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【完結絶対保証】ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作:完結】 作者:日比野庵

第一部:異世界転移編

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1-007.レデゥース・サ・ヒロ

サブタイトル変更しました。8/15 15:30

 ヒロは死をも覚悟したのだが、女はヒロを一顧だにせず、その脇をすり抜けた。

 ――ドシュ!

 (え?)

 ヒロが振り向くと、四つ足の獣が真っ二つになっていた。姿形は犬に似ているが、地球の犬なんかよりずっと大きい。体長は人程もあり、ハウンドドッグの如きよく発達した筋肉をしている。凶悪な口には鋭い牙が何本も生えていた。

 ヒロは狼というものを見たことがなかったが、黒い獣はそれよりずっと凶悪な()()に見えた。艶のある黒い体毛に覆われたそれは、ビクンビクンと二度ほど痙攣したあと動かなくなった。縦に二つに割れた黒い巨体から鮮血が流れ落ち、辺りの地面を茶褐色に染めると、そのまま地に吸い込まれていった。

 女は黒い獣が絶命したことを見届けると、片手で剣を一振りして血糊を払う。そして剣を折り返し、切っ先を鞘口に当てると、そのまま鞘をすりあげるようにして剣を納めた。一分の隙もない見事な所作だ。女の束ねられた髪が、どうだと言わんばかりに風に揺れた。

 「ライプェエアルバンドン?」

 女はヒロに振り向いて、異世界の言葉を発した。そして、くるりとターンして、つかつかとヒロに近づくと、片膝をついて、屈み込んだままのヒロの顔をのぞき込んだ。

 (美形だ……)

 ヒロは息を飲んだ。顔立ちはやや東洋系だが、金髪と雪のように白い肌がそれを中和し、なんともいえない雰囲気を醸し出している。知性的に輝く栗色の瞳に長い睫が震えている。真っ直ぐ通った鼻筋。小振りの唇にはうっすらと紅がひかれていた。

 女は、固まったままのヒロを一通り見て、怪我がないことを確認すると立ち上がり、手の平を上にして少し上下に振って、起きあがるよう促した。

 ヒロは素直に起きあがる。ようやく女が自分を助けてくれたのだとヒロは理解した。

 女はもう一度ヒロの姿を上から下まで見て、傷を負っていないことを確かめると、小さく頷き軽く微笑んだ。笑みは人類共通のサインなのだろうか。ヒロの緊張が少しだけ解けた。

 女は先程まで自分が座っていた建物を指さした後、ヒロの前に立って歩きだした。背筋がピンと伸び、一定の歩幅で機敏に歩を進める。

 女は十数歩、先をいってから振り返り、確認するかのようにヒロを見る。ヒロは女の姿を見たまま立ち竦んでいた。

 女はヒロがその場から動かないことを見咎めると、再び建物を指さした。あそこに行けということなのだろう。ヒロは慌てて、女の後に続いた。


◇◇◇


 二人が着いた建物は、粗末なものだった。四本の柱の上に木の板を乗せ、三方を囲っただけの、掘っ建て小屋でさえない。どちらかといえば、田舎のバス停留所と表現したほうが近い。

 軒下には膝の高さに輪切りにした丸太が、四つ程無造作においてあった。ヒロが女に促されて丸太の一つに腰掛けると、女はその隣の丸太に座った。

 ヒロは改めて女を見つめた。先程は綺麗な顔に見とれて気づかなかったが、綺麗なのは顔だけではなかった。歳の頃は十五、六。ゆったりとした白いローブ風の服を着ているが、淡い青の幅広の帯で腰を引き絞っていて、豊かな胸の膨らみが余計に強調されている。背丈はヒロより若干低いが、手足はモデルのように長かった。

 女は、何かを包んだ大判の布を背負い、絞った布の両端を右肩から、たすき掛けにして胸元で結んでいる。旅の途中か何かといった出で立ちだ。

「エイクナーレクラデゥス?」

 女がヒロに口を開く。異世界の言葉は分からないが、女の言葉の語尾が上がっていた。ヒロは無意識に問いかけられていると感じた。

「ありがとう」

 ヒロは思わず声を出していた。日本語が通じる訳がないと後で気づいたが、ほぼ反射的にそう答えていた。危ないところを助けて貰ったのだ。礼をいうのは当然のことだ。言葉が通じなくても、気持ちだけは伝えたかった。

