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悪役令嬢ですが、ヒロインに協力を求められました

乙女ゲームのヒロインですが、悪役令嬢に協力を求めました

 わたしは、クーデリア・タイタニック公爵令嬢の部屋に通された瞬間、土下座をした。

 普段冷静なクーデリア様が、その綺麗な瞳を大きく見開いて固まっているのが気配でわかった。


 うん、驚くよね?

 でもね、わたしも必死なの。

 クーデリア様にどうにかして、これからいう話を信じてもらって、破滅を回避してもらわなくちゃいけないのだから。


 先日、わたしは学園で階段から突き落とされた。

 これ、乙女ゲーム『ラベンダー色に色付いて』であった、悪役令嬢からヒロインへの妨害イベントなんだよね。

 わたし、この世界のヒロインだから。


 うん、意味不明かな?

 わたし、前世は日本で女子高校生してたの。

 でも、たぶん事故で亡くなったんだと思う。

 その時の事はぼんやりと覚えてるんだよね。

 

 あの日、わたしは、急いでた。

 バイトに遅れそうだったの。

 院長先生は、無理をしないでくれって言っていたけれど、わたしは無理だと思っていなかった。

 早朝の新聞配達は当然として、学校から帰ったら二つほどバイトを掛け持ちしてた。

 ほんとは、時給のいい居酒屋とかで働きたかったんだけど、流石に未成年は駄目で。

 もしOKでも、院長先生が絶対に許してくれなかったかな。


 元気が取り柄みたいなわたしだったけれど、あの日はテスト勉強明けで、ちょっとだけ眠かった。

 一つ目のバイトが終わって、二つ目のバイトに向かう途中で、くらっと眩暈がして。

 気がついたときには、道路に飛び出してしまってて。

 わたしは、短い人生終えちゃいました。

 うん、ごめんなさい。

 院長先生、きっといっぱい泣いただろうなぁ。


 前世、わたしは孤児だった。

 物心付いたころには、施設にいたから、両親の事は覚えてない。

 でも、院長先生も、周りのみんなも仲良しで優しかったから、とくに辛くなかった。

 貧しかったけれどね。

 

 普通、学校に通うと孤児ってだけで苛められそうなものだったけれど、わたしは運よく大丈夫だった。

 たまに、嫌味を言ってくる同級生はいたけどね。

 お友達に恵まれてたのかな。

 お料理好きのお友達がわたしの分もお弁当を作ってきてくれたり。

 ハンドメイドが趣味のお友達が、可愛い指輪やネックレスを作ってくれたり。

 コスプレが趣味のお友達は、わたしの服を作ってくれたり。

 ちょっとデザインにフリルが多いものや、変わったデザインのものもあったけれど、服を買うのも一苦労だったから、本当に嬉しかった。


 高校は、もちろん奨学金で。

 院長先生に負担かけたくなかったから。

 でも、中卒だと就ける職業が限られていたから、わたしは高校に進学して、その分、アルバイトを頑張った。

 稼いだお金はほぼ全て施設に入れてた。


 だから、わたしはスマホも持っていなかった。

 でも、お友達が機種変更するとかで、解約したスマホをくれたの。

 wifiのある地域なら、アプリで遊べるからって。

 お友達に教わりながら遊んでみたのが、乙女ゲームだった。

 ちょっとした時間にクリック一つで遊べるから、わたしは夢中になった。


『ラベンダー色に色付いて』も、その時にはまって遊びつくした。

 主人公のラベンダーが、わたしと同じ孤児だったから、余計かな?

 色々なルートを遊びつくしたんだけれど、わたしはヴァルス王子が苦手だった。


 だって、そうでしょ?

