44.竜王のお薬
昼間、ヘスティに呼ばれて庭に行くと、一本の杖を渡された。
今まで受け取った中でも、ひときわ真っ白な杖だ。
「これで、多分、折れない! 使って!」
「お、おう、ありがとう」
気合の入りようからして、傑作なのかもしれない。
とりあえず軽く使ってみよう。
「ええと、ゴーレム×一〇〇」
庭の木々がゴーレム化して、立ち上がる。
前に使った時は、杖がぶっ壊れてしまった魔法鍵だが、
「お」
ゴーレムを百体召喚しても、杖にはヒビ一つはいらなかったな。
「すげえな。ビクともしないや」
「ん……不眠不休で、本気で作った。……お腹減った」
「いや、無理しなくていいからな」
腹ヘリでフラフラし始めたヘスティにリンゴを渡すと、もしゃもしゃと食い始めた。
一個食べるだけで、大分落ち着いたらしく、庭の切り株にちょこんと座る。
「だって、日に日に、魔法鍵で使用する魔力量が、多くなってるから、我も気合入れないと、間にあわない。……最近、ゴーレムがまた、細かくいかつくなってるし」
「筋肉質になったって言ってくれ」
体のディティールにもこだわっているんだ。
こだわればこだわるほど、魔力の消費量が大きくなるけどな。
「ともあれ、ありがとうな。杖の材料探しから、作成までやらせちまって」
「ん、いい。趣味。おかねは、アナタの懐から出てるし」
「でも、この杖の材料って、お前の骨なんだろう?」
それは買えないし、貴重なものなんじゃないのか?
「んー、尾骨は貴重だけど、正確にいうと爪とか、鱗とか? そういうものに近い。生え換わる時期に、補充できるし、問題ない」
「ああ、そうなのか」
なら、気にせず使わせて貰うけど。
「それに、在庫が切れても、補給先はある」
「補給先?」
「ん、持ってそうな竜王、我以外にもいる」
そうか。竜王なら、誰でも材料を取ることが出来るのか。
「魔力量とか硬度の違いは、あるけど。基礎は変わらない。だから、代用はできる。たとえば、アンネとかでも……」
と、言った瞬間だ。
「呼びましたか、姉上さま――――!!!」
物凄いスピードで走ってきたアンネが、思いっきりヘスティに抱きついてきたのは。
●
「うぐ……」
「おはようございます。呼ばれてしまったこともあり、今日も来てしまいました、ダイチ様」
「おう、いらっしゃい」
アンネはヘスティを抱きしめながら、器用に挨拶をしてきた。
ぺこり、と腰を折ったせいで、二つの球にヘスティが深く埋まる。
「ぬう、呼んでない、のに……!!」
二度目という事もあり、ヘスティは即座に胸を押し返す。
力強い拒否と共に、アンネから脱出した。
「はああ、……はあ、絶妙な力加減、良かったです姉上さま……」
思いっきり押し返されたアンネはアンネで顔を赤らめている。
やっぱり駄目な奴じゃないだろうか、この竜王。
「つーか、何をしに来たんだ、アンネ」
「はっ……そうでした。この前、ご迷惑をかけたお詫びを、と思いまして」
「ほう、迷惑とな」
一体、どっちの迷惑だろう。
土の人形と共に、突っ込んできたことなのか。
それを片付けるのに、そこそこ労力を使ったことなのか。
「え、えっと……あの人形が私のだって、聞いているんですね」
「おう、ヘスティが教えてくれた」
自作自演をするのは良いが、それで俺の庭を汚してきたり、静かな昼飯を潰してくれたのは頂けない。ちょっと怒りたい気分だ。
「うう……スミマセン」
よし。怒る前に謝ったから、今回はヨシとしよう。
「でも、謝るだけじゃ駄目ですからね。ああ、その冷たい目、……ゾクゾクします。はあ……はあ……どんな罰をくらっちゃうんだろ。お尻をあの魔力の渦で叩かれるのかしら。そんなことになったら、私は、私は……!!」
駄目だコイツ。怒りの目を向けたりしたら、逆効果だ。
