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宴章 御招待 
 地獄旅館。
 それは死神業者アジア支部の俗称である。アメリカ支部はホーンテッドシティ。アフリカ支部はエルドラド。ヨーロッパ支部はタルタロス。などと呼ばれている。
 現地の者達以外にはあまり縁のない俗称だ。

 ここは異界の中でも特別な場所であり、死神業者は特別な機関である。なぜなら異界で唯一、別世界――つまり人間の世界――と深く関わる機関だから。
 異界へ飛ばされた霊魂が元の世界へ転生という形で還るまで、それらを管理するという役割を担っている。
 その数や膨大。
 故にそれらを管理するにあたり相応の動力・エネルギーを要する。

 魔導高炉がそれである。
 異界でも、この危険を伴う力を各支部に備え付けてあるのはここくらいのものだ。
 いや、もう一つ。
 アースガルズという場所にもある。天国と称される場所であり、地獄と同じ役を担う機関。
 違いは、地獄よりも整備が充実しており管理統制が高度になされている点だろう。
 故にそこへ迎えられる霊魂は選抜されたものに限られる。

 つまり、この世界には五か所――五つの魔導高炉が存在するということだ。
 想像を絶する力を、操りきれるものなど居ない。

 例外が……存在する可能性は否めないが……。


 その可能性は、それぞれの意思に従い、またある者は意思にそぐわず、一つに集まろうとしていた。

 無数の紐はやがて束に――




 ◆ ◆ ◆




【壱之紐】



 魔列車の中、とある個室。
 そこに一人、人間の少女が乗っていた。
 ベッドの上に寝転がり、備え付けの枕を天井に放り投げては受け止めるという動作を繰り返していた。
 たまに窓から外を眺め、顔をしかめてロングの黒髪をいじったり。
 退屈を身体全体で表現している。


「窓の意味がなぁーい!」


 部屋に怒声がこだました。
 どうやら外の景色が彼女の気に召さなかったようだ。
 無理もない。魔列車の中から覗く外には風景がないのだから。
 高速で移動するために転送空間の中を走っているのである。故に外は真っ暗闇。延々と吸い込まれるような黒が続くばかりで走っているのかさえ把握しづらい。


「こ……この〈里原神楽〉を退屈させるなんて上等じゃないの……! 社長は誰だったかしら……。思い出せないわ。ねえ!」


 苛立ちの矛先は別に向けられた。
 入口のドアにもたれかかっている男の方にだ。
 そう。彼女の他にこの部屋にはもう一人居た。だが彼は眠っているようで、神楽の声にピクリとも反応しない。


「こんの……」


 神楽は抱えていた枕を大きな動作で振り上げ――


「起きろぉーーー!」


 凄まじい勢いでぶん投げた。
 無論男に向かってである。
 そして見事頭部に直撃。バフンという音がクリーンヒットを告げていた。

 男はゆっくりと顔を上げる。


「ぁあ?」

「寝てたでしょ!」

「寝てねえ」

「ただでさえ暇でイラつくのに、しょうもない嘘に付き合う時間で更に苛々するから何も言わないわ! ねえ! この魔列車を造った会社ってどこだっけ?」


 気だるそうに男は頭を掻き、あー、と天井を見ながら思い出す。


「魔導社だ。そう、魔導会社マジック・コーポレーション」

「で、社長は?」

「ラビット・ジョーカー」

「……ああ。アイツ?」


 神楽は不機嫌な表情にもうひとつ不機嫌さを乗算させた。
 男もさすがに背筋が寒くなったのか、もはやパッチリと目を覚まして少女の話に付き合う事にした。


「ま、まあ。暇なのはよくわかった。もうちょいで着くから、辛抱しろって」

「アンタに辛抱しろとか言われたらアタシも終わりね……」

「………っ」


 男の靴の爪先が、尋常ではない早さで床を叩いている。
 どうやら神楽の苛立ちが伝染したらしい。


「アンタ今日は妙に落ち着いてない?」

「……まぁ。仕事前はこんな感じだ」

「そう」


 ぱふ、と再びベッドに寝転ぶと、髪が放射状に広がった。
 実はこの少女、普段は滅多に苛立ったりしない。
 口には出さないが、これから起こる事に緊張しているのだ。


「あの依頼……結局誰からだったの?」

「わかんねえ。わかんねえけど……今回はちょっと危ない。振り込まれた額が尋常じゃなかったからな……」

「危なすぎよ……。ちゃんと私も守れるの?」

「フン。んなもん朝飯前だ。お前は称号保有者を嘗めてんのか」

「ああ。そういえばアンタ称号保有者だったわね」


 それ以降、二人は何も言わなかった。
 神楽はまるで何かを隠すためにあるような長い袖を振り、ごそごそとなんらかの準備を始める。
 男の方も部屋に設置されたクローゼットを開き、その中から巨大な箱を引き摺りだした。形は棺桶そのものである。その蓋を開き、彼もまた準備を始めた。

