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砂漠に降る花 作者:AQ
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第四章 プロローグ2 〜再会がもたらすもの(4)〜

 牢獄は、予想以上に明るく綺麗だった。
 過去、王城の中に流行り病が蔓延した際に作られた隔離病棟だったものを、キレイに改装したらしい。

 十二畳ほどのワンルームタイプの個室が連なり、中にはトイレとバスルームもついている。
 通路に面する壁は無く、代わりに鉄格子が嵌められていること以外は、一般的な客間に近いつくりだ。
 生活に必要な水は、上のフロアの貯水タンクから流し込まれる仕組みになっていると、エールが解説してくれた。

 明かりは魔術で灯されたものではなく、本物の火が使われている。
 小さな通風孔から入る風が、ロウソクの炎を揺らす。

「この中では、魔術は使えないんだ。俺と国王を除いて」

 結界を張るにあたって、条件に一切の魔力を失わせることを付与したという。
 サラにとっては、魔術を無効化するなどごく簡単なことだが、普通の魔術師にとっては非常に難しく、緻密な組み立てが必要になるという。
 結界内で発せられた魔術があれば、即同等の魔術を自動的に発生させ、互いをぶつけ合うことで消去する、というしくみらしい。

「ただし、光と闇は別格だ。他の魔術ではおさえられない。月巫女には、国王が真名をもって魔力の行使を禁じた」

 エールの説明に、サラは黙ってうなずいた。
 月巫女は、国王の命令を守るだろう。
 鎖に繋がれた月巫女が解き放たれるとしたら、それは国王の身に何かが起こったとき……。
 思考を巡らせるサラの耳に、クロルのヒソヒソ声が届いた。

「さっ、あの奥だよ」

 連なった無人の個室を複数通過した突き当たりに、二つの部屋が残された。
 サラとコーティは顔を見合わせると、その手前の部屋をのぞき込んだ。
 中に居たのは、侍従長だった。

 カーペットの敷かれた室内で、ソファもベッドもあるというのに、なぜか床に転がり眠っている。
 腕には、ソファに転がっているクッションの一つを抱えて。
 動物園の動物を観察するようで、サラの胸は苦い想いで満たされる。

「侍従長……あんなに痩せていらっしゃったんですね……」

 侍従長の服装は、市民たちが着る普段着と同じ、生成りの綿シャツに長ズボン。
 寝転んでずれあがった袖から、小枝のような腕が伸びている。
 しかし、眠っている本人の表情は穏やかだ。
 ずっと額に浮いていた横ジワも、眉間の縦ジワも消えている。
 サラとコーティは、静かに眠る侍従長を起こさないように、黙って見守っていた。

「では私は、ここで……」

 ささやいたコーティは、静かに王子たちの方へ去っていった。
 振り向くと、王子たちは遠く扉の手前まで下がっている。

 月巫女に会うときは、自分一人で。
 それは、最初にサラが提示した条件だった。
 ゴクリと唾を飲み、深呼吸を三回してから、サラは最奥の部屋へ向かった。

  * * *

 ずっと、気になって仕方が無い存在だった。
 こんな事件が起こっても、それは変わらない。
 なのにいざ対面するとなると、心の中に冷たい北風が吹きつけるようで、サラは足がすくんでしまう。

 パーティ会場で、アレクが「さっ、お前の宿題片付けてこうぜ」と背中を押してくれなかったら、本当にここまで来られたかもわからない。
 静まり返る牢獄に、自嘲が漏れそうになって、サラは慌てて手のひらで口を覆った。
 アレクや、扉の向こうで待つ人たち、今頃熾烈なバトルを繰り広げているカリムたちのことを思うと、サラの凍りついた足は自然と前へ進み始めた。

 各部屋を仕切る壁は分厚く、大人が両腕を広げたほどの幅がある。
 壁を通過し、最後の部屋の前にたどり着くと……そこには静寂があった。

 月巫女は、鉄格子に背を向けて机に向かっていた。
 本を読んでいるようだ。
 サラが来たことには気付いているはずなのに、微動だにしない。

 美しい銀髪は、サラよりも少し長い程度のショートボブに切り落とされている。
 丸坊主にさせられることは免れたものの、あの美しかった長い髪は処分されてしまったという。
 魔力も相当削られてしまったことだろう。