 婚約者がいるのに、ヒロインのラベンダーにあっさり乗り換えるんだもの。

 乙女ゲームにはそういう設定多いけど、わたしはなんか駄目で。

 ゲームなんだからって割り切れないって言うか。

 幸い、他の攻略キャラには婚約者なんていなかったから、王子ルートは一回やって後は放置。

 他の攻略キャラで楽しんでました。


 お友達がくれたスマホで、わたしはweb小説にもはまった。

 異世界転生や悪役令嬢物がはやってて、読んでて楽しかった。

 悪役令嬢物は、何故か高確率でヒロインが酷いんだけど、きっと、ヒロインたちは夢の中みたいに思ってるんだろうなって思った。

 夢なら、ゲームなら、普段やらないようなわがままな振る舞いとか、ついやっちゃうものね。


 だから、わたしが前世の記憶を持って、『ラベンダー色に色付いて』のヒロイン、ラベンダーとして今の世界に転生している事に気づいたときも、あんまり、驚かなかった。

 あぁ、良くあることなのかなって。

 ただ、前世の院長先生やみんなへの申し訳なさがいつもあったけれど。


 わたしは、この世界でも孤児だった。

 物心付いた時には教会兼孤児院で暮らしてた。

 ラベンダーって名前は、神父様がつけてくれたの。

 わたしの紫色の瞳が、ラベンダーの花によく似ているから。


 教会では、前世の記憶を駆使して、わたしは、家庭菜園や内職なんかを頑張った。

 五歳の時には既に十分神父様のお手伝いが出来るようになっていて、神父様は驚いてた。

 わたしの中身は十七歳だから。

 身体が小さいだけでね。

 

 勉強も、前世で頑張っていたからか、すぐに覚えれて、教会の子供たちに教えてあげれるレベルだった。

 だから、うちの教会の子供達は、みんな、学校での成績が良かった。

 そのせいかな?

 みんな、苛めにあうことが無かったの。

 お友達も出来て、仲良くて幸せだった。

 やっぱり、貧しかったけれどね。

 

 十歳になったある日、わたしは、街の市場に出かけてた。

 いつもは神父様と一緒に買い物にくるんだけれど、その日は一人だった。

 ほら、もう十歳だしね?

 一人でも買い物なんて出来ると思ったの。

 でも、駄目だった。

 

「てめぇ、万引しやがったな?!」


 いきなり、露店の店主に腕をつかまれた。

 何が起こったのかわからなかった。

 盗るわけがない。

 露店に並んでいたのは装飾品だ。

 みんなのご飯にならないもの。

 食料だって盗ったりしないけど。


「わたしじゃありませんよ?」


 つかまれている腕を払おうとしたけれど、店主の腕は離れない。

 

「この、孤児がっ! とっとと盗んだものを出しやがれ! さもねぇと、てめぇを売り払うぞ!」


 怒鳴り散らす店主の目を見て、わかった。

 こいつ、最初からわたしに目をつけてたんだなって。


 わたしの容姿は、前世とは比べ物にならないほどに可愛い。

 サラサラのプラチナブロンド。

 珍しい、紫色の瞳。

 畑仕事をしているのに、肌は日焼け知らずで白く滑らか。

 その手の店に売れば、高く売れそうだよね?

 

 でもここで捕まって、売り飛ばされるわけには行かないんですよ。

 あと数ヶ月もすれば、わたしはカワーゼ伯爵夫妻の目に止まり、養女にしてもらえる。

 そうしたら、孤児院のみんなをもっと援助できるようになる。

 ゲームの通りなら、カワーゼ伯爵夫妻は、わたしを本当の娘のように大事にしてくれるはずだから。

 きっと、わたしが育った孤児院についても、悪いようにはしないはず。

 前世で孤児院のみんなを悲しませた分も、今生では精一杯笑っていてもらいたい。

 その為にも、どうにか、いまこのピンチを切り抜けないと。

 

「じゃあ何を盗まれたのか言ってみて! 言えないでしょ? わたしは、何も盗んでないわ。だれかっ、助けて!」

「くそっ、このガキ暴れるな!」


 わたしは必死に抵抗した。

 でも周りの大人達は見てみぬ振りだ。

 わたしの声、聞こえてるくせに!

 孤児だから、盗みを働くと思われてる?

 それとも、事なかれ主義?

 

 捕まれた腕が痛くて、涙が滲んでくる。

 このっ、離せっていってるでしょ!

 思いっきり蹴ったら、反動で路上に尻餅ついて、掴まれていた腕が外れた。


「こいつっ、調子に乗りやがって!」


 店主の腕が勢い良く振り下ろされた。

 わたしは、とっさに目をつぶる。

 バシッと思いっきり叩かれた音が辺りに響く。

 でも。

 予想していた痛みは来ない。


 目を開けると、男の子がわたしと店主の間に割り込んでいた。

 一目で、貴族の子だってわかった。

 平民とは違う、きらびやかな衣装。

 振り返ったその顔を見て、わたしは、息を飲んだ。


 だって、その顔。

 淡い茶色の髪と、ちょっと釣り目気味のトパーズ色の瞳。

 記憶よりもずっと幼いけれど、この顔は、間違いなく、ディーン様だ。

 ディーン様は、『ラベンダー色に色付いて』の悪役令嬢クーデリア・タイタニックのお兄様だ。

 攻略キャラじゃないから、出番はほとんどなかった。

 でも、妹のクーデリアを大事にしていて、彼女の断罪イベント後には、エンドロールで自害した事が伝えられているキャラだ。

 そのキャラが、なんで、いまわたしの前にいるの?

