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砂漠に降る花 作者:AQ
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第三章 閑話 〜名探偵クロルの事件簿(9)〜

 突然の発光は、凄まじい勢いで、その場にいた全てを白一色の世界へ飲み込んだ。

 発光した瞬間、運良く目を閉じていたサラ。
 完全に視界を奪われずにすんだため、ごくわずかに目を開け、自分の前に伸びていた影すらも消えるほどの光に息を呑んだ。
 幼い頃、母親にくっついて撮影スタジオへ行ったときに見た、撮影物の影を消すための強力なライトを思い出しかけて、軽く首を横に振る。

 いや、そんなものじゃない。
 この光は……。

 サラは、一つの映像を思い浮かべていた。
 真昼の空に輝く、光のリング。
 そのとき閉じ込められた光は、闇の影でこんな風に暴れ狂っているのかもしれないと。

  * * *

 サラの、ギリギリまで細められた瞳が、淡いブルーや緑を捉え始めた。
 視界の中に、少しずつ色が加わっていく。

 光が弱まるタイミングを計りながら、サラはそっと目を開いた。
 真っ先に飛び込んで来たのは、倒れた侍従長を抱きかかえる国王。
 目が利かないのか、鳶色の瞳はしっかりと閉じながらも、片手は侍従長の頭を支え、片手で痩せた体をさすり続けている。
 国王の周囲に群がる医師たちは、手や腕で顔を覆いながら、ぼんやりと立ち尽くしている。

 その奥に見えたのは、薬を飲まされた被害者たち。
 光源の方を向いていただけに、ダメージは大きかったようで、皆幽鬼のように佇んでいる。
 長い黒髪を持つエールと魔術師長が寄り添いながら、必死で目をこすっているのが見える。

 視線をくるりと反転させ、すぐ隣へ。
 ルリを守るように抱きかかえるリグルと、リグルとルリの二人を抱くデリスが見えた。
 三人の表情に、驚きはあれど痛みは無い。
 その他の人たちも、特に倒れたり怪我をしている者はいないようだった。
 皆少し時間が経てば、視力は戻るだろう。

 もしこの光が何者かの攻撃魔術だったら……と考えていたサラが、ひとまず息をついたとき。
 背後から、軽く肩を叩かれた。

「……サラ姫、見てごらん?」

 誰もが目を伏せる中、一人悠々自適と動いている少年がいた。
 全てを飲み込むような純白の光の中で、薄茶色の髪は金色に染まり、その肌は白磁のように艶めいている。
 それは、物見の塔でサラが見つめた……天使。

 白い厚手の上着はいつのまにか脱ぎ捨てられ、薄いシルク地の長袖シャツの腕が、サラの後方へと伸びている。
 少年らしくひょろりと長い華奢な腕の先、伸ばされた指先の向こうを見ようと、サラは眉の上に手のひらをかざしながらゆっくりと振り返った。

 そこには、サラの想像を絶する、奇妙な光景が広がっていた。

「花がっ……」

 酔うほどに強い花の香りは、完全に消えていた。
 香りだけでなく、存在そのものが。

  * * *

 花畑の代わりに現れたのは、水気が無く荒れ果てた砂地だった。
 きめ細かい砂漠の砂とは違い、粒度の大きい小石を敷き詰めたような、小さな庭。
 ところどころに、白や黄色の小さな花の群れが残り、そこが“同じ場所”だと告げていた。

 砂地は、静かだった。
 緑溢れるオアシスの中にぽつりと落ちた、白いペンキの染みのよう。
 砂の中には、風雨に晒された白い木の枝が転がり、ときおり吹く風にカサリと音を立てる。

 ……ここは、嫌な場所だ。

 思わず視線を逸らしかけたサラの瞳が、一点で固まる。
 白い砂の中に紛れ込む、別の色を見つけたから。
 それは、くすんだブロンド。

「――コーティ!」

 サラの叫び声に、真っ先に反応したのは魔術師長だった。
 ほとんど目が利かないにも関わらず、エールの体を離し、サラとクロルの脇をすり抜けるようにして、砂地の中へ飛び込んでいく。
 下半身を砂に沈めかけていたコーティは、魔術師長の生み出す強い魔術で一気に引き上げられた。

 抱きかかえられても、力なくぶらりと垂れた腕。
 黒いローブは薄い鼠色へ変わり、美しかった髪は砂にまみれ、肌はかさつき、瞳は固く閉ざされ……血の気のうせた青紫の唇からは、生命力を感じとれない。
 サラは、口元を手で覆った。
 胃の奥から、酸っぱい唾液が上がってくる。

「エール王子! 治癒の魔術を、早くっ!」

 その叫び声は、人々の目を覚ました。
 砂地から芝生へと運び出されたコーティに、魔術師長とエール、そして治癒魔術が使えるほぼ全ての魔術師たちによる治癒が始まった。
 魔術師たちのローブに隠されながらも、誰かが叫んだ「生きてる」の声がサラの耳に漏れ聞こえた。

 詠唱の声がレクイエムのように響く中、必死で声を上げるもう一つの集団があった。
 国王の指揮の下、侍従長に群がる医師たちだ。
 国王が魔術で水を呼び、大量に飲ませては吐き出させるの繰り返し。

 喧騒の中で、役割を見失ったサラ、クロル、リグル、ルリ……その他取り残された者たちは、ぼんやりと砂の中を見つめていた。

 サラは、地面から突き出た木の枝の先が五つに分かれ、そのうちの一つにくすんだ指輪が引っかかっているの見つけた。
 木の枝に見えるものは、人間の成れの果てだ。
 ついさっきまで、赤い花に見えていたもの、全てが。
 花の好きな自分が、美しいと思いながらも、なぜ近づいたり手折ろうとしなかったのか……サラはその理由を悟った。