 女は小首を傾げ、ヒロの瞳を覗き込んだ。やはり日本語は通じていないようだ。

「エイクナーレクラデゥス?」

 女は再びそういった。女が口にした()から、ヒロは同じ事を聞かれているところまでは理解できたが、何を聞かれているのかも、どう答えるべきかも分からなかった。ヒロは女の目を見つめたまま小さく首を振った。

 女は、言葉が通じないと分かったのか、少し困惑した顔を見せた。ややあって、女は自分の胸に手の平を押し当て、

「アー・ヤーフェ・ラ・セフィーリア」

 と、一言ずつ区切って、ゆっくりと言った。自分の名前を言っているのだろうか。言葉の通じない相手との初めて会ったとき、まず自分の名前を名乗ることは自然な行動だ。ヒロは、ここが異世界であることも忘れ、ボディランゲージならある程度分かるという気持ちになった。

 続けて女は、自分の胸に当てた右手を伸ばし、ヒロの方に向けた。手の平を上にして、親指を少し折り、指先を中指の付け根に軽く押し当てている。残りの四指の指先は揃えられているが、女性らしく柔らかに少し曲げられていた。だが、彼女の薬指と小指の付け根には、明らかにそれと分かる豆があった。毎日剣を振っていないとこうはならない。やはり彼女は剣士なのだな、とヒロは思った。

「オツ・ナール・ヤーフェ?」

 女がヒロを見つめていた。語尾が上がっている。やはり自分に名前を聞いているのではないか。ヒロはそう当たりをつけた。

「ヒロ、カカミ・ヒロ」

 ヒロは女がそうした様に、右手を自分の胸に押し当てて答えた。多分これで通じる。根拠はないが自信はあった。


◇◇◇


「ヒロ。ラ・ナール・ヤーフェ・ヒロ?」

 女はヒロと二度繰り返した。ヒロも二度大きく頷いた。

 女はヒロに差し出した手の平を、もう一度自分の胸に当てて、「セフィーリア」といい、そして、その手の平をまたヒロにむけて「ヒロ」といった。

 ヒロは大きく頷いた後、女と同じ事をした。自分の胸に手を当て「ヒロ」といい、女に手の平を向けて「セフィーリア」と言った。

 女はほんの少しばかり目を見開いてから大きく頷いた。ヒロ、ともう一度言って、満足気に微笑む。

 ――通じた。

 ヒロは心の中でガッツポーズをした。コミュ二ケーションの方法論の是非はともかく、通じたのだ。名を名乗り合うなんて、自己紹介としてはイロハのイにも及ばないだろうが、兎に角通じたのだ。頷けば肯定。首を横に振れば否定、というのも元の世界と同じだ。少なくともイエス、ノーでの意志疎通はなんとか出来そうだ。ヒロはほっとして一気に緊張から解放された。

 ――ぐぅ。

 気が緩んだからなのか、ヒロの腹の虫が少々盛大に鳴った。ヒロは自分の腹に視線を落とし、何もこんなときに、と思ったが後の祭りだ。ヒロはそっと、セフィーリアと名乗った女に目線を戻した。

「くすくすくす」

 セフィーリアは笑っていた。声を出さないように、一生懸命堪ようとしている様子がありありと窺えたが、それでも声が漏れてしまっている。箸が転げても可笑しい年頃とはいうが、セフィーリアも同じなのだろうか。ヒロは、異世界ではあっても人間はそんなに変わるものではないかもしれないと妙な安心をした。

「ヒロ、ナール・ヤーフェ・ラ・ヒロ」

 セフィーリアは胸元に結んでいた布の結び目を解き、背に背負っていた布の包みを手にして開けてみせた。手の平二つ分くらいの大きさで竹皮の様なもの出来た包みがあった。セフィーリアが()()を解くと、中に一口サイズの薄緑の塊があった。一ダース程のその()()は竹皮の中に二列に並んでいた。

「ヒロ、キビエ」

 セフィーリアは団子を一つ摘まんでヒロに見せた。どうやらこの団子はキビエというらしい。ヒロは鸚鵡返しに、キビエと返した。

 セフィーリアは、満足気にニコリとすると、手にしたキビエを自分の口に放りこんだ。しばらく咀嚼してから飲み込むと、もう一つ摘まんでヒロに差し出した。

(どう見ても、俺に食べろっていっているよな)

 セフィーリアの意図を察したヒロは、手を差し出した。セフィーリアがヒロの手の平にポンとキビエを乗せた。

 ヒロはキビエを手の平に乗せたまま、自分の口に近づける。手の平から伝わるキビエの感触は団子そのものだ。口にするのを一瞬躊躇ったが、一気に頬張る。かすかに草餅の匂いがした。