 なんで、助けてくれたの?


 あ、ディーン様、口の端切れてる!

 わたしは、慌ててディーン様にハンカチを差し出した。

 

「ありがとう。貴方は、大丈夫? 怖かったね」


 殴られた頬っぺたが赤く腫れて、喋るのもきっと辛いのに、ディーン様は微笑みながらわたしの頭をなでてくれて。

 わたしは、一気に涙が溢れるのを止められなかった。


「あぁ、怖かったよね。お家は、どこだろう? 大丈夫、僕が送って行くからね」


 泣きじゃくるわたしの手を引いて、ディーン様は貴族なのに本当にわたしを孤児院まで連れて行ってくれた。

 わたしは、ほとんど喋る事も出来なくて、ずっと、泣いちゃってて。

 やっといえたのは、孤児院に着いてから「ありがとう……ございました……っ」っていう、一言だけ。

 最後まで、笑顔でいてくれたディーン様に、わたしは、この時恋をしたのだと思う。











「ラベンダーさん。顔をあげてちょうだい。わたくしは、土下座をされる覚えはありません」


 クーデリア様の声に、わたしはハッとする。

 そう、わたしは、土下座をしていたのでした。

 ゆっくりと顔を上げると、クーデリア様の端正なお顔がじっとわたしを見つめている。

 ゲームよりもずっとお綺麗なクーデリア様は、わたしを席に促した。


 うん、門前払いだけは避けれたね?

 ずっとクーデリア様はわたしを避けていたから、家にそもそも入れてもらえないんじゃないかってひやひやしたよ。

 でも問題はここから先。

 わたしは、意を決して口を開いた。


「クーデリア様、助けてください! クーデリア様も転生者ですよね?」

「え」


 クーデリア様、驚いてるなぁ。

 うん、でもやっぱり転生者ですね?

 土下座した時にも思ったし。

 この世界に土下座って概念ないのよ。

 なのにすぐに土下座って言葉が使えている時点で、ね。

 

 クーデリア様は、すぐに人払いをしてくれた。

 これで安心して、色々話せる。


「勘が当たって、良かったです。外れてたら、わたし、ただじゃすまない所でしたよね?」

「……公爵家に何の連絡も無く乗り込んできたのですから、今でも十分、ただでは済まない状況だと思うわよ」


 クーデリア様、心配気にわたしを見てる。

 公爵家に乗り込んできた無作法よりも、わたしを心配してくれてるよね。

 心配かけてごめんなさい。

 でもわたし、これからもっと爆弾発言しちゃうんだよね。


「こんな話、学園では絶対に出来ませんし、もう、残された時間も無いんです」

「残された時間?」

「はい。わたし、階段から突き落とされたんです。つまり、後数日後に、婚約破棄断罪イベント発生、ですよね?」


 クーデリア様は、目に見えて動揺した。

 わたしに責められると思っているのかな?

 でもわたし、少しも疑っていませんから。

 クーデリア様はそんなことする人じゃない。

 そして、首を傾げるクーデリア様に、わたしは思っていることを告げる。


「わたし、ヴァルス王子と恋仲なんかじゃありません。正直、許せないと思っています」

「えぇ? それはなぜ。王子は、誰にでも優しく、見目麗しいお方でしょう」


 うん、いまのヴァルス王子はね?