 今後も、彼女の髪が伸びるたびに、国王が切りにくる。
 食事も着替えも、なにもかもを国王に頼る生活が始まっている。

『月巫女……あなたの望みは、叶ったの?』

 サラの言葉は、声にならなかった。
 それなのに。

『いいえ。まだ叶っておりません』
「――っ!」
『あなたは、私に聞きたいことがあるのでしょう……?』

 サラの心に、直接響くウィスパーボイス。
 封じられたはずの闇の魔術なのか、それとも何か他の手段なのか。
 冷静にからくりを考える隙を与えず、月巫女はサラに話しかけてきた。

『私が精霊王にお会いしたのは、あの夜が初めてです。私は、あなたの知りたい答えを持っていません』
『月巫女……本当は、私の心を読めるの?』
『いいえ、読めません。ですが、あなたの思考くらいなら察することができます』

 暗に“単純”と言われたようで、サラはがっくりとうなだれる。
 背中を向けたままの月巫女が、少し笑った気がした。

『精霊王は、私が森へ行く前に、すでに森を出ていらっしゃったのです。自らの意思で……と、私は前任の者より伝えられております』

 精霊の森とは、不思議な場所だ。
 一度森に受け入れられ、その後自らの意思で森を出た者は、二度と帰れない。
 彼らを統べる王ですら、立ち去った者として跳ね返すのだ。
 精霊王が探しているのは、森へ帰る方法なのかもしれない、とサラは思った。

「ありがとう」

 サラは、呟いた。
 声に出たのか、心で告げたのかは分からない。
 たったこれだけのことで、サラの心の棘は消え去り、気持ちは未来へと切り替わった。

 サラが立ち去る足音を聞きながら、月巫女は微笑むと……手にしていた絵本を開いた。

  * * *

 パーティ会場へ戻ったときには、既に勝負の決着はついていた。

「くそっ……卑怯な手使いやがって!」
「負け犬の遠吠えか? 見苦しいぞ」

 苛立ちをぶつけるように、酒……ではなくオレンジジュースをジョッキで飲み干し、ガリガリと氷を噛み砕くリグル。
 騎士たちが飲まないと言っている限り、自分も飲めないという律儀な性格から、酒という逃げ場は無い。
 その会話のタイミングで、ちょうど会場に戻ったサラが、瞳を輝かせながら声をかけた。

「カリム! 勝ったのね、おめでとっ!」
「サラ!」
「――サラ姫っ!」

 カリムが密かに楽しみにしていた勝利の抱擁……それを邪魔したのは、大きな秋田犬。
 自分の図体のデカさも気にせず、ふたまわりも小柄なサラに、ガバッと抱きついた。
 鼻面をサラの肩にぐりぐりと押し付けるリグルは、どう見てもカリムより年上には見えない。
 というか、クロルより年下のチビッコのようだ。

 泣きつくリグルの王子シャツやズボンには、あちこちに泥汚れがついている。
 きっと、足技かなにかで地面に転ばされたに違いない。
 ツンツンと剣山のように立った短い黒髪を、イイコイイコするサラ。
 その横で、エールとクロル、そしてアレクが「やっぱりね」と苦笑した。

「リグル王子……騎士は、負けた相手にどうするの?」

 サラの低い声が、リグルの脳みそを直撃する。
 その一言で、リグルはサラの肩から顔を上げると、すっくと立ち上がった。
 踵をきっちり揃え、回れ右の動作をして、カリムに向き合う。

「カリム殿。今日の俺は、負けを認めよう。いつか、貴殿に再挑戦する権利を与えて欲しい」

 自分よりでかい図体で、サラに泣きついたかと思いきや、急に騎士然として頭を下げるリグル。
 カリムは目をしばたたかせると、戸惑いを隠せずに「ああ、分かった」と言った。
 リグルは歓喜の雄叫びをあげながら、今度はカリムに飛びついた。

「犬だな……」
「懐きすぎだよ、リグル兄……」

 兄弟の台詞に紛れて、ルリが「私もっ……いや、無理です……」と呟いたのを、傍に居たデリスは聞こえないふり。
 アレクは「やっぱ面白えな、この国は」と豪快に笑った。
 仇敵アレクをチラリと見つめたコーティは「まあ、笑顔はなかなか……いやっ、そんなことはありません」と、頭をぶんぶん振っていた。

