28. 直帰します
結論から言うと、俺が今回、得た特典は、
・銀貨一万枚
・街の一等地
・好きな時に街に出入りする権利、
・好きな時に公共施設を利用する権利
などなど、街での活動を豊かにするものばかりだった。
うん、まあ、貰っても損はないから、貰っただけだ。
ほとんど使わないだろうし、いらないんだけどさ。
「さあ、これで表彰は終わりだ、ダイチ殿。この後、下でパーティーを開こうと思っているのだが、一緒にどうだろうか?」
ディアネイアがそんな事を言い出したのを皮切りに、部屋の外が途端に騒がしくなる。
「早く、我らが救世主さまのお顔を見せてくれ!」
「一瞬だけみたけれど、あんなに素敵な人見たことが無かったわ……!」
「是非、お目通りを! 一言だけでも、お話させて頂ければと!」
なんて声が、扉の向こうから聞こえてくる。
声だけで分かるが、明らかに、人が多い。
さっき見た様子では、人混みも物凄かった。
……うげえ。
正直な話、俺は、そういう忙しない系の飲み会は好きじゃない。
忘年会ですら、ストレスの原因になるくらいだ。
酒や料理は、見知った人と、適当に会話しながら楽しみたい。だから、
「俺、あんまりこういうの得意じゃないから、帰るわ」
「な、なに!? お、王城のパーティーに、さ、参加、しないのか?」
「かなり、贅を尽くした料理が並んでおりますぞ!?」
ディアネイアと騎士団長が驚いたように言ってくるが、特に興味がない。
「ああ、贅を尽くしているなら、皆で仲よく食ってくれよ。俺は帰りたい。なにせ……メシの時間だしな」
そう、そろそろサクラが家で夕飯を作り終えているころだ。
帰った頃には温かい食事が食えるだろう。
「う、ううむ、約束だからな。帰りたいというのなら、そうするが……むむむ」
ディアネイアはなにやら口惜しそうだ。
なんだ、ディアネイアも、パーティーに参加したいのか。
「だったら、俺の事は気にするなよ。俺、歩いて帰るし」
幸いにも、森に入れば、俺の家は見える。そのくらいの高さにはなっている。
だから迷う事もない。歩いて帰れるぞ。
「い、いや、そういうことではなくてだな……私は――」
「――ただいま」
なにやら、ディアネイアが言い淀んでいると、ヘスティが窓から戻ってきた。
その手には、何やら小さな革袋があった。
「そっちの用事はすんだのか?」
「うん、もう、大丈夫」
どうやら無事材料集めは終わったらしい。
「丁度いいや。一緒に帰ろうぜ。ディアネイアの奴が、パーティーに参加したいって言うから、徒歩になっちまったけど、大丈夫か?」
ヘスティはこくり、と頷いた後で、俺の顔を見上げてくる。
「平気。でも……それなら、我が変身するから、背中に乗って帰る?」
「お、そんな事が出来るのか?」
「出来る。もう、大分、魔力が戻ったから。歩きよりも、ずっと早いと思う」
「よし。それなら、それで帰ろう。よろしく頼むわ」
「ん」
ヘスティはもう一度頷くと、窓の外に身を投げた。
――瞬間、その体は変化する。
白く綺麗な竜の体に。
ただし、サイズは、かなり小さくなっているが。二メートルくらいの体躯しかない。
「なんか、小さくね?」
朝に見たものの、十分の一程度だ。
もっと威圧感ある見た目をしていたろうに、なんでこんなに可愛くなったんだ。
「まだ魔力が回復していないから、体の構成を圧縮している」
「へえ、大きさを変えられるのか」
「出来ない竜王もいる。我の場合、色々な技術を使ってるから、特別」
便利だな、ヘスティの体。
それでも、俺一人が乗れるくらいには大きいんだけどさ。
「んじゃ、乗るぞ」
「ゆっくり、ね」
言われた通り、ゆっくり背中に足を載せてみたが、十分な安定感がある。
背中に小さく生えた鱗の突起に捕まれば、落ちる事もないだろう。
「おお、すげえ。俺をのせて、空を飛べるんだな」
「我、飛竜だからね。当然」
当然と言いつつ、ヘスティは胸を張る。
褒められたことが嬉しいらしい。可愛いので撫でてやると、更に喜んで胸を張った。
「さて……それじゃ足も出来たことだし、俺らは帰るぞ」
と、ディアネイアたちに声をかけようとした。
だが室内にいた、騎士団長と、ディアネイアは、その場で腰を抜かしてへたりこんでいた。
「そ、その姿は、まさか……!?」
「あ、貴方は、し、白の竜王を……従えている、のか……?」
ああ、しまった。
ヘスティの事、話して無いんだった。
……でも、もういいか。
実害はないし、特に問題もない筈だ。
「それじゃあ、あらためて。俺はあの家に直帰するから」
「ま、待ってくれ、ダイチ殿。まだ、私は、儀礼的な事しかしていない。貴方に助けてもらったお礼を言っていない……!」
「そういうのは、俺が俺の意思でアンタを助けた時まで、とっておいてくれ。だから、――またな、ディアネイア」
挨拶を終えた俺は、ヘスティと共に、空を飛んだ。
愛しの我が家に、帰るために。
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王都の空を、白い竜は駆け抜けていく。
夜の闇があってもその色は目だつ。
ある者は、空を見上げた瞬間に、それを見た。
風を切り裂く速度で突き進む白い竜を。
ある者は、酒に酔った目で見た。
王城から森の彼方に、白い竜が飛んでいく姿を。
後日。
魔女の国、プロシアの王都には白の竜が巣食っている。
そんなうわさが、国全体や、周辺国や流れていくのだった。
完全に日帰り。というか、一時間も街にいなかったんじゃないかな、これ。