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砂漠に降る花 作者:AQ
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第四章(20)血に染まる瞳

 口の端から血を流し、打ちひしがれた表情でうつむくサラに、男は笑いながら言った。

「私に逆らわないでくださいね、サラ姫。私は今すぐに、この男を自害させることもできる。あと、せっかく助けた“贄”が、どうなっても知りませんよ?」

 キール将軍は、自分の知識を全てこの男に伝えたようだ。
 まだ彼らが知らないことで、自分の強みは何か……逆転の方法を探そうとして、サラは目を閉じ熟考を試みた。
 しかし、誰かの命がかかっているという焦りが、冷静な思考を阻害する。

 大事な人を奪われ、無理やり言うことをきかされる……それは、サラにとって初めての経験だった。
 サラ姫に強要されて始まった旅も、サラには「やらされている」感覚は無かった。
 先に母のノートを読んでいたせいかもしれない。
 また、サラ姫に感じるシンパシーが、サラを必要以上に寛容にしていた。

 今は、違う。
 家族のために、悪魔の指示に従い続けたキール将軍の気持ちが、ようやくリアルに理解できた。
 同時にその行為を非難していた先ほどまでの自分が、いかに高飛車だったか……。

 葛藤するサラの心を知って知らずか、男はサラに近づき、腫れた頬に手のひらをかざす。

「へえ……あなたには本当に、魔術が効かないのですね。異界の姫とは面白い」

 打たれた頬にまとわり付いてくる熱を吸収し打ち消しながら、サラは初めて他人のことを心の底から拒絶した。
 こんな魔術は、要らない。
 男が積み重ねてきた十四年の苦しみや恨みなんて、耳にしたくない。
 耳にすれば、サラはきっと許してしまうから。

「あなたの、望みは何?」

 サラは、痛む頬をなるべく動かさないように、唇を少しだけ開いて問いかけた。
 自分語りを始めかけていた男は、ぎょろりと瞳を動かし、痩せこけた頬が病的な笑みを作る。
 男は、サラの唇の端から流れ出た血を筋張った指先で拭い、美味しそうに舐めた。
 嫌悪感で寒気が走るサラに、男は夢見るような表情で告げた。

「何が望みか……そうですね。今の私にできることは無尽蔵にある。まずは、小賢しいトリウム軍を滅ぼしましょう。その後はネルギ王宮です。私は、この世界を解放する。私に従えば、あなたを元の世界に返してあげても良い。良い案でしょう? “異界のサラ姫”殿……」

 この男は、狂っている。
 そんなこと、できるはずがないのに。

『でも、もし自分を呼び出したあの魔術師が死んだら……?』

 赤い瞳が、サラの心に甘美な誘惑を持ちかけるようで、サラは男の顔から目を逸らした。

  * * *

 今太陽は、どこまで昇っているのだろう?
 慣れない馬車の旅、シシト将軍と緊張の対面、その後騎士たちを治療し、ろくに休まずこの場所へ来た。
 体は、食事と睡眠を欲している。
 なのにサラは日の当たらない部屋で体を拘束され、男の夢を聞かされる人形として、ずっとこの場所に置かれた。

 気に入らないものは壊し、逆らう者は殺し、自分を苦しめてきた敵軍を滅ぼし、虐げてきた国家を滅ぼす。
 自分には神や悪魔のごとき力がある……そんな妄想でできた、コールタールのような黒い夢だった。
 サラは、唾を飛ばし熱弁を振るう男の狂気を見つめながら思った。

『この男は、近いうちに死ぬ』

 刻々と過ぎていく時間の中で、サラだけが気付いている。
 赤い瞳が彼の命を吸い続け、その色を濃くしていることを。
 一秒ごとにより深く刻まれるシワと、削げ落ちていく肉。
 魔力の強いキール将軍だからこそ律することができた赤い瞳は、凡人に寄生すればこうなるのだと、サラは冷酷な判断を下した。

 男は、幸せなのかもしれない。
 長年思い描いた夢が叶う……一瞬でも、そんな甘い夢が見られたのだから。
 サラの思考が、男への見切りをつけたそのとき。

「――将軍っ、失礼いたします!」

 扉の前に立ちふさがっていたキール将軍が少し体を横にずらし、引きずられるようにサラも動く。
 熱弁を邪魔された“将軍”が、舌打ちしつつ「入れ」と命じると、一人の若い魔術師が飛び込んできた。
 彼は目的の人物に対して、頭を下げながら報告した。

