金色に輝く体毛を持ち、九つの尾を持つ大妖、白面金毛九尾の狐。
彼の大妖は、天竺、中国、そして日本を荒らし回り、この日本で封じられ殺生石へと姿を変えた。
彼の大妖はこう呼ばれる。
『三国一の大妖』
と。
『主、万事解決致しました』
夜の戸張の隙間を縫うような、張り詰めた鋭い声が辺りに静かに響く。
その声に反応して、石に腰を据えていた男は口を開きながら立ち上がる。
「そうか。ご苦労だった」
労いの言葉を口にすると、相手は取り乱したように慌てた声を出す。
「では帰るぞ」
その慌てる声を聞きながら薄く笑った男は天を見上げる。そこに広がるのは散りばめられた星々。それを見ていた男は眉を潜める。
「……面倒事が起こるか」
安倍晴明と謂われる男は短く溜め息を吐き、踵を返し、夜の闇に体を紛れ込ませた。
絢爛豪華。そう総称するには些か落ち着いた雰囲気が漂う場所。そこに、不馴れなのか幾分落ち着かない様子の女性がいた。
歳の頃は20であろう。黒を黒で塗り潰したかのような不自然なほどの美しい黒髪が風に惑い、白い頬を撫で、髪の束が人の心の奥底すら見透かしそうな漆黒の瞳を隠した。
「そんなに緊張するな。玉藻よ」
朗らかに一人の男が笑う。優しげな瞳。優しげな仕草。
その体はとても時の権力者、鳥羽上皇とは思えない穏やかさだ。
「おひさしぶりでございます。帝、私にお話があるとの事ですが……」
玉藻と呼ばれた女性は優しげに笑い、帝に話し掛ける。
「いや、なに……」
帝は好こしばかり楽しそうに口を開く。
それを聞きながら、玉藻も楽しそうに目を細めた。
「……玉藻と言ったか。あの女」
一人、庭を歩き散歩の様な物をしていた晴明は立ち止まり二人の様子を眺める。
『主、陰陽寮からの呼び出しなのですよ。早く行かずに良いのですか?』
昨夜の声と同じ物が響く。やはりその声の主は姿を見せない。……いや、姿が見えない。と言った方が賢明であろう。
「わかっている。だが、あの女……」
暫し考え込んでいた晴明はふとなにかに気付くと、薄く笑い、口を歪ませる。
「ふん、下らん茶番だ」
楽しい事を思い付いた子供よりも更に楽しげで邪悪な笑みを浮かべた晴明はその表情のまま歩き出す。
幸せそうな二人に、背を向けて……。
「玉藻、あなたはここに来たときの事を覚えているだろうか」
帝は外を眺めながら口を開く。
外に見えるは季節の薫りを運ばせてくる美しい花々。その花達の鼻孔を擽るような甘い薫りが玉藻達のいる所まで漂ってくる。
風が一陣通り過ぎる。
花々の色とりどりの花弁を舞い上がらせ、甘い薫りを含んだ風が玉藻の髪を弄ぶ。それと同時に玉藻の髪から漂う花とは違う甘い薫りが帝の鼻孔を擽った。
「玉藻」
「はい?」
帝は外に向けていた視線を隣にいる女性に向ける。
その瞳はなにかを決意したかの様な温かさを秘めていた。
「そばに……いてくれるか?」
突然の帝の言葉に玉藻は目をただ丸くするだけ。
一時の拍子を置いて、玉藻は静かに、穏やかに……だが、嬉しそうに笑うのだった。
時の権力を操っていたのは貴族だけではない。
貴族にも勝る権力介入。帝と同等、もしくはそれ以上の権力を持ち、日本を影から動かしていた者達。
その者達を陰陽師と言う。
その陰陽師達が集う陰陽寮。その場に晴明はいた。
「陰陽頭様、安倍晴明ただいま参りました」
恭しく、方膝を付き頭を垂れた晴明の前には偉そうに腰を据える年老いた老人が座っていた。
「晴明、昨夜の結界の件誠に大層な働きであった」