 何人もの屈強な騎士が、座り込んで嘔吐する。
 文官や侍女の中には、意識を失いかけ倒れる者もいた。

 その中で気丈に振舞ったのは、一人の老女。
 震えるルリの肩を抱きしめていたデリスは、「お気を確かに」とささやくと、ルリの傍から離れ、ゆっくりと砂地へ近寄っていく。
 黒いスカートが汚れるのも気にせず、砂地の縁にぺたりと座り込むと、サラが見ていたあの枝から指輪を抜き取った。
 手のひらで指輪をこすり、砂を落として、そっと光にかざす。


「そうなの……みんな、こんなに近くに居たのね……見つけてあげられなくて、ごめんね……」


 ようやく再会できた可愛い娘たちへ、祈りの代わりに涙を捧げるデリス。
 ふらりと立ち上がっては、屈みこんで何かを拾うその姿は、まるで有名な絵画のよう。
 色鮮やかな楽園が、サラの目にはもうセピア色にしか見えなかった。

  * * *

 コーティの周りも、そして侍従長の周りも……既に、喧騒は止んでいた。
 皆が見つめるのは、砂地の中を歩く一人の老女。
 海岸でキレイな貝殻を拾い集める少女のように、嬉しそうに笑う。
 それなのに、デリスの小さな瞳からは大粒の涙が止まらない。

 人々は、現実を受け入れ始めた。
 誰かの名前を叫びながら、砂地の中へ飛び込んでいく騎士。
 泣き崩れ、地面を叩く魔術師。
 大きく首を横に振りながら、慟哭する侍女。

 阿鼻叫喚……その中で、斜に構えたような少年の声が聞こえた。

「これで、僕の役目はオシマイ」

 クロルの呟きは、すぐ傍にいたサラにしか聞こえないくらい微かな声だった。
 サラが見つめる中、クロルは手のひらに握り締めたものを、空へと解き放った。
 それは、細かく千切れた数本の黒髪。
 侍従長の仕掛けた闇の魔術は、彼の命をもって破れた。

「本当はずっと、分かってたんだ。こうなることが」

 それは、贖罪の言葉。
 誰かに聞かせるのではなく、自分へと聞かせるために漏らしたもの。

 クロルの耳には、あの日の侍従長の声が蘇っていた。

『なんと可愛らしい! 国王様に瓜二つな王子……私が命に代えてでも、お守り申し上げますぞ!』

 それは、クロルが生まれた日の記憶。
 まだふくよかで、皺も無く、若かった侍従長が上げた歓喜の声。

 「何卒、お母様を恨まれませぬように」と何度もささやいた、少ししわがれた優しい声。
 「国王様には、本当の家族が必要……私では、無理なのです」と呟き、小さなクロルの頬に落ちた滴。
 もみじのような手のひらを伸ばしたクロルに、「小さな王子に慰められるとは、お恥ずかしい」と苦笑する、しわくちゃな顔。

 赤ん坊だったクロルの、育ての母はデリス。
 そして、父は……侍従長だった。

「僕は、逃げてたんだよね。だからこれは僕の罪……」

 横で耳を傾けていたサラには、その言葉の深い意味は分からなかった。
 ただ、クロルの頬が濡れていることに驚いて……いつもクロルがしてくるように、手のひらをそっと握った。
 触れた手がやけに熱い。
 そういえば、いつも冷たいクロルの手が、今日はずっと熱かった。

 一瞬ピクリと眉を動かしたものの、クロルは無表情のまま砂地を見ている。
 ペタンコの靴だと、クロルの顔はサラの少し上にある。
 普段と少し角度が違うせいか、その横顔はやけに大人びて見えた。

 子どものように泣きじゃくれない代わりに、静かに流れ続ける涙が、柔らかな頬に透明な光の筋を作る。
 サラは、クロルの涙がもっと流れればいいと思った。
 枯れ果てるまで、流れてしまえばいい。
 そうしたら……この国は、生まれ変わるんだ。

 透明な滴がポタポタと落ちる靴先には、力強く咲き誇る雑草の花。
 サラのすぐ隣には、しっかりと手を繋ぎあい、クロルと同じように涙を流すリグルとルリがいる。
 土に座り込み、侍従長の頭を抱きしめたままの国王も、泣いていた。
 涙を流していない者は、誰一人居なかった。

 サラが、新たな決意を胸に、再び視線を砂地へと戻そうとしたとき……ふと気付いた違和感。
 この中にたった一人だけ、涼やかな顔をした人物がいる。


 ――月巫女。


『私はあの女を、絶対に許さない』


 あの日、デリスが叫んだ言葉が、サラの心の中に木霊していた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。










 ようやくシリアスモード終了です。あー、しんどかった……バトルよりラブより、一番しんどいかも。悩みまくりで迷走しつつ、こんな感じで落ち着きました。この閑話のテーマは、謎解きというよりはクロル君の贖罪でした。大人の汚いとこ(壊れてくとこ)を見ても『関係無いねっ』と柴田キョウヘイ氏のように(←危ない刑事ネタ)ひねて無視してたことが、最後は雪だるま式に大きくなって……これは自分の人生でも良くあることです。見ない振りはイカンです。あと、クロル君を泣かせたかったんですよね。これが彼の人生初涙です。考えたイメージは『流れよ我が涙、と警官は言った』という好きな小説のタイトルです。常に自分を客観視する彼にピッタリだなと。侍従長、スマン。彼と赤ちゃんクロル君の楽しい話も、番外編候補棚にポイッと。
 次回は、この話のエピローグ風に。ようやく明るい雰囲気になります。補足しなきゃいけないこといっぱいあるし、二話分くらいを目安に。
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