「粋」が好きである。
「粋」でありたいと思う。
さて、「粋」とはどんなであろうか。
<飽くまでも>、
「わたし」の思う「粋」について、考察してみる。
わたしの思う「粋」とは、
端的に言うと、
「さりげない」
である。
どんなに高価なものを身につけていようと、
それを本人が自分で「自己申告」してしまった瞬間、
それは、
わたしにとって、
「陳腐」なものに成り下がる。
(まあ、場合にもよりますが。)
といっても、
それは人それぞれの考え方だから、
軽蔑したりする、
などは到底ないけれども。
と、いうことを踏まえていただいて、次。
気遣いがある。
押し付けがましくなく、
気遣いされた方が気付かないくらいの、
気遣い。
親切である。
困惑している人がいたら、
見ず知らずの人だろうと、
知り合いだろうと、友達だろうと、
仲たがいをしている相手だろうと、
手を貸して上げられる。
押し付けがましくなく。
実に素敵である。
粋だなぁと思う。
外でお酒を飲んでいるとき。
わけもなく(いや、あるのかも)、
議論なんかを吹っかける人は、
よくいるけれど、
そんな人に、
腹を立てることなく、
サラリとかわせる人。
お金に執着する事を、
カッコワルイ、とは、
ちっとも思わないし、
むしろ、いいと思う。
だがしかしだ。
これは、いやだ。
【割り勘(会計)でもたつく】
みっともないったらない。
知識をひけらかさない。
能ある鷹は爪を隠す。
これは、粋の真髄でしょう。
こんな方がいらした。
その方は、豪快に笑い、
イヤミのない、
普段から素敵な方(50代男性)ですが、
「ボクはね、
日本酒と、日本茶しか飲まないんダ。」
日本茶の次に、コーヒーをお持ちした時の一言です。
わたしを気遣って、
「コーヒーは飲めないんだ。」
とはっきりおっしゃらず、
オブラートにくるんで差し出された言葉。
思わず、
「ンマー、
それは、
粋な感じですネェ!」
本心から、
そう言った。
「ウマイこと言うネェ、キミ!」
アラ!
また、オジサマの心をくすぐってしまったワ。
こんなことを書くわたしは、
粋ではない 笑 |