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砂漠に降る花 作者:AQ
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第四章(16)赤い瞳との決別

 キール将軍の動揺を受けて、一人の魔術師がサラたちの居る小部屋を訪れた。
 どうやら一部結界が崩れたらしい。
 取り澄ました顔で「心配ない」と告げると、報告に来た魔術師はすぐに去った。

 五人の魔術師も今の下っ端魔術師も、皆キール将軍に対して同じような態度を取ることに、サラは気付いた。
 不自然なほどの無表情と、完全な従属。
 何か感情を露にしようとする瞬間、スイッチを切られるように押し黙るのだ。
 サラは、思いついたことを遠慮なく口にした。

「あなたは、彼らを操っているのね? あなたがというより、その『赤い瞳』が……?」

 サラの疑問に、キール将軍は何も答えなかった。
 それは肯定したも同然。
 キール将軍とこのネルギ軍に関して、バラバラに散らばったピースが、少しずつ形を作っていく。

 キール将軍は、傀儡のトップなのだ。
 サラが『異界のサラ姫』として、傀儡にさせられているのと同じ。
 彼はただ黙って、任務を遂行するだけ。

 実質この軍を操っているのは、彼に寄生したあの赤い瞳だろう。
 そして、魔術師たちを操るのはもちろん、闇の魔術だ。
 贄となるのは『敵意』……もしくは『怯え』かもしれない。
 心に暗い闇を持つ者ほど、闇の精霊に取り込まれやすくなるのだから。

 だからといって、キール将軍に罪がまったくないとは言えない。
 もう一つの黒い瞳が、自らの罪を全て見ているのだから。

「人に操られることを憎みながら、あなた自身もまた人を操っている……」
「うるさいっ!」

 サラの言葉は、キール将軍の心に深く突き刺さった。
 ポーカーフェイスを崩し、うつむき拳を震わせるキール将軍に近寄ったサラは、苦しみを取り除くようにその拳を両手で包み込んだ。
 その歪められた顔をのぞき込み、諭すようにささやく。

「私が、助けてあげる」

 治ったばかりの左手で、キール将軍の降ろされた前髪をそっと横に退けると、現れたのは燃えるような緋色。
 二つの相反する感情が、サラに向かってぶつけられた。
 黒い瞳からは救いを求める声が、赤い瞳からは敵意の咆哮が。

 サラはクスッと笑いながら、踵を上げて背伸びし、赤い瞳にフッと息を吹きかけた。
 たったそれだけで、赤い悪魔は黙った。
 所詮この瞳は、何者かに押し付けられた居候なのだ。
 今ならまだ、本物の瞳を取り戻せる。

「言って。あなたが、本当に望むものを!」

 キール将軍は、漆黒の瞳だけを使ってサラを見た。
 自分の義妹の面影を探すように、視線をやわらげて。

「私は……私が望むのは、ただ家族と穏やかに暮らしたい……それだけだ」

 サラは「良く出来ました」と、まるで小さな子どもにするように、キール将軍の頭を撫でた。

  * * *

 貴重な水をある程度の量コップに注いで用意してもらったサラは、おへその真上に隠した茶色の小瓶を取り出した。
 一番下に着たシャツの裾に巻きつけ、パンツの中に突っ込んだので、多少揺れても安心。
 パンツのゴムは緩んでしまったが……また今度エシレに会ったらもらえるような気がする。

「これは、特別な砂なの。飲めば闇の魔術は消えるから」

 サラの説明に、キール将軍は興味深そうにその小瓶を見つめた。
 慎重に蓋を開け、キール将軍の手にするコップへと近づける。
 正直、クロルが入れた量はうろ覚えだったが、まあ多いにこしたことはないだろう。
 なにせこの人は、もう十年以上もこの悪魔にとりつかれて来たのだから。

「――あっ!」

 小瓶を適当に傾けると、ザラッと予定以上の粉が入ってしまった。
 底に沈殿するくらい銀の粉がたっぷり入り、キラキラ輝くその水を見て、サラは取り繕うように不自然な笑みを浮かべる。
 右手にコップを持ち、左手で赤い目のあたりをおさえたキール将軍は、露骨に嫌そうな顔をした。

「今の“あっ”というのは何だ?」
「何でもない。いいから早くこれ飲んで。時間が無いんだから」

 小瓶に蓋をし、またお腹にもぞもぞと隠すサラを見下ろしながら、キール将軍は「さっきとは別人だな」とサラに聞こえないくらいの声で呟くと、覚悟を決めてその水を口に含んだ。
 一口、二口と飲むにつれて、その表情は変わっていった。
 最初に浮かべたのは、苦悶。

「つうっ……!」
「キール将軍!」

 キール将軍の左手にはめた指輪の宝石が、音を立てて粉々に砕けた。
 次いで、サラにも見えるくらい濃い瘴気が、おさえつけた手の隙間から黒煙となって立ち昇る。
 同時に、前髪をつたって滴り落ちる……赤黒い液体。