 でもゲーム内の王子はほんと、受け付けなかった。

 いまのヴァルス王子は、ずっと、クーデリア様に一途な思いを抱いてるんだよね。

 直接聞いたわけじゃないけれど、見てればわかる。

 ふと、窓の外を眺めるヴァルス王子の目線には、帰宅するクーデリア様がいたり。

 クーデリア様は気づいていなさそうだけれどね。


「そうですね、優しいと思いますよ? でも、婚約者がいるのに他の女に惚れる男なんか真っ平ごめんです」


 きっぱり言い切るわたしに、クーデリア様も思うことがあるのか、そっと目を伏せる。

 でも、まだまだわたしを信じるには値しないようだ。

 仕方ないよね。

 わたしはヒロインで、クーデリア様は悪役令嬢。

 数ある悪役令嬢物語で、高確率でヒロインに一度は破滅を味合わされるんだから。


「信じてもらえませんか? 実はわたし、クーデリア様のお兄様が好きなんです」

「お兄様を?!」


 今度こそ、クーデリア様は絶句した。

 わたしは、十歳のあの日から、ずっとディーン様が好きだった。

 その思いは、十五歳になった今も、変わらない。


「でもお兄様を好きならなおの事、わたくしは邪魔ではなくて?」

「もちろん、ゲーム内のクーデリア様だったら、近付きたくありません。でも、いまこの場所にいるクーデリア様はゲームのクーデリア様じゃないですよね」


 ゲーム内のクーデリア様は、ほんと、酷かった。

 孤児であったことを学園のみんなの前で晒して笑ったり。

 教科書を破り捨てられたり、靴を隠されたり、制服を泥だらけにされたり、階段から落とされたり。

 いくら美人でも、絶対に近付きたくない女性ナンバーワンだよ。


 でも、いま目の前のクーデリア様は違う。

 転生者だからなのか、優しく、気品に溢れてる。

 あまり感情が表に出ないのは、貴族だからなのか、もともとのご性格なのか。

 整った顔立ちも相まって、冷たい印象を与えるけれど。

 

「それに、クーデリア様はご存じないかもしれませんが、クーデリア様に何かあると、ディーン様は自害するんです」

「えぇっ? それは、ゲーム内ではそうだった、という事ですの?」


 あ、やっぱりご存じなかったんですね。

 わたしはやりつくしたからエンドロールも色々見て知ってたんだけど。


「はい。わたし、乙女ゲームが趣味だったから、『ラベンダー色に色付いて』もとことんやり尽くしたんです。

 毎回毎回、どのルートでもクーデリア様は断罪され、国外に追放されたり、修道院送りになったり、公爵家そのものが潰れたり。

 エンドロールでその後が描かれているのですけど、クーデリア様を守れなかったディーン様は、後悔とともに命を絶ってしまうんです。

 だから、クーデリア様には何が何でも、無事で居てもらわないとならないんです。

 わたしに、協力してください!」


 わたしは、再度土下座する勢いで頭を下げる。

 クーデリア様に協力してもらわないと、これから先の計画は無理なんだよね。

 だからわたしは、懐から小型の魔法録音機を取り出した。

 

「いままでのお話は全部、この録音の魔法機械で録音しました。

 これを証拠として、クーデリア様に差し上げます。

 わたしが裏切ったら、これを証拠として使ってください」


 テーブルの上に魔法機械を差し出すと、クーデリア様はさらに困った笑みを浮かべる。

 うーん、まだ信じてもらえないかな?

 あ、この録音魔法機械は編集出来る優れものです。

 転生者云々の場所はちゃんと消せますよ?


 でもクーデリア様、まだまだわたしに頷いてはくれないんだよね。

 うぅ、気持ちはすっごく分かるんだけど。


「うんもうっ、どこまで疑り深いんですかっ。

 まぁ、お気持ちは分かりますけど。

 悪役令嬢物もいっぱい読んだし、大体ヒロインは悪役令嬢をはめようとするし。

 わたしだって逆の立場だったら、絶対信じないだろうなって思うし……」


 ほんと、なんで悪役令嬢物のヒロインは悪役令嬢を嵌めるんだろう?

 悪役令嬢を嵌めなくても、意中の相手と結ばれる方法はいっぱいありそうなんだけど。

 努力とか、こう、普通の頑張りじゃ駄目だったのかしら。

 どうしたら、わたしはクーデリア様に信じてもらえるんだろう。

 

 ……恥ずかしいけれど、ディーン様への想いを、信じてもらうしかないのかな。


 わたしは、紅茶をもう一度飲んで、口を潤す。

 そして、一気にまくし立てた。


 わたしの生い立ちを。

 そして、ディーン様との出会いを。


「ほんとは、変なことに巻き込まれないように学園に来るのもやめようかと思ってたんです。 

 わたし、本来ならクーデリア様に苛められるはずでしたし」


 入学早々、ゲーム内ではクーデリア様にいびられるんだよね。


『あらあら、場違いな人間がいるようだけれど。ここは、貴族が学ぶ学園ですのよ?』


 そうして、豪華な衣装で着飾り、取り巻きを引き連れたクーデリア様は、孤児から伯爵家の娘になったわたしを、皆の前で笑うのだ。

 