 ゆっくりと噛みしめる。やや繊維っぽいことを除けば、食感はやはり団子だ。だが元の世界の団子と違って味は殆どない。微かに塩味がするかしないか程度だ。お世辞にも美味しいとは言えないが、吐き出したりなんかして、セフィーリアの機嫌を損ねる訳にはいかない。ヒロは無理して飲み込んだ。

 ――げほっ。げほっ。

 咽る。ヒロは胸の辺りを自分の拳で叩いた。セフィーリアが心配そうな顔をして覗き込んだが、左手を上げて大丈夫だと返す。このボディランゲージで通じてくれたかどうかは定かではなかったが。

 やっと咽りが収まったヒロは、水を飲もうとナップサックを手にした。しかし、はっとして、その手を止める。中身の紅茶は兎も角として容器のペットボトルはこちらの世界の人にとって未知のものに違いない。何が誤解を生むか分からない。ヒロはまだ、迂闊な行動は控えるべきだとペットボトルの紅茶を飲むのは諦めた。だが、そんなヒロの配慮とは全く無関係にそれは起こった。


◇◇◇

 ――こっちよ。

 突然、誰かが後ろから呼んだような気がした。

 あれ、と後ろを振り返るが誰もいない。小屋の裏からか、と腰を浮かせたヒロを今度はセフィーリアが止めた。

「ヒロ、ナ・ケーフェ・アロ・ヒュペル・エーハウフ」

 セフィーリアはヒロの手を取って、首を横に振っている。何故だか分からないが動いては駄目らしい。ヒロは浮かした腰を下ろした。

「ナ・ケーフェ・アロ・ヒュペル・エーハウフ」

 セフィーリアの口振りは、何かを注意しているかのようだった。さっき真っ二つにして、哀れな(むくろ)を晒している()()を指さしている。多分、この辺りはああいうモンスターが出るから気をつけろ、とでも言っているのだろうと思いながら、ヒロは曖昧に頷いた。

 セフィーリアは本当に分かったのかとでも言いたげに眉根を寄せていたが、やがて納得したのか、諦めたのか、キビエの団子が入った包みをヒロに渡すと立ち上がり、風呂敷を背負い直して、両端を襷掛けにして結んだ。

 一瞬遅れて、セフィーリアが出発するつもりであることを悟ったヒロは、慌てて立ち上がった。はっとして、渡された包みをセフィーリアに返そうと差し出す。

 しかし、セフィーリアはヒロのその手をそっと押し戻して、軽く微笑んだ。次いで手の平をヒロに向けて大きく頷いた。

 (呉れるのか?)

 ヒロは包みを手にしたまま、もう一方の手で包みを指さした後、自分を指さした。セフィーリアは、そうとばかりもう一度頷いた。

 「ありがとう」

 ヒロは無意識に頭を下げた。この動作の意味が通じるかは分からないが、体が自然に動いていた。

 セフィーリアは、一瞬戸惑いの表情を見せていたが、直ぐに元の凛々しい顔つきに戻り、爽やかにいった。

「レデゥース・サ・ヒロ」

 セフィーリアは踵を返すと、ヒロに背を向け、山道を颯爽と去っていく。

「ありがとう。セフィーリア!」

 ヒロは、小さくなっていくセフィーリアの背中に向かって叫んだ。セフィーリアは一瞬立ち止まり、こちらを振り返って手を上げた。こちらの感謝の気持ちが伝わったかどうかは分からないが、セフィーリアが挨拶を返してくれたことが嬉しかった。言葉も慣習も全く分からない異世界でのファースト・コンタクトとしては上出来だ。ヒロは胸を撫で下ろした。

 ――レデゥース・サ・ヒロ。

 あれは、別れの言葉だろうか、それとも注意の言葉だろうか、答えなど分かる筈もない問いが、セフィーリアの後ろ姿を見送るヒロの頭の中をスキップしては踊っていた。もしも、この世界の言葉が話せるようになったなら、そしてセフィーリアともう一度逢うことがあったなら、改めて今日の礼を言おう。梢から漏れ落ちる木漏れ陽を頬に受けながら、ヒロは彼女との邂逅を胸に刻んだ。

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「絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います」(旧題:覚醒した俺は世界最強の聖剣使いになったようです)
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本編の八千年前の物語。レーベの秘宝に纏わる秘密・背景が明らかに!
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