挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
砂漠に降る花 作者:AQ
134/198

第四章(19)劣勢

 風の魔術が使えればいいのにと、サラはこの世界に来てから何度目かの無いものねだりをした。
 ドクドクと鳴り響く心臓の音を振り切るように、ネルギ軍のアジトへと駆け戻ったときには、すでに廃墟は朝の光に包まれていた。
 昨夜は見えなかった、瓦礫の合い間に息づくほんの少しの雑草……今のサラには、そんな微笑ましい小さな命に気付く余裕も無い。

 サラが戻ってくることが事前に知らされていたのか、アジトの門は開かれていた。
 飛び込んだサラは、扉の奥で待ち構えるキール将軍に出迎えられた。

「お待ちしておりましたよ。さあ、こちらへ」

 光に慣れていた目が、建物内の圧倒的な暗闇によってダメージを受ける。
 何度かまばたきをしたサラは、あらためてキール将軍を見た。
 左目を長い前髪で隠し、ローブのフードをかぶり……左手には新たに用意した赤い指輪をはめている。
 何もかも、夜明け前と同じ……。

「早くいらしてください。皆、あなたをお待ちしているのですから」

 キール将軍に強く促され、サラは館の奥へと付いて行った。

  * * *

「あなたが出迎えるなんて、珍しいんじゃない?」

 サラの問いかけに、彼は応えない。
 静かに任務をこなすだけだ。

「私は……間違えてしまったの?」

 目の前の大きな背中に、心もとなげなサラの声がぶつかり、遮断されて落ちる。
 建物の外観に対して、蟻の巣のように入り組んだ地下通路を進み、連れて行かれたのは『将軍』の部屋だった。
 簡素な木の扉ではなく、そこだけは大きく頑丈な鉄の扉で仕切られており、中は十畳ほどの広さだった。
 敷かれた緋色のカーペットと、背もたれの高い布張りの椅子、艶のある大きなデスク。
 通風孔が設けられており、冷たい風がサラの前髪を跳ね上げた。

「戻って来られたのですね、サラ姫」

 デスクの上には、サラが預けたままの黒剣と、茶色の小瓶が並べて置かれている。
 二つのアイテムを手のひらで撫でるその男に、サラは見覚えがあった。

「あなたは……誰?」
「名乗らなくとも良いでしょう。新たな“将軍”と覚えていただければ」

 サラが、キール将軍に会う直前に見た、小柄な魔術師の男だった。
 見立てどおりならば、ネルギ軍のナンバーツー。
 命を燃やすほどの魔術を使い続けた証として、顔中にシワが寄り、年齢は読めない。
 分かるのは、その目がまだ生を欲していることだけ。

「お前はもう良い。出て行け」

 男に軽く頭を下げたキール将軍は、頭を上げつつ邪魔な前髪を耳にかける。
 涼やかな両の黒い目を隠そうともせず。

「待って、キール将軍!」
「将軍は私だ!」

 後姿のまま、ドアに手をかけた姿勢で固まったキール将軍は、スローモーションのように振りかえる。
 射抜くようなサラの視線と、さげすむ様な“将軍”の視線、両方を感情の無い目で受け入れた。

「キール将軍、あなたはまた同じ道を辿るの?」

 支配されることに慣れた目は、サラの言葉にも反応しない。
 背後にいる魔術師の男が、ククッと甲高い嫌な笑い声を立てた。

「奴が居た方が良いというなら、望みを叶えてやろう」

 出て行けという命令が取り消され、キール将軍は扉の前に立った。
 とりあえず、魔術師の男と二人きりにならずにすんだことに安堵しつつ、サラはデスクの方を向く。
 サラの気持ちを悟っているのか、男はサラが嫌いな声色で笑い続けている。

「何がおかしいの?」

 サラが問いかけると、その男は伏せていた顔をあげた。
 外は朝日が昇ったというのに、この部屋は暗い。
 小さなランプ一つの明かりの中でも、男の左目に輝く赤は、十分に良く見えた。

  * * *

 自分は、いくつかの間違いを犯したとサラは思った。
 一つ目は、シシトの砦に手紙を残していかなかったこと。
 二つ目は、キール将軍に必要以上の銀の砂を飲ませてしまったこと。
 三つ目は、赤い瞳のしくみについて、深く追求しなかったこと。
 そして最後は……自分の心が発する警鐘を無視して、キール将軍を一人残してしまったこと。

