27.彼の名は
目を開けると、そこは大きな広間の二階席だった。
豪奢な飾りのついた手すりの下には、様々な服装をした人がいる。
しかも、一人だけじゃない。
「客人の到着だ!」
「救世主様だ!」
「我が街の英雄がいらっしゃったぞ!」
なんだか、めっちゃ歓迎されていた。
下のフロアは、大騒ぎである。
「なんなの、この人たち」
「この街の有力者や、高ランクの冒険者たちだ」
へえ、そんな人たちが集まってるのか。でもさあ、
「救世主様……! ありがとうありがとう……!」
「酒だ! ウチの酒をもってこい! あの命の恩人にふるまわねば!」
拝んでいる人や、涙を流している人もいるんだけど。
なんでこんなお祭りみたいな騒ぎになってるんだ。
うん、文字通り、祭り上げられている気分になる。
「だから言っただろう? 貴方は街を救ったのだと」
「全く実感がないんだけど」
「白の竜王と飛竜達は、この王都の僅か数キロのところまできていたのだ。死を覚悟していたものも多い。ここにいる者の大半は、森の一部を灰にする、竜王のブレスを見ていたからな。大混乱だったさ」
そうか。そんな状況だったのか。でも、
「ん? なに?」
……大混乱に陥れた輩は、今俺の隣にいるわけだが。
これは、話さない方がいいんだろうな。話す意味もないし。
そんな事を思っていると、ヘスティは、人の集団の反対側。
人気の全くない、部屋の奥にある窓を見ていた。
「それじゃ、我、あの窓から外に行ってくる」
「ああ、そういや、杖の材料、取るんだっけか?」
「ん、数分で、戻る」
「そうか、じゃあ、行って来い」
「では、いってきます」
そう言って、ヘスティは二階の窓から飛び出していった。
「……いいのか、あの子を一人で行かせてしまって。城の周囲は治安が良いとはいえ、もうすぐ夜だ」
「ああ、平気だろ」
この街を大混乱に陥れた竜王だし。
むしろ、彼女に何かあったら、街の方が良くない状態になると思う。
「そうか。貴方が良いというのならば、構わないのだが……ともあれ、こちらへ来てくれ」
ディアネイアは俺を部屋の奥に誘う。
先ほど、ヘスティが出ていった、人気のない奥の方だ。
「ん? そっちで表彰をやるのか?」
「ああ、最初は下でやろうかと思ったが……思った以上に民衆が熱狂しているのでな。混乱を避けるために、私と、魔法騎士団長が代表して、貴方を表彰しようと思う」
そう言ってディアネイアは指をパチンと鳴らした。
すると、一階から、銀鎧姿の中年男性が上がってきて、部屋の扉を閉めた。
その男は俺の顔を見ると、手を伸ばして握手を求めてきた。
「はじめまして。地脈の男どの。私は魔法騎士団団長、オクト、と申します。英雄たる貴方様にあえて光栄です。今後とも、よろしくお願いします」
「おう。よろしく」
手をぎゅっと握ると、その手がブルブルと震え始めた。
顔を見れば血の気が引いており、
「はあ……はあ……」
呼吸も荒くなってきている。
正直、非常に気持ち悪い。
なので手を離して二歩ほど下がると、無呼吸状態から開放されたかのように、オクトは深く呼吸を始めた。
「おい、ディアネイア。この気持ち悪い行為は、何かの儀式か?」
「あ、ああ、すまない! 貴方に直接触れたものだから、魔力に当てられて、体に影響が及んでしまったようだ」
おいおい、握手しただけなんだが。
勘弁してくれよ。
「う、うむ、すまない。やはり、貴方の魔力は凄まじいな。消耗していてもこれとは」
見れば騎士団長は、冷汗を顔いっぱいにかいていた。
なんだか、猛獣扱いされている気分だ。
「私も、貴方に慣れ過ぎて、一般的な感覚を忘れていた気がする。――大丈夫か、騎士団長?」
「は、はい、申し訳ありません、姫さま。ですが、いやしくも団長なるこの身。表彰の儀が終わるまでは、この場で立ち続けさせて頂きます!」
そう言って、オクトは、部屋の端でビシリ、と起立した。さっきまで腰砕け状態だったのに、すごい気合いだな。
「うむ……では表彰の儀を始めようと思うのだが……地脈の男よ。願わくば、私に、貴方の名前を教えては頂けないだろうか?」
「え? なんで?」
俺は別に、地脈の男と呼ばれていても困っていないんだけど。
なんでわざわざ自分の名前を教えなきゃいけないんだ。理由がほしいぞ。
「……私は、貴方の名前を知りたいんだ。二度も私を救ってくれた、貴方の事を知りたい」
ディアネイアは頬をほんのり染めながら、そんな事を言ってきた。
俺としては救った感覚など全くない。
でも、聞かれたのならば、答えよう。
「俺の名は、『ダイチ』という」
「ダイチ……ダイチか。いい響きだ。まさに、あの地脈の主にふさわしい、そんな響きだ」
久しぶりに自分の名前を名乗った気がする。
褒められて、悪い気分ではないけれども。
「うむ、では、ダイチ殿。これより、表彰と祝福の儀に入らせて貰う」
そして、俺の表彰は始まった。