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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章(18)戦争の引き金

 自軍が手ぶらで戻ってくる。
 それは『戦争に負けた』と等しく、否が応でも現実を直視させられる答えだった。
 特にカナタ王子は、椅子の上でほんの少し震えているように見えた。
 サラは目を逸らさず、トリウム国王と軽くすり合わせた今後の方針を語った。

 現在の水不足が解消されるまでは、トリウムの魔術師による援助を受けられること。
 そのためには、この国の政府が開かれたものにならなければならないこと。
 厳しい状況の中、特権階級として贅を尽くしてきた人物は、その高みから引き摺り下ろされる。
 王族も例外ではなく、むしろ率先してその姿勢を示して欲しい、とサラは伝えた。

「この案は、カナタ王子やこの国の求めるものとは違うかもしれません。しかし、私はこれも立派な和平の形であり、互いが譲歩できるギリギリの落としどころだと思います」
「ああ、分かっている」

 答えるカナタ王子の声には、苦痛の色が混じる。
 サラは、言葉を重ねた。

「むしろ、感謝すべきではないでしょうか? 本来なら、なんら落ち度の無いトリウムへ一方的に攻め入ったこの国が、責任を取らされるべきところを“属国にはしない”と言ってもらえたのですから」
「――分かっている!」
「カナタ王子っ!」

 黙って聞いていたカリムが、腰を浮かせ声を荒げる。
 サラは『カナタ王子に殺気は無い』と感じていたため、大人しく席についていた。
 それでも、ズボンの腰についたポケットの中に右手を突っ込み、ダイスを握り締めたまま。
 もし何かあれば、自らの意思で黒剣を手にする覚悟だった。

 空いている左手で、サラはカリムの背中を軽く叩き「まあ、落ち着いて」と声をかけた。
 サラの発した言葉は、当然カナタ王子の耳にも入る。

「いや、すまない……その通りだと、思う」
「この際ですから、お聞かせいただけませんか? カナタ王子のお考えを」

 なるべく温和に、微笑みかけながら促したサラに、カナタ王子の瞳に浮かぶ焦りは薄れていった。
 それと反比例するように、カナタ王子を横目で見上げるサラ姫の方には、苛立ちが募っていくようだ。
 サラに似ている……瞳の色を除いて瓜二つなサラ姫は、徐々にその意思の強そうな黒い眉を吊り上げ、柔らかく白すぎる頬を膨らませていく。
 サラ姫の変化を、サラはもちろん、アレクとカリムもじっと見守っていた。

  * * *

 カナタ王子から、緊張は抜けたようだ。
 同時に、生気も抜けたように肩を落とした。

 サラが出発する前に見たアラブの王子様そのものの正装をしているため、魔術師のローブと同じように体の線は見えない。
 それでも、特別に痩せたようにも見えないし、瞳の色が赤く染まっているわけでもない。
 何も変わらないはずなのに、サラの目には何かが足りない……抜け落ちてしまったように思えた。

 今と同じように、サラの髪は長く艶やかだった。
 その頭を、本物の妹のように撫でてくれたあの大きな手を思い出す。
 胸がツキンと痛んだとき、カナタ王子は大きく頭を振り、乱れた髪をかきあげながらフッと笑った。

「取り乱してすまなかった。ただ、驚いたんだ。どうやらトリウムという国は、私が思っていた状況と違ったようだ」
「どういうことです?」
「トリウムには、豊富な水脈がある。その元はトリウムの北にある精霊の森だ。森は地下に水をたくわえ、この大地を潤す」

 サラは、カナタ王子の言葉にうなずいた。
 この大陸の水源が森にあるということは、この世界に召喚されてすぐ、カナタ王子から教わったことだ。
 チラッと横を見ると、カリムはもちろん博識なアレクも、異論は無いというように軽くうなずいている。

「水脈の流れを、トリウムは無理に変えた……その結果この国は水不足に陥ったのだと、私は聞かされていたんだ」

 サラはもちろん、カリムやアレクたちにとっても初めて聞く話だった。
 カナタ王子がうつむき、その瞳に長い睫毛が影を落とすのを見つめながら、サラは『誰かが純粋なこの人に嘘を吹き込んだ』と察した。
 口調をなるべく和らげながら、サラは問いかけた。

「そんな話は初めてお聞きました。私はトリウムへ行き、実際の戦地も見てきましたが、そんな情報は一切ありませんでした。しかし、なぜそのことを事前に言ってくださらなかったのです?」

 真摯な鳶色の瞳の国王や、一癖も二癖もある王子たちの顔が思い浮かぶ。
 彼らに騙されたとは思えない。
 しかし、そんな噂があることだけでも事前に知っていたなら、トリウムの皆やジュートに会ったときに、詳しく聞くことができたのに。
 サラが唇を噛んで思案している間に、ずっと黙っていたカリムが静かに口を開いた。

