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砂漠に降る花 作者:AQ
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第五章(1)トリウム王城の事件

 テーブルの上には、白い陶器のポットと手縫いのティーコゼー。
 サラとナチルは向かい合い、淹れたてのお茶とケーキをつついている。
 ナチルのお皿に乗ったケーキは、サラのそれより半分以下のサイズなのに、まったく減らない。
 席についてから、しばらくうつむいていたナチルは、兎の耳のようなツインテールを揺らしながら顔を上げた。

「本日、王城で一つの事件が起こりました。それは……」

 珍しく口ごもるナチルに、サラは紅茶をすすりつつ、穏やかに促した。

「――リコのこと、だよね?」
「サラ様っ……」

 悲痛なその表情が、サラの推測を肯定していた。

  * * *

 ナチルは、そのつぶらな瞳を潤ませながら、概要を教えてくれた。

「私は、それを直接見ていません。一緒にいらっしゃったのは、デリス母様だけだったそうです。リコ様は王城が暗闇に包まれたとき、突然……国王様を襲われたそうです。国王様にはすぐ手当てがされ無事だったのですが、リコ様は……」

 サラが、一緒にお茶をしようと強引に誘ったのは正解だった。
 奥ゆかしいナチルは、いつも皆から一線引いて、キッチンカウンターの前に行儀良く立っている。
 今日もそのまま会話をしていたら、きっと床に崩れ落ちてしまっただろう。
 なるべく明るい声色で、サラは投げかけた。

「それで、アレクとリーズは今リコの傍に居るのね? 他に何か変わったことは無かった?」
「はい……ネルギからの刺客が、闇に紛れるように何人か侵入したそうです。ただ、事前にクロル王子が城門の強化を徹底して指示されていたため、大事には至らず」
「そう、良かった」
「その刺客は、皆ことごとく捕まるか、捕まる前に自害したそうです。中には封鎖中の王城へ出入りを許可されていた、古くから馴染みの商人なども居たらしく……王城は、動揺を隠せておりません」

 ナチルは動揺を隠せない。
 落ち着こうとカップへ伸びた指が、震えるもう片方の手で包まれる。
 このままカップを持てば、中身を零してしまうと判断して。

 サラは微笑みながら腕を伸ばし、ナチルのもみじのような手を握った。
 刺客に襲われるという事件は、まだナチルの心に深い影を落としているのだ。

「まあ、クロル王子流に言えば『一気に膿が出て良かった』ってことね」

 ナチルはサラの台詞に目を丸くし、そうですねと笑い返してくれた。
 震えが止まったようで、サラは柔らかいその手を離す。
 少し温くなったお茶をすすりながら、サラは考えた。

 クロルは賢いし、闇の魔術が使えるから、何かを察していたに違いない。
 そして、王城内部に入り込んだ人間ですら、信じていなかった。
 人は、うわべだけ取り繕うことなど簡単にできるのだ。
 だからこそ……心から信頼していた相手が裏切ったとなれば、ショックを受けるのは当たり前だ。

「リコのことは、クロル王子も懐いていたから……私だって、気付けなかった」

 真実を見抜けないのは、それを見たくないから……クロルはいつもそう言っていた。
 サラは、リコを信じていたかった。
 クロルも、もしかしたら信じたいと思っていたのかもしれない。

「リコ様は……いいえ、この話は王城で直接お聞きくださいませ。私も実は、クロル王子からの『サラ様がこちらに立ち寄られるかもしれない』との伝言を受けて戻ってきたのです。今から一緒に王城へ参りましょう」

 相変わらず手回しの良すぎるクロルに、サラは苦笑しつつもうなずいた。

  * * *

 夕焼けが、美しいオアシスの街を赤く染める。
 城下町の活気は変わらないのに、どこか沈んで見えるのは、やはり自分の心象が現れているのだろうか。
 この息苦しさも、視界の狭さも……。

「サラ様、大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ」

 サラは笑顔を作ったが、隣にいるナチルには届かない。
 嘆息したサラは、自分の口から漏れた熱い息が、顔まわりの皮膚をじっとりしめらせるこの不愉快さをあらためて思い出した。
 木を隠すには森へ……そして黒騎士は隠すには、黒騎士の中へ。
 未だに衰えを知らない、人気のパーティグッズ『黒マスク&キノコヘッド』を装着した姿で、サラはナチルと共に王城へ向かっていた。

 つい最近から『開かれた王城』をキャッチコピーに、生まれ変わったトリウム城。
 怪しいサラがセットだったが、ナチルが居たこともあり、すんなりと入城を許された。
 城門をくぐった後は、知らせを受けたバルトが出迎えに飛んで来た。
 渋いバリトン声を、もう一オクターブは低めて、バルトはサラに頭を下げた。

