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レイモンドール綺譚
作:青蛙



新王の契約


「ガリオール、父上のお姿が……」
 目の前で苦しそうな息をしている父親の顔から青年期の若さが消えていることに気付き、クライブがガリオールに助けを求めるようにすがる。
 ――この人は……父上なのか……? 赤味の強い茶色の髪に僅かに白髪が混ざり、目じりには昨日までは無かった皺がある……中年の男。
「クライブ殿下、御気を確かに聞いて下さいませ。陛下のお最後が近いのですよ」
 ガリオールの言葉に、クライブは目を見開いて父親を見つめた。
「ご葬儀の前に祭祀を執り行います。殿下、御気を強くお持ちになって急ぎ魔道師庁の方へおいで下さい。祭祀のお召し物をご用意します」
 茫然とするクライブを気遣いながらてきぱきと指示をとばし、クライブに魔道師を一人つけて支度のために部屋から出す。
「誰か、クロード様を魔道師庁の私の執務室にお呼びしなさい」
 何度も繰り返してきた行事。 しかし今回は上位の魔道師は呼び戻してあるルークとリチャードしかいない。 魔道師たちに命じて意識を失った王を寝台から細長い輿に乗せ変えて魔道師庁へ運ばせる。 自分は剣を箱ごと捧げ持って王の輿の後に続いた。 その列にクロードが走り寄る。
「ガリオール、何? 俺は何をすれば……」
 ガリオールは小さい溜息をついて輿を先に行かせるとクロードに向き直った。
「陛下の崩御がお近いのです。祭祀を執り行いますのでクロード様も魔道師庁の方へお越し下さい。衣装は直ぐにご用意させますからね」
 言ってきびすを返すと剣を捧げ直し魔道師庁へ歩き、その後をクロードも追う。 魔道師庁の最奥の双頭の竜の彫刻のある高い扉を開ける。 輿より先に入ると、高い位置にある祭檀に剣を置いて出て来る。
「ルーク、リチャード手伝ってくれ」
「はいはい」
 緊張感のないルークの返事に憮然とする。 この自分と同期の魔道師は自分と同等の能力を持っているにも係わらず浮ついていて、一緒にいるとこちらまで調子が狂う。が、主はルークを高くかっているようだ。 ガリオールも腹蔵なく話せるのは王の半身出身の上位魔道師では無い、同期のルークだけなのだが……。
 王を乗せた輿をルークとリチャードの二人で運び入れて、祭檀の前に設えた寝台に横たえる。 この中には王と王の半身、祭祀をしきる上位の魔道師。 そして新しく王となる者とその半身以外は入れない決まりだ。
 現王の家族である王妃、長女であるマーガレット姫も入る事は出来ない。 つまり王の死に目には立ち会えない。 勿論これもガリオールが作った決まりなのだが。 王の崩御に伴う『鍵』との契約を一部のもの以外に見せるつもりはガリオールには毛頭無かった。
 王とその半身がその生涯で二度訪れる場所、始まりと終わりの場所。 ガリオールは石畳の床に膝をついて王の寝台に付き添っている男を考え深気に見た。
 同じ竜印を持つ魔道師だが、半身の事は長く生きてきた自分にもよく解からない。 自分は元を正せば子沢山の農夫の子供だった。 おそらくこの国の黎明れいめい期に魔道師庁に入ったもの達は自分と似たりよったりだろう。
 貧乏人の子が口減らしのために廟に連れて行かれたのだ……。
 そこへ白い正装を纏ったクライブが緊張のためか青い顔をして入室し、その直ぐ後、うつむきかげんで王の半身と同じローブを纏ったクロードが入った。 二人は、ガリオールが示した場所に膝をついた。
「揃いましたか? 閉めちゃいますよ」
 相変わらず気の抜けるようなルークの声の後、ルークとリチャードがきっちりと内側から扉を閉める。 と、同時に一瞬目を開けていられない程の光が、祭檀の上の剣から四方に飛びクライブは手で顔を覆う。
「ご逝去されました」
 ガリオールが静かに言ってルークを見た。 それに気付いてルークが弔慰を表すレーン文字の呪文を唱え、リチャードが印を切る。 剣は『鍵』に戻り、ガリオールが押し頂いてクライブの前に立つ。
「これからクライブ殿下におかれましては王となる為、『鍵』と契約を交わして頂きます。
 『鍵』を膝まづいているクライブに手渡す。
「『鍵』を顔の前に掲げてお持ち下さいまし」