その老人の言葉に晴明は「もったいなきお言葉です」と、言い薄く笑う。
その晴明を見て、一度頷いた老人は早速本題へと入るため、口を開いた。
「晴明……この都の結界の事、貴様が一番詳しいだろう?」
「はい。都を守る結界は四神を素とし、都を外敵から守る堅固な壁です」
ふむ。と老人は頷く。
「ならば晴明、なぜ都に蔓延る怪異は身を潜める事がないと思うか」
その言葉に、晴明は当たり前の様に言葉を紡ぐ。
「都の怪異は人の心が写し出されたモノ。我等自ら造り出した異形、それが都に蔓延る怪異の正体です」
「では晴明、貴様に頼みがある」
そこで、老人は口を一旦閉じる。
言いしれない沈黙が二人の間を流れる。
「鬼を……討って貰おうか」
「はっ、陰陽頭様のおおせのままに」
口を開いた晴明はすぐに立ち上がり、その場をあとにしようとする。
「晴明……ひとつ言い忘れた」
去ろうとした晴明を老人は呼び止める。
「最近……都に妖狐が出るらしいな」
その言葉を背中に受け、ピクリ、と晴明は反応する。
「やりすぎるなよ。晴明」
「わかっています」
不安げな老人の言葉に肯定の意を放って、晴明は足早に出ていった。
人の気配など疾うに消え失せ、風が鳴らす草の音、更には虫が鳴く涼しげな音以外、辺りには音などない。だが、晴明は感じていた。闇に紛れだ異形の気配を……。
「……穢らわしい」
異臭を放つ体。口周辺には死体を貪ったのであろう肉片がこびりついている。
「魍魎……墓を荒らすは貴様か」
小鬼を型どった様な風体の鬼は、まさに地獄の餓鬼と同じように浅ましい醜悪な姿を見せる。
「下賤な鬼風情が俺を手間取らさせるな」
蔑む様な目付きで魍魎を睨んだ晴明は冷笑を浮かべる。
その手に持つは札。
「殺す」
鬼に向かい、そう呟いた晴明は、鬼へと札を投げつけた。
張り付くと共に、鬼は無かったかの様に霧散する。
「まだいるだろう?」
陰陽頭の口ぶりから怪異は一匹だけではないようだ。
そう判断した晴明は更に周りの気配を探る。
「……多いな」
呟いた晴明が探り当てた気配は六つ。
それらは先程の小鬼とは違い、大型の鬼の様だ。
「ふん、鬼ごときが……」
口元を引きつらせ、狂ったような笑みを晴明は見せる。
その脳裏によ切るは幼き日の記憶。
生い立ちによる言われもない差別。
誰も理解してくれない孤独感。
ただ、自身に宿る霊力を利用されるがための存在理由。
全ては……
妖かしが存在するから。
「殺す」
ボソッと呟いた晴明は、札を大量に取り出す。
鋭い眼光で、目前の標的に狙いを定める。
鬼に襲いかかる札の山。それらは呪を込められ、触れた鬼どもを押し潰す。
ひしゃげた腕、曲がった足、飛び出す眼球、はみ出た脳髄。
札に絡めとられた鬼達の体は原型もない程ズタズタに引き裂かれていた。
いや、圧し潰されたと言うべきか。
血の海。と、形容するには生臭く、醜悪な光景。
それはまさに地獄の血の池と形容するにふさわしい光景だった。
月の光りを一身に受けて、晴明はその池の真ん中で狂ったように笑っていた。
都の外れから帰途に着く途中、晴明はある小道でなにかの気配を察した。
無視すれば良いものを、何故か足はその方向へと向かってしまう。
……それが、自身の運命を変えてしまうとは知らずに。
晴明は歩く、なにかに憑かれたかの様に。最早、なぜそちらに向かっているのかすらわかっていなかった。
茂みをわけいった先にある小さな広場。
そこには月の光りを一身に浴びる女がいた。
