」

 三人は、一瞬アイコンタクトで目的を一致させた。
 ここから逃げなければ。
 そして、一般市民を逃がさなければ、と。

 それでも、カリムだけは未練を振り切ることができない。
 王宮に足を踏み入れたときから、嫌な予感がしていた。
 長年過ごした、自分の古巣。
 しかし、旅立ったときとは明らかに違う……本能的な危機感を口にするべきだった。
 そして無理矢理でも、カナタ王子を侮辱するような言葉を吐いてでも、サラについていくべきだったのだ。

「ちくしょうっ! サラ!」
「アイツは大丈夫だ、行くぞカリムっ」
「サラッ!」

 届くことは無いと分かっていても、カリムは叫んだ。
 隣では、険しい表情をしたアレクが、カリムの騎士服の腕を掴んで引っ張ろうとする。
 俺に従え、とアレクの目が訴えてくる。
 鬱陶しげにその腕を振り払うと、カリムは既に走り出したリーズの背中を追った。
 心とは裏腹に、足はサラの居るであろう国王の間とは真逆の方向……この建物からの脱出ルートへと動いた。

 会議室を飛び出した三人は、無言のまま、来た道を駆け抜けていく。
 力強く地を蹴るその足音を追いかけるように、黒い闇の瘴気がじわりと迫る。
 小さな虫が群れをなして押し寄せるように、細かな黒い点が少しずつ建物の壁を埋めていくのが見える。
 その現象が何なのか分からない。
 分かるのは、ここに居てはいけない……自分たちの身に危機が迫っているということだけだった。

「兄さん、ここに人が居る!」
「了解っ」

 リーズの指示で、アレクとカリムは、逃げ遅れた人を拾いながら進んでいった。
 胸ポケットで震える妖精を、リーズは必死で励ましながら、アンテナの役割を託す。
 サラが居ない今、頼りになるのは自分が操るこの妖精たちだけだ。
 リーズは、スプーンたちがか細い声で漏らす断片的な言葉を拾い、正確な情報へと修正し、アレクとカリムに伝え続けた。

 程なくして、スプーンたちの嘆きは、すすり泣きに変わる……その時だけ、リーズの心に荒れ狂う津波が襲った。
 その言葉……「サラが死んだ」という一言を、リーズは二人に伝えることができなかった。

  * * *

 通路を過ぎ階段を駆け降りた先には、既に大勢の人間が集っていた。
 十代半ばの侍女から、調理師や庭師など下働きの者が半数、残りは文官や魔術師だ。
 騎士たちは皆屋外に出ていたのか、一人も居ない。

『逃げ遅れれば、命の保証はない』

 何一つ確かな情報をもたらされず、短い言葉で『死』を予言された人たちは、皆恐怖にかられていた。
 不安に歪んだ表情で、それぞれが好き勝手に怒声や悲鳴を上げている。

「開けろ! 開けてくれ!」
「駄目だ、どの窓も開かない。結界かっ……」
「誰か助けてっ!」

 一つの悲鳴が、その何倍もの悲鳴へと変わる。
 連鎖する恐怖は、群衆をパニックへと陥らせる。
 膨らむ不安と恐怖が、どんな結果を生むかも知らずに……。

「――静まれっ!」

 確固たる意志を持った言葉が、人々の動きを制止させた。
 玄関ホールから二階へと、直線で続く階段の最上段。
 全員の視線を浴びながら叫んだのは、カリムだった。

 細められた瞳の奥に怒気をはらみ、しかし静かに佇む彼の姿に、その場に集まっていた僅か三百名ほどの王宮従業員は、一瞬見惚れた。
 悲鳴の代わりに「カリム様」という声が、さざ波のように広まっていく。

 カリムは、その中心に見知った女性……カナタ王子の乳母が居ることを知り、僅かに表情を緩めた。
 自分にとっても、母親に近い存在。
 孤児だったカリムに厳しくも優しく接してくれた思い出が、カリムの心に暖かな火を灯す。

「俺が、守らなければならないんだ」

 全員の視線を浴びながら、カリムはそう呟くと、腰の聖剣の柄を握り締めた。
 力のある魔術師は、まだ戦場に居る。
 この場所には、戦力にならないレベルの魔術師と、そもそも魔力をほとんど持たない非力な者たちしか居ない。