 苛立つ余裕もなくなった。そういうことなのだろう。

 魔列車は未だ転送空間の中を走り続ける。




 ◆ ◆ ◆




【弐之紐】



《再生開始》


〈ファンファンファンファンファンファンファンファン――〉

「……カメラはどれだけ生きてる!?」

「全部一応生きています!」

「なら何で映らないんだ!」

「奴等はそういうのに長けた連中なんですよ!」

「バ……馬鹿な……看守を第46層へ――」

「所長!!」

「なんだ!」

「さ、最下層へ向かわせていた看守達が……全滅しました……」

「な――んだとぉお!! きょ、恐怖司る看守をどうやって……」

「なにを言っているんですか! 奴等は収容前、異界政府の御庭番をしていたんです! 正真正銘、戦闘の……殺戮のプロですよ!」

「あ、甘く見過ぎていた……。奴等はいつでも出られたのか。ずっと息をひそめていたということなのか」

「監視カメラに反応有り!」

「どこだ!」

「司令室前……つまり……」

「ここ……か……!」

「外部との連絡は!?」

「絶望的でしょう。先日、どこかで大規模な襲撃事件があったようなので皆気がそちらへ……!」

「チィ――」


〈ズバン!!〉


「!?」
「き、来た!」
「隔壁を……両断……。は……はは」


『ひい、ふう、みい……。ざっと二十人かな?』


「貴様……何が目的だ……」


『ここが無能の集まる場所か。面子を見れば一目瞭然』


「こ、答えろ〈修羅〉ぁ!!」


『五月蠅いぞ下種』


「やめろ、部下たちは助けてやってく……」


〈スパ〉


『……あと十九』


〈ズバ。ズバ。ザク。ゾブ。ズバン……〉


『あと七。六。五……』


『四。三。二。一……』


『零』
〈ズバ〉


『……で、目的だったかな? 無論、宴が始まるからであろう? とまあ、君達は宴の存在も知らぬまま退場してしまったわけだが。とりあえず探し物をしている。君達が持って行ったものだ。そう、仮面だよ。あれがないと修羅の存在を惨劇にわかって頂けないのでな。返してもらえないだろうか? と……屍に問うたところで独り言に過ぎんか』



《再生終了。一年前。魔監獄ジュデッカプリズン司令室音声録音より》




 ◆ ◆ ◆



【参之紐】


 雲を見下ろし、青を見上げる場所。
 風の空間に生き物はいない。
 いつものように静かなこの大空はしかし、突如としてその静寂を破られた。
 ゆったりと流れていた雲は引き裂かれ、中から爆音とエンジン音が飛び出してくる。
 まるでパンドラの匣を思わせる。
 災いの先陣を切った音は次第に大きくなり、その音源が姿を現した。
 雲を粉々に砕き、突き破り、ずるりと巨大な鋼鉄の塊が飛び出した。

 空中要塞ダイダロス。

 この巨大な空飛ぶ機械は、傭兵集団パラダイス・ロストの移動する本拠地である。
 その甲板上に、ぽつりと人の影。
 頭に着ぐるみを被った女が一人。
 総司令ジャッカル・ジョーカーは甲板の上に立ち、腕を組んでいた。

 この高度と風圧の中、彼女が立っていられるのには理由がある。
 二本の脚は、鋼鉄の甲板に脛まで突き刺さっているからだ。
 つまり固定してあるのだ。

 総司令ジャッカルは小さく息を吐き、


「やれやれね。困ったことになりました」


 そう呟いた。
 正面を向いて固定されたジャッカルの背後。
 要塞ダイダロスのエンジン部分からは灰色の入道雲のような煙がもくもくと上がっていた。


「なんなのでしょうね……アナタ達は!」


 キィィン――という高音と共に、ダイダロスの下部から人型の大型機械が二機、飛び上がってきた。


「セメタリーキーパー。破壊業者の機動歩兵隊ですか!」


 二機の機動歩兵セメタリーキーパーは甲板上に着地すると、高速でジャッカルに突っ込んでくる。
 手首の内側から二門の銃口が飛び出し、二機分の、計八門の筒が脚を甲板に突き刺す女に向けられた。


『目標捕捉』
『接近行動を継続しつつ斉射』


 セメタリーキーパーは突き進みながらマシンガンをジャッカルへ乱射した。
 無数の鉄鋼弾は風を切り、ターゲットを射抜かんと直線軌道を描いてゆく。
 機動歩兵隊の隊員二人は斉射を絶やさなかった。


 キキギカガギキキィン――!