「キール将軍……トリウム軍が再び行軍を開始しました!」

 下っ端の伝達係なのだろう。
 彼は、伝えるべき相手が変わったことに気付かなかった。
 サラの背後で腕を掴まえるという役目しかない人形に、話しかけてしまった。

「誰に向かって報告しているっ……」
「止めて!」

 サラは叫んだ。
 掴まれた腕を振り払おうとしたが、体力を奪われ続けた体は重く、しびれた腕は解けなかった。
 魔術師の男は、机の上に置いたサラの黒剣を掴むと、伝達係の男に向かって叩き付けた。
 突然の身内からの攻撃にろくな防御もできず、うめき声を上げながら崩れ落ちた男に、何度も黒剣が打ち下ろされる。

 赤い瞳がたぎるように輝き、黒剣の鞘が血に染まる。
 サラが手にしてから、初めて浴びる血……。
 剣を抜かないことで、殺すつもりは無いと分かっていても、サラには直視できなかった。
 自分の分身が、こんな風に人をいたぶるために使われるなんて……。

「もう、止めて……お願い」

 黒剣は、所有者であるサラの意思を汲んだ。

  * * *

 サラが涙混じりに呟いた声に、黒剣が反応した。
 束に埋め込まれた宝石が光り輝き、暗い部屋を一瞬だけ真昼のように照らす。

「――何っ!」

 空中へ放り出されると同時に起こった、突然の爆音。
 “将軍”の手にしていた、相手をいたぶる便利な道具は、煙に包まれて消えた。
 一秒後、赤い瞳が見つけたのは、剣の代わりに足元に転がる小さな石ころだった。
 シワだらけの黒ずんだ顔が、憤怒によって赤く変わっていく。

「貴様……何をした?」

 カーペットの上に異物として転がる石を、“将軍”は靴の底でギリギリと踏みつける。
 赤い瞳が見ているのは、部屋の隅に拘束されて立ちすくむサラ一人。
 ターゲットから外れた伝達係の男は、ヒイッと叫び声を上げて部屋を飛び出そうとした。

「待て!」
「逃げてっ!」

 伝達係の男は扉の前で立ち止まり、うつろな目をしたまま“将軍”の指示どおりに軽く口を開いた。
 茶色の小瓶を手にした将軍は、彼の口の中へと銀の砂を一つまみ放り込み、赤い瞳を輝かせながら「行け」と呟く。
 怯えを消した伝達係の男は、頭部からダクダクと流れる血も気にせぬ様子で「はい、将軍様」と一礼し立ち去った。

 サラは、何も出来なかった。
 体から力が抜け、背後に居るキール将軍に支えられる。
 男はカーペットから小さな石を拾い上げると、赤い瞳がサラという標的に向き合った。

「おまえは、魔術が使えないというのは、嘘なのか?」

 黒剣がダイスへと変わる……初めて見た者には“何かの魔術”として映るのかもしれない。
 自分自身も、初めて目にしたときはジュートが何かしたと思ったのだから。
 サラは、ゆるゆると首を横に振りながら言った。

「嘘じゃない。それは――」
「私に逆らうのか!」

 再び打ち付けられる手のひら。
 目の前に火花が散るような、鋭い痛みだった。

 サラは、吊るされたサンドバッグのように、男の怒りを受け止めていく。
 いつしか平手は握りこぶしとなり、サラの顔だけでなく体へと振り上げられた。
 もしこの男が非力な老人の腕でなければ、またサラが日頃から体を鍛えていなければ……死んでいたかもしれない。
 無抵抗なサラが口から大量の血を流し、ぐったりと頭を下げたことに満足し、男は告げた。

「トリウム軍か……攻撃には贄を使おうと思ったが、ちょうどいい。お前を餌に奴らを誘き出そう。お前のような嘘をつく人間は、早めに処分した方がいい」

 ククッと再び嫌な笑い声を立てながら、男は席へと戻った。
 赤い瞳の色が、徐々に濃い血の色に変わっていくことにも気付かずに。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 またもや痛い回になりました。うー。ごめんサラちゃん。ダイスのバカバカ! とヤツアタリしてください。本来こんな小悪党にやられるサラちゃんではないのですが、今回は苺ちゃんたちの命がかかっているので……まあ、何を言っても言い訳でございます。もうこの痛いシーン終了なので、ご勘弁くださいませっ。何か楽しい話を……うーんうーん。とにかく今が底辺なので、この先のV字回復にご期待いただければ……ジュート君もそろそろ到着するし。え? なんで今ここに来て助けてやらないんだって? はい、物語進行のためにはしょーがないのです、この先アレがナニしなきゃいけなくて……急展開必至なのでぜひ続きをお待ちくださいませっ。
 次回は、話をグッと進めます。そろそろ太陽も高く昇ってきた頃合い。死なばもろともな大作戦が決行され、サラちゃんの秘密が一つ……。
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