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路地裏にて。

作者:奇行太朗

 そこに、着替え中の魔法少女がいた。

 駅前の賑やかな通りからそれて、さらにもう一本外れた道。軽自動車がギリギリ一台通れるかという程の道幅で、店なんか一軒も見当たらない薄暗い場所。
 少女の全身を見てみれば、それはそれは愉快な風貌だ。
 上半身を包むのは、白を基調とした衣装。薄くてぴっちりした生地は体のラインを隠すことなく、控えめな胸のふくらみや細い腰をありのままになぞっている。袖は肩口からバッサリと切られていて、真っ白な細い腕が指先から肩まであらわになっていた。襟や胴に入ったピンク色の線がアクセントになって、女の子らしさを引き立てている。
 一方、腰から下は無防備に等しかった。
 何も穿いていないのだ。かろうじて下着(真っ白)を身につけてはいるものの、他には長いブーツ(真っ白)が膝下までを覆っているのみで、それ以外の部分は柔らかそうな肌が惜しげもなく晒されていた。
 と思えば、少女の両手にはスカートが握られている。上半身と同じカラーリングのそれを今まさに穿かんと、右足を上げているところだ。
 あとはスカートを穿くだけ、という状態だったのだろう。
 ところが路地裏に入ってきた僕と目が合うと、驚きに目を見開き、片足立ちのまま固まってしまった。体は微動だにしないものの、頬だけがみるみる紅潮してゆく。
 恥ずかしいのなら、まず下を穿いて欲しいところである。

「……えっと、芦原さん」

 僕がクラスメートでの名前を呼ぶと、彼女はびくっと跳ねた。相変わらず片足立ちのまま。
 少女の足元には、服装にはそぐわない真っ黒なボストンバッグが無造作に置かれていた。ジッパーの開ききった口からはセーラー服とステッキが顔を覗かせている。
 セーラー服は僕の学校の女子が着ているものと全く同じもの。
 もう一方のステッキはアニメとかに出てくる魔法少女が持っている、いわゆる魔法のステッキだった。今だとおもちゃ売り場にもありそうな代物である。先端にはお決まりのように、ハートやら羽根やらがくっついていた。
 着ているものは「ちょっと頑張りすぎて痛々しいデザインの制服」レベルだが、なるほど、そのステッキを持たせればまさに魔法少女そのもの。つまりは、魔法少女なのだろう。
 だがしかし非常に残念なことに、この世界には魔法なんて存在しない。デバイスを持った魔導士がリリカルに魔砲を撃ったりするのは、あくまで創作上の世界だけだ。


 もう一度、自分がいかにここまで来たのかを振り返ってみよう。そうすれば今の状況に対して冷静な判断ができるに違いない。

 学校の帰り道で、僕は『ヌイグルミ』に遭遇した。
 『ヌイグルミ』というのはその名の通り、ゾウやキリンなどの、ぬいぐるみの外見をしている。
 しかし大きさが常識の範疇を越えていて、小さいものでも5メートル、大きいものとなると全長30メートルを越える。
 ここ二・三年になって全国で頻繁に出現しはじめた『ヌイグルミ』は、ゴリラとクジラを組み合わせた某怪獣よろしく街を破壊して歩くのである。
 今や世界で『ヌイグルミ』の存在を知らないものはおらず、国が今最も頭を抱えている問題であった。
 ところが不思議なことに、どの『ヌイグルミ』も出現して一時間と経たずに跡形もなく消滅してしまう。『ヌイグルミ』がいなくなったそこには、廃墟と化した街がただ広がっているだけなのだ。
 僕が遭遇したのは、パンダのぬいぐるみがそのまま巨大化したような『ヌイグルミ』だった。身長は、駅前にある十階建てのマンションとほぼ同じ。
 それはつい先程の出来事で、大通りの方からは未だに人々の悲鳴が聞こえる。
 きっと大勢の人々が、外見とは裏腹の災害をもたらす『ヌイグルミ』を恐れて逃げているのだろう。何を隠そう、僕もその一人だ。
 数分前、前方に『ヌイグルミ』の姿をみとめた僕は、すぐさま踵を返して駆け出した。
 まさか自分の街で出現するとは……。そう思いながら全力でひた走る。
 自分のいる場所が『ヌイグルミ』の進行方向から逸れたところで、『ヌイグルミ』に見つからないように裏路地に入ると――