 生物に鉄鋼弾をぶつけてこんな音が出るなど、隊員二人にとっては初めての事だった。まるで金属同士がぶつかり合った音。
 撃った鉄鋼弾が目標を貫通せずに、勢いを失って転がるのを見るのも初めてだった。


『目標に着弾!』
『しかし目標未だ健在!』


 弾は全て弾かれていた。ジャッカルには傷一つ付いていない。
 彼女は称号保有者なのだ。


「打撃も銃撃も斬撃も。物理攻撃は私に効きません。この世の何よりも硬い存在。それが私、ジャッカル・ジョーカー。《最硬》の称号保有者です」


 弾丸を受け付けないジャッカルは、突っ込んでくる二機に向かって大きく口を開いた。
 彼女の能力は硬い身体だけではない。
 彼女もまた、音使いジョーカー一族の一人なのだ。
 司る音撃は――咆哮。


「ジャッカル・ハウリング!」


 大きな一発の音の塊は音速で放たれる。
 しかしながら放ったのは一発。ちょうど迫り来る二機の中間。
 機動歩兵を操るこの二人は、第一線で活躍する手腕の持ち主なのだ。避けられない攻撃ではなかった。


『チィ!』
『回避行動!』


 音撃は二機の装甲をかすりもせず回避された。
 しかしそれも束の間、既に突進行動を継続していた二機はジャッカルの正面へバランスを崩したまま出てしまったのだ。


『おおおおおおおおおおお』
『まずい……!』


 時既に遅し。
 ジャッカル・ジョーカーはもはやその機械達を――捕縛していた。
 彼女の両腕は機械と合体していた。二機の腹部装甲板を貫通し、内部のパイプを掴んでいる。
 おそらくは駆動系を破壊されたのだろう。機械は機械ではなくなり、ただ細かな部品が重なり合って構成されただけのガラクタ人形と化してしまったのだ。
 そんな鉄屑の中に閉じ込められた二人の破壊業者に、成す術はない。


『ぐご……』
『がああああ』

「残念。機動歩兵セメタリーキーパータイプの構造は以前拝見させて頂いた事がありまして。魔導動力を伝達させる心臓部も把握しているのですよ」


 ジャッカルは腕を引き抜く。
 ガラクタ二つは甲板に激突しながら風圧で転がり、ダイダロスから堕ちて行った。
 下部から爆発音が二つ。
 それを耳にしたジャッカルはひとまず息を吐いた。


「ふう……傭兵を狙うなんて趣味の悪い方も居たものです。というかあのウサギから例のモノ――零鋼を奪ってから災難続きですよ。いえ、私達はアレをあの二人が奪う為に制圧しただけであって触れもしませんでした。なのにこんなに狙われるだなんて」


 そうこう愚痴を言っている間に、また新たな一機が甲板上に現われた。


「砲撃で足止めしているから、貼り付かれた敵は私が排除するしかありませんよね」


 ダイダロスの砲火をかいくぐってジャッカルの前まで辿り着くのはかなりの腕の持ち主に変わりない。
 バシ、と手袋をはめた両拳を合わせてジャッカルは気合を入れた。
 目の前に現れた機体は、セメタリーキーパーとは違う種類だ。
 赤色のカラーリングを施された高機動型と思われる。

 それはイーグル・ジョーカーの駆るカデンツァだった。
 ジャッカルは若干の動揺を見せる。同じ一族の人間同士で対峙しているのだ。


「カデンツァ!? イーグルなの?」

『ジャッカル。これも仕事なの。落とさせてもらうわ』


 機体の中で赤のヘルメットに頭を包まれたイーグルは、冷たく言った。
 軽量化に加え、無数のスラスターユニットを取り付けた赤い鋼鉄。そのノズルがばらばらと動き、最後に全てが真後へ向いた。
 背部全体から放たれるバックファイアによってカデンツァは音の壁を加速初期段階で突き破る。
 赤の脚はジャッカルを薙ぎ払った。固定した足も勢いによって引き抜かれ、そのまま甲板上を転がる。
 風圧に流されぬよう、ジャッカルは拳を甲板に突き刺して止まった。


