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アリスローザの裏の顔
 遠い過去を思い出し、ユリウスは歯噛みする。
「許さないぞ、ラドビアス。ベオークのことも私を女扱いするのも絶対に。私の僕でいたいのならさっきみたいに触れるな。いいな、次は殺すぞ」
 ユリウスの平手が飛んでラドビアスの口が切れて血が流れた。 何も言わず頭を下げるラドビアスに怒りが募るがどうしようも無く、ユリウスは、ただ苛々と急ぎ足で主城に向かう。 そこに主城の入り口でこちらに向かって歩いて来る魔道師を見て、ユリウスが立ち止まった。
「お、お迎えにあがろうと思っておりましたのに申し訳ありません。トラシュ様もご自分がお迎えにうかがうと言っておられたのですが、急なご用事ができまして」
 しどろもどろの魔道師にユリウスはにこりと笑って手を横に振る。
「いえいえ、お迎えが来る前に来てしまった私が悪いのですよ。気にしないで下さい。あなたが誰か聞いてよろしいですか」
「初めに名乗ることさえ忘れているとは、申し訳ありません」
 四十台前半に見える少し薄くなった頭を撫でながら魔道師がしきりに恐縮する。
「あ、あたしは州宰のラジムの留守を預かるダニアンと申します」
「では、ダニアン。ドミニク様のところへ案内を頼みます」
 通された貴賓室は美しい大理石で床を敷き詰め、上の階をぶち抜いた高い天井のせいで益々広く感じられる。 壁には一面、長大なタペストリーがいくつも掛けられている。高い位置にある窓にはステンドグラスがはめ込められていて、午後のきつい陽の光がステンドグラスを通して床に複雑な模様を投げていた。
「た、ただいまドミニク様は執務中でございまして、少しお待ちをお願いします」
 ダニアンと名乗る魔道師はどもりながら、やっとそう言うとあたふたと頭を垂れて下がっていった。
 ――馬鹿だなドミニク。 大人しくしていればこのまま裕福な州候として安穏と暮らしていられたのに。 インダラにいいように操られていることも解からぬとは。 しかし私を裏切るからにはその罪はその血で購ってもらうぞ。
 ユリウスは唇の端をついっと上げる。
 それからいくらも経たない間に、何人かの足音が部屋の前で止まる。
「ドミニク様がお見えです」
 さきほどの魔道師の声の後に恰幅のよい男が満面の笑みを浮かべて入って来た。
「ボルチモア州候のジークフリート・ステファン・ヴァン・ドミニクです。ユリウス殿、途中暴徒に襲われたとか。我が州内で大変な目にあわせてしまいお詫びの言葉もない」
 この男が腹の中にどんな暗い企みをいだいているのか知らなかったらうっかりと信用しそうな穏やかな善人に見えるが。
「ユリウス・ヴァン・ハーコートです。今回のお招き大変有難うございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
 ドミニクに負けないくらいの笑顔でユリウスが応じる。
「弟君はどちらに」
「申し訳ありません、何せ城を離れたことが無かったものですから、はしゃぎすぎて少し体調を崩しております。それで今日は部屋で休ませております」
「そうですか、何かご不自由なことがあれば遠慮なく言って下さい。自分の家のように思って欲しいのですよ」
「有難うございます」
 ユリウスはにこりと応じた。

 一方寝ているはずのクロードは城壁に沿って結界術のアンカーになる呪符を貼っていた。
 ――くっそーっ、まだこんなにあるよ、『貼って来い』で済むやつはいいよな。 愚痴りながらもユリウスから渡された地図を見ながら指定の場所に札を貼っていく。
 ばれないように隠蔽(いんぺい)魔法を使って周囲に紛れ込ませる。 一枚一枚そんな事をしていたので全部貼り終わる頃にはすっかり陽が西に傾きはじめていた。
