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レイモンドール綺譚
作:青蛙



混乱の都サイトス


 ラドビアスに助け起こされたクロードが目を丸くして呟く。
「飲んじゃったよ……」
「大丈夫ですかね」
 ラドビアスが心配そうにサウンティトゥーダを見る。
「お腹こわさなきゃいいんですけど。サイトスにはあれに乗っていかないと時間がかかり過ぎますからね」
 クロードとラドビアスの心配をよそに、サウンティトゥーダが満足そうに喉を鳴らした。
「クロード様」
 床に落ちていた剣をラドビアスに渡されて指輪に戻すと右手にはめて、クロードは目を痛めたアウントゥエンの所へ急ぐ。
「目を潰されたな、かわいそうに」
 傷の具合を確かめようと顔をのぞくと血まみれの眼窩がんかの中に黒い物がのぞいている。
 ――これは、なに?
「ラドビアス、これを見て」
 ラドビアスがクロードの指示す所をのぞく。
「あ、目が生えてきたのでは?」
 ――目が……生えるの? まるであ、歯が生えてきましたね、という調子のラドビアスは驚く素振りを見せない。
「よく解かりませんが、この獣は魔物ですからね、そんな事もあるかもしれません」
 ――そういうものなのか? かなりいい加減なラドビアスの説明にクロードはラドビアスを見返す。 結構ラドビアスは物事にこだわらない性格なんだ。 まあ、でなけりゃあ、破天荒なユリウスの僕を何百年も務めることは無理だったか。 そう言えば、モンドの廟長のルークもユリウス付きだったことがあると言っていたが。 あいつも良く似た性格だった。
 クロードは火傷をした自分の唇にそっと触れる。 ――ガリオールなら三日あたりで気鬱の胃炎になっていることは請け合いだ。 そう思ったところで二人ともこの世にはもういないのだと気づく。 唇の痛みなのか、身のうちの痛みなのか、ぴりりとした痛みにクロードは胸が詰まった。
 クロードがそんな事を考えているなどお構いなく、ラドビアスがクロードに声をかける。
「お疲れでしょうがこのままサイトスへ参りましょう」
「解かった」
「サウンティトゥーダ、済まないがまた乗せてもらうよ。しかしアウントゥエンがもう少し熱くないなら乗せてもらうんだけど」
 クロードの言葉にアウントゥエンが小さく炎を吐いて、こくこくと返事をするように頭を上下に振った。 朱赤の体が徐々に暗い赤色に変わる。
 ――と、いう事は。
「もしかして体温下げたの?」
 そっと恐々アウントゥエンに触れる。
「あ、これなら大丈夫だ」
 かえって気持ちいいくらいだとクロードはにまりと笑った。
「ラドビアス、俺アウントゥエンに乗るね」
「クロード様、お待ちを」
 ラドビアスの声より早くアウントゥエンに飛び乗ると首を軽く叩いて命ずる。
「行け! サイトスへ」
 ぶるぶると体を震わせてクロードを乗せたまま大きく伸びをしたアウントゥエンが窓から飛び出す。 それを負けじとラドビアスを乗せたサウンティトゥーダもその後を追った。

 サイトスの王宮はクロードが予想した通り大混乱に陥っていた。 下位の魔道師たちが王の執務室で転がっていたクライブ国王を(本当に文字通り床に転がっていたのだ)見つけたが一緒にいたはずの宰相のガリオールの姿はどこを捜しても見つからなかった。
 大臣職を兼任していた上位の魔道師もサイトスの王城に居たはずの全ての上位の魔道師たちの姿も消えた。 それどころか竜門が閉じて竜道が使えない。 そのため、モンド州のゴート山脈にある魔道教の本山にも連絡をつけることが出来なくなっている。 結界を張りに出かけている他の上位の魔道師の所在すら今は解からないのだ。
 混乱は国中にも広がっていた。 州宰など、やはりサイトスほどでは無いにしても州の重要な役職についていたのが上位の魔道師だったからだ。
 それだけでは無い。 大陸とレイモンドールを隔てていた海峡は、一寸前も見えなかった霧が晴れ渡っている。 海は、凪いでまるで内海のような穏やかさだ。 その先には遠くにうっすらと大陸の陸地が見えてすらいる。 この国の人間で今までこんな光景を見た者はいない。

 ――何て不吉な……。 海岸を見つめながら人々はささやきあう。



 その混乱の中、サイトスの王宮、王の寝室に続くバルコニーに大型の獣が二体、音も無く舞い降りた。
「クロード様、ラドビアス様」
 王に側づいていた魔道師が喜びの声を上げた。
 今、この時点で生存が確認されている上位の魔道師は三人だけだ。 クロード、ラドビアス、コーラルである。 そのうちのクロードはついこの間上位の魔道師になったばかりで皆の本心を言えばあてにはしていない。 そこに現れたラドビアスは魔道師庁に残された下位の魔道師たちにとって縋る唯一の大木だった。
「ラドビアス様、国王陛下のご様子が……」
「解かっている」
 ――『縛』されているのを解することも出来ない者たちばかり残ったのか。 コーラルは何をしている?
 ラドビアスはため息をつくと、王の寝台の天蓋てんがいから垂らされている布をかきわけた。 素早く印を組んでクライブにかけられていた術を解く。 途端にクライブがラドビアスにすがりつく。
「ガリオールが大変なことに……砂のようになって……」
 ラドビアスの後ろから手を出したクロードがクライブの肩を掴む。
「落ち着け、クライブ。魔道師のイーヴァルアイが死んでこの国にかけられていた術が解けたんだ。竜印を持っていた魔道師は呪が解けて、本来の寿命が尽きていた者はすべて消えた。勿論、ガリオールもだ」
「それは……」
 驚きのために声も続かないクライブは自分の肩に置かれたクロードの右手の中指にはめられた指輪に気付いて、びくりと肩を震わせてクロードを見た。
「君が『鍵』と契約したのか、クロード」
 クライブの視線が問いかけるようにクロードに突きつけられて思わず、目を逸らしそうになるがぐっと堪えてうなずく。


「クライブ様、クロード様、こちらへおいで下さい」
 その重苦しい空気を掃うようにいつの間に行ったのか、ラドビアスが円テーブルの所の椅子を引いて手招きしている。
「早速ですがモンド州のハーコート公様にサイトスへ登都されるよう書簡を送りたいのですが」
「ハーコート公?」
 椅子に座った二人を見ながらラドビアスが説明する。
「モンド州はご存知のように魔道師の州宰をはじめ、州府に魔道師を置いておりません。今、この国で一番落ち着いている州です。その上、クライブ様の叔父君であられ、身分的にも申し分ありません。数年の暫定措置ざんていとしてモンド州の州公の職を嫡子ちゃくしのダリウス様に任じられてハーコート様を宰相としてサイトスへお招きになることをお勧め致します」
 ――それはいい。 元から魔道師に頼って施政を行っていないので今の混乱とは無縁だし、ダリウスへの権の委譲いじょうも行われている。 しっかりした官吏もいる。 ハーコートなら手腕に関しても人物的にも確かに最適な人選だろう。 この不安定な時に謀反を心配する事もなくクライブを助けてこの国を立て直してくれるはずだ。
 感心しながらクロードはさらさらと仰々ぎょうぎょうしい言葉とか、堅苦しい文面を羊皮紙に書き付けているラドビアスを見ていると彼がペンを置いて顔をこちらに向けた。
「で、どちらがサインなさいます?」












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