経典の在り処
「笑ってんの?」
「いや、頼りにしているよクロード、勿論」
ユリウスを追い越して顔を確かめるとユリウスは笑っていたが、それはいつもの人をばかにしたような笑みではない。 もっと暖かなものでクロードはびっくりしてその顔に見入ってしまった。
「私は独学で苦労したからな。このごたごたが終わったらちゃんとした剣術の先生をつけてやるよ。期待しているからな、クロード」
そう言ってまたほっこりと笑った。
――ユリウスが、こんな優しい笑い顔をする事があるなんて今まで気付かなかった。
「魔術は誰かに習っていたんでしょう?」
「十二歳まではね」
「その後は?」
「経典を自分で探して勉強した。だから私はラドビアスやインダラ達とは術が違うのだ。いろんな術を混じって覚えたからな」
――それでラドビアスと違うのか。 今迄ラドビアスの方が異端だと思ってきたが、レイモンドールの魔術の祖はユリウスなのだからガリオールやルークが同じなのは当たり前なのだ。 正当な魔術といっていいのか、それはラドビアスの術の方だったのか。
「私の術は禁術を用いることが多い。結界術もその一つだ。普通は結界を張る場所に何箇所か呪符を置いたり貼ったりして術をかけるが、私のははるかに呪力が強い」
「あー今日の呪符の事?」
尋ねるクロードにユリウスが頷く。
「そうだ、あれだけでも一応結界の呪文を唱えれば術は発動するが……」
言うか言うまいか、少し迷っていたが言葉を繋げる。
「血を使う。それも大量の」
「血」
おうむ返しに聞くクロードにユリウスはうなずく。
「私はビカラから秘伝の経典を盗んだからな」
ユリウスの口が半円を描くようににまりと上がる。 いつもの笑顔。
「禁術には大量の血が必要だ。だからわたしの結界術もまたしかり。大勢の贄が必要になる。おまえも連れて行くつもりだからそのうち解かる」
酷薄な顔で笑うユリウスを見て禁術について解かりたいんだか解かりたくないんだか自分でも判然としなかった。 ただ、その時に使われる贄ってどういう経緯で得られたものなのかが酷く気になるのだが。
「クロード、トーマスとか言う男、どうも引っかかる」
「うん、探ってみるよ」
話しながら歩いていたのでもう小宮の前に来ていたのだ。 ラドビアスが城の前で立っている。
「お帰りなさいませ」
「ただいまラドビアス」
挨拶を返すクロードの横をユリウスが知らん顔で通り過ぎて行く。
「どうしたのラドビアス、ユリウスと何かあった?」
いえ、何も、といういつもの返事を期待していたクロードは、はいというラドビアスの返事にびっくりして聞き返す。
「どういうこと?」
「先程私の気持ちを口走りまして、主の怒りを買いました」
「早く来い、クロード。やることが山のようにある!」
何を言ったのか大いに気になったが、前を行くユリウスの冷たい声に断念する。 一体どこで何を怒り出すやらクロードには今一解からない。 いい加減結構な歳なんだからまるくなることを覚えて欲しいと心の中で呟く。
しかしこれを口に出しては、ばかを見ることぐらいは経験値を上げたクロードだった。 帰ると早速書きかけの先程の羊皮紙に廟の名前と場所を書き込んでいるユリウスに長椅子に足を投げ出しているクロードが話しかける。
「きっとインダラは経典を廟に隠してると思ってるよね」
はっと顔を上げたユリウスに、クロードが得意げに続ける。
「でも良く考えれば経典のありかなんて簡単に解かるよね」
「クロード!」
いきなり大声で怒鳴られてその後の言葉をごくりとクロードは飲み込んだ。 ユリウスの形相にやっちゃったかと悟る。 あっという間に口を塞がれ、床に転がされてクロードは絶対体術も習ってやると決意する。
「それ以上一言でも言うと忘却術をかけておまえの頭の中を真っ白にしてやる」
ぐいっと掴まれた喉が苦しくてヒューヒュー言っているのに容赦なく力を入れられて気が遠くなる。
「お止めください、クロード様が死んでおしまいになりますよ」
ラドビアスがユリウスの体ごと抱えてクロードから離す。
「クロード様、しっかりして下さい」
頬を軽く叩かれてクロードはうっすらと目を開けた。
「気がつきましたか、起きられますか」
ラドビアスがクロードの背中に手をまわして抱き起こす。
「死ぬかと思った」
「おまえが聡いのは解かったが、なんでもかんでも口に出す癖を止めないと早死にするぞ」
殺そうとした本人が言うのだから間違いないか。
「喉に跡が残りますね」
クロードの首に心配そうに触れながらラドビアスが言う。
「それを見て自分のおしゃべり癖を反省する縁にすればいいんだ」
書き上げた羊皮紙をくるくると巻き上げて、ユリウスがラドビアスに巻物を突き出す。
「これをトラシュに渡してこい」
「はい」
ラドビアスが出て行った方をなんとなく二人は同じ目線で追った。
「口に出すなよ」
顔を見合わせた途端にユリウスがけん制するように言う。
「どこに耳があるのか解からない」
「うん」
「このままインダラを廟に向かわせて始末しようと思っているのだから」
「そんな事できるの?」
「やるんだよ」
いつものように唇の端を上げて笑い顔を作ったユリウスをちらとクロードが見る。
「自信満々の顔だと思ってたよ」
「何が」
「その、顔の事」
クロードが前を向いたまま膝を抱える。
「この顔って」
首を傾げて問うユリウスを無視して前を見ているクロードにじれてユリウスがきつく言う。
「クロード、気に障るまねをやめろよ。最後まで言え」
「んじゃあ、言うけど余裕のあるときにする顔だと思っていたけどさっきのは違うんじゃないかと思ってさ」
クロードはくるりとユリウスに顔を向ける。
「すごく切羽詰まった時もそうやって笑うんだと思ったのさ」
――酷薄な笑顔の皮一枚下はどんな顔をしているのか。 ベーオークから逃げて来た時、ユリウスは自分とそう歳の変わらない十七歳だった筈だ。 追っ手がいつ来るかと思いながらいかに自分を守ろうかと経典を自分の頭に叩き込んでいる彼は。 その頃からニヤリと笑っていたのだろうか。 余裕があるように見せていた顔の正体をちらりと見た気がした。
「おまえは可愛いが可愛くない」
ユリウスは謎賭けのような事を言いながらクロードの頭をぺしりと叩いた。
「言っている事解かんないよ」
「解からなくていい」
クロードの言い分もにべも無く切り捨てられた。
そこへ何の前触れも無く竜門が開く。
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