表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/198

第一章 プロローグ1 〜5人の男、天使と出会う〜

辛い……


苦しい……


助けて……


絶望を抱え、それでも女は走り続ける。

左手は、しっかりと彼女の下腹部にあてられたまま。


追いかけてくる暗闇から解き放たれたとき、彼女は光と色のちりばめられた、鮮やかな世界にいた。


  *  *  *


T市駅前。土曜午後3時。

ロータリーには、数台のワゴン車が止まっている。

そのワゴン車を中心に、噴水もある広いロータリーを埋め尽くさんばかりの人人人。

今から、T市長選挙の立候補者による演説が始まるのだ。


立候補者は3名いた。

1人は大学教授。1人は弁護士。

2人とも50才を過ぎているためか、話がムダに長く、観衆の盛り上がりはいまひとつだった。


しかし、2人目の演説が終わる頃から、徐々に熱が高まってきた。

最後の候補者が現れるのを、今か今かと待ち望んでいる。


3人目の候補者は、若干27才の安住。

元役者の彼は、長年T市議会議員を勤めてきた父が先月亡くなったことをきっかけに、駆け込みで立候補を決めた。


学生の頃から舞台で活躍し、20代半ばからはその演技力が認められ、テレビドラマにも出始めた。

最近では準主役クラスの役をもらえている。

正統派の二枚目というよりは、若干三枚目の役が似合う、笑顔の爽やかな好青年。


そんな彼の転身を見届けようと押しかけたファンと、マスコミ陣。

マスコミ報道により、興味を持った市民。

人ごみに釣られて立ち止まった、大勢のヤジウマたち。


特に大きな問題もなく、産業もそこそこ発展しているT市の選挙は、安住の立候補により史上最高の盛り上がりを見せていた。


  *  *  *


そんな様子を、斜め上から見下ろす1人の男がいた。

駅前ロータリー脇に立つ商業ビルの7階、窓際に立って見ているのは、医師の馬場だ。


「馬場先生、何さぼってるんですか〜」


看護士に声をかけられても、馬場は振り返りもせず、さらりと言い返す。


「この人ごみじゃ、パニックになってけが人が出るかもしれないから、見守ってるんですよ〜」

「はぁ……」

「この中にお医者さんはいませんか!はい私は医者です!って、一度はやってみたいな〜と」


看護士は、馬場の中途半端なボケはスルーして、さっさと仕事に戻ってしまった。

ひとりごとを言わされてしまったことにも頓着せず、馬場は飽きずに窓際に立ち続ける。


駅前ロータリーにこれだけの人数が押し寄せたのは初めてで、まさに黒山の人だかりだ。

窓ガラスごしでも、市民の熱が伝わってくる。

馬場はそんな珍しい光景に、目を奪われていた。


幸い、この病院には優秀な医師が集まっており、院長の息子でもある馬場には、勤務中に息抜きできる程度の余裕があった。

これから始まる安住の演説を、特等席から拝んでやろう……

馬場もある意味、ヤジウマの1人である。


  *  *  *


熱狂的な人ごみから少し距離を置くように、ワゴン車とは正反対の位置、駅側ガードレールにもたれかかる1人の男がいた。

安住の元マネージャーで、安住の所属していた大手芸能プロダクションの跡継ぎでもある千葉。

これから始まる演説を、誰よりも苦々しく思っているのが彼だ。


千葉は、安住の学生時代からの友人で、安住の役者生活を10年支えてきた。

ふと、初めて安住と出合った頃を思い出す。

大学のクラスで、自己紹介をしていた安住を見て目を奪われた千葉は、しつこく演劇サークルへ誘ったのだ。


『お前は声がいい。目に力がある。度胸もある。役者に向いてる』


でも顔はイマイチだが、と言うたびに、一言余計だろと、安住に殴られた。

それが2人の漫才として定着し、サークルには笑いが絶えなかった。


大学時代は、お互い舞台の上で役者として切磋琢磨したが、千葉は早々に役者としての才能を自ら見限った。

一方安住は、就職という選択肢を捨てて役者一本の道に進んだ。

千葉は、裏方として安住を励まし、悩みを共有し、仕事には誰よりも真摯に取り組んだ。

おかげで、少しずつ芽が出てきて、これからだったというのに。


『俺は政治家になる。もう役者には戻らない』


あの台詞を聞いたときの衝撃は、一生忘れられないだろう。


「くそっ」


恨むなら、安住の親父だ。

オレは安住を一生応援していこう。

そう決めて、忙しいスケジュールをやりくりし、この演説を見届けに来たのだ。


ワゴン車の前に詰め掛けてはしゃぐ女性たちを横目で見ながら、安住の最初のファンはオレだぜと、千葉はちょっと誇らしげに胸を張った。


  *  *  *


「もう少し前に行けないか?」

と、真後ろにいるカメラマンに声をかけたのは、雑誌記者の大澤。

大澤はこの春、新聞社から雑誌社へ転職した。

転職してから、最初に担当する大きなニュースが、このT市長選挙だ。


T市は大澤の地元であり、体が弱ってきた両親のことを考えて、30才を前に転勤が無いという条件で転職先を探した。

雑誌の仕事は過酷だが、企画から編集までトータル、自分の力で動かせることはやりがいがある。

締め切りさえ過ぎれば、少しは時間的な余裕もできる。


実は新聞記者の頃から、安住とは面識があった。

安住の父へ取材を行ったときに、偶然居合わせた安住と意気投合し、たまに飲みに行くという友人関係なのだ。

おかげで、この選挙については、数々の裏話を聞けた。