 カリムは、数百ものすがりつくような視線を浴びながら、ようやく自覚した。
 アレクもリーズも、そしてサラも……別の国の人間だ。
 彼らを守るべきは、自分なのだと。

 カリムが壇上に立ち尽くす間に、カリムの脇を通り抜けてアレクとリーズ、そして途中で拾われてきた数名が階段を下りていく。
 カリムだけは、その場に止まり……背中から感じる暗い瘴気と冷たい絶望を振り払った。
 今見るべき場所は後ろではなく前なのだと、心に言い聞かせながら。

 抜群の知名度と剣の腕を持つカリムが登場したことで、人々の不安は和らいだ。
 しかし彼らは、カリムが依然厳し過ぎる目をしていることに気付かない。
 カリムへと憧憬の目を向ける人々を押しのけ、門へと駆け寄ったリーズは、抱きかかえたリコをそっと床へ降ろした。
 スプーンをかざし、門へと仕掛けられた結界の魔術の効力を確認するものの、ダメだというように両手を上げ横に振った。

 リーズの従える妖精の力でも、この扉は開かない。
 つまり……見えざる敵の魔力は、それほど甚大ということだ。
 カリムは、それくらい強固な結界を一度だけ見たことがあると思った。
 無数の星が瞬き、乾いた風が吹き抜ける荒野の先に、夢中でサラの姿を追ったあの日。

「闇の魔術の結界、か……」

 カリムは呟くと、一塊となった民を見渡した。
 自分が幼かった頃とは、ずいぶん様変わりしたこの王宮内を想う。
 人々から笑顔は消え、建物は薄汚れ、何より人の数がずいぶん減ってしまった。
 もしかしたら、自分も含め……ここに居る人間は皆殺しにされるかもしれない。
 無力な自分を嘆く気持ちを心の奥へ封じ込め、カリムはすうっと大きく息を吸い込むと、出来る限り冷静な口調で告げた。

「皆、落ち着いて聞いて欲しい。どうやら我々は、ついに敵と立ち向かうときを迎えたようだ」

 強い願いと共に発せられた言葉には、精霊が宿るのだという。
 カリムの声は、人々の心を支配した。

  * * *

「この王宮に、魔術を使って俺たちを閉じ込めている人物がいる。カナタ王子、サラ姫、そして筆頭魔術師の行方は分からない。よって、今から自分の指示に従ってもらいたい」

 カリムの願いも空しく、人々の心は新たにもたらされた情報に、ざわりと波立ち始める。
 閉じ込められたことと、この国のシンボルでもある王族が居ないこと。
 物理的にも、そして精神的にも、大きなダメージを受けてしまう。
 再び騒ぎ始めようとした彼らに対して、カリムはもう一度声を張り上げた。

「――静かにしろっ! 生きてまた美味い飯食べたい奴は、俺の指示に従えっ!」

 ピシリ、と音を立てて空気が凍った。
 常に冷静沈着、言葉数も少なく、発言は慇懃無礼にも見えるほどバカ丁寧……そんなカリムのイメージをぶち壊す乱暴な言葉に、人々の心は再び捕縛される。

「カリム、かっこいー」

 アレクの入れたチャチャに、カリムは不愉快気に眉を寄せたものの、フッと微笑んだ。
 その一往復、二人の男が笑ったことが、人々の不安を一蹴した。
 張り詰めた空気が良い意味で緩むのを感じながら、カリムは一言ずつ、誰にでも分かる言葉を選びながら事実を伝えた。

「いいか、お前らにも教えておく。戦争はもう終わった。今ネルギ軍の魔術師達は、王宮の近くまで戻ってきている。頑張らなきゃならないのもあと少しだ。今この王宮には、俺たちを閉じ込めた敵がいる。そいつの攻撃さえ凌げればいい。結界を張れるヤツや、癒しの魔術が使えるヤツは手前へ。他の者は後方へ移動してくれ」

 カリムの指示に操られるように、開かない扉を前に悪戦苦闘していた魔力のある者が手前へ、無力な者は扉の前へとスムーズに移動した。
 曲がりなりにも王宮勤めで王子たちの傍に仕える人物たちだけに、最低限の胆力はあるらしい。
 最前面に立ったのは、当然アレクとリーズ。
 リーズのすぐ傍には、未だ意識の戻らないリコが寝かされている。

