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   (その三)根競べです
「なんだって?」
「先生が好きです」
 顔色一つ変えずに天下は言った。いっそ清々しいまでの潔さだった。あまりの堂々っぷりに涼は眩暈を覚えた。
「君は二日間何を考えていたんだ」
「先生のこと」
「それはどうも。ついでに自分が生徒であることも、歳の差も、教師と生徒の恋愛がマズいことも考えたわけだ。で、それがどう化学反応を起こしたら結論が一昨日とまるっきり同じものになるんだ?」
「一昨日とは違う。教師と生徒の恋愛がどれだけ大変なのかを考えた。払うリスクがどれだけデカいのかも考えた。考えて考えて、それでも先生が好きだなあ、って結論に達した」
 だから諦めてください、と天下は諭すように涼の肩に手を置いた。危うく頷きかけて涼は首を横に振った。おかしい。絶対におかしい。何でこちらが改めなければならないのだ。
「馬鹿か君は」
「学年首席ですから、それはないと思います」
「天才と馬鹿は紙一重とも言うけどな」
 肩に置かれた手をどかす。時計を見れば職員会議の始まる時間だ。
「教室に戻りなさい。そして頭を冷やせ」
「俺は冷静です。二日も経っていますから」
 余計悪い。涼は深くため息をついた。
「君はもう少し賢い生徒だと思っていた」
 天下は不機嫌そうに鼻を鳴らした。拗ねているようにも見えるその様子に、似非優等生の面影はどこにもない。
「いくら良い成績取っても、いくら親切にして良い奴ぶっても、ご多忙な先生は俺なんか気にも留めませんからね」
 その点を突かれては涼としても心苦しい。事実だ。同じ音楽科ならばともかく、普通科の、それも週に二回教えるだけの生徒を全て把握することはできなかった。音楽科主任が言うまで自分が受け持っていた生徒であることにすら気付かなかったのだ。
 顔は覚えていた。普通科の生徒であるということも。が、それだけだった。普通科切っての優等生であることまでは知りもしなかった。それくらい、渡辺涼にとって鬼島天下という生徒は遠い存在だったのだ。
「……ようやく近づけたと思ったら、全然進展しねえし」
 進むわけないだろ。一生このままだ、と力の限りに思ったが、涼はあえて口にはしなかった。刺激してはいけないような気がした。
「リョウ先生」
 天の助けか、そこで佐久間が現れた。わざわざ迎えに来てくれたらしい。この時ばかりは涼は佐久間に感謝した。たまにはいいことをする。
「鬼島? なんでここに」
「いや、なに。授業のことでちょっと相談がありまして」
 涼はそそくさと鑑賞室の鍵を締めて天下から離れた。
「そういうわけで鬼島君、君もそろそろ教室に戻った方がいい」
「先生」
 背中に不快感丸出しの声がかかる。案の定、笑顔を装う天下の頬はひきつっていた。
「二限目の授業、よろしくお願いします」
 直訳すれば『後で覚えてろよてめえ』だ。怖くて目を合わせられない。涼はなんだか泣きたくなった。どうして自分の周りにはまともな人間が一人もいないのだろう。神様、私は何かしましたっけ? と問いかけたくなる。
 しかし、いくら問いかけても誰も答えてはくれなかった。


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