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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章(25)サラ姫の過去

 寝たきりの国王は、既に呼吸を止めているのではないかと思うくらい静かだった。
 サラと魔術師が黙ってしまうと、じりじりと短い命を燃やす四つの松明の音しか聞こえない。
 この部屋の空気は、少しずつ淀んできたようだ。
 火事の時など床の方に酸素が溜まるという話を思い出したサラは、それを取り入れるように頭を下げ、低い位置から深く息を吸い込み、魔術師への質問を続けた。
 過去を振り返って、ぼんやりしている余裕は無い。

「サラ姫を、その女から託されて……この王宮でサラ姫を育てながら、あなたはいろいろな出来事を見てきたのよね?」
「はい」
「最初、サラ姫は幽閉されてたって聞いたんだけど」

 腕の中で大人しくしていたサラ姫が、ヒュッと息を呑むと、サラにしがみ付いてきた。

  * * *

 華奢な体が、檻から出された兎のように小刻みに震えている。
 何か嫌なことがあったのだろう……そう思いながら、労わるように絹糸のような細い髪を一撫ですると、サラ姫の体の強張りは幾分かやわらいだ。
 サラが「この話続けても大丈夫?」と尋ねると、「ええ」とか細い声が返ってくる。
 よしよしと頭を撫でながら、サラは話を続けた。

「サラ姫は、なぜそんな目にあわされたの? 曲がりなりにも国王の子だって口裏を合わせたんでしょう?」
「全ての発端は王妃でした。王妃は、カナタ王子の弟にあたる末の王子を溺愛されておりました。一度離れた国王さまのお心が戻ってきた、その象徴が末の王子だったのでしょう。そんなときにサラ姫さまが現れたのですから、そのお気持ちは……」
「それは、確かにキツイかも。せっかく戻ってきたはずの国王が、また別の女と浮気して子ども作ってたなんて……」

 サラは、王妃の顔を見たことがない。 
 それでも、ちょうど目の前にいる魔術師と姫君のせいか、「鏡よ鏡」という有名な台詞を呟く、真っ赤なルージュをひいた童話のキャラを思い浮かべた。
 自分の美しさも幸福も信じて疑わなかった、悲しくも哀れな女性。

「王妃も当初は、サラ姫さまの存在を女の子だからと許容されていたのです。ところが、サラ姫さまがその御身に秘めた魔力を表に出されはじめた頃に、末の王子が不慮の事故でお亡くなりになったのです。それが引き金になりました」
「それって、サラ姫のせいじゃないんでしょう?」
「ええ、もちろんでございます」
「ずいぶん、タイミングが悪かったのね」

 自分の愛する男を奪われた、その証明であるサラ姫。
 誰の子か分からないその幼子は、闇の魔術の使い手だった……。
 子どもを失った悲しみが、行き場を失って憎しみへと変わり、幼いサラ姫に向かったのだろう。
 気持ちは、分からなくもない。

「でも、王妃がサラ姫を閉じ込めるとき、国王は反対しなかったの?」
「はい。むしろその方がサラ姫さまにとりましても、都合が良かったのです。王妃の手の者かと思われますが、サラ姫さまを狙う輩がおりましたので」

 この魔術師も、嘘をつかないタイプの人だ。
 言葉尻に「思う」とついていても、それは真実に違いない。
 サラは、ため息混じりに呟いた。

「王族って、本当に大変……」

 どんな世界でも、一つの国をめぐる跡目争いは珍しいものではない。
 隣国であるトリウム国王と王弟も、兄弟でありながら泥沼の争いを繰り広げてきた。
 ただ、争いと平和は交互にやってくる。
 今の王子たちの仲の良さは、国王が自分と同じ轍を踏ませたくないと努力してきた結果なのだろう。
 四人の個性的な王子たちの顔が思い浮かび、沈みかけたサラの心は少し浮上した。