  * * *

 パーティの間にも、国政は進んでいた。
 国王に呼ばれたサラは、一人の意外な人物を紹介された。
 それは、サラに騎士道を教えてくれた、あの緑の瞳の騎士。

「よっ、黒騎士ボーズ!」

 大会当時より、もうワントーン日焼けした笑顔は、まるでサーファーそのもの。
 すっかり伸びた無精ひげが、爽やかなオヤジスマイルに良く似合う。
 当然、騎士服にはあまり似合っておらず……熟年歌手のステージ衣装のようだ。

「緑の……えっと」
「グリード。名前くらい覚えてくれよな、ボーズ」

 グリーンでグリード、うん覚えやすい。
 サラが一人納得しているところに、国王が声をかけてきた。
 国王の後ろには、魔術師長、文官長、騎士団長が整列している。

「サラ姫、彼をこの旅の供に加えてやってくれないか? 戦地のことにも詳しいし、こき使ってくれてかまわない」

 国王の言葉に、サラは苦笑しつつも、強くうなずいた。
 一人で行くと告げた手前、誰かを供にとは言えないサラにとっては、グリードは強い味方だ。

「えー、俺がちょうど戦地へ戻るタイミングと重なって、一緒に行けるなんて、ラッキーだったな?」
「はいっ、よろしくお願いします!」

 サラは、堪えきれずに思わず笑い声を上げた。
 あまりにも演技がかったその台詞は、きっと国王に一字一句指示されたに違いない。
 国王は、サラの笑顔を見ながら、眩しげに目を細める。
 グリードは、サラの肩を叩きながら告げた。

「一応、移動用の馬車も用意してもらった。戦地までは三日ほどで着くだろう……あ、馬の扱いは慣れてるから、安心してくつろいでいてくれ。明朝、太陽が地平線から顔を出す頃に、領主館まで迎えに行ってやる」

 馬車には、必要な食料や衣料品、補給物資も少し乗せられるという。
 これもまた、国王なりの配慮だ。
 サラのためではなく、戦地にいる騎士たちのためにと。
 再度丁寧にお礼を言ったサラに、国王は……言葉を選びながら、慎重に告げた。

「もう少し落ち着いたら、魔術師たちも戦地へ向かうことになる。サラ姫は、それまでトリウム軍内で待機していてくれても構わない」

 サラは、鳶色の瞳を見上げた。
 この瞳を初めて目にしたのは、黒騎士として戦い抜いた直後。
 あのとき、国王が笑ってくれたから、サラは旅の終わりを実感した。
 そして今は……出発の合図。

 国王を見上げた後、右手を左肩に添えながら、騎士として優雅な礼を一つ。

「その前に、決着をつけてみせます。吉報をお待ちください」

 魔術師が、騎士たちと手を取り合ってネルギを攻める日はそう遠くない。
 この豊かな国が、砂漠の国を完膚なきまでに叩き潰す前に、私はやり遂げてみせる。

 これからぶつかる相手は、ネルギ軍。
 その向こうには、無邪気に闇を撒き散らす少女がいる。

 サラは、澄み切ったブルーの瞳で、これから向かう戦地を思い描いた。
 吹く風は乾ききり、舞い上がる砂が視界を霞ませる荒野。
 肌を焦がす太陽は陰り……月が全ての光を覆い尽くすだろう。
 そのとき自分は力尽き、地に伏しながらあのひとを待つのだ。

 枯れ果てた荒野が、自分の旅の終着点となるのかもしれない。
 それでも――。


「オレは、負けない……運命を、変えてみせる!」


 凛々しくも美しい一人の少年騎士を前に、国王は静かに、その頭を垂れた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 プロローグ、予想以上に長くなりました。本当に申し訳ないです。このお詫びは、本編をなるべく短くすることでなんとか……なるといいなー。八月中に完結させたかったんですが、もう無理かも。ううっ。オレは負けない……運命変えてみせるっ! 完結させたるっ! と強がりはスルーしつつ、今回のポイントおさらい。緑の騎士サン、ようやく名前つきました。またテキトーに……でも覚えやすいのが一番だよね? しかし深緑なジュート君のことは、ビリジアン君にしなくて良かったです。月巫女さんは絵本読んでました。クロル君が元の位置に戻した……アレですね。このネタは最終章へ持ち越し。
 次回から、旅のスタートです。今回の道連れは、もう二人ほど。誰を連れてくかは……もうバレてるかな? とにかく移動はスピーディに行きますよっ。
+注意+
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