 だから、入学式はほんと、胃が痛かった。

 学園の門をくぐるときなんて、心臓がばくばくしてて、いまかいまかとクーデリア様の襲撃に怯えてたよね。

 でも、出会わなかった。

 ゲームではどのルートに行くにしても必ず起こった苛めイベントなのに。

 あれ? ってなったよ。


 苛められるのがわかってて学園に来たのは、主に引き取ってくれた伯爵夫妻の為だった。

 この学園を卒業するのが、この世界での貴族のステータスで、卒業していないってだけで、下に見られちゃうんだよね。

 わたしを引き取って育ててくれた伯爵夫妻に恥じをかかせるようなこと、絶対に嫌だった。

 だから、苛めはもう、頑張って耐えるつもりだった。

 それに、学園にはディーン様がいる。

 二つ年上だから、一緒のクラスにはなれないけれど、学園で姿を見れたら嬉しいなって。


 でも、予想に反して、苛めが起こらなかった。

 あ、うん、起こりはしているんだけど、クーデリア様が関わってこなかったの。


 クーデリア様自ら引き起こす数々の苛めイベントが、なんか変な形で発生したんだよね。

 例えば、食堂。

 

『あら、何か臭うと思えば、貴方でしたの? 貴方には、こちらの食事がお似合いよ』


 そう言って、ゲーム内のクーデリア様はわたしに生ゴミをぶちまける。

 でも実際に起こったのは、わたしの分の食事がないって言う事態。

 その頃にはお友達も出来ていたから、みんなから分けてもらっちゃいました。


『平民がわたくし達と同じ教科書で学ぶなんて、ずうずうしいとは思わないのかしら?』


 クーデリア様に教科書をみんなの前で破かれるイベントは、いつの間にかこっそり、教科書が破かれてゴミ箱に捨てられてた。

 お友達がすぐにお姉さまが使っていたっていう教科書を持ってきてくれたから、特に困らなかったんだけど。


 何でクーデリア様が関わってこないのか。

 というより、クーデリア様をほとんど見かけなくて。

 それになにより、ゲーム内ではクーデリア様はヴァルス王子にべったりだったのに、いまここではお二人は滅多に一緒にいなかった。

 たまに廊下ですれ違っても、一言二言、形式的な挨拶をするだけ。

 それで、わたしはピンと来たの。

 もしかして、クーデリア様も転生者ではないのかと。

 だから、ヒロインであるわたしの事も、将来的に婚約破棄を突きつけてくるヴァルス王子の事も、避けているのでは、と。


 ヴァルス王子は、ゲーム内と同じく学園の生徒会長で、平民上がりのわたしを色々と気にかけてくれる人だった。

 でも、ゲームの時のようにわたしに惚れるとかそんなの無くて、わたしも、ごく普通に頼れる親切な人ってイメージになってた。

 王子の取り巻き的攻略対象さんたちも、いい人揃いで、恋愛抜きの良いお友達になれてた。

 

「学園に入って驚いたのは、クーデリア様に苛められない事でした。

 だから、気づいたんです。クーデリア様も転生者だと」

「でも、階段から突き落とされたのよね?」


 クーデリア様が、わたしの腕を辛そうに見つめる。

 うん、ほんと、痛かったよ。

 包帯をぐるぐる巻いてあるけれど、これ、大仰でもなんでもなくて、実はヒビ入ってるの。

 折れなくて良かったと思うべきなのかもしれないけど、ほんと、痛い。


「はい。確かに落とされました。なのでわたし、急いでここへきたのです!」

「わたくしは落としていなくてよ?」

「だからです! つまり、クーデリア様をはめようとしている人がいるはずなんです」

「えっ」

「自覚、無さそうですね? ヒロインはわたしだけれど、クーデリア様はヴァルス王子の婚約者。

 わたし以外にも陥れたい人は、いっぱい居るでしょう」


 クーデリア様、きょとんとしてる。

 うぅん、無防備すぎ!