「うん、分かりました。では次の質問ね。幽閉されていたときは、どんな風に過ごしていたの?」
「外に出ることは叶いませんでしたが、比較的自由に。その後すぐに広まった、サラ姫さまにまつわる噂のおかげで、王妃も侍女たちも、サラ姫さまには近寄らなくなりました」
「噂、ねえ……カナタ王子にも聞いたけど、サラ姫は“魔女”と呼ばれたんでしょう?」

 魔術師は、黙ってうなずいた。
 なぜか『魔女』という存在は、この世界で非常に忌み嫌われている。
 過去、ヨーロッパで魔女狩りなんてことが起きた時代に、少し似ているのかもしれない。
 でも、現代日本で育ったサラにとっては、なんてことのない言葉だ。
 余程恐ろしいのは、小さな女の子を『魔女』に仕立て上げてしまう、周囲の人間たちの方なのだから。

  * * *

 魔術師は、救いを与える言葉を紡ぐ。
 聞かせる相手はサラではなく、うつむいてしまったサラ姫の方。

「その噂に恐れをなさず……唯一人カナタ王子だけが、サラ姫さまに会いに来てくださいました」

 目を閉じれば、情景が浮かぶようだ。
 そこは、悲しい幸せに満ちた箱庭。
 閉ざされた薄暗い部屋の中、男の子の訪れを待ち焦がれる、小さなサラ姫。
 兄姉から虐げられ傷ついては、サラ姫の元を訪れるまだ幼いカナタ王子。
 兄から与えられる愛情が、本当は“同情”や“憐れみ”だったとしても、それが純粋な愛であることは間違いない。

「でもその噂は、別に根も葉もないってわけじゃないのよね?」

 サラの追及に、魔術師はこくりとうなずいた。
 時はサラ姫を、放っておいてはくれなかった。
 国王に宿る赤い瞳が、サラ姫をその美しい箱庭から、血塗られた戦いの舞台裏へと追いやった。

「サラ姫は、闇の魔術でどんなことをしてきたの?」
「初めは、無意識に物を取り出したり消したりと、お遊びの延長のようなものでした。言葉を覚えられてからは、人の口にした偽りを言い当てるようになりました。すると国王の命により、罪人たちが罪を裁かれる際、サラ姫さまに面会するようになったのです」

 月巫女の姿を思い浮かべながら、サラはうなずく。
 物ごころついたばかりの可愛らしい女の子に、隠していた本音を暴かれる……それはきっと大人にとって屈辱的なことだろう。
 それ以上に、畏怖するはずだ。
 罪を暴かれるということは、その先に死が待っているのだから。
 もしも罪を犯していないとしても、サラ姫を見て、その能力を知ってしまった者の末路は決まっている。

「人の心を視るだけじゃなくて、サラ姫にはもっと強い力があったのよね」
「はい。その後サラ姫さまは、人の心を意に沿うように変えることもできるようになりました」

 力が無く役に立たない者は、目と耳と口を塞がれ、贄として戦場へ送られる。
 多少力がある者は、洗脳され暗殺者に仕立て上げてから、オアシスの国へ向かわせる。
 サラ姫は、自我が確立する前から思うままに人を裁き操り、ゆえに“魔女”と呼ばれるようになってしまった。

「惨いことを……本当は周りの大人が止めなきゃいけなかったのに」

 呟いたサラは、キュッとしがみつくサラ姫の手の動きで確信した。
 国王は、幼いサラ姫を虐待していたのだ。
 軽く想像するだけで、サラの胸は締めつけられるように痛む。

「わたくしには、何もできませんでした。ただ、サラ姫さまを見守ることしか……」

 サラは、魔術師を見上げながら思った。
 この魔術師は、近くに居たからこそ、ずっと苦しんできたのだろう。
 魔術師の声は少しずつ掠れ、幕をひくようにトーンを下げていく。

「力が使いこなせるようになったサラ姫さまは、幽閉を解かれました。国王の“赤い瞳”は平時固く閉ざされ、サラ姫さまの命がなければ力を出すことができない……それゆえ、サラ姫さまのお立場も命も守られてきたのです。それから先のことは、もうご存じかと……」