 大人しく『鍵』を掲げるクライブにうなずいてガリオールは続ける。
「わたしのあとにつづいて同じ言葉を仰って下さい」
「我、汝と契約する者なり。血の契約をする者なり」
 ガリオールが目で促す。
「我……汝と契約する……うっ!」
 クライブが胸を押さえてうずくまる。 驚いてガリオールが駆け寄る。
「どうしました? お加減が宜しくないのですか?」
「い、いや……大丈夫……だ」
 苦しそうな声。
 ――さっき、お会いした時は何とも無かったが……。 ガリオールも気にはなるが『鍵』との契約は後回しには出来ない。 再度クライブに声をかける。
「もう一度お願いできますか、殿下?」
「わ、解かった。……我汝と契約する……者なり……血の契約をする者なり」
「変じよ、と」
「……変じ……よ」
 最後は消えそうな声になって『鍵』は掲げられるどころか右手に握りこまれて胸に押さえ付けられていたが『鍵』に変化がおこる。
「熱っ!」
 火傷するかと思うほどの熱さにクライブは『鍵』を取り落とした。 『鍵』は形が曖昧になり……獣のような咆哮ほうこうが辺りの空気を震わす。 世に新しい王が即位したことを知らせる竜の声と言われている。 その後に『鍵』は竜が巻きついている美しい細工を施してある長剣に姿を変えた。 剣の刀身には古い呪文が彫りこまれている。
 そして……竜を象った美しい彫金の指輪になって床に転がった。 蒼白で細かく震えているクライブの手に床から拾い上げた指輪をガリオールがクライブの右手にはめる。
「クライブ国王陛下、ご即位おめでとうございます」
 クライブの体調が悪いため仰々しい言葉も無い。 儀式もそこそこに王となったクライブを祭祀所から退室させてガリオールは残された前王の半身に目を向けた。
「今からそなたはコーラルの名を与えられた。今日より上位の魔道師として魔道師庁のために力を尽くしてもらう」
 ガリオールの言葉にコーラルは深く頭を垂れた。
「コーラルの名を頂き魔道師庁の末席に加えて頂き真に有難うございます。魔道師庁のために生々世世力を尽くします」
 ガリオールはコーラルの言葉に満足してうなずくとクロードに視線を向けた。 物事を粛々しゅくしゅくと済ませたい性格のガリオールにとって、仕方の無い事とはいえいろいろ省略した今回の祭祀は不満が残る。 だが、一応すべてやるべきものの核は恙無く終わり、ガリオールはほっと胸を撫で下ろした。
「クロード様、今から国王クライブ陛下付きの魔道師としてサイトスの魔道師庁に属して頂きます。この度は準備期間が無くて魔道師としてのお勉強も中途でございましょうから続いてサイトスで学んで頂きます。……クロード様?」
 あまりの反応の無さに言葉を止めてガリオールがクロードに近づく。
「クロード様?」
 いつもならいちいちガリオールのいう事に反発したり、質問したり姦しいほどなのに大人しいというよりはまるで……。 うつむくクロードの顔を両手で自分のほうへ向けてじっくりと見る。 表情の無い顔、目の瞳孔が開いている、綺麗に切り揃えられた前髪が揺れた。
 ――術にかかっている?
『解!』印を組んで大声を出すと、がくりと仰け反ってクロードが倒れるのをガリオールが支え起こす。 ガリオールの腕の中でクロードはニ、三度頭を振って目を見開いた。
「ガリオール、祭祀は? 父上はどうなった?」
 ごくりと喉を鳴らしてガリオールが呻いた。
「クライブ様でございますか?」
「何を言っているのだ、ガリオール?」
 言ってから自分の着衣に気付く。
「何で私がローブを着ているのだ?」
「申し訳ございません、失礼いたします」
 王の遺体も唖然としているクライブもその場に残したままガリオールが急いで魔道師庁から出て行った。
「やられたな、何か企んでいると思ってたが……ルーク、ガリオールの顔を見たか?」
 いつものように軽口を叩くチャールズは深刻そうなルークの表情に驚く。
「クロード様は『鍵』をどう使うおつもりなのか、どう使ってしまうのかが問題だ」
 灰色の瞳が心配そうにガリオールの走り去った方を見据えた。












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