煌めく様に光る濡れたような不自然な程の漆黒の髪。月の光を反射し、不思議な色香を漂わせる白い肌。月すらも、飲み込むのではないかと思う深い色合いを湛えた漆黒の瞳。
晴明は思わず時が流れていることを忘れてしまった。
「……この女は」
晴明は見とれてしまった自分を恥じて、すぐに思考を切り換える。
すぐに冷静な思考に戻った晴明は茂みから姿を表す。
「何をしている。そして、何を企んでいる」
唐突に発せられた言葉と、自身を見られていたことに驚いたのか女は晴明を脅えた目でみた。
「貴様は今日、帝と共にいた妖狐だろう?」
女……玉藻はその言葉に身を固くした。
「な……なぜ……」
「俺は陰陽師、安倍晴明。世の怨敵、怪異を討ち祓う者」
懐から呪符を取りだし、更に口を開く。
「帝をたぶらかす下賤な妖狐。ここで祓うも良いのだぞ」
殺気を込めた眼光。しかし、玉藻は幾分冷静さを取り戻したのか朗らかに微笑んだ。
「安倍晴明様……ですか。話には聞いています。初めましてですね。私は玉藻前と言います」
ニコニコと笑みを浮かべる玉藻とは対照的に、晴明は若干苛付いた様に声を上げる。
「貴様……ふざけているのか? 何のために帝に近付く? 都を滅ぼすつもりか!?」
「なぜ帝の側にですか。……そうですねぇ」
幾分考え込んだ玉藻は恥ずかしそうに口を開いた。
「『そばにいてくれ』そう言われたからですよ」
悪意もなにもない、純粋な言葉。その言葉に晴明は不可解な者を見るような目付きで玉藻を見る。
穏やかに玉藻は晴明へと笑いかける。晴明はその視線から逃れる様に視線を反らす。
「血……ですね。それにこの臭い、鬼ですか?」
そっと世話へと近付いた玉藻は自分より頭ひとつ分高い晴明を見上げる。
「……あぁ」
調子が狂う。
それが晴明の素直な感想だった。なぜか、自分が彼女のペースに巻き込まれている。不思議な感じだった。
「晴明様は私と……同じ匂いがしますね」
身を翻し、晴明から離れた。玉藻の何気無い一言。それに晴明は眉間に皺を寄せる。
ガサッ。
茂みをかきわけ、広場へと出てきたのは小さな小狐だった。
それはとっとっ、と玉藻の周りを走り回り、玉藻へとじゃれついた。
「晴明様、可愛いですよ?」
抱き上げた小狐を玉藻は晴明へと手渡す。
それを抱き上げた晴明は、狐を一蔑すると――
「ふん」
その手で、狐を絞め殺しその場へと放り投げた。
「な……なにを……」
何が起こったのか理解できない玉藻は驚いた表情で晴明を見る。
「俺の……俺の母は
妖かしだ」
晴明が口を開いた瞬間、時が止まったように感じられた。
そして直ぐに晴明は口を開く。
「俺の中には穢らわしい血が流れている。俺を捨てた母の血が」
晴明は玉藻から背を向け歩き出す。
「俺が陰陽師になったのは世の妖かしを全て滅するため。貴様も下手な真似をしたら消す」
そういって、晴明は歩き出す。
自分がやってきた道を。
「貴方は……」
小狐の死体を抱きかかえながら、玉藻は晴明の背中を見る。
「悲しい人ですね」
その言葉に立ち止まる事無く、晴明は歩き続けた。
『貴方は悲しい人ですね』
あの言葉を言われてから、もう随分たつ。
なのに調子が戻らない。ずっと狂ったままだ。
「なぜ……殺さなかった」
自身が一番驚くこと、それはあの妖狐を殺さなかった事。
なぜだ?
晴明の頭の中をその言葉が埋め尽す。
疑問だけが溢れ、全くその解答が得られないもどかしさ。思考を切り換えられないこの愚かさ。
自分自身に腹がたつ。
第一、なぜ小狐を殺したのか。
あの女を怒らせたかったのか?