安住の人生やキャラクターを深く掘り下げて伝えれば、他社の記事と一味違う、読み応えのある特集に仕上がることだろう。

選挙が終わったら、また安住を誘って飲みにでも行くか。

いや、安住市長は忙しくなるだろうから、ずいぶん先になるかな。


大澤は、安住の当選をまったく疑っていなかった。


  *  *  *


鋭い眼光で、誰よりも冷静に観衆を見ているのが、警官の遠藤。

駅の改札脇にあるT駅前交番には、市内の警官が数名、応援にかけつけている。

遠藤は広範囲に視線を向けつつも、駅を利用する人のために道をあけるように「ここで立ち止まらないで」と野次馬たちに声をかけ続けている。


遠藤の仕事は、いつもなら道の案内、落し物の対応、酔っ払っいの介抱。

この選挙は、T駅前に赴任してからややゆるんでいた気持ちが引き締まるような、緊張感のあるイベントだ。


人気のある人物は、同時に恨みを買う可能性も高い。

安住のそばには彼が個人的に雇ったであろう警備員もいるが、この人ごみでは何が起こってもおかしくない。

もしくは、この群集がパニックにならないよう、監視せねばなるまい。

これから安住が現れれば、間違いなくワゴン車前に人が押しかける。


これが単に役者のパフォーマンスなら、強制的に解散させて終わりだというのに、選挙となるとそうはいかない。

まったく厄介なイベントだ。


遠藤がふっとため息をついたとき、ザワッと群集がどよめいた。

これから安住が登場する、その直前のマイクテストが始まったのだ。

一斉に、ワゴン車への注目が集まる。


車内から安住が現れ、ネクタイの位置を整えながら、やや緊張した面持ちで壇上に上がった。

テレビでは見られない貴重なスーツ姿に、女性ファンの黄色い声が飛ぶ。

安住はマイクの前に立ち、深々と一礼した。

ゆっくりと顔を上げて、にっこり微笑む。

発言前のその一呼吸で、観客ならぬ観衆の心をあっという間に掴んでしまった。


安住は、この日、この瞬間を待ち望んでいた。

学生時代、千葉の誘いに乗って俳優になったのも、本音をいえば、選挙演説での度胸をつけるため。

その後、一時は役者という仕事の魅力に取り付かれたが、父が死んで自分の夢の原点を思い出した。


俺は、この人たちと、この街を、支える人間になりたい。

安住は、眩しそうに目を細めながら、集まった観衆を端から端まで見渡した。


その視線が、ある一点で止まる。

安住の穏やかな笑顔がこわばり、切れ長で一重の目が、驚愕に見開かれる。

彼の表情に気付いた群集も、一瞬息を詰める。


「危ないっ!」


マイクを通じて、安住の声が晴れた空高く轟いた。


  *  *  *


その直前、駅前商業ビル7階の窓を開け、身を乗り出して安住の登場を待っていた医師の馬場は、1人の不審人物を見つけていた。

汚れた作業着姿で紙袋を抱えた、1人の男。

なんてことはない、土建屋のオッサンにもみえるが……


違和感は、男の荷物にあった。

紙袋は、ふつう片手にさげるので、抱えるものではない。

両手で抱えなければならないような、何か壊れやすい物を持っているのか?

それとも……


その男が、気配を殺しながらロータリーに近づくことに、馬場以外に気が付いたものは誰もいなかった。

男は群集の最後尾につけると同時に、紙袋から何かを取り出して掴み、大きく振りかぶった。

暗く憎悪に満ちたほほえみを浮かべて。


「危ないっ!」


「ダメっ!」


マイクの声に、もう1つ女の声が重なる。

男の振り上げた右腕にしがみつく、1人の少女。

男は全身をこわばらせ、奇声をあげながら腕にしがみつく少女を振り払った。

少女は弾き飛ばされて倒れ、頭をアスファルトに強く打って動かなくなった。


たまたま近くにいた元マネージャー千葉が、男に掴みかかるが、暴れる男に振り切られた。

そこに警官遠藤がかけつけ、男をがっちりと取り押さえる。

記者大澤もかけつけ、その一部始終をカメラマンとともに見守る。

医師馬場は「急患が出たぞ!」と看護士に声をかけ、病院を飛び出す。


男はそのまま現行犯逮捕された。

この日の演説は中止となり、半ばパニックに陥りかけていた観衆は、警察の指示で解散させられた。

少女はすぐに駅前病院に担ぎ込まれたが、その後数日間意識を失ったままだった。



その少女が、世間を騒がせる時の人となるのは、もう少し後のこと。

読んでいただいてありがとうございます。かなりの長編になりますが、ストーリーは起伏たっぷりサクサク進みますので、どうぞお付き合いよろしくお願いします。

このプロローグは、母主人公番外編状態の1〜2話……。

登場人物紹介な回でした。くどくて話進まなくてスミマセン。次回はちょこっと天使モテ系な進展あります。

この先本編に入っていくと……非常にライトですが、戦争とか死とかに触れています。あと甘い恋愛につきもののキッスあり、大人キャラに(美少女キャラにも?)ちょい下なオヤジギャグ言わせたりしているので、隅々まで爽やかな魔法ファンタジーをお好みの方はご注意を。何か危険な描写がある回は、前書きで警告させていただきますので。


※↓にブログ版リンクがあります。こちらは主に「作者の後書きが読みたくない」って方向けです。(後書きが反転処理してあります)

小説を読もう版では、反転等できませんので、お手数ですが素早いスクロールで避けてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