 ヒロインであるわたしだけを避けていたみたいだけれど、周囲には、クーデリア様の地位を虎視眈々と狙っている人がいるんですよ。

 わたしには、もう犯人わかっているのですが、いまここではまだいえません。

 証拠が不十分だから。

 きっちり、証拠を突きつけて、逃がさないようにしないと。


「でも安心してください。口裏を合わせる為に、こうしてここに来たんです。

 わたしは、クーデリア様を助けます。お兄様を、死なせません!」

「学園を休めば回避できるのかしら」

「無理だと思います。クーデリア様、一生学園に来ないおつもりですか」

「確かに無理ね……」

「なので、ここは、王子に協力をお願いしませんか?」

「えっ。浮気する人に?」

「いまはまだしていません。そうですよね?」

「そう、なのかしら」

「えぇ。ちょこっと探りを入れましたけど、王子はクーデリア様以外に現在お付き合いしている方はいらっしゃいません。

 ゲームでわたしと付き合うことになるのは、たぶんゲーム補正です」


 わたしははっきりきっぱり言い切る。

 ヴァルス王子は、クーデリア様だけを愛してる。

 ゲームのクーデリア様は凄まじく酷い性格だったけれど、いまのクーデリア様は違うからね。

 ゲーム内では取り巻きだったご令嬢達は、本当にクーデリア様を思うご友人になっている。

 その内の何名かとはわたしも親しくさせてもらっていて、こっそり「クーデリア様を助け隊」結成してたりもする。


 学園では、クーデリア様がわたしを苛めてるっていう、噂があるのですよ。

 何の証拠もないというか、ありえないんだけど。

 それを心配したクーデリア様の友人にわたしは呼び出されて、クーデリア様は虐めなんてする人じゃない、なにかあったら、わたくし達が助けますって、言いに来てくれたんだよね。

 彼女達の協力を得て、わたしは、犯人の目星と、ある程度の証拠はもう掴んでる。

 だから、あとは、王子とクーデリア様が協力してくれれば、解決するの。


 クーデリア様は、とても迷っていたようだけれど、最終的には頷いてくれた。

 あとは、断罪イベントを、こなすだけだ。





◇◇


「クーデリア、よく来たな」


 わたしの隣で、ヴァルス王子が冷たさを感じさせる声音でクーデリア様に話す。


「わたくしをこのようなところに呼び出されるなんて、どういうことかしら」

 

 ……クーデリア様、怯えてるなぁ。


 普段と変わらない冷静さを装っているけれど、扇子を握る手が小刻みに震えてる。

 そうだよね。

 怖いよね。

 周囲にこんなに人が集まって、ゲームと同じ断罪シーンが始まるんだもの。

 ごめんね、怖がらせて。

 でも必ず、犯人を仕留めて見せるからね!


 ヴァルス王子が、一歩前に進み出る。


「貴方に、言いたいことがある」

「何でございましょう?」

「ここにいる、ラベンダーについてだ」


 ヴァルス王子がわたしを見る。

 本当に大丈夫かといいたげだ。

 でも大丈夫。

 わたしは、こくりと頷いて、一歩前に出る。


「クーデリア様、いつもありがとうございます!」


 わたしは、クーデリア様に隠していた花束を差し出す。

 この花は、ヴァルス王子が選んだ花だ。

 艶やかな赤い花弁が、クーデリア様の髪の色のよう。


「クーデリア、貴方は、ラベンダーが衣類を汚され、苛められているのを助けてやったそうだな。

 立ち居振る舞いについて諭したり、この学園で過ごしやすいように指導していたとか。

 どうしても、女生徒については私の目は届き辛い。

 私に代わり、ラベンダーを助け続けてくれた事に、感謝する」


 ヴァルス王子が皆の前でクーデリア様に頭を下げる。


「人として、当然の事をしたまでですわ」


 わたしから花束を受け取ったクーデリア様は、明らかにほっとした表情を浮かべた。

 でもまだ、触れた指先は小さく震えてる。

 うん、大丈夫ですよ。

 わたしも王子も、裏切ったりしませんから。


「いつでも優しい貴方を、大切に思う」


 ヴァルス王子が小声で、クーデリア様に囁いて、その腕のなかに抱きしめる

 クーデリア様は冷静を装いつつも、何が起こったか把握できなくなっている。


 王子、やりすぎですよ?

 ずっと触れることも出来なかったからって、みんなの前だとクーデリア様がパニック起こしますって。


 でも、その甲斐あって、犯人が引っかかった。


「待って! その女は、ヴァルス王子の思っているような女ではありません!!!」


 マウテア・グラン侯爵令嬢が声を上げ、人ごみがさっと開けた。

 うん、やっぱりね。

 この断罪イベントを見ていないはずがないと思ったよ。

 ずっと、クーデリア様のせいにしながら、一生懸命虐めイベント発生させてたんだものね?

 ゲーム通りにストーリーが進んでいると思っていたはず。


「貴方はグラン侯爵令嬢だね。私の婚約者を否定するのであれば、それなりの証拠があってのことだろうね?」

「もちろんですわ。わたくしは、知っておりますの。ラベンダーを苛めていたのは、クーデリア様です!」


 どや顔で言い切ってるけど、もう詰んでるんだけどなぁ。


「その苛めの証拠とやらを見せてもらおうか」

「証人がいますわ。ラベンダーの教科書が破られた、五の月の木曜は――」

「クーデリアは魔法特別魔法講座を受講していたからね。学園の離れで魔法学教授とともに数人の生徒が証人だが?」

「で、では、ラベンダーが頭から泥を被せられた時――」

「私の手伝いで、生徒会室に来てもらっていたが。書類が多すぎて、私一人では処理しきれなかったからね」


 ふっふっふっふ。

 ちゃーんと、クーデリア様がアリバイを作っていることは確認済みですよ?