怒り狂わせ、逆上させ、そして、俺を殺させようとしたのか?
――自分から傷付けることが出来ないから。
だから、なにか口実が欲しかったのか。
「くそっ……」
今日、何度目かの悪態を晴明は付いた。
『貴方は悲しい人ですね』
頭から、あの言葉がこびりついて離れない。
「帝? 帝っ!?」
鳥羽上皇、原因不明の病に倒れる。
それはまさに奇病であった。
それは、病などではなく、なにかに当てられたかのような……。
熱はあるのに、意識だけははっきりとしている。
「帝……安倍晴明、只今参りました」
床に伏せる帝を見て、晴明は眉間に皺をよせる。
一旦考え込むと、少しだけ薄笑いを浮かべ、晴明は帝に耳打ちする。
「なん……だと……」
「瘴気に当てられたのでしょう。アレはああ見えて結構位の高い妖かしのようですので」
驚く帝をしり目に晴明は淡々と事実を告げるかの様に口を開く。
「彼の妖かしは帝を苦しめ、殺そうと企てているようです。そのために、帝の信頼を勝ち取り、油断した所を襲ったのでしょう」
流暢に流れる晴明の言葉を誰も不自然には思わない。帝はただ茫然としているだけだ。
晴明は薄く笑う。
「これは呪符です。一応持っていて下さい。それと、あの女には気を付けて下さい」
立ち去ろうと腰を上げ、更に部屋から出かかった晴明は帝の方を向いて口を開く。
「そう、妖狐玉藻前にね」
それだけを言って晴明は立ち去った。帝はただ、呪符ごと拳を握り締めていた。
玉藻は帝のもとへといつもの様に、いつもの時間に訪れた。
それは習慣になりつつあったし、更に現在は病に倒れていると言うこともあり、玉藻の心配は更に募っていた。
「帝? 玉藻です」
そっと声を掛け、玉藻は中に入る。
そうすれば、いつもの様に楽しく、穏やかな時間が流れる筈だった。
……そう、筈だった。
「えっ?」
部屋に入った途端、沸き起こる腹部の痛み。
それは自分が太刀に貫かれたためであった。そして、その太刀を握り締めるのは自分が愛した男。
「どっ……して」
「たばかったな。狐」
帝は太刀を引き抜き、玉藻から距離を取る。
玉藻を見るその眼差しにはもう、以前の様な慈しむ色はもうない。
宿るのは侮蔑する、冷たい色合いだけ。
「貴様……妖狐だそうだな。我が命を奪いにきたか」
身に覚えのない言い掛かり。あっているのは自分が人外だと言うことだけ。
「私は……ただ……」
痛む腹部を抑え、玉藻は口を開く。
『そばに……いてくれ』
あの時言われた言葉が玉藻の頭をよ切る。
「私はただ!!」
溢れる涙が、視界を悪くする。
何が起こっているのかすら、分からず、状況が飲み込めない。
無慈悲にも振り下ろされる帝の太刀。
それを見つめながら玉藻は口を開く。
「貴方が望んだ事なのに」
それだけを言って、玉藻はその場を駆け出し逃げ出した。
なぜ、自分が走っているのか玉藻には分からなかった。……いや、理解しようとしなかった。
理解すれば、何もかもが壊れてしまったかの様に感じられたからだ。
逃げて、逃げて、逃げて、たどり着いたのは陰陽師に出会った小さい広場。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をして、呼吸を整える。抑えていた箇所からゆっくりと手をはなす。
血は止まり、傷も塞がっている。
「帝……」
月が煌々と照らすなか、そっと、玉藻は涙を流した。
「……何を泣いている」
ガサリと、茂みをかきわけ、晴明は広場へと出てきた。
いつの日かと同じ様に玉藻は突然の訪問者に驚き、顔をあげる。
「ふん、妖かしなどの低俗な者共でも、感情があるのか」
