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レイモンドール綺譚
作:青蛙



竜印刻印


 これに対して文句を言いたかったが、サイトスから来た客がなぜ自分に用があるのか大いに興味があったクロードは取りあえず静かにした。
 しかし、次期当主と本人はもとより、周りや父親でさえ思っているダリウスよりもどこで仕入れて来るのやら。
 ユリウスはこの州の内情はおろかサイトスの事まで良く知っているのだ。
「いつもこんな風に大人しくしていれば良いのに」
 ユリウスはクスリと笑った。
「サイトスから来た客は王宮付き魔道師の長のガリオールだ。宰相さいしょうも兼ねている魔道師がお供を一人しか連れずに人外の道を使ってここまで来たようだ」
「人外の道?」
「そう、魔道師と王しか通れない……竜道とも言われている道。それを使えばサイトスからも二ザンもかからずここへ来られるな」
 そんな道がサイトスからここへ繋がっていようとはクロードは思ってもみなかった。
 ――その道を使って魔道師が俺に何の用があるのだ?
 ますます混乱するクロードにずいっと再びユリウスの顔が近づいて慌てて顔を背けるクロードの耳に触れる程、唇を寄せた。
「おまえ、あの男、ハーコートを本当の父親と思っているかい?」
 あまりの事に顔を戻したクロードは結果、ユリウスとキスした状態になる。
「おや、これは何のキス? 起きぬけのキスじゃあ時間が経ち過ぎているが」
「だーっ! 大人しくしているんだからもうちょっと離れてよ、兄様」
「はいはい」
 笑いながら手を離した兄を押しのけてクロードは長椅子から立ち上がった。
「どういうこと? わたしは父様の子供ではないの?」
 確かに自分は父親似ではない。 髪はシルバーブロンドで瞳の色は黒に近い藍色だ。 鼻も細いし、唇も厚くない。
 しかし、それを言うなら線が細いのは自分が十四歳だからだろうし、目の前にいるユリウスだって男としては細すぎるくらいだ。
 ユリウスが母親に似ているように自分も母親に似たということ……じゃあないの?
「自分の母親の顔を知ってるのか」
 クロードの心を見透かしたようにユリウスが尋ねる。 クロードは頭を横に振った。
 彼の母親はクロードを生んですぐに亡くなったのだという、州城に仕えていた女官の一人だった女性。
 クロードは後継者としては二人の兄が健在であるうちは俎上そじょうにも上らない庶子だった。
 ――しかし、それも違うというのか。
「兄様は私の出生を知ってるんですか」
 クロードが思わず詰め寄る。
「ちょっと喋りすぎたなあ、だっておまえの反応面白すぎ」
 言ってクロードのおでこに口付ける。
「今のは、さよならのキスだ、クロード」
 ユリウスは、硬直したクロードを残しさっさと退室していった。
 ――ばかやろう! 俺はさよならのチューなんて歳じゃない! 馬鹿兄貴!
 もやもやとした気持ちを何とかしたくてクロードは、お気に入りの場所、海を見下ろす城壁の上に立っていたのだ。
 手の先さえ見えないほどの霧のその先はどんな世界なのか。

 島国であるレイモンドールの東は狭い海峡を挟んで大陸が広がっているという。 この国で大陸に繋がっている港は首都サイトスしかない。
 サイトス以外から大陸へ船を出す事も大陸から船がくることもない為、クロードは外国船を見たことが無かった。


 ダリウスに続いてクロードは州城の貴賓室きひんしつへ行くものとばかり思っていたが、ダリウスは普段あまり使われた事の無い部屋の前に立った。
 いつもいる取次ぎの下官もいなくて、ダリウスは一瞬躊躇とまどった後に自分の拳を扉に当てようとしたがその直前に。
「ダリウス殿か、クロード殿もどうぞ入られよ」
 中から声がかかり、ダリウスは深呼吸をして扉を開けた。
 中央に置かれた大きい円テーブルに父親のハーコートが座り、その斜め横に灰青色の全身を覆うローブを身に纏いフードを後ろに跳ね除けている若い男が座っている。
 部屋の奥にはガリオールが連れてきた魔道師がフードを深く下ろして控えていた。
「ダリウス・ザクト・ヴァン・ハーコートでございます。お初にお目にかかります」
「サイトスで魔道師長を勤めております、ガリオールといいます。あれはゴートの廟を取り仕切っているルークといいます」
 ガリオールの声に、ルークと呼ばれた魔道師が浅く頭を垂れた。
 にこにこと愛想よく挨拶を交わした茶色の髪をきっちり後ろに結んでいるガリオールはハーコートにも愛想の良い笑顔を向ける。
「お父上によく似ておられる。良い継君をお持ちですな、公」
 そして……ガリオールの髪と同じ茶色の瞳がクロードの前で止まる。
「クライブ様と同じ……ヴァイロン様に似ている」
 小さいつぶやきが洩れる。
「クロード・ヴァン・ハーコートでございます」
 軽く会釈をしてクロードはガリオールの茶色の目が一瞬猫のように細くなったのに驚いて隣の兄をみるがダリウスは気付いていないようなのだ。
「いくつにおなりですか」
「十四歳です」
「まだ、お若いですね」
 笑いかけたガリオールが次々と手を複雑に組んで意味の解からない言葉を発して。
それを補佐するように後ろに立つルークが古代レーン文字を宙に描いて大きく印を切る。
『刻印!』ガリオールの細長い筋張った指がクロードの左の胸をつく。 クロードは急に目の前が暗くなり、大きな声が頭に響いて呆然とする。
「印が完成するころ迎えに参ります」
 あまりの左胸の痛みと熱さに胸を押さえていたクロードはそのまま眩暈におそわれて崩れるように倒れた。
 人の話し声にようやくクロードが目を開けたのはそれから一刻以上経った頃。
 寝台から身をやっと起こすと女官が部屋を出て行く音がして、時を置かず父親が部屋に入って来た。












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