36.飛竜の流儀
空から虹色の竜が降りてくる。
ただ、襲いかかってくるような急降下ではなく、とても柔らかに庭に着陸した竜は、頭を俺に向けた。
『身を下ろす許可をありがとうございます』
『別にいいんだけどさ、ヘスティに何か用か?』
『いえ……っと、このままの言語で喋り続けるのは貴方様に失礼ですね。今、人に変わります』
そう言うと、虹色の龍は白い煙に包まれた。そして、現れるのは、執事服を着た老人だった。ただ、背筋は伸びて、精悍な顔をしている。とても若々しい老人だ。
「ふう、これで、人の言葉を話せます。通じますでしょうか?」
「ああ、通じてるぞ」
俺の言葉をきいて、老人はほっと息を吐く。
「よかった。私めはこういった《人化の法》が苦手なものでして」
人化の魔法ねえ。そういうのもあるのか。
「……なあ、ヘスティ。竜って皆、人になれるものなのか」
「百年くらい、生きて、魔法を覚える知能を、鍛えれば、いけるやつも、いる。いけない奴も、いる」
なるほど。なら、珍しい方と思っておけばいいのか。
「ん。長く生き過ぎると、知能が退化して、ただの動物になる時もあるから、珍しい」
「マジか」
竜にもボケとかそういうのがあるのか。
「でも、もしも、周囲に大きな被害が出る危険があったら、こちらで処理したりするから、問題ない」
「偶に生き延びて、魔境森に住処を勝手に作っている場合がありますが、まあ、稀ですな。動物化した竜は食われるか、野垂れ死にますので」
竜の老人が追加で説明してくるけど、殺伐としてんなあ竜社会。
まあ、興味深い事を知れたけどさ。
「ともあれ、今日は何の用だ? ヘスティに何か言う事でもあったのか?」
「いえ、本日は、新しき君主に謁見をば、と思いまして。体格が比較的小さい私め、ゲンリュウが代表して参りました。よろしくお願いします」
ゲンリュウ老人はそう言って、深々と頭を下げた。
「おお、こりゃどうも。ご丁寧にありがとうよ」
「また、他のものはあちらに留めてあります」
そう言って、ゲンリュウは空を指し示した。
そこには青い空を塗りつぶすような竜の集団がいた。
「うお、多いな!」
「面を通したいとのことでして。必要なら呼びよせますが、いかがしましょうか?」
「いや、それはいいや。この庭のキャパオーバーだ」
数十体はいるし、デカイのもいくつかいて、ギャーギャー喋っている。
『あのボス……人間なのに、さっき俺たちに通じる言葉を喋ってたぜ!?』
『確か、俺たちの言葉は覚えるのに何十年も掛かるって話だってよ?』
『すごいな。オイラたちの為にここまでしてくれるのか。パねえな……』
完全に私語である。
流石にうるさいと思ったのか、
「……」
ゲンリュウが空を一度睨むと、黙った。
そもそも、この言語は竜の為に覚えたわけじゃない。
たまたま覚えてしまっただけだ。
ただ、訂正してもどうにかなるわけじゃないので、そのまま放っておくことにしよう。
ともあれ、流石にあんな大勢を着陸させるスペースはない。
「了解です。では、挨拶のみを。――我ら、飛竜。貴方様の下に」
そう言って、再び、ゲンリュウは頭を下げた。
空の龍たちも同じく、頭を垂れている。まあ、挨拶をしてくれるのはいいんだけどさ、
「分かった。とりあえず、あんまり街の方に行くなよ? また、驚かせちまうからさ」
「御意」
頭を上げたゲンリュウは、空の竜たちに手を振った。
それだけで、竜達は、谷の方へ戻っていく。
「私たちを認めて下さり、ありがとうございます。新たな君主よ。もしも、貴方様に害するモノが現れた時は、是非、私たち、飛竜をお使いください。――私たちは、貴方様に害する敵を排除する為に、役立てますので」
ゲンリュウは静かにそう言った。老体に見合わない鋭い眼からは、かなりの本気度がうかがえる。
「あー……その時が来たらな?」
そういう好意も含めて、貰うものは貰っておくよ。
使う機会なんて無いと思うけどさ。
「はい。……私たちは、貴方様のような強く、優しい人にあえて、良かった」
「あん? 優しい?」
「……私たちの女王様を、ヘスティ様を殺さなかった。それだけでも、私たちが尊敬し、忠誠を誓う理由があります」
どうやら、ヘスティはかなり、飛竜達には慕われていたようだ。
自分は必要ないとかいっていたけど、今でも信用されているようだし。
そして、ゲンリュウはヘスティの方を見る。
「ヘスティ様」
「もう、我に、様付けなんて、必要ない」
「いえ、それでも私たちを守ってくださった女王には変わりないので」
ゲンリュウの言葉に、ヘスティは頬を掻いた。
もしかしたら、照れてるのか。
竜の中にも、中々いい奴がいるじゃないか。
「まあ、丸く収まって良かったよ。んで、ゲンリュウ。用は終わりか?」
「ああ、いえ。もうひとつ。ここにきたのは、ヘスティ様に伝えておきたいことがあった、というのもあるのです」
「ん? なに?」
「どうやら、黒の竜王がこの近くで動き出しているようです。竜王特有の魔力を少し、感知いたしました」
黒の竜王、という単語に、ヘスティはピクッと反応した。
「あの子が? 動いてるの? そう……」
「知り合いなのか?」
「うん。ちょっとね。我、竜王の中では、顔が広い方」
そういえば竜王は他に六体いるって言ってたっけな。
「危ない奴だったりする?」
「基本的には、無害」
「そうか。なら、別にいっか」
ヘスティだって、理由がなければ俺に攻撃してこなかったし。
害がないのならば、竜王が近くにいたって大丈夫だ。
「というわけで、お会いした時は、よろしくお伝えください」
「ん……分かった」
「では、これにて!」
そういって、ゲンリュウは去っていった。
竜の訪問は終わった直後、俺とへスティは庭の日向で休んでいた。
「……なんだか、今日は客が多いわ、一杯喋るわで、疲れたな」
「うん、我もちょっと、疲れた」
「ふわ……昼寝するか」
「ん、我もする」
そしてそのまま俺達は、サクラが夕飯に呼びに来るまで、眠りこけた。