煽り文句を口にしながら、晴明は玉藻の前に立つ。
「晴明様……ひとつお答え下さい」
「なんだ」
しかし、玉藻はその言葉には反応せず、晴明を見つめて、問う。
泣き腫らし、濡れた瞳が晴明を一直線に見つめる。
「なぜ……帝は私を拒んだのでしょうか」
その問いは愚問だと、晴明は言い、更に続ける。
「貴様が妖かしだからだ」
「なぜ……妖かしだと拒まれるのです。私は何もしていないのに!!」
悲痛な叫び。その叫び声でさえも、晴明は顔色一つ変えずに言い放つ。
「妖かしは存在自体が害悪だからだ」
その晴明の物言いに、玉藻は口を閉ざしてしまう。静かに、静かに泣いている。
「なぜ……私は人外なのです。なぜ……あの人は人間なのです」
「運命だと思い、諦めろ」
……何を言っている。俺は。
諦めろ? 何を諭しているんだ。妖かし風情に。
晴明の脳ないにまたあの時の様な疑問が沸き上がる。
こいつが妖かしらしくないからか。
こいつが泣いているからか。
こいつが変な事を言ったからか。
……なぜ、殺さない。
終わることのない無限の問い。それが脳ないを埋め尽していく。
「くっ……」
呪符を取り出し、握り締める。
いつでも殺せるように。
いつものように。
「……私は、昔大陸にいました」
突然、玉藻は口を開く。不可思議に思った晴明だが、何も言わずに耳を傾ける。
「私はここに来る以前、大陸を荒し回った大妖と言われていました」
不自然な空気が二人の間を流れる。
「白面金毛九尾の狐。そう呼ばれていました」
その言葉に、晴明は驚く。その妖かしの名は妖狐の中でも最高位に君臨する妖狐・九尾のなかでも最も凶悪なモノの名称だからだ。
「ただ、私は人が好きだった。だから人間と一緒にいたかった。ただ、それだけなのに……なぜ人は私を貶めるのですかっ!!」
再度の叫び。その声に晴明は呪符を握り締める。
「黙れ」
晴明は玉藻へと歩み寄る。
「貴様の不幸話し等、聞くきにもならん。そんなに話したいなら地獄で話せ」
地面へとへたりこんでいた玉藻は虚ろな瞳で晴明を見上げる。
人間と何一つ変わらない絶望に打ち拉がれたさまで。
ギリッ……。
晴明は奥歯を噛み締める。相手は妖かし。自分の怨敵。
自分の復讐の相手。
頭ではわかっていても、体が言うことを聞かず固まってしまう。
「くっ……」
呪符を破り捨て、晴明は玉藻に背を向ける。
「さっさと去れ。目障りだ」
晴明の突然の怒声に、玉藻は驚き肩を震わせる。
「え?」
「さっさと消えろ。お前とは関わりたくない。話すのも、見るのも、触れる事すら沢山だ」
破り捨てられた呪符が風に乗り玉藻の前を通り過ぎた。
「私を……殺さなくていいんですか?」
「殺すことすら、関わりたくない」
小さく呟いた晴明は更に続ける。
「……………なるんだよ」
「え?」
「良いから行けっ!!」
晴明の怒鳴り声に驚いた玉藻は立ち上がり、晴明を見つめる。
「晴明様……私は貴方を悲しい人だと思っていました。憎む事しか出来ない人だと」
そこまで言って、玉藻は微笑む。
「けど、本当は優しい方ですね」
そこまで言って玉藻は再度、満面の笑みを湛え、夜の戸張へと消え去って行った。
「くそっ……何をやってるんだ俺は」
力無く呟いた晴明は再度先程呟いた言葉を思い出す。
『憎めなくなるんだよ』
妖かしに対しての憎悪のみで生きてきた人生が、悉く打ち破られていった。
自分の存在理由。それすら失ってしまいそうだった。
ただ、覚悟が決まっていなかっただけだと、そう自分に言い聞かせる。
「次は、殺す」
小さく呟いた晴明は、近くの木を殴りつけた。
眠っていた鳥たちが、月が煌々と照る空へと飛び出していった。 |