「――大丈夫っ?」

 癒しの魔術など使えないサラは、ただ声をかけることしかできない。
 キール将軍は、右目を薄く開くと「平気だ」と言い、手にした水を全て飲み干した。
 よほどの苦痛に耐えているのか、額からは脂汗がにじみ出ている。
 暗い闇色から、薄墨色へと変わっていく瘴気の靄が消えると同時に、赤い血の涙も止まった。

 汗ばみ血に濡れた左手をゆっくりと外し、べたつき束になった前髪をかきあげる。
 ぴくぴくと瞼が動き、少しずつ開かれたその瞳は……。

「あ……元に、戻ってる」

 猫のようなキール将軍のつり目は、両方とも同じ漆黒に変わっていた。
 頬の皮膚に浮き出た紋様のような血管も引いている。
 赤い涙の跡はおどろおどろしいが、顔を洗ってキレイになれば人目を引くような美青年となるに違いない。
 サラは安堵のため息を漏らすと、キール将軍の肩を人差し指でツンツンつついた。

「これで、堂々とキースに会えるね」

 キール将軍は、コップの中に新たな水を呼び、そこを水鏡にして自らの容姿を確認している。

「これで、堂々とキースに会えるね」

 ローブのポケットをまさぐるとハンカチを取り出し、その水で少し湿らせた血に汚れた顔と髪をぬぐう。

「これで、堂々と」
「――うるさいっ!」

 拭われた肌の色が明らかに赤く染まっていたので、サラは声を上げて笑った。

  * * *

「それで、あなたはこれから何をしようと? 異界のサラ姫」

 素に戻ったキール将軍に問いかけられ、サラはこんなことをしている場合ではないと、慌てて気持ちを引き締めた。

「今から、贄として掴まっている女の子を助けに行く! 案内してっ」

 力強くうなずいたキール将軍は、コップとハンカチをその場に投げ捨てると「着いて来い」と部屋を飛び出した。
 長いリーチに必死でついていきながら、サラは心の中で情報を整理する。

 キール将軍は、ずっと赤い瞳に縛られていた。
 その理由は、家族にある。
 この場所で使命を果たさなければ、故郷の家族に危害を加えるのだと暗に脅されていたから。
 トリウム軍に勝利すれば故郷へ帰れると信じて、戦い続けてきた。

 しかしネルギには、銀の髪のような便利なアイテムは無かったのだろう。
 赤い瞳に操られつつも、キール将軍の魂が闇に蝕まれることはなかった。
 だからこそ、この状況で正気を保っていられたのだ。
 危害を加えないと約束されたはずの家族……最愛の義妹が、贄としてこの地に送られてきたときも。

「贄の少女たちは、どのくらい生き残っているの?」

 キール将軍が手のひらに浮かべた、ごくわずかな灯りを頼りに走るサラは、息を切らせながら尋ねた。
 赤い瞳と決別し、指輪の宝石も砕けてしまったキール将軍の力は、格段に弱まった。
 結界の維持へと魔力のほとんどをつぎ込んでいるため、今できることは限られてしまう。

「五十人程度だろう。日々衰弱死する者が後を絶たず……正確な人数は分からない」
「そう、分かった」

 銀の砂が足りそうだと分かり、サラはひとまず安心した。
 キースと同じくらいの濃度でいいなら、さっきの半分の量でほんの一口分。
 五十人に無理やり飲ませるのも……うん、問題ないっ。

「他に、誰か闇の魔術にかかっている人は?」
「居ない……はずだ。密偵はもしかしたらと思うが、今ここには居ない」
「了解!」

 早く、早く終わらせなければ……。
 赤い瞳の悪魔が後方から迫ってくるような、嫌な予感を振り払うように、サラは走った。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 ちとスランプ気味です。夜型になっちったーと思ったら、近所で工事が始まり……眠い。おかげで推敲がダメダメ状態。誤字等あったらスミマセン。前回の後書きで書いたとおり、赤い瞳さんにはソッコー消えていただきました。バイナラ。キール将軍の小心っぽさもちょっと出してみました。所詮田舎の農家の息子なので、夢は小さく堅実に。ビビリなので赤い瞳の悪魔さんに頼って、この軍をまとめてきました。攻撃しろと命令下すときは、赤い目がピカッと光りました。(もう出てくることはなさそうなので補足) 黒目に戻った彼は、田舎帰りたくてしょーがありません。そしてできればキースちゃんを嫁に……年齢差的には、国王様とサラちゃんより全然少ないのでアリです。そんなキール将軍には、この先もうひとがんばりしてもらいます。
 次回は、サラちゃんのちゅーカウント急上昇です。この物話はその手の話ではありませんが……さすがに多すぎか? その後、若干シリアスモードに戻ります。
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