 語るべきことは出しつくしたとでもいうように、魔術師は軽く頭を下げる。
 腕の中のサラ姫も、ほぅっと熱い吐息をついた。

  * * *

 赤い瞳を得た国王は、サラ姫を戦争のための道具としてしか見ていなかった。
 逆の見方をすれば、道具として使えるからこそ、サラ姫は生き延びることができた。
 魔術師の説明に納得しかけたサラは……慌てて言葉を発した。

「えーと、ちょっと待って。その、国王の病気のことと、亡くなった人たちのことも教えて?」

 サラは、ここにクロル王子を連れてこなかったことを、初めて後悔した。
 闇の魔術に関するデータを集めたがっていた彼なら、この聴きとり調査に嬉々として取り組んだだろう。
 時に優しく時に辛辣に言葉を操り、テキパキと作業を進めていくに違いない。
 いちいち感情を揺さぶられてしまうサラは、刑事に例えるなら、かつ丼を差し出す係がお似合いだ。

「しつこいようでゴメンナサイ。でも私はリコのことを助けたいの。そのためには、闇の魔術にかかった人がどんな風に変わったのか知りたい」

 当初の目的を思い出したサラがそう告げると、大人しくしていたサラ姫が不意に顔をあげた。

「なんでそんなに、あの侍女のこと気にするの? どうでもいいじゃない」

 サラ姫の不機嫌そうな口調の理由を察し、サラは頭を痛めた。
 この感情は、いわゆる嫉妬ってやつだ。
 サラに懐いてくれたのはいいけれど、今度は独占欲を出してくる……本当に子どものままのピュアなお姫様。
 構っちゃいられんと笑顔でスルーしつつ、サラは魔術師に話しかける。

「例えば国王さまだけど、このままじゃ長くは持たないんじゃない? サラ姫の力でも、なんとか助けられないものなの?」
「それは……」
「この人も、どうでもいいっ。今までだって、お兄さまが“生きてて欲しい”って言ったから、そうしてあげてただけだもの」
「今はサラ姫に聞いてるんじゃないの、ちょっと黙ってて」

 ぷぅっと頬を膨らますサラ姫の頭をぽんぽんと叩いて、サラは魔術師の意見を待った。
 魔術師は少し迷うように、左側に置かれた国王のベッドへと視線を向ける。

「……難しいのではないかと。サラ姫さまには、これの力の行使を抑えることはできても、力そのものを止めることはできませんので」

 魔術師の回答は、サラの想定通りだった。
 サラは、ベッドに横たわる国王から漂う、死臭のようなものを感じ取った。
 近いうちに、国王の体という器は壊れてしまうだろう。
 解き放たれた赤い瞳が、何を目指すのか……サラは、それも薄々理解していた。

 赤い瞳は、人を死に至らしめるために生み出された悪魔。
 最初から、人の手におえるような存在ではないのだ。
 これの目的は、ちっぽけなこの国をどうこうすることではなく、この世界を壊すことなのだから。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 大幅改稿が続いております。予定変更ばかりで申し訳ない……陳謝っ。一回アップしてから筋を変えることだけはしたくないので。(誤字は変えてます。ご指摘歓迎……こちらも陳謝) さて今回は、サラ姫ちゃんの過去編でした。といっても、だいたいは予想通りという感じではないかと思います。話を整理する意味もあるのですが、過去の回想シーンばかりなので、動きが無く淡々と進み……辛いっ。バトルやシリアスシーン以上に辛いです。もっと弾けたい! と、この気持ちは近々爆発する予定であります。ずっとビビってたサラ姫ちゃんですが、かなり過激な虐待を受けたようです。その辺は詳しく書くとヘビーなのでご想像にお任せ。暴力は連鎖する、それを断ち切る勇気を持ちましょうというのが、作者の訴えたいメッセージであります。(と、とってつけたように真面目なことを言ってみる。説得力無し?) 
 次回は、調子出て来たサラ姫ちゃんとサラちゃんの掛け合いが楽しくなる回。ついでに、魔術師さんもぽろっと何かしてしまうかも?
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