「その男には、ずいぶんと無理な要求を呑まされてきたんですよ」

 魔術師の男は椅子から立ち上がると、一歩ずつサラへと歩み寄ってくる。
 動けないサラは、近づく男を見つめたまま唇を噛んだ。

 あの時クロルは、サラに大事なキーワードを伝えてくれていた。
 闇の魔術については、まだ分からないことが多い……アレがどんな形で人間に憑依するのかを、しっかり確認するべきだった。
 キール将軍の目から離れた黒い靄は、別のよりしろを見つけたのだ。
 今までの宿主より力は弱くとも、居心地の良い場所を。

「もう、十四年……私の体は、魔術に蝕まれた」

 増えた指輪を重そうに持ち上げながら、男は両方の手の甲を見つめる。
 水が飲めなかった砂漠の旅で、サラもああして手の甲を見たことがあったなと思い出した。
 しかし男の皮膚に刻まれたシワは、水を飲めば治るものとは違うのだ。

「ようやく、私は手に入れた。この男に……いや、私をおびやかした者全てに復讐できる方法を」

 サラの胸に鳴り響く警鐘は、昨夜以上に強くなった。
 しかし、動きたくとも動けない。
 サラの背後では、赤い瞳の手下と化したキール将軍が、ガッチリとサラの腕を掴んでいる。

 銀の砂を飲み過ぎると薬が毒になるのだと、クロルは言っていた。
 より闇の魔術にかかりやすくなったキール将軍は、この男の操り人形だ。
 最愛の義妹に似たサラに対しても、苦痛を与えるほど腕を締め上げてくる。

「復讐って、何をする気……?」
「あなたを使えば、いろいろなことができる」

 男はサラに向かって老人のように枯れた手を伸ばし、頬から首筋へと這わせた。
 不快感で身震いするサラの表情を見て、愉快でしかたないといった顔をしながら。

「私は、役に立つような人間じゃない」
「あなたは、結界を崩せる。魔術師にも近づける。剣の腕もそれなりにあるらしいですね」
「……そんな要求を、呑むと思う?」
「あなたの大事な人間を、一人ずつ殺して行きましょう。まずは、この男から」

 汚らしく伸ばした爪の先が、サラの頭の上を指した。
 そこにあるのは、感情を失くした人形が一人。
 サラは、悔しさに唇を噛み締め、悪意を込めて魔術師を睨みつけた。

「そんなに……このクズが大事か?」

 背筋を伸ばせば、魔術師の男はサラとそれほど身長は変わらなかった。
 落ち窪んだ瞳の赤が近づき、サラは思わず顔を逸らす。
 同時に、男の指輪をはめた手の甲が飛んできて、サラの頬を打った。

「――っ!」
「あなたに支配の魔術が効かないのは残念だ。しかし別の方法で、従わせることはいくらでもできる。なるべく傷をつけたくないんですよ……言うことを、聞いてもらえませんか?」

 シシトの砦で、キースに打たれたときとは比べ物にならない痛みが走った。
 唇の端が切れ、口の中に苦い血の味が広がる。
 固い指輪が当たった部分が、また青痣になったかもしれない。
 指を触れて確認することもできず、サラは鈍い痛みから意識を逸らした。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 苦しいシーンです。今までで一番のピンチ。人質取る悪人が一番嫌いじゃー。時代劇でも……こんなとき、やしち、おぎん、とびざるが居たら、こっそり皆を助け出してくれてて、知らぬは悪代官のみという痛快な展開なのですが、残念ながらそうは問屋が卸さねえのです。まあ、この悪役魔術師も可哀想な人ではあるのですが……この世に根っからの悪人なんてもんはいねえってこった。しかしここまで“悪よのう”になったら、落としどころが大変。あまり人に死んでほしくないんだけど……はー。さて第四章に入ってから、サブタイトルがだんだん短くなってきました。タイトルつけるの、本当に苦手です。改稿時(すでに無期延期)には、その辺ももうちょい考えよかな……第一章のノリで……ああ思い出したくない。
 次回は、第四章の終盤に入っていきます。サラちゃんのピンチもうちょい続きます。すみませんっ。でもピンチの後にはチャンスあり……。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