「サラ姫様には、このたび……」
「ああ、硬い話は後にしましょ。とにかく国王様に合わせて。アレクたちにも」

 サラは、建物に足を踏み入れたところで、初めてマスクを脱ぎ、長く伸びた髪を披露した。
 残念ながらというべきか、バルトのリアクションはナチルと同じだった。

「サラ姫様……そちらは、なんとも美しいカツラで」
「ヅラじゃないっ!」

 やや立腹したサラは、常に便利グッズを持ち歩いているナチルに皮ひもを一本もらって、歩きながらざっくりと髪をひとくくりにまとめた。
 本当は切ってしまいたかったけれど、サラにとって必要なくても女神に必要なものならば、簡単に失くすわけにはいかない。
 バルトは、サラのうなじの白さに見惚れつつも、その生え際を見て目を丸くした。

「これはなんと……地肌に直接髪を植え」
「増毛じゃないっ!」

 ツッコミに対してペコペコ謝るバルトを横目で睨みつつ、サラは自分の長い黒髪を忌々しげに摘んだ。
 翼も満足に出せない今のサラが「私、女神になっちゃって髪が伸びたんです」なんて……言えるわけがない。

 王城内には「一足先にサラが戻ってくる」という伝言だけがまわり、戦地で何が起こったかまでは伝えられていなかった。
 ぼんやり考えながら歩いて、後宮の入り口まできたときには『クロルの策略』という結論に落ち着いた。
 小生意気な笑みと共に「こんな楽しいこと、簡単にバラすわけないじゃん」とささやく声が聞こえた気がして、サラは「戻ってきたらデコピンだな」と決意した。

  * * *

 国王の自室を訪れるのは、今回が二度目だ。
 後宮への入り口で、バルトと別れデリスに案内役がバトンタッチされてから、サラは事件の詳細を初めて聞かされた。

「リコ殿は、最後まで抵抗していました。それなのに、私は……」

 サラが戦地へと旅立ったのは、ちょうど四日前だ。
 それ以降は、国王にお茶を淹れるのがリコの仕事となった。
 理由は、あくまで国王が望んだからであって、デリスは単に国王の希望に沿うように後押ししただけだ。
 リコが選ばれた理由を、デリスは二つ取り上げた。

「一つは、ネルギ王宮の情報を聞き出すためです。ああ、聞き出すと言っても無理にではなく、あちらの習慣や人々の暮らしぶりなどを伺っては、両国が速やかに和解するためのアイデアを考えられておりました。まずは一般市民どうしの交流から進めていきたいとおっしゃって」

 サラは、国王の考えに共感しうなずく。
 戦地へ旅立った自分を信じていてくれたからこそ、そうやって和平への歩みを止めず、水面下で動こうとしてくれていたのだろう。
 リコだって、心から喜んで協力したに違いない。

「もう一つ……国王様は、サラ姫様のお話をお聞きになっていました。どのように出会ったか、砂漠の旅の様子、自治区での生活ぶりなど。それは楽しそうに二人で話していたのですよ。私が安心するくらいに打ち解けて……」

 サラとデリスの後ろをちょこちょこ付いてきたナチルが、小さな声で「私も聞かれました。サラ様のこと」と呟いた。
 サラは顔を赤くしながら、フカフカの絨毯を見つめる。
 自分の居ないところで自分の話をされているとなれば、さすがに恥ずかしい。
 デリスはそこで一息つくと、決意したように顔を上げサラを見つめた。

「三日間、そのような毎日が続きました。私は今日も同じように、リコへ国王様への昼食とお茶の用意を命じました。しかしリコは、珍しく嫌がったのです。私は昨夜何か粗相でもしたのかと問い詰めたのですが、リコは理由は無い、なんとなく行きたくないと言いました」

 彼女が言いそうな台詞だと、サラはその姿をイメージしながら思った。
 リコは本来大人しく、とても口下手なのだ。
 信頼する相手や、目上の人間に逆らう……そんなことができるはずがない。
 結局、単なるワガママと判断され、国王の部屋に向かわされたという。

「ただ、あまりにも顔色が悪かったので、私も念のためにと付いていったのです。それが不幸中の幸いだったのでしょう」

 デリスはそこで話を一度区切ると、首を横に振りながら大きなため息をついた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 またもや中途半端なところで切れてしまいました。すみません。少女に何が起こったか……という回の前半でした。久々キノココスプレをさせてみましたが、これもヒドイな……第二章の後半はずっとこの格好で、カッコイイ風にバトルさせてたなんて。いや、だからこそ脱いだらカッコイイ黒騎士が出てくるというギャップが活きるのさ……。あとは、ヅラと増毛のボケツッコミ。バルトおじさんみたいな素直な人は、ベタなギャグの相手としてぴったりです。あー、その後は楽しいシーンが減ってゆく……またちょっとシリアスモードです。ナチルちゃんが可愛いことくらいしか癒しがねぇです。
 次回、国王様の部屋にようやく到着です。事件の後半を明らかにしつつ、サラちゃんの方からも少し報告事項を。
+注意+
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