 アリバイが無ければわたしと居たことにしようと思ってたんだけど、その辺はちゃんと完璧でした。


「ラベンダーの靴が盗まれたときは――」

「わたくし、グラン侯爵家のお茶会に招かれていましたわ」

「嘘よ! わたくしは招いていないわ」

「他のご令嬢もいらしていたのに?」

「くっ……」


 やっぱりね?

 わたし、このお茶会、なーんか怪しいなって思ったの。


 普段はお茶会って、招待状が配られるんだよね。

 でも、このお茶会は、マウテア様がクーデリア様だけを直接誘ってたの。

 ちょうど、その場所にわたしが居合わせてたのは、幸運だった。

 だからわたし、平民上がりの常識知らずを装って、みんなに聞こえるようにこう言ったのよ。

「わぁ、マウテア様が個人的に開かれるお茶会に誘われるなんて、素敵!」って。


 声に振り返ったクーデリア様のご友人兼『クーデリア様を助け隊』のメンバーに必死で目配せ送ったわ。

 伯爵家のわたしじゃ参加できないかもしれないけれど、クーデリア様を助け隊のメンバーは、公爵家に侯爵家もいたからね。

 結局、公爵家のご令嬢達を無視は出来なくて、マウテア様はクーデリア様を助け隊のメンバーも誘ってお茶会を開く事になった。

 

 わたしも一応自衛として、そろそろ靴を盗まれるイベントが発生するはずだから、予備の靴を鞄に忍ばせてあったんだけれどね。

 ちゃんとクーデリア様にアリバイが出来ていたから、靴は思う存分犯人に盗んでもらいました。

 証人を作る為に、学園のスリッパを借りて帰宅しましたよ?

 あ、家に入る前に予備の靴に履き替えたけど。

 だって、伯爵夫妻に心配かけたくなかったからね。


「……かっ、階段から突き落とされたときは!」

「クーデリアは体調不良で学園を休んでいたね」


 マウテア様の言葉に、ヴァルス王子はあっさり言い返す。

 やっぱり、クーデリア様の行動は全部把握済みですか?

 体調不良で休んだとか、きっと心配で心配で、はっきり覚えていたんでしょうね。

 

 階段を落とされることは分かっていたから、わたし、クーデリア様を助け隊のメンバーにお願いして、こっそり、わたしを見張ってもらってたの。

 落とされる階段もわかっていましたからね。

 

 階段の前で、物思いにふける素振りをしていたら、思いっきり突き落とされましたよ。

 すっごく怖かったし、痛かったけど、クーデリア様を助け隊のメンバーが犯人をばっちり見てくれてました。

 

「お、おかしいわっ。クーデリアは悪役令嬢ですのよ?! どうして、こんな……っ」


 クーデリア様がわたしを見て、わたしは、こくりと頷きました。

 やっぱり、マウテア様も転生者でしたか。

 そうじゃないと色々と説明がつかなかったからね。

 でもこの虐めイベント、ヒロインとヴァルス王子がくっつくきっかけになるもので、マウテア様には関係ないと思うんだけど。

 公爵令嬢であるクーデリア様を排除しても、ヴァルス王子と接点のないマウテア様はどうするつもりだったんだろう。


 わからないけれど、彼女は家ごともう終わりだよね。

 だって、ヴァルス王子が最愛のクーデリア様に害をなす存在、許すと思えないし。

 あ、一瞬目があっちゃった。

 王子、こわっ。

 マウテア様をゴミをみるような冷たい目で睨んでるよ。


「言い訳は後でゆっくりと聞かせていただきましょう。グラン侯爵令嬢。貴方のご家族も含めてね」

 

 王子はそういい捨てて、クーデリア様を抱きかかえて去ってゆく。

 うん、クーデリア様には転生者のことやゲームなどの前世は隠して王子に協力を求めるって伝えたけどね?

