47. vs ダンジョンモンスター
イノシシ肉を片付け終えたディアネイアは、俺の庭の椅子でゆったりとくつろいでいた。
サクラが持ってきたお茶を飲んでいる。
「お疲れ様です、ディアネイアさん」
「ああ、ありがとうサクラ殿」
なんどか尋ねてきているので、二人とも顔見知り程度にはなっていた。
「ダイチ殿もありがとう。代金は次の機会に持って来させてもらうよ」
「おう、それはいいけどよ。ディアネイア、アンタ、何をしに来たんだ?」
何か用があって来たんじゃないのか?
「――っと、そうだった! 貴方に連絡しておかなければならないことがあった」
「連絡?」
「ああ、アンネ殿から、森のモンスターが活性化している、という話は聞いていると思うが、それが街の周辺でも起こりそうなのだ」
へえ、そりゃ大変だ。街の地下でも何か起こってるのかね。
「うむ。だからまあ、貴方にとっては危険ではないかもしれないが、念のため、近づかない方がいい、と思ってな」
「それを言うためにここに来たのか?」
こくり、とディアネイアは頷いた。
なんというか律儀だけど、遠回しなことをするな。アンネに伝言を持たせておけばよかったろうん。
「うむ。発生時期を見極めきれなかったから、今になって後だしする様な形になってしまった。すまない」
「謝ることはねえよ。まあ、そうだな。俺も進んで危険なところなんて行きたくないし、肝に銘じておこう」
ヘスティやサクラにも伝えておくことにしよう。
「でも、街の周りにモンスターが増えて、大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないが……防衛の為の人員は増やしているから、平気ではあると思う。もう少し街の全方位に配備できる予定だ」
「ん? 今は全方位じゃないのか?」
「うむ、ちょうど魔境森との境目だけ空いている。だから私が狩ったりしているのだ」
そんな事もやっているのか。姫って大変だな。
「私は姫であるが、大魔術師でもあるから、街を守る義務がある。だから、これは当然のことだよ。――それに、今回は楽な方だ。防衛が間にあっているのだからな」
いや、間にあってないだろう。魔境森の所がガラ空きなんだろう?
「いやいや、大丈夫だ。あと一日あれば、援軍の冒険者が来る。それで防衛も完ぺきになる」
「はあ、そうかい」
彼女が完ぺきと思うのなら、それでいいんだろう。
ともあれ、俺にはあんまり関係のないことだ。
「ほどほどに頑張れよ、ディアネイア」
「うむ、それでは。私は、これ――」
で、といつものような挨拶が聞こえる寸前。
――ドガン
と、森の向こうから爆音が鳴った。
「何の……音だ?」
「俺が知るかよ」
でも、なんだか森の向こうに、煙が上がってるみたいだぞ。
「――これは……もしかしたら、モンスターの発生が始まってしまったか?」
ディアネイアの顔が一旦青ざめた後で、しかし、真面目なものになる。
「そうだな。こちらの都合よく、待ってくれるはずがないものな……。すまないダイチ殿! 私はこのあたりで失礼する! ――《テレポート》!」
そう言って、彼女は庭から去っていった。
●
「……全く、忙しい奴だ」
「まあ、ディアネイアさんにも、事情があるみたいですからね」
モンスターの活性化とか、物騒な話である。
俺は近づかないでおくことにしよう。
あと、ヘスティにも伝えておくか。
「おーい、ヘスティ」
そう思ってヘスティの小屋に行こうとしたところで、気付いた。
「なんだ? ありゃ?」
庭と森の境目。小さな二足歩行の動物がいた。
全身が真っ黒で、とげとげしい角と翼が付いている。
見た目は悪魔っぽい。
「モンスターか?」
「そのようですね」
そのモンスターは、その両手に真っ黒な炎の塊を持っていて、
「――」
無造作に投げつけてきた。
「敵意はあり、と。……ゴーレム」
危ないのでゴーレムを召喚して盾にする。
樹木のゴーレムは、黒い炎を受けとめて、焦げ目をつけながら、モンスターの元へ向かう。
そのままゴーレムは殴り倒そうとした。が、
「――キッ」
モンスターは猿のように素早く動いて避けた。
まあ、ゴーレムの自立駆動では、細かな対処が出来ないから、仕方がないな。
「すばしっこいなあ。――じゃあ、ウッドアーマー」
なら、自分で狙おう。
ウッドアーマーをまとって、射出機構付きの腕を構える。
使うのは、しっかりとした、堅い樹木の弾丸だ。
「射出!」
「!?」
高速で放たれた弾丸は、そのままヒット。
モンスターは胴体を砕かれ、
「ギェ……」
と、うめきを上げて、倒れた。
そして、すぐに消えて、あとには真っ黒な石が落っこちていた。
「お見事です、主様!」
「おう、でも、なんか落ちたな」
「魔石……のようなものですね。随分と淀んでいますが。どうやら、この石の魔力で体を実体化させていたようです」
「へえ、珍妙な生物がいたもんだな」
真っ黒な石を拾って眺めていると、
「ん、騒がしいけど、なんか、あった?」
ヘスティが小屋から出てきた。
「おう、なんか変なモンスター倒したら、こんなのが落ちたんだよ」
そう言って、黒い石を見せると、ヘスティは眉をひそめた。
「それ、ダンジョンデーモン系の魔石。大きさから行って、サーヴァントデーモンの方、かな? でも、なんでこんな所に?」
「なんか変な事なのか?」
「ん……この辺りに、ダンジョン、無かった。なのに、それは、ダンジョンのモンスターしか落とさないモノ、だから。ダンジョンのモンスターが、森で繁殖してるの、かも」
ふむふむ、そうか。森の生態系も変わってるってことなのかね。
「俺の家に悪影響とか、あったりする?」
「んーん、無いけれど……ダンジョンのモンスターは好戦的で、狡猾。だから、面倒。……ほら、あそこにも、いる」
ヘスティが指さした先。そこには、こちらをうかがう、サーヴァントデーモンがいた。かなりの距離があるが、
「すげえ、敵意を感じるな」
その手には例の黒い火の玉があった。
これが好戦的ってことなのか。
「あいつら、一定の距離から離れようとしたり、背を向けると、火の玉、打ってくる」
「なんだその嫌がらせスタイルのモンスターは」
「しかも、その火の玉、結構強い。アナタのゴーレム、焦げるだけで済んだけど、普通、焼けるから」
見つけたら最後、倒さなきゃあの地味な攻撃を延々と続けてくるそうだ。
というか、一回背中を向けようとしたら、火の玉なげてきたし。
正直、滅茶苦茶イラついた。
「……邪魔くさいな。ちょっと始末してくるわ、ヘスティ」
「ん、我も、手伝う?」
「ああ、家の周りにこいつらがいたら、始末してくれると助かる。俺は奥のをやる」
「了解」
ヘスティはそのまま、俺と反対方向へ走っていった。
これで家の方は安全だろう。
あとは面倒な奴を潰すだけ。
サクラとアーマーで同化したまま、森の中まで入り、狙い撃つ。
樹木の弾丸はヒット。
サーヴァントデーモンはそのまま、魔石となって地面に落ちる。
「ふう、これで最後……」
かと思ったのだが、まだ森の奥に、二体いた。
目が合ってしまった。
火の玉を持ち始めた。
「ああ、うっぜえ……」
「どこから湧いているんでしょうかね」
「分からないが、ちょっかい掛けられても面倒だ。目に付く限りのやつらは、潰しておこう」
「了解です」
そして、俺とサクラは、森の奥へどんどん進みながら、サーヴァントデーモンを打ち倒していった。