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神封巫女伝 作者:栗田隆喬
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第二章(1)


    第二章

 アミネが気づくと、暗闇に包まれていた。あたりをまさぐると、やわらかい草に触れた。頭上は星が輝き、黒々とした木の枝が夜空に影となっている。
 まだぼんやりとして魂の抜けたようなところに、少しずつ記憶が戻ってきた。
 ――だまされた。
 渡された粥を食べているうちに、意識を失っていた。
 一服盛るなどしないと言っていたのに。
 エナイシケを少しでも信じでしまった浅はかさが腹立たしい。
 それにしても、どうして意識を失っていたのだろう。粥に、イアの巫女が普通知っている毒や眠り薬になる類いの草は入っていなかったのに。

 イアの巫女はみな、野や山、森に生える薬草や毒草の一通りの知識を学ぶ。アミネも当然のように学んでいたが、幼い頃より、なぜか草花や木々に心ひかれ、他の巫女よりも熱心に教えを受けた。
 草木の知恵を受けもつ巫女は、薬司クスノツカサの位をもつ、萎びたような老婆だった。小さなころのアミネと同じくらいしか背がなくて、今のアミネからすれば、胸のあたりにも届かない。顔は真っ黒で、鼻は不格好にとがり、白く濁って充血した目が、ギョロリと相手をにらみつける。ちりちりに絡まり広がった髪。皺だらけの口。わずかに抜け残った焦げ茶の歯が、赤黒い歯ぐきから顔をのぞかせている。もぞもぞと話す言葉はほとんど聞き取れないのに、怒る時は耳を突き破る大声でがなりたてた。
 気味が悪いし、おっかない。子供たちは皆、年老いた薬司クスノツカサの巫女が大嫌いだった。だから、正体は毒草の妖怪ジャジャイガだとか、エナイシケのお化けだとか、まことしやかに語られていた。
 そのころ、草木の知恵を受け持つ巫女はもう一人いた。そちらは薬司クスノツカサの位を受けてはいなかったが、色白の若い女性で、それも穏やかで優しいと評判の巫女だった。
 そんなわけで、草木の知恵を学ぶ年のはじめ、年老いた薬司の巫女、通称ジャジャイガに組分けされた子供たちは、先を思うと、まるで希望でもなくしたかのようにうなだれた。アミネはジャジャイガの組になった時、ひそかによろこんだのだが。
 子供にも大人にも好かれないジャジャイガ。しかし、実際はクニで一番の薬草の識者で、知らないことは、まずなかった。見知らぬ草や木、実や花が遠方より献上された時も、ジャジャイガは一目で名前から用い方まで、すらすらと答えた。アミネは草木のことなら何でも知っているジャジャイガを、心から尊敬していた。
 草木の知恵を学ぶ時のほかにも、アミネは暇があればジャジャイガについてまわり、そばでしっかりと聞き耳を立てて、珍しい草花の知識を心に刻み込んでいった。
 ジャジャイガとの別れは、あっさりしたものだった。アミネがシルメトの巫女に選ばれたことを伝えると、ジャジャイガは不機嫌そうにアミネの話を途中で遮り、追い払うようにして退けた。
 アミネは改めて、あいさつに行こうと思ったのだが、翌日から激しいシルメトの修行が始まると、もうジャジャイガのもとを訪れる余裕はなかった。
 それから一度も会っていない。
 ジャジャイガは今でも、ぶつぶつと文句を言いながら、片足を引きずるようにして、薬草の庭を歩きまわっているのだろうか。
 アミネの心に、背を丸めた彼女の後ろ姿が思い出された。

 もう一度、エナイシケに出された粥の香りを思い出す。だが、ジャジャイガの元で学んだどんな毒の香りも粥には感じられなかった。
 きっと、イアの民が知らない毒なのだろう。悔しさと同時に、一体どんな草がこの眠りを引き起こしたのか、どうしても知りたくなってきた。
 無毒な香り草や効果のある薬草も、分量を誤ると毒になることがある。今度の粥も、その類いだろうか。だが、量を増やしたのだとすれば、味も変わってしまうだろう。すると本当は、何だろうか?
 こんな状況でも薬草の知識を求めている自分に呆れ、アミネは苦笑いを浮かべながらため息をついた。
 まさか、あのエナイシケに聞くわけにもいくまい。何が原因だったかが永遠に分からないままかと思うと、たいそう残念だった。
 ジャジャイガなら知っていただろうか?
 分からない。
 アミネは彼女から、すべての草木の知恵を受けてはいないのだから。
 でも、もしこれが新しい知恵だったとすれば、ジャジャイガはきっと、歯の抜け落ちた口を大開けにして喜んでくれるだろう。そんな気がした。
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