 そこに、着替え中の魔法少女がいた。

 よし、時間軸が現在まで戻ってきた。今の状況の結論を導き出そう。
 ……つまりは、
「そういう趣味だったの?」
「違うわよっ!」
 即答される。
 魔法少女――もとい芦原さんはますます顔を真っ赤にし、目をつり上げて僕を睨んだ。
 そして、やっとスカートを穿いてくれた。これで変身終了、である。
「じゃあその格好は一体」
 巨大パンダの足音が次第に遠ざかってゆくのを聞きながら、訊ねる。
 魔法少女は足元のボストンバッグからステッキを拾い上げ、それを片手でクルリと一回転させてから答えた。
「見たでしょ、ヌイグルミ」
「ああ、見たけど」
 見たもなにも、今だってドスンドスンと足音が聞こえている。
「アレを捕獲して、送り還すの」
 さも当然かのように、さらっと言ってくれた。
「あの怪物を?」
「ええ」
「芦原さんが?」
「もちろん」
「その格好で?」
「そ、そうよっ」
 頬を赤らめると、腰に手をあててそっぽを向く。追いかけるようにして、やや癖のあるセミロングの髪がふわりと揺れた。魔法少女の頭にフリル付きのカチューシャが乗っていることに、今更ながら気付く。
「……信じてないでしょ」
 顔は真横に向けたまま、薄く開けた目だけを僕に向ける。
「まあ、ね。どうやって退治するの?」
 やっぱり信じてないのね、と魔法少女は溜息をつく。
「退治じゃなくて捕獲。これを使うのよ」
 そう言って、握っていたステッキを前に出した。
「この部分から魔法のネット――まあ本当は魔法なんかじゃなくて科学的な物質らしいんだけど、それを放出して動きを封じるの。それから……って何よその胡散臭い物を見るような目は」
「いや別に」
 魔法少女は不満そうに頬を膨らますが、ふいにハッとした表情になる。
「しまった、こんな暇ないんだった。説明は後でするから、私が帰ってくるまで荷物見張ってなさい!」
 ボストンバッグを指さしながら僕の脇を駆け抜ける。十歩ほど走ったところで、走り幅跳びのように大きく踏み切った。ところが魔法少女は着地することなく、どんどんと高度を上げてゆく。そしてそのまま、建物の向こうへと消えてしまった。
 僕はボストンバッグの隣にあぐらをかいて座り、腕を組んで低く唸った。

 もう一度、自分がいかにここまで来たのかを振り返ってみよう。そうすれば今の状況に対して冷静な判断ができるに違いない。



「信じてくれた?」
 声と同時に、目の前でトンッと軽い着地音が聞こえる。
 瞼を開ければ、すぐそこに魔法少女が立っていた。先程よりもいくらか疲れた表情だ。
「まあ、一応は」
 彼女が飛び立ってからずっとそのことを考えていたが、見てしまった事は否定しようがなかった。あるいは全てが夢の中というオチもありそうだが、尻に感じるコンクリートの冷たさは、その可能性が無いことを証明している。
「どうして芦原さんが?」
「知らないわよ。ちょうど一年前の今頃、学校の帰り道でスーツの男に声をかけられたのよ。DNAの適正がどうのこうのって。ヌイグルミを捕獲できるのは、この辺り一帯では私しかいないんだってさ。それで、その役目を引き受けたのよ」
「なるほど。それで、その格好は?」
 途端に魔法少女の顔が真っ赤になる。
「知らないわよっ! でも、この服を着ないとさっきみたいに飛んだりできないから仕方なく……」
 ふて腐れたように言って、ボストンバッグを拾い上げる。するとバッグの中から何かが転がり落ちた。ガシャンと音を立てて落下したのは、数年前に流行った犬形のロボットペットに似たものだった。魔法少女はそれを面倒臭そうに拾い上げる。
「それは?」
「使い魔よ」
「でもそれロボットじゃ……」
「そうよ。使い魔って言うからフェレットでも渡されるのかと思ったら、ロボットよ。しかもスイッチ付きの」
 ステッキを一度地面に置くと、使い魔をひっくり返してその腹をいじる。そこにスイッチがあったのだろう。電子音と共に手足が動き出した。
『やったね! ヌイグルミは無事確保完了だ!』
「うっさい黙れ!」
 使い魔の御主人とは思えない勢いでロボットを地面に叩きつける。
「ちょっ……」
「大丈夫、コイツそう簡単に壊れないから」
 使い魔が地面に這いつくばったまま動いていないのは気のせいだろうか。
「もうホントに嫌。見つからないように動くから誰からも褒められないし、タダ働きだし、辞めたいっていくら言っても定年まで頑張れとしか返ってこないし」
「定年まで? あと何十年も――」
 僕の言葉を遮って、魔法少女は使い魔を拾いながら「違う違う」と首を横に振った。
「定年ってのは十八なの。なんでも、魔法『少女』じゃなきゃいけないんだって」
「そうなんだ……」
 ということは、定年までは残すところあと二年ほどだろう。
「しかも、高校生にもなってこんな服を着なきゃいけないなんて。もっとマシな服が――」
 全ての始まりの一言を僕が口にしたのは、この瞬間だった。
「いや、でも、可愛いと思うよ」
 魔法少女の手から、ボストンバッグが滑り落ちる。ガシャリと使い魔の落下音が中から聞こえたが、当の主人はそれに耳も貸さず、口をパクパクさせている。顔は今まで以上に真っ赤に染まっていた。二つの瞳はただただ僕を見つめるばかり。
 ふと、我に返ったように魔法少女が顔をしかめる。
「べ、別に嬉しくないわよっ」
 くるりと背を向けて歩き去ろうとする魔法少女。僕はボストンバッグを拾い上げてその後ろ姿を追いかけた。

       ◎

「それで、その人は定年までお仕事したの?」
 リビングでうつ伏せに寝転がって肘をつく小六の娘に、僕はもちろんと頷いた。
「お父さんも微力ながら、ちゃんとお手伝いをしたんだぞ」
 胸を張りちょっとだけ自慢気に言ってみせるものの、反応はいまいちだ。
 娘は作り話だと思っているのだろう。もっぱら、視線は手元の漫画に注がれていた。
「その人、本当はそういう格好をするのが好きだったんだろうね、きっと」
 漫画のページを捲りながらそう言った娘の向こう。
 洗濯物を畳む妻の手がプルプルと震えているのを見て、僕は微笑みをこぼした。

Fin

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