「カナタ王子、そのような荒唐無稽な……失礼、その話をどなたからお聞きになられたのです? そして、なぜそれを信じたのですか? この大地の水脈の流れを変えるなど」

 神の、いや悪魔の所業……と言いかけて、カリムは口をつぐんだ。
 顔を動かさずに、視線だけを真横へ向けてみる。
 長く美しいサラの黒髪とその健康的な横顔が、カリムの波立った心を穏やかに変えていく。

「俺……私は、この異界のサラ姫と同じように、自分の目でトリウムという国を確認してきました。彼らも我々と同じように、迫り来る砂漠化に怯えていたのです」

 カナタ王子は、数秒押し黙る。
 口を開こうと顔を上げては、またうつむくというしぐさを数度繰り返した後、意を決したように大きなため息をついた。

「これは、夢だったのかもしれないと思う。私にそれを教えてくれたのは……」

 突然カチャリ、と金属音がした。
 リーズが膝の上に乗せたリコに、スプーンをかざしたのだ。
 汗の噴き出す額にスプーンを置き、直接リコに癒しの魔術をかける。
 跳ね上がった体の熱を、少しでも下げるために。

「――カナタ王子、すみませんが、なるべく簡潔におっしゃってくださいませんか?」

 カナタ王子が、『医師』と名乗ったリーズの動きを見て顔つきを変えた。
 リコの表情を見れば、彼女に何が起こっているかくらいは分かる。
 カナタ王子は口を強く引き結ぶと、生気を取り戻した力強い瞳でサラを見つめた。

  * * *

「私にそれを伝えたのは、一人の女だ。美しく、燃えるような赤い瞳を持った……」
「――っ!」

 思わず声が出そうになったサラは、ぐっと生唾を飲み込み動揺を押さえ込んだ。
 カナタ王子の隣では、サラ姫がふわーとアクビをする。
 その顔を一睨みすると、サラは続きを促した。

「私がその女に出会ったのは、小さな子どもの頃だ。戦争が始まる前で、サラが生まれる少し前だった。まだ国王の体は病魔に侵されておらず、母……王妃も兄弟たちも居た。ある夜、眠っていた私の枕元にその女が立った。私を揺り起こすと、女はこう言ったんだ。『これから、この国に水は出なくなる。その理由は、オアシスの国のせいだ。だから早くあの国の王を殺して、水の湧く森を奪い取らなければならない』と」

 女の形良い小さな唇が紡ぎ出したのは、呪いの言葉。
 その赤い瞳は、憎悪に燃えていたという。
 小さなカナタ王子にその一言を告げると、彼女は去った。

「その女のことを、私は夢だと思っていたんだ。その後、女の予言どおりこの国の井戸が枯れ始めて、国王は戦争を決意した。後で分かったことだが、国王も同じ女の夢を見たと言った。国王は『あの女の言ったことは内密に』と言い、私はずっとその約束を守ってきた」

 この世界には、指きりげんまんの変わりになるような、一つの言い伝えがある。
 口から放たれた言葉は風になり、女神の元へ届けられる。
 だからこそ、簡単にできない約束を言葉にしてはならない。
 そして、約束を破ると女神に裁かれる。

「つまり、カナタ王子の中では“悪いのはトリウムの方だ”ということになっていたのですね?」

 苛立ったサラが早口で投げた言葉に、カナタ王子は怯えと困惑の表情を浮かべた。
 律儀で純粋なカナタ王子は、子どものようにそれを信じていたのだろうか?
 当時はもういい年をした国王も、見知らぬ女のたわ言を信じて戦争を仕掛けるなんてありえない。
 女の言葉には闇の魔力が宿り、知らず国王とカナタ王子を操っていたのだろうか……?

「国王もカナタ王子も、冷静に考えればお分かりになるはずでは? 本当に水が必要なら、友好関係を保ったまま“水を分けて欲しい”と依頼した方がどんなに話が早かったか。こんなに犠牲を出す前に」
「ねえ、ちょっといいー?」

 糾弾しかけたサラの声を、良く似た声が遮った。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 まずは陳謝! 楽しみにしていただいていた皆様、大変申し訳ありませんっ! エンディングを目前にして、作者の「こんな(あっさりな)終わらせ方でええんか?」という迷い発生により、長らくお待たせしてしまいました。毎日更新、八月完結の夢がっ……く、九月中には絶対に! さて、今回から真相解明編に入りました。まずは戦争のきっかけについて。第一章ではまるっきりスルーしてしまった(涙)砂漠の国の情報を、どこまで盛り込もうかと思ったのですが、とりあえず迷信深いということを強調。サラ姫が巫女係してるとかいうあたりも含め、リアリストには話が通じにくい国です。魔女ッ子こと太陽の巫女さんが、この国を訪れていたことはとりあえず予定通り。この後、どうやって展開させていくかで大いに悩みました。そして……ちょっと予定より長くなってしまったー。もう少しお付き合いくださいませっ。
 次回は、サラちゃんvsサラ姫の対決を少し。その後、カナタ王子との話をひと段落させます。リコちゃんはしばらく苦しいまんまです。ゴメンよっ。
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