適度に受け流さないと面倒な性癖すぎる。
よくこんなのを妹分扱いできたな。ヘスティを尊敬するよ。
「ええい、とにかくお詫びってなにをしに来たんだよ」
「あっ、はい。私の秘蔵のマジックアイテムを持ってきたんですよ!」
「マジックアイテム?」
なんだろう、と思っていたら、横で息を整えていたヘスティが教えてくれた。
「様々な効果が出る、魔力を含んだ物体。日用から、戦闘まで、色々使える」
流石は知識が豊富なヘスティ先生だ。ばっちり説明して貰える。
「私、地の竜王なので。土や、地下ダンジョンの生成物から、魔力を含んだアイテムを作るのが得意なんですよ。……始まりは、まあ、姉上さまのマネなんですが」
「我は杖だけ。でも、アンネは確か、薬から補助道具まで、多種類をクリエイトできたはず」
「いえいえ、私は逆に杖は作れませんからね。杖のような、繊細な武器を作れる時点で、姉上さまは異常なのです」
なるほどな。作れるものは違うのか。
そんな事を思っていたら、ヘスティが俺の顔をじっと見た。
「ん。でも……一番、異常なのは、これだけのゴーレムをこの精度で作れるこの人なんだけれどね」
「え!? これ、全部ゴーレムなんですか!?」
周辺の筋骨隆々なゴーレムを見渡して、アンネは飛び跳ねた。
「凄い魔力がこもっていますが……」
「うん、この人が作った。しかも、魔法鍵で」
「うわあ、姉上さま以上の精度を持っている人、初めて見ました。私なんかよりもずっと魔力を込めているのに、魔法鍵で作ったんですね……」
なんだろう。
驚きの視線なのかもしれないけれど、物凄く珍しいものを見る目を向けられている気がする。
俺は珍獣じゃないぞ。
「す、すみません、ダイチ様。私もゴーレムを作っているので、この光景にビックリしてしまって」
「いや、別にいいんだけどよ……」
「そ、そうだ。樹木のゴーレムを作ったり、お外で作業をしているなら、尚更丁度良かったかもしれません!」
そう言って、アンネは胸元のスリットから一本の瓶を取りだした。
中には、小さな水晶のようなものが入っている。
「これ、よろしければ使ってください」
「なにこれ?」
「竜王の血から抽出した、回復ポーションです。そこそこ価値がするものとして売っていて、木のとげで指を切ったりしたときから、根っこに足を引っ掛けて骨を折った時まで幅広く使える薬なんです。塗布すればすぐに効果を発揮しますよ」
「へえ、万能な薬だな?」
木々の手入れとかはゴーレム任せだけど、偶にひっかけることもある。
サクラに言えば、魔力で治療をして貰えるし、そうでなくとも家の薬箱に入っている絆創膏とかでも十分に処置できる。
だが、塗布するだけで治るのなら、便利な薬だ。
置き薬としてありがたく貰っておくか。
「ありがとうな、アンネ」
「いえいえ、お礼ですので。あ、それと、ひとつご報告がありまして」
「うん? 報告?」
「はい、今後、魔境森でモンスターが活性化したり、発生するかもしれません」
なんだ、魔境森に何かあったのだろうか。
「魔境森というか、森の地下にちょっとばかし問題がありまして。あ、でもモンスターの活性化は一時的なものなので、そこまで心配する必要は無いんですよ」
「そうか。了解した。じゃあ、適度に気をつけておくよ」
「はい、では、私はこの辺で。回復ポーションが切れたら、言って頂ければ補充しに来ますので。今後とも、よろしくお願いしますね、ダイチさま。姉上さま」
そう言って、アンネは、一度ヘスティを抱きしめてから森に戻っていった。
「……すごく、疲れた」
「おう、お疲れ」
なんというか、すごく騒々しい、薬の訪問販売員が出来てしまったものである。
まあ、便利な薬を手に入れたから、いいんだけどさ。