 整然と並んだ彼らに、カリムは戸惑いをおくびにも出さず告げた。
 先程、リーズの口から告げられた衝撃的な真実を、分厚いオブラートに包んで。

「では今から、アレクとリーズ以外……全員後ろを向いて目を閉じるんだ。神経が細かい奴は、床にうずくまって耳を塞げ。戦いが始まったら、絶対にこっちを向いちゃいけない。お前たちの気持ちが強くあればあるほど、俺たちが勝てる確率は高くなる」
「それは、いったい……?」

 集団の中から上がった誰かの問いかけに、カリムは笑顔で首を振った。
 サラからは良く「カリムの笑顔は怖すぎる」と突っ込まれたが、今となってはそれしか頼れる武器が無い。
 カリムは強く拳を握りしめながら、言葉を繋げた。

「それは、全てが終わったら正直に伝えよう。もう一度言う。お前らは黙って後ろを向け。笑って晩飯を食うことだけ考えながら……絶対に、振り返るなよ?」

 そこまで伝えると、カリムは言うべきことは全て言ったとばかりに、階段を下りた。
 足取りの強さ、その堂々たる姿勢に人々が目を奪われていることには気付かないまま。

  * * *

 階下へ降りたカリムは、リーズからリコのケアをバトンタッチされた。
 その際「何も出来なくて悪い」と小声で告げたカリムの頭を、リーズはアレクがするようにくちゃりと撫でる。
 だいぶ伸びたカリムの前髪をいじりながら、リーズは「カッコよかったよー、カリム。俺より年上にしか見えないよ」と笑った。
 その会話を聞いて「つーか、俺よりも年上じゃねえ?」と便乗したアレクが、すっとその目を細めて光らせた。

「……おっと、そろそろおでましかな?」

 リーズが二本のスプーンを手にし、前へ掲げる。
 アレクは、なるべく弟の邪魔をしないよう、斜め後ろに立って手のひらを突きだし、結界をサポートする。
 二人の手から眩い光が放たれる。
 ほどなくして、湖面のように輝く水色の淡い光の膜が、彼らを包む半円状のドームとなった。

 半透明の美しい幕の中で、カリムはリコを気遣いながらもやりきれない苛立ちを抑えるのに苦慮していた。
 結界の中に入った以上、もう自分にできることは何もない。
 この結界が壊れるとき……それは、自分も含めた全員の死を意味する。
 それでも、何かできることはないかと、カリムはドームの内部に目を光らせた、その刹那。

 先程まで自分が立っていた階段の上、さらにその奥から、何かが床を引きずりながら近づいてくる音が聴こえてきた。
 聞くだけで吐き気をもよおすほど、禍々しい音が。
 敵の力は尋常ではない……神の域にあるのだと、カリムは理解した。
 ここはすでに、冥界の縁なのだ。

「――皆っ! 目ぇ閉じて、耳塞げっ!」

 自分にとって、これが最後の指示になるかもしれない。
 そんな覚悟とともに、カリムが声を張り上げた時、それは姿を現した。

 サラが探し求めていた『赤い瞳』を持つ……やせ細った一人の老人。
 カリムは無意識に「国王様」と、口だけ動かした。
 声が出なかったため、背後に居る人々に余計な情報が伝わることは無かった。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 えー、お分かりかとは思いますが、現在サラちゃんは女神パワーでビデオテープ(←古い)早回し再生中です。つまり今回の話はちょっとだけ過去の話。こういうとき、小説の難しいテクで『三人称の使い方』というのが悩みの種に。基本、この話ではサラちゃんの斜め後ろくらいにカメラがぴったりくっついてる感じで進めてます。なので、サラちゃんが首突っ込まないシーンやら立ち会わないエピソードは、どうしても番外編とか、回想とか、女神ビデオ頼りとか(←かなり反則?)、苦しくなってしまいます。かといって、カメラをあちこち移動させると混乱するし……難しい。って、執筆の悩みはさておき今回の補足をば。地味キャラながら意外と頼りになるカリム君を、ちょっと活躍させてみました。やっぱ自分の土俵だしねぇ。しかし彼が怒るとそーとー怖い顔になりそう。そういう意味では“チョビ”っぽいのかも。ああ、チョビ可愛い。はんにゃ。……と、シリアスオンリーで苦しい話のときは、こんな妄想でお腹膨らますしかねえのです。
 次回は、当たり前ですが大ピンチ。魔王なボスキャラに、普通の人間のパーティが必死で抵抗を。そしてサラちゃんは……まだ飛んでます。
※9月30日9:00〜17:00、小説を読もうさんは大規模リニューアルだそうです。もし不具合がありましたら、ブログ版の方へどうぞ。
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