「やってくれます」


 そう呟く間もカデンツァはジャッカルの周囲を高速で移動し、背後をとろうとしている。
 ただ移動しているわけではない。
 気付けばダイダロス上部には光り輝く網が張られていた。


「レーザーネット。たしかにこれなら私を斬ることができますね」

『この地形はお前にとって不利。選択肢は与えない。私の任務はダイダロスの撃沈及び、ジャッカル・ジョーカーの抹殺』

「そう簡単にくたばるものですか」


 ジャッカルは拳を引き上げ、べりべりと甲板から鉄の板を引き剥がした。それを追い風に乗せてカデンツァへ放り投げる。
 攻撃というより悪あがきとしか思えない行動に、カデンツァはその場を動かず頭部の前で鉄板をキャッチした。


『なんのつも――』


 次の瞬間、頭部に大きな衝撃を食らった。
 中のイーグルも衝撃に巻き込まれ、正面スクリーンに頭をぶつける。


『ぐう! 目くらましとは……』

「白兵戦最強部隊を嘗めないでくださいね」


 鉄板をカデンツァのカメラアイに投げつけて目くらましにし、ハウリングを放ったのだ。
 ただ高度がかなりあり、距離も離れている為に音撃の威力は弱かったが。


「教え子に笑われますよ? 女教官がフェイスにダメージを受けるだなんて。ウフフフフ」

『この……!』


 胸部レンズが輝き出す。
 閃光砲というエネルギー兵器をチャージする輝きだった。


「韋駄天という少女の方が上手に機体を扱えるのではないですか?」

『あれはパイロットじゃなくて技術者だ。私と比較する者ではない!』


 ジャッカルも大きく口を開く。閃光砲を迎撃するつもりだろう。
 閃光砲と咆哮音撃。
 それらをぶつけあおうと両者が力を溜め、
 打ち出そうとしたまさにその時だった。


「――!?」
『――!?』


 イーグルとジャッカルの二人は魔法陣を見た。
 それはそれは巨大な魔法陣だ。
 ダイダロスの直径より一回りほど小さいが、十分に巨大と言える大きさの円が上空に突如として現れた。
 描かれた曲線や文字はエメラルドグリーンの輝きを放ち、カデンツァとジャッカル、そして甲板を照らしている。

(なに……なんなの)

 当惑するジャッカルに対し、イーグルの行動は実に素早かった。
 すぐさま閃光砲のエネルギーチャージをカット。スラスターノズルを前方に向け、急速後退を始める。


『時間切れか。お別れねジャッカル。一族の異端児』


 そしてイーグルの操るカデンツァはスラスターから溢れる光の残像で線を描きながら、雲の中へと消えて行った。

 残されたジャッカルはその軌跡を見届け、再び上に顔を向ける。
 謎の巨大な魔法陣はゆっくりと、次第に早く回転を始めている。

 イーグルの行動。お別れねジャッカルという科白。

 すぐさま彼女は着ぐるみに取り付けてあった通信機に呼びかけた。


「操舵室応答なさい!」

『こちら操舵室』

「ダイダロス急速旋回! とにかく今この場から離れるのです!」

『しかしそれでは砲塔が……』

「構いません! 敵も後退する筈です急いで!」

『了解しました!』


 魔法陣の回転はシュンシュンと音を上げる程に速くなっていた。
 何が起きるかは全く以て不明ながらも、ジャッカルには危険だという事が明白に予知できていた。
 ダイダロスは巨体の向きを変え始め、魔法陣から出ようとする。
 甲板に移り込んだエメラルドグリーンの光が捕捉されている証拠だった。

 そして――回転速度は頂点に達し、

 まばゆい閃光が魔法陣から溢れだす。


「くぅ……! 全員近くの柱にしがみつけ!」


 グン、と中心に空間が開き、キラリと光るものが見えた。
 ここでやっと、ジャッカルはこの魔法陣がなんなのかに気付いた。
 それは有名な話で、異界中の誰もが知っている事だった。


――其れは逃げること能はず。
――気付いた時は全てが遅し。


 ジャッカルを模した着ぐるみが魔法陣の中からやってくる黄金の光に照らされる。


「嘘でしょう……?」



 巨大な光の柱が空中要塞ダイダロスを貫いた。


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