 正門に続く跳ね橋が下ろされて、四頭立ての馬車が何台も入っていくのが見えた。 馬を四頭もつけて走らせる馬車を持てるとはかなりの豪商か貴族だけだろう。 トラシュはサロンと称してどんな秘密の会合をしているのか。
「クロード、あなたそこで何をしているの?」
 女の声にぎょっとして見ると、何人かの騎乗した州城へ戻ろうとしている者たちの中に男物を身につけたアリスローザを見つける。
「アリスローザ、君こそ何でその格好?」
 反対に尋ね返されてアリスローザは言葉に詰まる。
「あ、ちょっと散歩に」
「へえ、君って散歩に出る時、男装して帯刀するのか」
 目ざとく腰の剣を見つけられてうろうろと目を彷徨(さまよ)わせる。
「それは……物騒だから」
「だろうね、ブーツに血がついている。何かあったのかい?」
 小さく飛び散った血痕を指摘されてアリスローザは言葉に詰まる。
「こいつ、始末しましょう」
 男の一人が背負った蛮刀をすらりと抜いて馬の腹を蹴って走りこんでくる。 クロードは小さく後ろ手に印を組んで馬の脚に呪を飛ばした。 『縛!』クロードは言ってから大急ぎで逃げるまねをする。
「わー助けてアリスローザ、何とか言ってよ」
「止めて、トーマス」
 アリスローザが叫ぶと同時に脚を縛された馬が、体勢を崩してトーマスがどうっと宙に体を投げ出された。 その拍子に手から離された蛮刀がクロードに向かってくる。
 クロードは、大げさにわあわあ言いながら頭を大きく傾げて刀を避けて馬の脚にかけた呪を解く。
『解!』
「大丈夫、トーマス?」
 駆け寄るアリスローザに男は何でもないと手を振った。
「ああ、肩から落ちたが骨は大丈夫そうだ。変だな、俺の馬が急におかしくなるなんて」
 肩を押さえるトーマスに剣を逆手に持ってクロードが近づく。
「はいこれ」
 睨むトーマスに慌ててアリスローザがとりなす。
「トーマス、この人私が言っていたモンド州の第三公子よ。クロードって言うの、今お兄様が第二公子と会っているわ」
「そうかよ、おまえ命拾いしたな」
 トーマスは言いながら刀を鞘に収めた。
「まったく、馬が体勢を崩さなかったらあなた殺されていたわよ」
 アリスローザがため息交じりに言う。
「あなたとあなたのお兄様には武術方面はまったく頼れないわね」
「あはは、ごめん」
「これから州城内に帰るけどクロードはどうするの。来るなら馬に乗せてあげるけど」
 ひらりとアリスローザが馬に(またが)る。
「じゃあお願い、手を貸してもらえるかな」
 ここはへたれてみせる方が得策かとクロードは手を差し出した。
「手が掛かるわね」
 アリスローザは呆れた顔を見せたが、実はクロードの世話を焼くのは嫌ではない。 手を引いて引っ張り上げると彼は、以外にすんなりとアリスローザの後ろに跨った。
 クロードは馬に揺られながらアリスローザに話しかける。
「ねえ、彼らは何者で君たちは何をしているんだ?」
「知りたい?」
 ――そりゃあ洗いざらいそっくり聞きたいけど。
「少し、怖いけどさ」
「後でクロードの部屋に行って教えてあげるわ」
 アリスローザと分かれて部屋に帰ったクロードの部屋に、半刻もしないうちにアリスローザがドレスに着替えて一人でやって来た。
「デイビット、女官にお茶の用意をさせて」
 クロードが従者を部屋から出して自分の前の椅子をアリスローザに勧めて自分も座った。
「それで何を話してくれるの、アリスローザ」
「前にモンドのお城に行った時に言った事覚えてるかしら」
 アリスローザの言葉にクロードは少し考えるふりをする。
「ああ、魔道師の横暴うんぬんの話かな」
 アリスローザが思い切り真剣な顔でクロードを見つめるのでクロードの心臓が早鐘のようにどくどく速さを増す。 その音がアリスローザに聞こえるのではないかとそればかりに気をとられる。


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