第二幕 風呂と家政夫と寝ぼすけ大魔王
何時の間にか梅雨も終わって夏が本格的にやって来る七月。カーテンの向こうから差し込む日光も一段と激しく、オレの睡眠を妨げる。
まぁ、実際はそんなにオレは朝に弱い訳じゃないし平気なんだけどね。
とか思っている武蔵ムサシです。おはようございます。
しかしだ、諸君等にもいるとは思うのだが、こんな夢も希望も無い現実世界に絶望したッ! とか思いながら布団かぶってイン・ザ・ドリームしちゃうお茶目な子や、私は低血圧だからもって寝ててもいいなどと何か大きな勘違いをしているお馬鹿な子もいると思う。現実にウチには相当の寝ぼすけ大魔王がいる。
前回相当暴れてくれたウチの姉、武蔵零ではない。あの性格にこんな凶悪なオプションが付いてきたらたまったもんじゃない。
もちろん、今キッチンでいい薫りを漂わせるコーヒーを煎れている家政夫ことナオキでもない。
となると、後に残るは最後の一人、居候している幼なじみこと麻蔵蘭である。
一度寝ぼけてあの姉を再起不能にしたのは記憶に新しい、トラウマともいう。
休み明けなどはオレが学校まで引き摺っていくなんてフツーの中のフツー、そろそろ蘭専用リアカーなんぞを作ってしまおうと思っている次第くらいだ。
……なんて思っているとオレまで遅刻してしまいそうなのでオレは早々に階段を降り、リビングに入る。いつもオレ達家族が生活しているのは新館で、この前リアル鬼ごっこに勝る追いかけっこをしていたのは昔使っていたらしい旧館。あっちは和風でこっちは洋風の建物になってるからリビングがある訳で。
「おはよう、ムサシ。今日は少し遅かったんじゃないのか? 」
と、黒い服装に花柄エプロンというミスマッチな格好をした麗人、ナオキがマグカップを持ちながらキッチンから出てきた。
女性と見違えるほど整った顔つき、すらりとした体格、それでいて家事を完璧にこなすスーパー家政夫の称号をほしいままにしているナオキ。この人が居なくなるとウチの生活習慣が確実にストップしてしまうと思う。
「いや、ちょっと考え事をね……とりあえずシャワー浴びてくるから」
「ああ、朝食は準備しておくからな。ちゃんと洗濯物は洗濯機に入れておいてくれ」
「うん、分かってる」
嗚呼、なんて出来た主夫なんでしょ。
リビングを抜ければ、どでんと大浴場が構えてある。お風呂では無く大浴場。この洋風な新館に合っていないこの大浴場の脇を通り抜けて洗面所に入り、とりあえずパジャマを脱ぐ。
洗面所から大浴場に行ける。正面から入っても脱衣場があるけどさすがに朝からそんな誰もいない脱衣場に行くのはちょっと……。
「さて、ちゃちゃっとさっぱりしてしまいましょう」
オレはガラガラと扉を引き、左右に五個ずつある洗い場の一つに座ってキュ、とシャワーの方にハンドルを回せはお湯が出でくる……のはホントの温泉とか銭湯だけであって始めは水がシャワー口から勢い良く流れ出でくる。
暑い夏にはこれが快感だったり……冬には地獄にも勝る阿鼻叫喚が待っているんだけど。
そんな冷たい水を頭からかぶれば朝の眠気も吹っ飛び、目が冴える。
「生き返るー! やっぱり朝といったらこれでしょ」
と、誰も居ない浴室で呟きながら勢い良く噴き出る水を浴びているとガラン、と浴室の扉が開いた。
零ねーちゃん、とも思ったけど昨日は仕事で多分今朝方まで仕事していたと思うからまだ寝室で死んだように眠ってるだろう。
となると……
「ナオキー、どうかしたの? 」
オレはミニタオルを腰に巻きながら入り口の方へと振り向く。
「ううぅ……ねむねむ」
真紅の髪が視界へ入った。オレの脳内コンピューターが即座にフル回転。
ナオキの髪は漆黒。
零ねーちゃんの髪は白銀。
ちなみにオレは黒と茶色が混ざったみたいな中途半端な色。
と、なると……だ。
可能性は限られてくる、というか真紅みたいな珍しい髪の色をしているのはオレの知り合いでも一人しかいない。
「ら、らららら、蘭!? 」
「んーー? 」
胸元半開きの青少年には刺激が強すぎる水玉パジャマにまだ半開きの瞼を眠そうに擦りながら大浴場に入ってきた蘭はまだ状況が掴めていないらしい、というかまだ寝ぼけてるな、こりゃ。
「あれー、誰も居ない浴室からムサシの声がするんだろ? 覗きたいなら堂々と言えばいいのになぁ……」
うれしいこといってくれるじゃないの……じゃなくて、何やら男冥利に尽きる事を言ってくれているのだけども、今はそんな幸せ噛み締めている場合ではない。とかなんとか見事に錯乱させられているとふと、蘭を目が合う。
蘭はオレに満面の笑みを浮かべながら
「あ、ムサシぐっどもーにん」
と挨拶してきた。
「ぐっともーにんー、じゃなくて蘭! 」
思わずフツーに挨拶してしまったではないか!
「なーにー? 」
と気が抜ける返事。さて、どこから突っ込んでいけばいいのやら。
「と、とりあえずだな、お前はオレがシャワー浴び終わって出で行くまで脱衣所で待っていてほしいんだけど」
「えー! 早くシャワー浴びないと学校間に合わないよー」
「いや、そりゃそうなんだけど、健全な男女の高校生が朝からシャワーを浴び合うって言うのはPTAとかがうるさいから、な? 」
「ムサシは私とお風呂入りたくないのー? この前まで一緒に入ってたじゃんかー」
「いや、それはそうなんだけどそれはそれ、あれはあれでな……というか蘭? 」
寝癖だらけの髪の毛を掻きながら発射されるうるうる視線を避けながらオレは、さっきから気になっていた事を指摘した。
「なんでお前、風呂場でパジャマ着てんだよ」
「んー、なんでだろ? 」
「とりあえずシャワー浴びるつもりならパジャマ脱いでから来いよ……って、ここで脱ぐなって!! 」
まぁ結局、オレはその場でパジャマを脱ぎ始めたアイツから逃げるように大浴場から逃げた出した、いや、追い出されたか。
「どうしたムサシ、なんだか疲れたような顔をして」
とりあえず制服に着替えてリビングに戻ってたオレはいつものテーブルの椅子に腰掛ける。
「いや、それがいきなり蘭が入ってきたから……しかもパジャマ姿で」
そりゃあ災難だったな、と笑うナオキは焼き立てのトーストと、コーヒーを持ってきてくれた。
「けど、ナオキが一言、言っててくれたらこんなには」
「いや、俺は言ったんだけどな。蘭のヤツ、んーとだけ呟いてそのまま浴場へ一直線。止める間も無かったのでな」
「いや、絶対止めるのが面倒だっただけでしょ」
朝からこうやってご飯を作ってくれるナオキを責められる訳じゃないけど、少しは努力して欲しかったのが本音なんですけど。
「わきゃーーーーー!!! 」
突然、浴室の方から叫び声と共に何かがぶつかった音が響く。
何があったか簡単に予想がつくオレはため息を吐きながら、ゆっくりとナオキの煎れてくれたコーヒーを口に運ぶ。
今日もコーヒーは、いつも通り苦かった。
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