 わたし、転生者の事もゲームの事も、全部ヴァルス王子に話したの。


 だって、王子が可哀想だったから。

 何で自分がクーデリア様に避けられているのか分からずに、苦しんでいたから。

 生徒会のお手伝いとかで、なんだかんだわたしは王子と友人として仲良しだったから、全部話してもきっと信じてもらえると思った。

 信じて、どうして自分が避けられているのかを知った王子は、すぐにクーデリア様のところに行きそうだったんだけれどね。

 今日の断罪イベントまで待ってもらったの。

 イベント前にヴァルス王子とクーデリア様が仲良くなると、犯人の動きが分からなくなりそうだったから。

 きっちり、犯人は捕まったし、いまごろクーデリア様はヴァルス王子に迫られてるんじゃないかな?


 クーデリア様もね。

 ほんとは、ヴァルス王子のことをお好きでしょう。

 前世の記憶があるから、裏切って破滅させてくる王子を避けていただけで。

 ディーン様とも少しずつ仲良くなれたわたしは、ヴァルス王子とクーデリア様が婚約前までは仲良しだった事を知ったの。

 急にクーデリア様が王子を避け始めたのは、たぶん婚約をきっかけに前世を思い出したからじゃないかな。

 クーデリア様を見ていると、ヴァルス王子と同じように、その目線の先には彼がいて。

 避けていても、幼い時の記憶や想いって、消えなかったんじゃないかな?


「ラベンダー、頑張ったね」

「ディーン様、見ていらしたのですか?」


 最愛の人の声に、わたしは振り返る。

 そこには、優しい目をしたディーン様がいた。


「わたし、クーデリア様を守れたでしょうか」

「うん。ありがとうね?」


 ディーン様が、昔のようにわたしの頭に手を触れる。

 うん。

 わたし、頑張れたかな。

 ディーン様がわたしを助けてくれたように。

 わたしは、ディーン様の大事なクーデリア様を守れたのかな。

 

「今日は、生徒会室にくる?」

「はい。ヴァルス王子がいませんから、お仕事がたまっていそうです」

「だね。彼は本当に優秀だから、いないと大変だね」


 わたしは、まだディーン様に思いを伝えていなかったりする。

 伝えなくても、なんとなく、もう伝わっちゃってそうな気はするんだけど。

 

 学園でディーン様と再会した時、ディーン様は本当に嬉しそうに笑ってくれた。

 覚えてくれていると思わなくて、わたしは思わず泣いてしまって。

 それからは、生徒会役員のディーン様のお手伝いをさせてもらってる。


 生徒会室は、二人きりだった。

 カチリと、ディーン様が鍵を閉めた。


「ディーン様?」


 振り返りざま、抱きしめられた。


「怖かっただろうに。妹の為に、本当にありがとう」


 優しく、優しく。

 わたしを抱きしめながら、ディーン様は囁く。

 

 この計画は、ディーン様にも伝えておいたの。

 転生云々は省いたけれど。

 クーデリア様の良くない噂話は、ディーン様も知っていたから。

 その噂を出している犯人を捕まえる為に、ディーン様にも動いてもらってた。

 具体的には、あの場所に先生方が来ないように誘導してもらってたの。

 相手は、侯爵家のご令嬢だから。

 こちらはヴァルス王子と公爵家のクーデリア様だけれど、先生に介入されると、騒ぎを嫌ってうやむやにされるかもで。

 だからあの断罪の場に先生方はいなかった。


「わたしも、クーデリア様を陥れてる犯人は捕まえたかったですから」


 せっかく伯爵夫妻がわたしの為に買ってくれた制服を泥だらけにされましたしね。

 予想は出来ていたから、替えの私服は実はこっそり持っていたのだけれど。

 ひと気の無くなった教室で着替えてから帰ろうと思ったら、クーデリア様がいらした。

 慌てて、わたしは身を隠して。


 クーデリア様はわたしに気づかずに、わたしのロッカーに新しい制服と、メモを残してくれてて。

『いじめなんかに、負けないで。頑張って』って。

 嬉し泣きしたよね。


 その他にも、わたしに注意する振りをして、絡んでくる伯爵令嬢やら侯爵令嬢やらを追い払ってくれたり。

 面と向かっては避けられていたけれど、きっとわたしが気づかない所でもっといっぱい守ってくれてたと思う。

 これからは、誤解のとけたヴァルス王子と、幸せになってもらいたい。


 ところで。

 ずっと、ディーン様に抱きしめられているのですが。

 わたしと同じ気持ちでいらしたと思って、いいのでしょうか?


 ディーン様の、トパーズ色の瞳を見上げる。

 耳元に、ディーン様の吐息がかかる。

 囁かれた言葉は、わたしだけの秘密だ。


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